こえをきくもの 第二章 4*師走ハツヒト

 まず現れたのは先程の団長だ。
 相変わらず玉に乗っているが、シルエット的に上下をひっくり返してもわからないだろう。
 団長は玉に乗ったまま器用に礼をする。
「お集まりのーォ皆々様ッ! よーォこそパキャルコサーカス団のショーへッ! ワタクシ、団長のパキャルコです」
 団長の名前だったんだ。変な名前。親も考えて付けろ。
 ネトシルもエルガーツも旅人も思った。というか会場中が思った。
 そして当のパキャルコはそんな事慣れっこだった。
 漂う憐憫の空気を意に介さず口上を続ける。
「これより! ワタクシども始めますのはァ、驚天動地のサーカスにィィございマス!」
 何度も上げている口上だからか、言葉の端々に妙な節回しがついてそれだけで少し滑稽だ。
 ふと、旅人が無言でエルガーツの肩をつついた。顔を向けると、サーカス小屋の外で売っていた果実飴を三つ持っている。どこまでも用意の良い事だ。
 うち二つを渡し、顎でネトシルにも、と示した。ネトシルは熱心に団長を見つめて口上を聞いていた。彼女もサーカスが初めてだからだろう。
 同じように肩をつついて飴を渡す。ネトシルが顔を向けるとエルガーツの向こうで旅人が『僕からでーす』とばかり自分を指し微笑んでいた。エルガーツは突っ返すかなと思ったが、意外と嬉しそうに受け取り食べ始めた。
 ……餌付けに弱いのか?
 エルガーツはそこはかとなく不機嫌になった。嫉妬、というよりは、難解なパズルに取り組んでたら、いきなり横から現れた人にサッと解かれた気分だった。
「以上が本日の演目デス! さて、口上はこれくらいに致しましてェ、それでは始めたいと思いマス! 皆々様、ごゆっくりお楽しみ下さい!!」
 そうこうしている内に口上は終わったらしい。演目説明を聞き逃した事に彼は気付いたが、知らない方が面白いかも知れないと気を取り直した。そして、さっきの不機嫌はどこへやら、期待に満ちたわくわく顔になった。
 外で団長が客寄せしていた時に演目についても言っていた事を、どうやら完璧に忘れているらしかった。

 まず最初は曲芸。
 壮麗なファンファーレと共に、きらびやかな衣装を纏った四人の女達が舞台の上に現れ、衣装の裾を閃かせ煌めかせながら様々な舞や雑技を披露していく。ある種艶めかしい動きに思わず「おぉ~」とか言ったエルガーツはネトシルに冷ややかな目をされた。
 自分だってさっき下の人の掌のみを支えに逆立ちした人には目を輝かせてた癖に。思ったが口にはしなかった。
 両手合わせて六枚もの皿を回したり、酒壜のような形の棒を互いに投げ合ったり、色とりどりの旗をかざして踊ったり、うっとりさせつつも次第に興奮が高まるような素晴らしい物だった。
 しかし「うわー」だの「すごーい」だの「今の見た!?」だの隣の旅人程歓声を上げている人もいなかった。
 正直ちょっとうるさいんですけど。エルガーツが横目で睨んだが、旅人は気付かないようだった。
 その次の演目は手品だった。
 燕尾服にシルクハットの出で立ちで現れた手品師が、帽子の中から、ハンカチの中から、燕尾服の裾から、懐から、何もない所から、いたる所からあらゆる所から純白の鳩を出してみせた。
 ただ彼にとって不幸だったのは、飛び立って舞台袖に消えるはずの鳩達が全てネトシルに飛び寄って止まった事だ。
 当然、騒然となった。
 結局観客と手品師とその助手の全員に見つめられ、仕方なくネトシルが威嚇の気配を発するまで、鳩達はネトシルの頭や肩に居座り楽しげに「クルックー♪」などと鳴いていた。旅人はしきりに果実飴で鳩を呼ぼうとしていたが、見向きもされなかった。つくづく不憫な男だった。
 髪の長い歌姫が、きらきらと光る素材のドレスを纏って歌い、誰も彼もが聞き惚れる。
 化粧を施し奇抜な衣装を着た二人のピエロが、滑稽な動きで菓子を奪い合い、誰も彼もが笑い転げる。
 短い胴着にたっぷりとしたズボンの異国風の服を着た男が、布を巻いた二本の曲刀を操り、誰も彼もが息を飲む。
 あっという間に時間は過ぎ、とうとう最後の演目になった。
「それでは参りましょう、本日最後の演目にして我がパキャルコサーカス団の一番人気の見世物、
動物達のショーです!」
 それを聞いた瞬間、にわかにネトシルの表情が変わった。今日一番目が輝いている。
 爛々と。煌々と。炯々と。
 再びファンファーレが高らかに鳴り響く。
 可哀想な名前の団長に連れられ、二本脚で歩く、チョッキを纏った小熊が現れた。
 舞台中央で小熊は台に乗り、団長と一緒に可愛らしくお辞儀をした。喝采の声が観客から上がる。
 おもちゃ箱のような楽しく明るい音楽が奏でられると、ひらひらとした裾の短いドレスを纏った少女が二人現れ、裾をつまんで一礼した。それと同時に団長は舞台袖へ消える。
 音楽に合わせ少女が右手を差し上げる。すると小熊も同じように右手を上げた。
 少女がその手を振ると小熊も短い手を一生懸命振る。
 その愛らしさに観客達は魅了された。
「きゃー!! 可愛いー!」「いやーん今こっち向いたっ!」「ね、ぱぱあたちくまさんほしい!」「クマちゃんこっちも向いてー!」「私にも手を振ってー!」「彼女にしてー!!」「結婚してー!!」「さらってー!!」
 何か色々間違っている気がする。男性陣は同じことを思った。
 少女達と手を繋いで小熊は楽しげに体を揺らし、最後は少女達がくるりとドレスを翻して回ると、その繋いだ手を軸に宙返りをした。それを見た観客の拍手たるや、まるで嵐の日の雨の音のようだった。
 黄色い声は稲妻に匹敵した。
 小熊は最後に観客全員に手を降りながら、退場して行った。
「いやぁ可愛かったねぇあのくまさん! もう何?! 焦げ茶色の妖精!? 踊るクマなんて初めて見たよー!! 凄いね、一家に一匹欲しいよね!」
 あの手の振り方がさぁ、とかひたすら喋り続ける旅人に、エルガーツは耳栓を持っていない事を激しく後悔した。それでも、彼もかなり興奮したのは動かしようのない事実だ。
 ふとネトシルをちらりと見る。



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最終更新:2012年01月23日 12:54