こえをきくもの 第二章 2*師走ハツヒト

 この国には、何年も前から奇妙な獣が徘徊するようになった。
 人々がいつしか《混ざりもの》を意味するラーグノムと呼ぶようになったその獣たちは、人々がよく知っている獣を混ぜ合わせたような姿をしていた。
 あるいは、猫と犬の。あるいは、牛と馬の。
 この奇妙な獣たちは、ある一つの特徴があった。狂ったような凶暴性である。小さなラーグノムが大きなラーグノムを襲い、人の武器や相手の数の多さを恐れない。
 ネトシルは、獣の声を聞き、その意味を理解する事が出来るがゆえに、その凶暴性の理由を知っていた。それは、何者かによって作り出された彼らは常に苦痛に苛まれているから、というものだった。
 彼らを救うには、その命を絶ち、その魂を混ぜ物の身体から解き放つしかない。ラーグノム自身もそれを望むが故に、死を恐れぬような、むしろ自殺的な行動を取るのだ。
 苦しむラーグノムを救いたい。そんなネトシルの考えに同調した流れの傭兵エルガーツは、彼女と共に旅を始める事を決意。
 二人はラーグノムに関する情報を集める為、隣の町ドノセスを経由して都市ワイティックを目指していた。

 次の町ドノセスには驚くべき事に昼前に着いた。
「ぜー、はー、うー」
「体力ないな」
「いやお前の足が速すぎるだけだから!」
 半日の道を、その四分の三の時間しかかけずに行った。途中で何度かラーグノムに襲われもしたのに、だ。
 なのにこの女はこの程度当然だとばかり汗ひとつない涼しい顔をしている。この女はケモノだと思ったが、実はバケモノだったのか。コンパスはオレの方がとか思い始めるとエルガーツは本格的に情けなくなってきた。

 昼時のメシ屋兼以下略は妙に混んでいた。村全体の空気も何故か少し浮ついている。
「何か祭でもあんのか?」
「興味ないな」
 ネトシルは捻り麺の野菜和えを結構なスピードで平らげつつ素っ気なく答える。
 こいつに聞いても無駄だった。そう思い、エルガーツは近くに座っていた旅人らしき若い男に話しかけてみる。
「なんか賑やかな感じだけどさ、何かあるのか?」
「何ってキミ、知らないの?」
 旅人は大いに驚いた様子だ。エルガーツはそれでも素直に答える。
「あ、うん」
「今夜はね、この村でサーカスが上演されるのさ!」
 大仰に両手を広げ、もうたまらないとばかり、とびっきりうきうきと旅人は答えた。
「サーカス?」
「そう! 旅回りのサーカスでさ、小さいトコなんだけどそりゃあもう楽しみで。あぁっ! 早く夜にならないかなぁ!」
 もはや旅人は踊り出しそうな勢いだ。わくわくする病か何かに感染しているのだろうか。
「へぇ、教えてくれてありがとう」
 このあたりで会話を止めないと、嬉しさのあまりこの旅人こそ曲芸でも始めてしまいそうなので、エルガーツは礼を言ってネトシルを向いた。
「だってさ」
 おそらく今の会話はネトシルにも聞こえていただろう。
「オレ、そういえばサーカス行った事ないなぁ……なぁ、オレ達も行かないか?」
 その病は既にエルガーツにも感染ったらしい。
「断る」
 即刻切り捨て得意技。冷たい視線のおまけ付。
「……そうか……」
 がっくりと肩を落としたエルガーツだった。ネトシルは当然とばかりフンと鼻を鳴らした。
「おやおやおや~ぁ? そっちのお連れさんは随分とつれないねぇ。
あ! お連れさんなのにつれない、これ面白くない? ねぇ面白くない?」
 そこで会話に割り込んで来たのは先程の旅人だ。
「黙れ」
 流石にネトシルでなくてもこの反応になるだろう。
「そもそもサーカスとは何だ?」
 真顔でネトシルは聞いた。何かすら知らずに行かないと否定したらしい。
「え、ちょっとサーカスも知らないの? どこの田舎出身?」
「喧しい」
 赫怒のオーラがネトシルの背後から立ち上った。出身地に何かコンプレックスがあるようだ。
「ま、まぁいーや、そんなことはどうでも、ねっ」
 流石の軽ノリ旅人もちょっとたじろいだ。しかしすぐにテンションを戻しぺらぺらと喋り始める。



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最終更新:2012年01月23日 12:47