ステラ・プレイヤーズ〔ⅲ〕 3*大町星雨

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 外に戻ると、暖かい風が吹き込んできた。腕を広げて風を受け止めてみる。保管室は寒いし生活感がしないし、正直しょっちゅう行きたいとは思えない。
 私たちは、そのままサラの部屋に行った。中庭に面した窓は開け放ってあって、丁寧に手入れされた花壇が良く見えた。
 サラは私に座るよう促すと、棚から辞書のように厚い本を一冊、手帳ほどの大きさの本を一冊取り出してきた。それを私の前に差し出す。
「こっちの厚いのがオルキーラン語の辞書。こっちが色々なことを書き留めるためのノート。持ってっていいよ」
 私はあいまいに頷きながら、その二冊を受け取った。家では電子辞書を使ってたから、紙の辞書なんて本当に久しぶりだ。使い込まれたページをめくってみると、もう見慣れたアラル語の他に、象形文字のような記号が書かれていた。何かはすぐに分かった。クラルに刻まれているオルキーランの文字、オラケラだ。
「オラケラは五千年ほど前から使われている文字で、変わった仕組みを持っている。文章の中で使う時は音を表す。里菜の住んでた所でいう、平仮名みたいなもの。そして一文字ずつ単独で使う時は、意味を持つ。漢字みたいなものかな。クラルにこの文字が刻まれる時は、全体で意味を持つ文章にしながら、一つ一つの文字に、それぞれの意味もこめていくの。古い言語だからちょっと複雑だけど、ゆっくりやっていこう」
 サラは私の辞書の見開きを開いて指さした。オラケラが並んでいて、その下にアラル語でそれぞれの音と意味が書きこまれている。
「予定としては、午前中にここに来てもらってオルキーラン語を学ぶ。午後は修行場でオラスを使う練習をしましょう」
 私は辞書の縁に触れながら、浮かんだ疑問を口にした。
「でも、クラルに前の人の記憶があるなら、どうして言葉や技術を学ぶ必要があるんですか?」
 もっともな考えね、と言うようにサラが頷いた。
「それも一理ある。でも人の記憶と同じように、クラルの記憶は薄れていくの。それにオルキーラン語を知っていた方が、正確に自分の考えをクラルに伝えやすい。元々クラルに刻んであるのはオルキーラン語だからね」
 そしてオルキーラン語の勉強が始まった。まず文字を覚えるのは簡単だった。まず数が少ないし、読み方は一つしかないからだ。
 逆に文章の仕組みとなると、これが難しい。アラル語みたいに作られた言葉じゃないから、はっきりした決まりがない。その上古い言語だから例外が山ほどある。
 日がてっぺんに昇るころには、私の頭はずきずきいっていた。一気に勉強した後に来る、あの頭痛だ。
 昼食後、オラスの訓練場に案内しながらサラが口を開いた。
「まずは基本からね。今までも追い込まれた事態の時には使えていたみたいだけど、力の加減や使い方、長く保つ力は練習しないと身につかないからね」
 連れてこられた部屋には、十畳ほどの空間の奥に大量の引き出しがついた茶色のタンスが置かれていた。壁の一辺を完全に覆っている。壁や明かりは青に統一されていた。ドアが閉まると、外の音が一切聞こえなくなった。これならクロリアにいたときと違って、訓練だけに打ち込める。クロリアの時はトレーンさんの所に行って実験してたんだけど、人に見られちゃいけないっていう感覚があって、あまり集中できなかった。
 サラが自分のポケットからペンを取り出して、床にあぐらをかいた私の前に置いた。
「クラルを抜いて、足の間に置いて。柄を両手で握っているといいわ。それでこのペンに考えを集中させて、できるだけ長く浮かばせていられるようにして」
 私はクラルを握り締めながら頷いて、肩の力を抜いた。刃先は真っ直ぐ目の前のペンに向いている。私はそのペンをじっと見て、習ったばかりの言葉で「アルンナオウ トゥイナ(ペンよ上がれ)」と小声でつぶやいた。
 しばらく何も起こらないように見えた。やがてペンがゆっくりと横に揺れだす。まるで動くのをを嫌がっているみたいだ。私は意識を一点に集めて、心の中でもう一度言葉を繰り返した。
 震えながら、ゆっくりとペンが上がり始めた。二、三センチまで来てバランスを失ったかのように傾き、落ちていきそうになる。私は急いでクラルを握りなおした。
 ペンはあと数秒空中にとどまった後、重力に引かれて床に転がった。カラン、と言う小さな音がもの悲しく響いた。私は手を後ろについて、荒く息をついた。体は全く動かしていないのに、五十メートル走の後みたいに熱くなっている。
「初めてとしてはいい方よ。私は最初、どうにか転がすだけで精一杯だったんだから」
 サラが横に座りながら言った。それを見て、ふと中学校に来た教育実習の先生を思い出した。教え方は先生よりちょっと厳しいけど。私は息を整えようとしながら聞いた。
「今まで、使った時は、軽いだるさを感じる、だけだったのに、どうして今回は」
 サラが質問の意味を理解して、床に落ちたままのペンを見ながら答えてくれた。
「まず、緊急事態の時は普段では考えられないほどの集中力が出せる。これまであなたがオラスを使ってきたのは、全てそういった時よね。もう一つ、今は自分の限界を片隅に意識しながら使おうとしている。それを超えた力を出すこともできるけど、その後は心身の疲労が激しくなる。結果気を失ったり、ひどい時にはそのまま目が覚めないこともある」
 目が覚めないって。体の表面の熱さを感じつつ、体の中はすっと冷えていった。そんな私を見て、サラは安心させるように笑いながら、私の肩を叩いた。
「そんなに心配しなくても大丈夫。意識していなくても、自分の限界は自分が一番心得ているもの。いざという時に、無茶しすぎなければいいだけだから」
 そう言うと、サラは再びペンを私の前に置いた。
「他の考え事を忘れて、これだけに集中するの。緊張感を切らさないようにして」



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