自分用SSまとめ
11 誰かが、いつか
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meteor089
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11 誰かが、いつか
暗黒神が復活してしまって、空が赤く染まってから……どのくらい経ったのかしらね。
レティスに言われて、七つあるっていうオーブを探して世界中を回っていたんだけど、
どこに住む人たちも赤い空に酷くおびえていたわ。
七つのオーブのうち、二つ目はサーベルト兄さんが殺されたリーザス像の前にあったもんだから、
ついでにリーザス村に寄って、母さんにも少し会って来たのよ。
少し痩せたみたいだけど……思ってたより元気そうで安心したわ。
それに兄さんのお墓も出来ていて……墓参りもして来たし、
暗黒神との最後の戦いに向けて、何だか覚悟が出来たような気がしたのよね。
三つ目のオーブは、おそらくマイエラ修道院のオディロ院長の部屋に
あるんじゃないか……って見当がついてね、みんなで早速行くことにしたのよ。
修道院までは移動呪文でやって来て、修道院の重いドアを開けると……中はお酒の臭いで充満していた。
ここは酒場か?って思っちゃうくらいにね。
「……珍しいな。ここで酒を飲むのはよっぽどの時じゃない限り、ご法度なんだけどな」
ククールは不思議そうな顔をして、私たちを連れて慣れた足取りで奥へ進んでいった。
修道院の中央にある広間へ出ると、聖堂騎士団の人たちが、
ドニの町から来たような女の人たちと一緒に酒盛りをしていたわ。
「マルチェロ新法王ばんざーい!」とか叫んでね。
どうやらマルチェロの法王就任祝いをしてたらしいのよ。
……マルチェロがどうなったかは、まだみんな知らないみたいだった。
「……呑気なもんだな。暗黒神が復活したっていうのにさ……まったく」
ククールは首を横に振り、大きなため息をついた。
そして目線だけで広間の中を見回し、少し目を伏せた。
「……帰って来てないんだな、みんな待ってんのに。……当たり前か。
プライドの高さじゃ誰にも負けない奴だったからな」
――それって、マルチェロのこと……だよね?
やっぱりまだ、あの人の影を追いかけてるのかな……と思ったわ。
エイトもククールのそんな態度に気づいたみたいで、私とエイトは思わず顔を見合わせた。
予想通りの場所で三つ目のオーブを手に入れた後、私たちはドニの町に寄ることにしたのよ。
エイトがククールに、せっかく近くに来たんだからお世話になった人たちに
挨拶していった方がいい……って言ってね。
エイトはきっと、ククールを元気づけようと考えてたんだと思うけど……。
みんなで町に入っていくと、まだ夜になってないのに酒場からは賑やかな声が聞こえてきていたわ。
「空が赤くなって世界中みんな不安な気持ちでいるってぇのに、
ここはみんな相変わらず酒ばっかり飲んでるんでがすなぁ」
呆れ顔で呟くヤンガスに、ククールは苦笑いしていた。
「ま、そこがここのいい所でもあるんだぜ?」
ゆっくり歩いて酒場の前まで進んでいくと、一人のバニーガールが酒場から飛び出してきた。
「ククール!……何よ、今更帰ってきて!!」
そう言って、バニーガールはククールに抱きついてきた。ククールはちょっと困ったように笑っている。
「ごめんごめん……なかなか帰ってくる暇が無かったんだよ」
「バカ!……みんな待ってたのよ!」
バニーガールは目にうっすら涙を溜めていた。
しばらくして酒場から踊り子やバーテンさんやら、いろんな人が出てきて、
思い思いにククールへ話しかけていたわ。
するとその人たちは、ククールを酒場の中へと連れて行ってしまった。
酒場の奥に消えていくククールの後ろ姿を見送った後、エイトは困ったような顔をしてため息をついた。
「ククール……長くなりそうだねぇ。僕らは町の外で、陛下や姫様と一緒に待ってようか?」
「そうでがすなぁ……」
ヤンガスもやれやれといった風に首を横に振った。
私も疲れていたから少し休みたかったし、エイトやヤンガスと一緒に町の外でククールを待つことにしたのよ。
その時、移動の時に飲み水を入れて持ち歩いてるガラスボトルが空になってることに気づいてね。
宿屋で水を貰ってから行く事にしようと思ったの。
「エイト!私、宿屋さんでお水を分けてもらってくるわ。先にトロデ王の所へ行っていて!」
そう一声かけ、私一人で宿屋に向かった。
水を分けてもらい、宿屋を出て町の出口へ向かって進んでいくと、修道院の方向から
一人の女性が歩いて来るのが見えた。
細身の小柄な女性で、黒いニット地のワンピースを着てたわ。
黒髪を頭の上の部分に纏めて上げ、アイラインや口紅がこれでもか!ってぐらいに、
際立つようなお化粧をしていた。
多分……酒場の女の人なんだろうなぁ……ククールの知り合いかも……なんて思って、
私は彼女の横を通り過ぎようとした。
「あーあ、疲れたー。修道院の連中はムッツリスケベが多くて、ほんと嫌になるよ……あれ?」
その人はすれ違いざまに私の顔を見て、いきなり私の服の袖を掴んで私を引き止めた。
おかげで私は、手にしていたガラスボトルを落としそうになったのよ!
まったく、危ないったらありゃしない!
「あんた……確かククールと一緒に旅に出た娘だろ!……そうだよね?」
私はちょっとムッとしてたんだけど、とりあえず振り返って、女の人の方へ体を向けたわ。
すると女の人は私の目の前に顔を近づけて来て、じーっと私の目を見ていた。
私も思わずその人の顔をよく見てみると……母さんより少し若いぐらいの感じだったかなぁ。
ちょっとキツい性格のような雰囲気で……。
目尻や口元に小皺が目立つけど、おそらく昔は美人だったんだろうな……っていう面影が残っていたわ。
「そうですけど……どうして私のことを覚えて……」
私がそう言いかけると、その人は私の言葉に被せるようにしゃべり始めたのよ。
「だってあんた、この前ここに来た時に酒場で食事をテイクアウトしてっただろ?
あたしはその酒場のマダムだからね。一回でも来たお客は、必ず覚えるのが
お客へのマナーってもんなんだよ」
その人は少し私から顔を離し、両手を腰に手を当てて、私を上から下へとゆっくり見回していた。
「それに……あたしはね、いい男とあたしのライバルになりそうないい女には目ざといのさ。
……で、ククール来てんの?」
「さっき、酒場に入って行きましたけど」
「へぇ……さっそくミラのお相手かねぇ?」
その人は腰元に下げた小物入れから、煙草一本とマッチを取り出した。
素早い手つきでマッチで煙草に火を点け、マッチの燃え殻を捨てると同時に煙草を口元へ持っていき、
ふうーっと煙を上に吹き上げたわ。
私はその場をすぐにでも立ち去りたかったんだけど……何だかそういうことが
出来る雰囲気じゃなかったのよね……。
ガラスボトルを胸の前でぎゅっと抱きしめながら、私は彼女が話し出すのを待っていた。
「あんた、ククールから聞いてんだろ?あたしのことぐらいはさ」
私は「いいえ」と言って首を横に振ると、女性は気分を悪くしたような顔をして、目を細めて私を睨んだ。
――何で私が睨まれなきゃいけないのよ!って、私は腑に落ちない気持ちでいっぱいだったわ。
「――七、八年近く前だよ。うちの酒場にさ、夜中に突然、まだ大人になりきれてないような、
でも子供って言うにはちょっと大人びた子が入って来たんだ。
……カウンターにいたあたしはびっくりしてさ、その子の姿を良く見たら、顔には殴られたようなアザ、
口からは血を流して、服――ああいうの法衣っていうんだっけ?――その法衣は
無理やり引き剥がされたみたいにボタンがブチブチ千切れててさ……。
どうしたんだって聞いたらさ、そこの修道院から逃げてきたって言うんだ」
私は話を聞き流すつもりでいたのに、思わず反応してしまった。
「――それって……ククールの……こと?」
私が呟くと、その人は待ってました!とばかりに、私の顔を見てニヤッと笑ったわ。
「そう。それがククールだったんだよ」
私の顔色を窺いながら、女の人は指先で煙草をトントンと叩き、灰を地面に落とした。
「あたしは急いでククールを酒場の上にある私の部屋に連れてって、介抱してやったさ。
誰にやられたんだって聞いても答えないし……まぁ、ククールの様子からも何となく見当はついたけどね。
あんだけ血気盛んな男の溜まり場に、女がいないんだろ?ククールのあの綺麗さなら、男でもムラムラ来るさ」
突然、ドクン、と体の奥で鼓動が激しくなったのが判ったわ。
自分の息の音さえも、妙に大きく聞こえる。
――もしかして私、ククールが一番知られたくないことを聞いてるんじゃ……。
私は一生懸命に平静を装おうと、ガラスボトルを持ち直し、小さく息を吐いた。
「だからあたしはね、嫌なことされそうになったら、嫌って言わなきゃダメだよって言ったんだ。
そしたらあの子、こう答えたんだ。
『もし抵抗したら、オレたちをお前が誘ったってことにして、マルチェロに言うぞ』って脅されたってさ……。
あたしはその時、マルチェロって名前を聞いてピンと来たんだ。
この子はもしかして、ここの前の領主の息子じゃないか……ってね。
なにせその領主に顔がそっくりだったからさ、ククールが」
女の人はまた煙草の煙を勢い良く吐き出した。
その煙は私の方にやって来て、私はむせてしまったのよね。
そんな私にお構いなしに、その人は話を続けた。
「それ以来かな……あの子は何かに傷つくたびに酒場にやって来るようになったんだ。
ここは遊び人の溜まり場だったから、みんながあの子に酒の味やら、ポーカーのイカサマのやり方やら、
女の口説き方やら……いろいろ教えてね。
女たちはあの綺麗な顔に群がるように、あの子を部屋に連れ込んだりしてた。
あの子もさ、そういう女たちに限っては拒否しなかったんだよ。
何せバカみたいに寂しがりな子だったからさ、女抱くことで寂しさを紛らわしてたんだろうね。
少しでもいいから優しくしてくれる人間と、一緒に過ごす時間が欲しいのさ、あの子は。
……だから、あんたもそういう関係だろ?ククールと、さ?」
――「そういう関係」って……?
私は一瞬、その人に自分が何を言われたのか理解できなかった。
多分……ちょっと混乱してたのよね。私の知らないククールの話をされたから……。
で、私はその意味がやっと解った瞬間……怒りがドカンと込み上げて来たわよ!
でもね、こんなおばさんに腹を立てちゃいけないって思って、
気を落ち着かせておばさんの顔を見据え、ゆっくりと話した。
「バカなこと言わないで下さい。私たちはたまたまカタキを討つ相手が一緒だった、っていうだけの
旅の仲間です。あなたたちと一緒にしないで!」
「……ふぅん……どうやらククールはまだあんたに手ェ付けてないみたいだねぇ……。
あんたみたいな可愛い娘なら、あの子のことだ、さっさとヤッちまってんだと思ってたけど」
「そういう下品な言葉、私に使わないでよ!」
おばさんは吸い終わった煙草を地面に落とし、高いヒールの靴でぎゅっと踏みしめた。
そして私の全身を舐め回すようにジロジロと見てきたわ。
「……確かにあんたを見てると、そこそこの家柄のお嬢さんみたいだね。
あたしたちとは住む世界が違う……そう言いたいわけ?」
「そう思うんなら、ご勝手にどうぞ!」
「可愛い顔して、ずいぶん生意気な口を利くもんだねぇ……フン。――あ、ククール!!」
おばさんは突然、酒場の方を見て叫んだ。
私も同じ方向へ顔を向けると、ククールがこっちへ向かって走って来ていた。
私たちの元に着くなり、ちょっと怒ったような口調でククールは言った。
「セイラ――ゼシカと何話してたんだよ!」
「――あんた、ゼシカって名前なの?……ふーん」
おばさんは私の顔を見てクスッと笑い、すぐにククールの首に両手をかけて、しなだれかかるような仕草をした。
「ククール、あたしはね、可愛いゼシカちゃんにご挨拶をしていたのさ。――ねぇ、ゼシカちゃん?」
「ずいぶんなご挨拶でしたけどね!」
ククールは言い返した私の態度を見て、おばさんの手を振り解き、私の背中に手を回した。
「セイラ、悪いけどオレたち急いでんだよ。今日はこれで帰……うわぁぁぁっ!」
何事かと思ったら……突然、ククールは後ろから羽交い絞めにされていたのよ。
二人のバニーガールが、ククールを酒場へと連れ戻そうと必死で引っ張っていた。
「ほら、ククール!もっと飲んでいきなよぉ~」
「そうよそうよ!あんたがいないと寂しくって仕方ないんだからぁ」
「セイラ……頼む。助けてくれよ。マジでオレたち急いでんだよ!」
後ろに進みそうな体を必死で堪えながら、ククールはおばさんに困った顔をして訴えた。
「諦めて、もう少しだけゆっくりして行きな、ククール」
おばさんは苦笑いしながらククールにそう言い渡した後、
何かを思い出したような顔をしてククールを見た。
「そういやぁ……ねぇククール、あたしがあんたに言い続けてきたたこと、覚えてる?
……どう?現れたかい?」
おばさんがそう言うと、ククールは私を横目でちらっと見て、いきなり顔が真っ赤になった。
ククールがそんな顔をするのを見たことがなかったから……私はすごくびっくりしたのよね……。
「おや……?そうかいそうかい!」
ククールのそんな態度を見て、おばさんはニヤニヤ笑っている。
ククールはおばさんに返事もせず、赤くなった顔を隠すように顔を伏せていたわ。
おばさんは羽交い絞めにされているククールへと近づき、宥めるようにククールの頭をそっと撫でた。
するとククールは、いつもより弱い眼差しでおばさんをキッと睨んだ。
「……子供扱い、すんなよ……」
「なーに言ってんだい!あたしにとっちゃあ、お前なんてまだケツの青いガキだよ!
――ミラ!ジョアン!今日は少し手加減してあげるんだよ」
二人のバニーガールはおばさんにそう言われると、にこっと笑って、ククールを引っ張る力を強めた。
「はーい!マダム、了解で~す」
「さ、行くわよ!ククール!」
「ちょ……ちょっと待てよ!……ゼシカ!日が暮れるまでには戻るからさ、エイトたちと待ってろよ!」
そう言いながらククールは、結局二人に引きずられるように、酒場へ連れ戻されていった。
「あんなに赤くなるなんてさ、ほんとあの子もまだ子供だねぇ」
おばさんは口の端でクックッと笑いながら、二本目の煙草に火を点けた。
私は訳が判らず、ただ呆然とおばさんの横に立っていたわ。
おばさんは煙草を二、三回ほど吸った後、突然私へ優しそうな微笑を向けた。
「……あたしはね、あの子にずっと言い続けてきたことがあるんだよ。
あの子はさ、いつだって愛に飢えた顔をして、この町にやって来るんでね。
――まぁ、おまじないみたいなもんだよ」
おばさんは私へ少し近づき、私の目を見た。
私はおばさんの強い視線に思わず怯んでしまい、後ずさりしてしまったわ。
それでもおばさんは視線を弱めることなく、私に静かな口調で言った。
「――あんたの悲しみや苦しみを全部そのまんま受け止めて、あんたを愛してくれる誰かが、
いつか絶対に現れるよ――ってね。あの子は……ずっとそういう人が現れるのを待っていたのさ」
おばさんの強い目の力を避けるように、私はぷいっと横を向き、言った。
「ククールを愛してくれる人なんて……たくさんいるじゃないですか。
さっきのバニーガールだってそうだし、他の町にも――」
「あんたも口が減らないねぇ……」
おばさんは大きなため息をつき、煙草を吸った。
「それにあんたはまだ解ってないんだよ。
男がさ、本当に惚れた女になら、どういう優しさや思いやりをかけるのか、
惚れた女には、男は自分のどういう姿を見せるのか……ってのがね」
その時、私の頭にはふと、煉獄島で見せたククールの泣き顔が浮かんだわ。
……でも、私はそれを振り払おうと、小さく首を振った。
そしておばさんの顔をゆっくり見ると、おばさんは呆れたような顔をして私を見ていた。
「あんたもさ……こんな旅なんか止めちまって、さっさと普通の可愛い素直な女の子になっちまいなよ!
そうしたら、きっと解るさ。あたしが言ったことの意味がね」
「そういう訳にはいかないんです!私たちにはこの空を赤くした犯人と戦わなきゃいけないっていう……」
私の反論を堰きとめるように、おばさんは大きな声で叫んだ。
「わーかったよ!!」
おばさんは突然酒場へ向かって歩き始めた。
「ま……あんたと話せてよかったよ。ククールはあたしにとって息子みたいなもんだからね……よろしく頼むよ」
おばさんはゆっくり歩きながら、煙草を持っている右手を私に振った。
私は慌てておばさんに叫んだわ。
「……お、おばさんも、お元気で!」
「――『お姉さん』と呼びな!」
おばさんはくるっと振り返り、眉毛をピクピク動かしながらそう答えた。
私はおばさんが立ち去った後も、その場所に立ち止まっていた。
早くエイトたちの元へ行きたいと思っているのに……何だか体が動かなかったのよ。
私はふと、空を見上げた。赤い空が夕日に染まり始めて、一層赤くなっていたわ。
手に抱えたガラスボトルの重みを、不意にズシリと感じた。
ククールはずっと女の人たちに囲まれて生きてきて……今もククールの周りには
いつもたくさん女の人がいるし、私もその中の一人……なのよね、きっと。
ククールと一緒にいるとね、時々私はククールに必要とされてるのかなぁ……って思うこともあるけど、
次の瞬間には、ククールは他の女の人に気がいってたりするから……。
レティスに言われて、七つあるっていうオーブを探して世界中を回っていたんだけど、
どこに住む人たちも赤い空に酷くおびえていたわ。
七つのオーブのうち、二つ目はサーベルト兄さんが殺されたリーザス像の前にあったもんだから、
ついでにリーザス村に寄って、母さんにも少し会って来たのよ。
少し痩せたみたいだけど……思ってたより元気そうで安心したわ。
それに兄さんのお墓も出来ていて……墓参りもして来たし、
暗黒神との最後の戦いに向けて、何だか覚悟が出来たような気がしたのよね。
三つ目のオーブは、おそらくマイエラ修道院のオディロ院長の部屋に
あるんじゃないか……って見当がついてね、みんなで早速行くことにしたのよ。
修道院までは移動呪文でやって来て、修道院の重いドアを開けると……中はお酒の臭いで充満していた。
ここは酒場か?って思っちゃうくらいにね。
「……珍しいな。ここで酒を飲むのはよっぽどの時じゃない限り、ご法度なんだけどな」
ククールは不思議そうな顔をして、私たちを連れて慣れた足取りで奥へ進んでいった。
修道院の中央にある広間へ出ると、聖堂騎士団の人たちが、
ドニの町から来たような女の人たちと一緒に酒盛りをしていたわ。
「マルチェロ新法王ばんざーい!」とか叫んでね。
どうやらマルチェロの法王就任祝いをしてたらしいのよ。
……マルチェロがどうなったかは、まだみんな知らないみたいだった。
「……呑気なもんだな。暗黒神が復活したっていうのにさ……まったく」
ククールは首を横に振り、大きなため息をついた。
そして目線だけで広間の中を見回し、少し目を伏せた。
「……帰って来てないんだな、みんな待ってんのに。……当たり前か。
プライドの高さじゃ誰にも負けない奴だったからな」
――それって、マルチェロのこと……だよね?
やっぱりまだ、あの人の影を追いかけてるのかな……と思ったわ。
エイトもククールのそんな態度に気づいたみたいで、私とエイトは思わず顔を見合わせた。
予想通りの場所で三つ目のオーブを手に入れた後、私たちはドニの町に寄ることにしたのよ。
エイトがククールに、せっかく近くに来たんだからお世話になった人たちに
挨拶していった方がいい……って言ってね。
エイトはきっと、ククールを元気づけようと考えてたんだと思うけど……。
みんなで町に入っていくと、まだ夜になってないのに酒場からは賑やかな声が聞こえてきていたわ。
「空が赤くなって世界中みんな不安な気持ちでいるってぇのに、
ここはみんな相変わらず酒ばっかり飲んでるんでがすなぁ」
呆れ顔で呟くヤンガスに、ククールは苦笑いしていた。
「ま、そこがここのいい所でもあるんだぜ?」
ゆっくり歩いて酒場の前まで進んでいくと、一人のバニーガールが酒場から飛び出してきた。
「ククール!……何よ、今更帰ってきて!!」
そう言って、バニーガールはククールに抱きついてきた。ククールはちょっと困ったように笑っている。
「ごめんごめん……なかなか帰ってくる暇が無かったんだよ」
「バカ!……みんな待ってたのよ!」
バニーガールは目にうっすら涙を溜めていた。
しばらくして酒場から踊り子やバーテンさんやら、いろんな人が出てきて、
思い思いにククールへ話しかけていたわ。
するとその人たちは、ククールを酒場の中へと連れて行ってしまった。
酒場の奥に消えていくククールの後ろ姿を見送った後、エイトは困ったような顔をしてため息をついた。
「ククール……長くなりそうだねぇ。僕らは町の外で、陛下や姫様と一緒に待ってようか?」
「そうでがすなぁ……」
ヤンガスもやれやれといった風に首を横に振った。
私も疲れていたから少し休みたかったし、エイトやヤンガスと一緒に町の外でククールを待つことにしたのよ。
その時、移動の時に飲み水を入れて持ち歩いてるガラスボトルが空になってることに気づいてね。
宿屋で水を貰ってから行く事にしようと思ったの。
「エイト!私、宿屋さんでお水を分けてもらってくるわ。先にトロデ王の所へ行っていて!」
そう一声かけ、私一人で宿屋に向かった。
水を分けてもらい、宿屋を出て町の出口へ向かって進んでいくと、修道院の方向から
一人の女性が歩いて来るのが見えた。
細身の小柄な女性で、黒いニット地のワンピースを着てたわ。
黒髪を頭の上の部分に纏めて上げ、アイラインや口紅がこれでもか!ってぐらいに、
際立つようなお化粧をしていた。
多分……酒場の女の人なんだろうなぁ……ククールの知り合いかも……なんて思って、
私は彼女の横を通り過ぎようとした。
「あーあ、疲れたー。修道院の連中はムッツリスケベが多くて、ほんと嫌になるよ……あれ?」
その人はすれ違いざまに私の顔を見て、いきなり私の服の袖を掴んで私を引き止めた。
おかげで私は、手にしていたガラスボトルを落としそうになったのよ!
まったく、危ないったらありゃしない!
「あんた……確かククールと一緒に旅に出た娘だろ!……そうだよね?」
私はちょっとムッとしてたんだけど、とりあえず振り返って、女の人の方へ体を向けたわ。
すると女の人は私の目の前に顔を近づけて来て、じーっと私の目を見ていた。
私も思わずその人の顔をよく見てみると……母さんより少し若いぐらいの感じだったかなぁ。
ちょっとキツい性格のような雰囲気で……。
目尻や口元に小皺が目立つけど、おそらく昔は美人だったんだろうな……っていう面影が残っていたわ。
「そうですけど……どうして私のことを覚えて……」
私がそう言いかけると、その人は私の言葉に被せるようにしゃべり始めたのよ。
「だってあんた、この前ここに来た時に酒場で食事をテイクアウトしてっただろ?
あたしはその酒場のマダムだからね。一回でも来たお客は、必ず覚えるのが
お客へのマナーってもんなんだよ」
その人は少し私から顔を離し、両手を腰に手を当てて、私を上から下へとゆっくり見回していた。
「それに……あたしはね、いい男とあたしのライバルになりそうないい女には目ざといのさ。
……で、ククール来てんの?」
「さっき、酒場に入って行きましたけど」
「へぇ……さっそくミラのお相手かねぇ?」
その人は腰元に下げた小物入れから、煙草一本とマッチを取り出した。
素早い手つきでマッチで煙草に火を点け、マッチの燃え殻を捨てると同時に煙草を口元へ持っていき、
ふうーっと煙を上に吹き上げたわ。
私はその場をすぐにでも立ち去りたかったんだけど……何だかそういうことが
出来る雰囲気じゃなかったのよね……。
ガラスボトルを胸の前でぎゅっと抱きしめながら、私は彼女が話し出すのを待っていた。
「あんた、ククールから聞いてんだろ?あたしのことぐらいはさ」
私は「いいえ」と言って首を横に振ると、女性は気分を悪くしたような顔をして、目を細めて私を睨んだ。
――何で私が睨まれなきゃいけないのよ!って、私は腑に落ちない気持ちでいっぱいだったわ。
「――七、八年近く前だよ。うちの酒場にさ、夜中に突然、まだ大人になりきれてないような、
でも子供って言うにはちょっと大人びた子が入って来たんだ。
……カウンターにいたあたしはびっくりしてさ、その子の姿を良く見たら、顔には殴られたようなアザ、
口からは血を流して、服――ああいうの法衣っていうんだっけ?――その法衣は
無理やり引き剥がされたみたいにボタンがブチブチ千切れててさ……。
どうしたんだって聞いたらさ、そこの修道院から逃げてきたって言うんだ」
私は話を聞き流すつもりでいたのに、思わず反応してしまった。
「――それって……ククールの……こと?」
私が呟くと、その人は待ってました!とばかりに、私の顔を見てニヤッと笑ったわ。
「そう。それがククールだったんだよ」
私の顔色を窺いながら、女の人は指先で煙草をトントンと叩き、灰を地面に落とした。
「あたしは急いでククールを酒場の上にある私の部屋に連れてって、介抱してやったさ。
誰にやられたんだって聞いても答えないし……まぁ、ククールの様子からも何となく見当はついたけどね。
あんだけ血気盛んな男の溜まり場に、女がいないんだろ?ククールのあの綺麗さなら、男でもムラムラ来るさ」
突然、ドクン、と体の奥で鼓動が激しくなったのが判ったわ。
自分の息の音さえも、妙に大きく聞こえる。
――もしかして私、ククールが一番知られたくないことを聞いてるんじゃ……。
私は一生懸命に平静を装おうと、ガラスボトルを持ち直し、小さく息を吐いた。
「だからあたしはね、嫌なことされそうになったら、嫌って言わなきゃダメだよって言ったんだ。
そしたらあの子、こう答えたんだ。
『もし抵抗したら、オレたちをお前が誘ったってことにして、マルチェロに言うぞ』って脅されたってさ……。
あたしはその時、マルチェロって名前を聞いてピンと来たんだ。
この子はもしかして、ここの前の領主の息子じゃないか……ってね。
なにせその領主に顔がそっくりだったからさ、ククールが」
女の人はまた煙草の煙を勢い良く吐き出した。
その煙は私の方にやって来て、私はむせてしまったのよね。
そんな私にお構いなしに、その人は話を続けた。
「それ以来かな……あの子は何かに傷つくたびに酒場にやって来るようになったんだ。
ここは遊び人の溜まり場だったから、みんながあの子に酒の味やら、ポーカーのイカサマのやり方やら、
女の口説き方やら……いろいろ教えてね。
女たちはあの綺麗な顔に群がるように、あの子を部屋に連れ込んだりしてた。
あの子もさ、そういう女たちに限っては拒否しなかったんだよ。
何せバカみたいに寂しがりな子だったからさ、女抱くことで寂しさを紛らわしてたんだろうね。
少しでもいいから優しくしてくれる人間と、一緒に過ごす時間が欲しいのさ、あの子は。
……だから、あんたもそういう関係だろ?ククールと、さ?」
――「そういう関係」って……?
私は一瞬、その人に自分が何を言われたのか理解できなかった。
多分……ちょっと混乱してたのよね。私の知らないククールの話をされたから……。
で、私はその意味がやっと解った瞬間……怒りがドカンと込み上げて来たわよ!
でもね、こんなおばさんに腹を立てちゃいけないって思って、
気を落ち着かせておばさんの顔を見据え、ゆっくりと話した。
「バカなこと言わないで下さい。私たちはたまたまカタキを討つ相手が一緒だった、っていうだけの
旅の仲間です。あなたたちと一緒にしないで!」
「……ふぅん……どうやらククールはまだあんたに手ェ付けてないみたいだねぇ……。
あんたみたいな可愛い娘なら、あの子のことだ、さっさとヤッちまってんだと思ってたけど」
「そういう下品な言葉、私に使わないでよ!」
おばさんは吸い終わった煙草を地面に落とし、高いヒールの靴でぎゅっと踏みしめた。
そして私の全身を舐め回すようにジロジロと見てきたわ。
「……確かにあんたを見てると、そこそこの家柄のお嬢さんみたいだね。
あたしたちとは住む世界が違う……そう言いたいわけ?」
「そう思うんなら、ご勝手にどうぞ!」
「可愛い顔して、ずいぶん生意気な口を利くもんだねぇ……フン。――あ、ククール!!」
おばさんは突然、酒場の方を見て叫んだ。
私も同じ方向へ顔を向けると、ククールがこっちへ向かって走って来ていた。
私たちの元に着くなり、ちょっと怒ったような口調でククールは言った。
「セイラ――ゼシカと何話してたんだよ!」
「――あんた、ゼシカって名前なの?……ふーん」
おばさんは私の顔を見てクスッと笑い、すぐにククールの首に両手をかけて、しなだれかかるような仕草をした。
「ククール、あたしはね、可愛いゼシカちゃんにご挨拶をしていたのさ。――ねぇ、ゼシカちゃん?」
「ずいぶんなご挨拶でしたけどね!」
ククールは言い返した私の態度を見て、おばさんの手を振り解き、私の背中に手を回した。
「セイラ、悪いけどオレたち急いでんだよ。今日はこれで帰……うわぁぁぁっ!」
何事かと思ったら……突然、ククールは後ろから羽交い絞めにされていたのよ。
二人のバニーガールが、ククールを酒場へと連れ戻そうと必死で引っ張っていた。
「ほら、ククール!もっと飲んでいきなよぉ~」
「そうよそうよ!あんたがいないと寂しくって仕方ないんだからぁ」
「セイラ……頼む。助けてくれよ。マジでオレたち急いでんだよ!」
後ろに進みそうな体を必死で堪えながら、ククールはおばさんに困った顔をして訴えた。
「諦めて、もう少しだけゆっくりして行きな、ククール」
おばさんは苦笑いしながらククールにそう言い渡した後、
何かを思い出したような顔をしてククールを見た。
「そういやぁ……ねぇククール、あたしがあんたに言い続けてきたたこと、覚えてる?
……どう?現れたかい?」
おばさんがそう言うと、ククールは私を横目でちらっと見て、いきなり顔が真っ赤になった。
ククールがそんな顔をするのを見たことがなかったから……私はすごくびっくりしたのよね……。
「おや……?そうかいそうかい!」
ククールのそんな態度を見て、おばさんはニヤニヤ笑っている。
ククールはおばさんに返事もせず、赤くなった顔を隠すように顔を伏せていたわ。
おばさんは羽交い絞めにされているククールへと近づき、宥めるようにククールの頭をそっと撫でた。
するとククールは、いつもより弱い眼差しでおばさんをキッと睨んだ。
「……子供扱い、すんなよ……」
「なーに言ってんだい!あたしにとっちゃあ、お前なんてまだケツの青いガキだよ!
――ミラ!ジョアン!今日は少し手加減してあげるんだよ」
二人のバニーガールはおばさんにそう言われると、にこっと笑って、ククールを引っ張る力を強めた。
「はーい!マダム、了解で~す」
「さ、行くわよ!ククール!」
「ちょ……ちょっと待てよ!……ゼシカ!日が暮れるまでには戻るからさ、エイトたちと待ってろよ!」
そう言いながらククールは、結局二人に引きずられるように、酒場へ連れ戻されていった。
「あんなに赤くなるなんてさ、ほんとあの子もまだ子供だねぇ」
おばさんは口の端でクックッと笑いながら、二本目の煙草に火を点けた。
私は訳が判らず、ただ呆然とおばさんの横に立っていたわ。
おばさんは煙草を二、三回ほど吸った後、突然私へ優しそうな微笑を向けた。
「……あたしはね、あの子にずっと言い続けてきたことがあるんだよ。
あの子はさ、いつだって愛に飢えた顔をして、この町にやって来るんでね。
――まぁ、おまじないみたいなもんだよ」
おばさんは私へ少し近づき、私の目を見た。
私はおばさんの強い視線に思わず怯んでしまい、後ずさりしてしまったわ。
それでもおばさんは視線を弱めることなく、私に静かな口調で言った。
「――あんたの悲しみや苦しみを全部そのまんま受け止めて、あんたを愛してくれる誰かが、
いつか絶対に現れるよ――ってね。あの子は……ずっとそういう人が現れるのを待っていたのさ」
おばさんの強い目の力を避けるように、私はぷいっと横を向き、言った。
「ククールを愛してくれる人なんて……たくさんいるじゃないですか。
さっきのバニーガールだってそうだし、他の町にも――」
「あんたも口が減らないねぇ……」
おばさんは大きなため息をつき、煙草を吸った。
「それにあんたはまだ解ってないんだよ。
男がさ、本当に惚れた女になら、どういう優しさや思いやりをかけるのか、
惚れた女には、男は自分のどういう姿を見せるのか……ってのがね」
その時、私の頭にはふと、煉獄島で見せたククールの泣き顔が浮かんだわ。
……でも、私はそれを振り払おうと、小さく首を振った。
そしておばさんの顔をゆっくり見ると、おばさんは呆れたような顔をして私を見ていた。
「あんたもさ……こんな旅なんか止めちまって、さっさと普通の可愛い素直な女の子になっちまいなよ!
そうしたら、きっと解るさ。あたしが言ったことの意味がね」
「そういう訳にはいかないんです!私たちにはこの空を赤くした犯人と戦わなきゃいけないっていう……」
私の反論を堰きとめるように、おばさんは大きな声で叫んだ。
「わーかったよ!!」
おばさんは突然酒場へ向かって歩き始めた。
「ま……あんたと話せてよかったよ。ククールはあたしにとって息子みたいなもんだからね……よろしく頼むよ」
おばさんはゆっくり歩きながら、煙草を持っている右手を私に振った。
私は慌てておばさんに叫んだわ。
「……お、おばさんも、お元気で!」
「――『お姉さん』と呼びな!」
おばさんはくるっと振り返り、眉毛をピクピク動かしながらそう答えた。
私はおばさんが立ち去った後も、その場所に立ち止まっていた。
早くエイトたちの元へ行きたいと思っているのに……何だか体が動かなかったのよ。
私はふと、空を見上げた。赤い空が夕日に染まり始めて、一層赤くなっていたわ。
手に抱えたガラスボトルの重みを、不意にズシリと感じた。
ククールはずっと女の人たちに囲まれて生きてきて……今もククールの周りには
いつもたくさん女の人がいるし、私もその中の一人……なのよね、きっと。
ククールと一緒にいるとね、時々私はククールに必要とされてるのかなぁ……って思うこともあるけど、
次の瞬間には、ククールは他の女の人に気がいってたりするから……。
本当にダメね、私って。
口ゲンカや魔物を倒す度胸だけは誰にも負けない自信があるのに、
こういう切ない気持ちには……打ちのめされそうなくらいに弱いのよ――。
口ゲンカや魔物を倒す度胸だけは誰にも負けない自信があるのに、
こういう切ない気持ちには……打ちのめされそうなくらいに弱いのよ――。