ステラ・プレイヤーズ〔ⅲ〕 2*大町星雨

Ⅶオルキーランの修行
 トゥスアに着いた次の日、私は昨日かなり疲れていたくせに、朝早くに目が覚めた。新しい環境で心が高ぶってるみたいだ。遠足とか修学旅行とかの前みたいに。部屋を見回したけど、ウィラ・ソルインの姿は無かった。
 机の上に目をやると、お盆の上に朝食が用意してあった。横には小さなメモがある。定規で引いたような角ばった文字が、これまたきっちりと並んでいる。鉛筆で書いてなかったら、印刷かと思えるくらいだ。
『朝食後寮の入り口 村の案内』
 これは、間違いなくウィラだ……。私の遠足気分は一気にテスト前の気分にまで落ち込んだ。
 朝食の後ずっしりした心を抱えて寮の出入り口に行くと、相変わらずのしかめた顔で、ウィラが待っていた。
「あ、おはよう」
 今日はよろしく、と言うつもりだったのに、ウィラは返事も待たずに歩き出してしまった。ちょっと、せっかくこっちが友好関係を築こうと努力してるっていうのに!
 私は心の中で叫びながら後を追った。
 ウィラが近くの建物全体を指差した。平屋の小ぢんまりとした家々だ。
「一般の家」
 それ以上何も言わない。耐え切れなくなってこっちから口を開いた。
「一般ってどういうこと?」
「本部、寮、それ以外」
「……あ、オルキーラン以外の人が住んでる家ってこと?」
「ん」
 全部がこんな調子だった。こっちはキレそうになるのを何度もこらえる事になった。
 ウィラの案内で改めてこの村を見て、規模の小ささに驚いた。オルキーランの遺族が住んでいる家は全部で三十位。オルキーランの寮は五階建ての建物、オルキーランの修行場とその住宅街の間にあった。片仮名のロの字型になっていて、中庭もある。寮に住んでいるのは一人前のオルキーランと、十二歳以上の見習い(と言っても私を含めて三人だけだけど)だそうだ。後は家族と一緒に暮らしている。あとは昨日の離着陸場とその向こうに共同菜園、これで全部だ。
 案内にはほとんど時間がかからなかった。村が小さいせいと、ウィラがほとんどしゃべらなかったせいだ。あと、私もさっさと終わらせてウィラと別れたかった。
ウィラはそのまま、私を修行場のある建物へ連れて行った。入り口から入ると、サラが待っていた。
 サラは早足で立ち去るウィラとそっちを見もしない私を見て、ただ軽く肩をすくめた。背中で長いポニーテールがゆれる。
「ついて来て」
 サラはそう言うと、建物の奥に私を案内した。階段を下ると、ひんやりとした空気の中に、ドアがひとつだけあった。でも地下なのに、そのドアに近づくに連れて暖かくなってくるような気がする。サラがドアのへりに手を当てると、かちりと鍵の外れる音がした。
「ここは使われていないクラルの保管室。混乱の中、わずかだけど持ち出すことができたの」
 サラがそう言いながら中に入った。自動的に明かりが点いて、部屋を白く照らし出した。
 十畳ほどの部屋の壁に、いくつも箱が並んでいた。両手で持てる大きさのものから、長剣が入っているらしい細長いものまで。どれも色鮮やかな、細かい装飾がされている。
 外以上に肌寒い。なのにここにいると、何だか家族に囲まれているような、あったかい気持ちになってくる。クラルの持つ力のせいかな。
「クラルは作られる時に、まず鍛冶職人によってオラスが吹き込まれる」
 棚の間を回りながら、サラが口を開いた。
「そして一時的に保管されるの。オルキーランになりたい人は約三年間の訓練の後、保管室に連れてこられる。一つ一つのクラルに触れていき、クラルがその子を認めた時、子どもはオルキーランになる許可を得る」
「クラルが選ぶんですか? それにクラルがもらえるのは訓練の後なんですか」
 私は腰に下げた、自分のクラルに触れながら言った。サラが頷く。
「本来は訓練の後だけど、今は非常事態だからあまりこだわらない事にしているの。クラルに相手を選ばせるのは、作り手を尊重するという意味もあるし、そのクラルを使っていた先代の意見を聞くという意味もある」
 私の頭の上に、「?」が一つついた。ちょっとついていけなくなってきた。サラが箱の装飾をなぞりながら説明する。
「オルキーランが亡くなった時、そのクラルはまた保管庫に帰って来るのよ。そのクラルは持ち主だった人の人生を記憶しているの。その分オラスも強くなっている訳。だからクラルを何代にも渡って使うことで、そのオラスは強化されていくし、その記憶から解決策を見出すこともできる」
 私は頷きながら、短剣の柄をこすった。じゃあ危険な時に声をかけてくれたり、夢の中で見覚えのない状況を見せたりしていたのはクラルだったんだ。
「そう言えば、昔私の家に短剣を――クラルを持ってきたのは誰だったんでしょう? やっぱりオルキーラン?」
 私が首を傾げると、サラの指が装飾の上で止まった。
「……それはきっと地球に偵察に行ってたオルキーランよ。公に政府と接触を持つ前から、地球にはアラルの調査隊やオルキーランの偵察員が行ってたから」
 私はクラルの柄を握りながら、記憶にない前の持ち主を思い浮かべようとした。母さんの話では私も会ってるはずなんだけど、どうも思い出せない。クラルが私の家に売られたのは八年前だから、ちょうどオルキーランが滅ぼされかけた時と一致する。クラルを持っていたらアラルに見つかると思って、とっさに近くの家に売ったのかな。でもそんなことしたら売った先が危なくなるかもしれないし(実際なってる)、山にでも捨てた方が手っ取り早かったはずだ。なのになんでわざわざ私の家なんかに。
 サラに聞いてみると、サラも厳しい考え込む表情になった。しばらくして、小さくため息をつく。
「その疑問には、私も答えられないわ」
 私は目の前にある答えに手が届かないような不満を抱えながら、サラに続いて保管室を出た。



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最終更新:2012年07月18日 17:56