ステラ・プレイヤーズ〔ⅱ〕 6*大町星雨

 私はオルアの基地を歩いていた。人の声がしていて、にぎやかだ。
 足が何かに引っかかって、私は下を見た。足首に緑色の触手が巻きついている。はっとして振り向くと、あの巨大イカがこちらをにらんでいる。助けを呼ぼうとしても、場所がいつの間にか洞窟の中に変わっている。
 私は触手を引き剥がそうとしながら、腰のクラルを抜こうとした。なのに何も無い。皮のベルトが下がっているだけだ。背筋がぞくりとして、私は上を見上げた――。

 眩しさに目を細く開けると、くすんだ白い天井が見えた。自分がオルキーランの寮で寝ていたことを思い出しながら、私は何度か瞬きをした。
 そこでようやく、ベッドの脇で誰かが見下ろしているのに気づいた。サラが呼びにきたのかな。そっちを向くと、三つの目が黒く冷たい視線でこっちを見ていた。一七、八歳ぐらいに見える。短い黒髪が厳しい表情に似合っていた。目が三つって……この人、ルシン人なの?
「汗かいてんのに布団かけてなきゃ風邪引くぞ。まあ馬鹿は風邪引かないっていうけど」
 彼女はそれだけ言うと、部屋の奥に歩いていった。少し子どもっぽい高い声だ。私は袖で額の汗をぬぐいながら起き上がった。鼻の頭を液体の流れる感触がする。寝ながらこんなに汗をかいたのは初めてだ。
 ベッドから降りながら彼女の方を見ると、机の上の本をまとめて、その中から一冊を取り出している所だった。その手首に黄金色の腕輪がはめてあり、オルキーランの文字が彫ってある。腕輪式のクラルかな。彼女の健康的そうな小麦色の肌と対象的だ。彼女は本を小脇に挟むと、こっちを振り向いた。
「オウイルが来いって言ってる。同じ部屋なんだから案内しろってさ」
 こっちを見ずに、まさに地面にはき捨てるように言い放った。私は妙に納得しながら頷いた。間違いなくこの部屋の持ち主だ。部屋の空気とこの子の空気がぴったり合う。
 彼女が私を置いて歩き出そうとした。私は急いで立ち上がりながら、その背中に向かって聞いた。
「私、星崎里菜。あなたは?」
 あえて優しい雰囲気で聞いてみたんだけど、振り返った顔には「何でこいつに答えなきゃなんないの?」と書いてあった。眉間にしわが寄っている。
「……ウィラ・ソルイン」
 しばらく言おうか迷った末に発したらしい言葉だった。これで分かった。
 私、この人とは一生合いそうにない。

 寮の廊下に出ると、とうに日は落ちてあたりは暗くなっていた。部屋の窓から漏れる光で、薄暗い廊下がぼんやりと浮き上がっている。
 彼女――ウィラは私に構わずどんどん進んでいく。時折光を反射して、両手首の腕輪が光る。
 私は早足で後を追いながら、ウィラを観察した。背は私より少し低い。裾から突き出した手足は細い。でもやせて細い訳ではなく、筋肉が引き締まっていて細いという感じだった。そして何より、人を拒絶するような冷たくとげとげしい空気が年上らしかった。本当にルシン人なのか聞いてみたかったけど、のど元でつっかえた。
 やがて似たような部屋の一つに着いた。ただしウィラと私の部屋の二倍以上はある。
 ウィラがその前に立つと、自動扉が開いて明るい光が漏れ出した。
「ああウィラ、ありがとう」
 中で座っていたサラが、立ち上がりながら言った。木のテーブルにはカップが置かれている。
 ウィラは私をちらりと見ると、サラに向かって早口にしゃべりだした。私の知らない言語で、全く理解できない。サラも同じような言葉で返している。時折私を見てる様子からして、私について話してるらしかった。
 急にウィラが怒ったように激しい口調でサラに迫った。サラはなだめるようなしゃべり方だ。ウィラはサラを睨みつけると、それより厳しい目つきでこっちを見た。何か言いたそうだったけど、私の横を抜けて早足に歩きさった。
その後ろ姿を呆然と見ていた私は、サラに肩を叩かれた。振り向くと、申し訳なさそうな顔をしている。
「あの子のことは許してやってね。大抵の人に対してあんな調子だから。まだ十四歳だしね」
 私は顔面にパンチを食らったような気分になった。十四ってことは、あの子私より一つ年下ってことじゃない! 年下なのにあんな態度だったの? あの子の雰囲気はいかにも年上っぽかったのに、年下なの!?
 私は到着早々打ちひしがれながら、サラに続いてイスに座った。
 混乱しきりの私の前に、サラがカップと簡単な食事を置いてくれた。紅茶を一口飲むと、甘みで体の力みが取れた。ウィラといる間、知らないうちに緊張してたらしい。
「確かにウィラは冷たい態度を取ることもあるし、厳しいことも言うよ。でも技術や知識は立派だから、色々学ぶ時に助けになるよ」
 私の表情を見て、サラが付け足した。私はしぶしぶ頷く。本心じゃあんな子に教えてもらうのはまっぴらだ。
「ウィラ、はルシン人なんですか」
 名前を口にするのをためらいながら、私は聞いた。サラはどう答えようか迷うように首をかしげた。
「父方の祖母がルシン人だったの。おばあさんと父親はルシナ・フレスタのウイルスで命を落としている」
 ウィラの冷たい表情が頭に浮かんだ。あの態度は、その時からずっと変わってないのかな。
「ここに住んでいる人たちは、オルキーランとその家族、ルシン人の血をひく人たち。ルシン人だからとか、オルキーランの子どもだからとかいう理由でオルキーランになれる訳じゃないけど、アラルはこんな人まで脅威とみなしているみたいでね。だから今訓練している子達全員の親はオルキーランで、そのほとんどが八年前の混乱の中で亡くなっている。だから家族についての会話はできるだけ避けてほしい」
 サラがまっすぐこちらを見ながら言って、私はカップを握り締めたまま、首を縦に振った。自分ももう長い事家族に会ってないけど、きっと地球で生きてる。でもあのウィラはもう会えないんだ。そう考えると、さっきの態度をちょっと許してもいいかな、と思えた。
 しばらくして、サラが軽く息をついた。口調を明るく変える。
「それじゃ、あなたがオルキーランやクラルについてどの位知識があるのか話してもらえる?」
 そう言われて、私は時々食べ物を口に入れながら話をした。トレーンさんが話してくれた事、自分が体験した事。一通り話し終わると、サラは何度か頷いた。
「ちゃんと訓練を受けてないのにそれだけの事ができるなら大したものよ。オラス――オルキーランの言葉で『想い』という意味で、力の源になる存在だけど――もある程度制御できてるし、欠けている所も学べば後でついてくる」
 ほめてもらえたせいか、なんだか嬉しかった。
「訓練は明日の午後から始めるわ。午前中はこの村の案内をしてもらうといいよ。ウィラに頼んでおくね」
 私は唇を噛んだ。
「他の人じゃいけませんか?」
 サラは柔らかく微笑んだ。
「初対面の印象が本物だとは限らないよ。同じ部屋になったことだし。それに私は、あなたたちは案外合うんじゃないかと思ってるんだけど」
 私は心の中で、勢いよく首を横に振った。許せるかどうかと仲良くできるかどうかは別物だ。



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最終更新:2012年01月23日 14:47