自分用SSまとめ
12 面影
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meteor089
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12 面影
初めての感覚だったな……達成感……っていうのかな?
暗黒神を倒して、トロデーン城が復活した時に見上げた空は
……今までに見たことが無いぐらい綺麗だった。
この世の全ての汚れたものが、一掃された感じで……何とも言えなかったよ。
トロデ王もミーティア姫様も、城の人たちもみんな元の姿に戻ってさ、本当に嬉しそうだったんだ。
オレとしたことが、ちょっとウルッと来たもんな。
みんなの喜ぶ顔見てたらさ、こんなオレが、みんなの役に少しでも立てた……って思えたからね。
トロデ王はその日のうちに、祝いの宴を開いてくれたんだ。
城の人たちは、呪いがかかっていた間の分まで楽しもうとしているのか、バカみたいにはしゃいでたよ。
そうそう、城のメイドの中には結構可愛い娘もいてさ……オレとしては口説かずにはいれなかったね。
これは……オレの悪いクセだよなぁ。
オレがメイドのエイミちゃんって娘を城の影で口説いてたら、
後ろでガキどもが「危ない!」とか「お姉ちゃん、何やってんの?」とか叫んでるんだよ。
人が真剣に口説いてるときにうるせぇな、と思って振り返ってみたら……
ゼシカがものすごい顔してこっち見てたんだけど……。
オレに向かってメラ……じゃねぇよ、あれは!メラミかイオラぐらいの勢いだったぞ!
それをオレに向かって投げようとしてたんだよ!
……オレのあせった顔を見て、とりあえず引っ込めてはくれたけどな……。
ゼシカはいつもそういうことをした後、大体拗ねたような顔をして、
それがまたどーしようもなく可愛かったりするんだけど……
その時はどういう訳か、酷く落ち込んだような顔をしていたんだ。
その日の宴がとりあえず終わり、オレとゼシカとヤンガスは飲み足りなくって、
トロデーン城の客室を借りて、三人で飲み続けていたんだ。
「解らねぇでがす……!」
グラスに注いだワインをグイっと飲み干したヤンガスが、突然声を上げた。
あんまり突然だったんで、びっくりしたオレとゼシカは思わずヤンガスの顔を見た。
いつもの面白い顔が、酔ったせいで更に面白い顔になってたな。
「なんでトロデのおっさんや馬姫様に、兄貴は自分の正体を言わないんでがすか?
このまんまだと兄貴はずっと城の兵隊で一生を終えちまうんでがすよ!」
何のことかと思ったら……暗黒神を倒す前にたまたま行き着くことが出来た、
エイトの故郷である竜神の里でのことだった。
そこでエイトが何者であるかが解ったんだけど、エイトの爺さんの家で一泊した時に、
エイトが妙に真剣な顔をしてオレたちに言ったんだ。
「みんな……お願いがあるんだ。さっき聞いた僕の秘密やトーポ……
ぼくのお爺さんのことをさ……陛下や姫様には内緒にしておいてくれないかなぁ……」
オレはびっくりしたね。だって、エイトがサザンビーク王家の正統な血を継いでるってことが解ったんだぜ?
そうしたら愛しのミーティア姫様とだって結婚できるじゃねーか!
「ど……どうしてでがすか?」
ヤンガスは驚きを思わず声に出してしまっていた。
オレも何か言いたい気分だったんだけど、ゼシカだけは妙に冷静で……必死にエイトを問い詰めようとしていた
ヤンガスを「今はエイトの言う通りにしましょ」と言って、宥めていたんだ――。
エイトの考えは、確かにいまいち腑に落ちない。
オレも酔った勢いで、ヤンガスの言葉に乗った。
「そうだな……サザンビークの王家の血を継いでるとなると、エイトがあの国の王様になる
可能性だってあるわけだし、ミーティア姫様の結婚相手にもなれるわけだからな……」
すると、俺の向かいに座っているゼシカが突然口を開いた。
「私……何となく解るわ、エイトの気持ち……」
「ど、どういうことでがすかっ!!」
ゼシカの言葉を聞いて、ヤンガスはオレの隣の椅子から興奮したように立ち上がり、
ゼシカに向かって体を乗り出した。
ゼシカはゆっくりグラスのワインを口にして、グラスを静かにテーブルに置いた。
「多分……ミーティア姫様のこと考えてるのよ。エイトはね、自分のことよりも……
まず姫様のことを第一に考えてるんだと……思う。
だって今ここでエイトがサザンビークの王位継承者だって言ったら、サザンビーク国内だって混乱するだろうし、
そうなったら姫様のせっかくの良縁も台無しになりかねないし……」
そこまで言うと、ゼシカは軽く目を伏せた。
「エイトは……ほんとに姫様のことが好きなのよ……」
オレはゼシカがあんまり深刻な顔をしてるんで、思わず軽口を叩きたくなったんだ。
これもオレの悪いクセだよなぁ。
「へぇ……男心をよく解ってんな、ゼシカ。そろそろオレのお前に対する
優しさにも気づいて欲しいもんだけどなぁ?」
ゼシカは表情を変えず、オレを見据えて言った。
「あんたは……全ての女の人に優しいだけでしょ」
「まだ根に持ってんのかよ?今日のこと――」
「違うわよ!」
オレたちの言い合いが長引きそうなのを見越して、ヤンガスは大声で叫んだ。
「あーー!!!もういいでがすよ!時間も遅いし、今日のところはもう寝るでがす!」
オレたちはそれぞれに割り当てられた部屋へ入り、オレは自分の部屋のベッドに横になった。
そしてグローブを外した左手をじっと見ていた。
――そういやぁ最近、全然ゼシカに触れていないような気がする。
暗黒神の戦いや竜神の里でのことやらでバタバタしてたのは解るけど……避けられてんのかな?
ドニの町に寄って以来、どうもゼシカのオレに対する態度がおかしいような気がしてならないんだ。
セイラのやつ……ゼシカに何かいらないことでも吹き込みやがったのかもな……。
オレは……ゼシカを特別な存在だとずっと思ってきたんだけどな……。
それがゼシカに上手く伝わっているかどうかは別だけど、さ。
――ああ、バカみたいだ。考える暇あったら、さっさと口説いちまって、
ベッドに連れ込んだ方が早いのにさ……何やってんだよ、オレ。
◇
結局、トロデーン城では一週間ぐらい過ごさせてもらったのかな……。
もうそろそろ城を出発しなきゃ……とみんな思ってた時だった。
突然トロデ王からお呼びがかかり、接見の間に呼ばれたんだ。
堅っ苦しい態度の近衛兵に付き添われ、オレとゼシカとヤンガスの三人は玉座の前に並んで立たされた。
玉座にはトロデ王とミーティア姫様が並んで座り、玉座から少し離れたところに
エイトがいかにも近衛兵らしく、背筋をピンと伸ばして立っていた。
「さて……長い旅路、まことにご苦労であったな!
で、そなたたちはこれからどうするつもりじゃ?言うてみい!」
トロデ王の問いに最初に答えたのは、ヤンガスだった。
「アッシは……とりあえずゲルダに鉄球を返しに行く必要があるんで、
ゲルダんとこへ行こうと思ってるんでがすが……」
「そういえば……ヤンガスの故郷ってどこなの?」
エイトがそう聞くと、ヤンガスは突然胸を張って答えた。
「そりゃ、アッシにだって故郷があるでがすが……そんなモン、今はもう必要ないでがすよ!
兄貴の近くがアッシの心の故郷でがすからね!」
「ヤンガス……なんかそれ、かっこいいな……」
オレが思わずそう口にすると、トロデ王の隣にいたミーティア姫様がぷっと吹き出した。
「ヤンガスさんは……本当にエイトのことを慕ってらっしゃるのね。
エイトの故郷はこのトロデーン城ですもの、ヤンガスさんもここを故郷だと思って頂いてもいいのですよ」
気高く微笑む姫様にそう言われたヤンガスは、ちょっと複雑そうな顔をして笑っていた。
「ゼシカ、お前はどうするつもりじゃ?」
トロデ王が話をゼシカに向けると、ゼシカはチラッと隣にいるオレを見て、
その後少し俯いたまま、何か考えているようだった。
「私は……とりあえず家に帰ります。やっぱり母さんが心配だから……」
ゼシカがゆっくりと出した答えに、トロデ王は目を細めた。
「おお!それがよいぞ!親というものはな、自分のことよりも子供のことが心配なもんじゃからのぉ。
母上を十分労わってやるのじゃぞ!」
トロデ王はうんうんと頷きながら、微笑んでいる。
「――さて、ところでククール、お前に話があるんじゃがの……」
トロデ王は笑顔を引っ込め、オレを神妙な顔つきで見た。
「昨日だったかの……情報が入ってな。ベルガラックの教会でな、新しい神父を探しているそうじゃ。
何でも年老いた神父と若いシスターだけでやってきたそうじゃが、神父がだいぶ体力がなくなってしもうて、
シスターの負担が大きくなってしまっているそうじゃ。
それで新しい神父を迎えたい、と思ってるらしいんじゃが……。
お前は生臭ではあるが一応聖職者として資格を持っておるからの。……どうじゃ、行ってみんか?」
オレは思わずゼシカを見た。ゼシカは無表情のまま、じっと前を見ている。
オレはふうっと息を大きく吐き出し、トロデ王の方へ顔を向けた。
「……そうだな。特に帰る場所も決めてなかったから、行ってみるとするか。
ベルガラックはカジノもあるし、可愛い娘もいっぱいいるから……オレ向きだな」
オレの言葉を聞き、みんながクスクス笑い始めた。
「まったく相変わらずじゃの……。まぁ、ええわい。ほら、ワシの親書を持っていくがええぞ。
その中にお前の推薦状も入っておるから、教会の者に渡せばよい」
オレがトロデ王の元まで親書を取りに行くと、トロデ王はぽつりと呟いた。
「人は……誰にでも等しく幸せになる権利があるんじゃ。早よぉ自分の幸せを、自分の手で見つけるんじゃぞ」
オレはトロデ王の言葉に、思わず肩をすくめた。
◇
「ずっとみんなと一緒にいたから……寂しくなるな」
城の門の前までオレたち三人を見送りに来たエイトが、ポツリと呟いた。
夕焼けですっかり赤くなった空と一緒に、オレたちの姿も赤く染まっている。
「なーに言ってるんでがすか、兄貴!会いたいと思えば、いつでも会えるでがすよ!」
ヤンガスがまるで自分に言い聞かせるかのようにそう言うと、ゼシカも微笑んで答えた。
「何かあったら……また呼んでね。きっと私たちじゃなきゃ出来ないことって、あるような気がするから」
オレもため息を一つついて、言った。
「そうだな……仲間……だもんな」
「そうよ」
ゼシカはニコっと笑って言った。
ヤンガスもオレの言葉に照れたように頭を掻いてニヤニヤしている。
「じゃあ、元気でな」
「またね!」
「兄貴、アッシのことを忘れないでほしいでがすよ!」
エイトに思い思いの別れの言葉を継げると、オレは二人を連れて移動呪文を唱えた。
ヤンガスをゲルダの家の近くまで送り、その次にゼシカの故郷のリーザス村に着いた。
空はすっかり日が落ちて、夜になりかけていた。
村の入り口に掲げられた松明だけが、煌々と辺りを照らしている。
「このまま……ベルガラックへ行くの?」
リーザス村の入り口に着くなり、ゼシカはそう言った。
ゼシカはオレに向かって、悲しそうな顔をしている。
だからオレはなるべく、ゼシカに微笑みかけようとしていたんだ。……ゼシカも笑ってくれるように。
「今日はもう遅いからな。ドニの町に今日は行っとくよ。明日だな、ベルガラックへ行くのは」
「……そう」
ゼシカは何か言いたげな表情をして、目を伏せがちにしていた。
手持ち無沙汰なのか、スカートの生地を何回も手で撫でている。
「そうだ。これを渡しとくよ」
オレは右手のグローブを取り、嵌めていた指輪を外してゼシカの顔の前に差し出した。
「今度はちゃんと受け取ってくれるよな?」
「……いらないわ」
ゼシカは、顔を俯かせて答えた。オレはきょとんとして、思わず「……え?」と
素っ頓狂な高い声を上げてしまったんだ。
するとゼシカは、一言一言噛み締めるように、ゆっくりと言った。
「指輪……とか、物は……そういうのは……いらない」
「じゃあ、何がいいんだよ」
ゼシカは俯いたまま、言いたい言葉を口に出そうとしては、止める、というのを繰り返していた。
オレが指輪とグローブを嵌め直していると、ゼシカはやっと口を開いた。
「…………して」
うっすらと囁くゼシカの声は、夜の闇に消えそうなくらいだった。
「何?」
オレが聞き返すと、ゼシカはオレの顔を見て、覚悟を決めるように息を呑んだ。
「……キス……して」
そう言ったゼシカの顔は、少し赤くなっていた。
「……お安い御用さ」
オレはグローブを取り、ゼシカの顎を優しく掴んで持ち上げ、唇を合わせようとした。
するとゼシカは、いきなりオレの胸を両手で思いっきり力任せにドンと押した。
オレは思わずよろめき、危うく転びそうななった。
「……ったく何だよ!!何だよ自分からしてくれって言っといて!」
オレが腹立ち紛れに怒鳴ると、ゼシカはオレを怒ったような目つきで言った。
「『してくれ』って言ったら、そうやってみんなにするんでしょ!!
ドニの町のミラや、ベルガラックの踊り子や、トロデーンのメイドにだって!
……私は……そういうんじゃなく……」
ゼシカの瞳は涙が溢れていた。ゼシカはくるっと体を翻し、オレに背を向けた。
「……送ってくれてありがと!!もう……いいわ!」
その声は、涙で枯れていた。
オレはゼシカの後ろから、両肩に手を置いた。
「……ゼシカ」
話しかけても返事は無かった。細い肩が、涙を堪えているかのように、小刻みに震えている。
オレは一旦ゼシカの肩から手を離し、ゼシカを後ろからぎゅっと抱きしめた。
ゼシカの呼吸のリズムに合わせて、抱きしめているオレの腕がゆっくりと動く。
ゼシカの体の温かさと、夜風で冷えた服の冷たさが交じり合って、オレの体に伝わってきた。
オレは目を閉じ、そっと、ゼシカの首筋に唇をつけた。
ゼシカの体が、不意にビクッと震える。
こんなことしたらまた怒られるんだろうな、と思った。
それでも構わなかった。
ゼシカの面影を、オレの体に残したかった。
そして――オレが傍にいた証も、ゼシカの体に残るように……。
ゼシカの項から流れている後れ毛の感触を、唇に感じる。
少し汗ばんでいる体。
髪から感じる、石鹸の残り香。
甘く、狂おしいほどの肌の温もり。
――全て、オレのものにしたかった。
オレは唇をゆっくりと首の付け根にまで降ろした。
柔らかい肌に包まれた骨の硬さや、肌を伝う産毛の感触もいとおしい。
脈拍が素肌を伝わって、生き物のようにピクピクとオレの唇に触れてくる。
ゼシカは――両手を胸に当てて、俯いたままで黙っていた。
ゼシカのお腹の辺りで組んだオレの手に、ぽとりとゼシカの涙の雫が落ちて来る。
オレは静かに唇を話した。
そして腕をゼシカの体から離しても、まるで気づいてないかのように
ゼシカはそのままで、動かなかった。
「……じゃあな」
オレは一言だけ呟き、ゼシカに背を向け、移動呪文を唱えた。
◇
ドニの町の入り口に着いたオレは、町の中へと歩みを進めることが出来ずにいた。
町を囲む土壁に背中を押し当て、立ちすくんでいた。
そっと、自分の唇に触れてみる。
さっきまで触れていたゼシカの首筋の感触が、はっきりと残っていた。
ゼシカの面影を全て含んだこの感触は……一生消えない――絶対に消さないさ。
これから……オレはこの感触だけを思い出にして生きていくのかな?
もしそうだとしたら――オレの人生ってのは本当につくづく面倒くさい。バカみたいだ。
好きな女に本当の気持ちも言えず、他の女を身代わりにして誤魔化していくんだぜ?
ああ、ほんとにオレは大バカだよ。
トロデ王は自分の幸せを自分で見付けろって言ってたけど……これじゃあ逆だ。
オレは結局……自分で自分を不幸にしてる……だけ……だよな。
暗黒神を倒して、トロデーン城が復活した時に見上げた空は
……今までに見たことが無いぐらい綺麗だった。
この世の全ての汚れたものが、一掃された感じで……何とも言えなかったよ。
トロデ王もミーティア姫様も、城の人たちもみんな元の姿に戻ってさ、本当に嬉しそうだったんだ。
オレとしたことが、ちょっとウルッと来たもんな。
みんなの喜ぶ顔見てたらさ、こんなオレが、みんなの役に少しでも立てた……って思えたからね。
トロデ王はその日のうちに、祝いの宴を開いてくれたんだ。
城の人たちは、呪いがかかっていた間の分まで楽しもうとしているのか、バカみたいにはしゃいでたよ。
そうそう、城のメイドの中には結構可愛い娘もいてさ……オレとしては口説かずにはいれなかったね。
これは……オレの悪いクセだよなぁ。
オレがメイドのエイミちゃんって娘を城の影で口説いてたら、
後ろでガキどもが「危ない!」とか「お姉ちゃん、何やってんの?」とか叫んでるんだよ。
人が真剣に口説いてるときにうるせぇな、と思って振り返ってみたら……
ゼシカがものすごい顔してこっち見てたんだけど……。
オレに向かってメラ……じゃねぇよ、あれは!メラミかイオラぐらいの勢いだったぞ!
それをオレに向かって投げようとしてたんだよ!
……オレのあせった顔を見て、とりあえず引っ込めてはくれたけどな……。
ゼシカはいつもそういうことをした後、大体拗ねたような顔をして、
それがまたどーしようもなく可愛かったりするんだけど……
その時はどういう訳か、酷く落ち込んだような顔をしていたんだ。
その日の宴がとりあえず終わり、オレとゼシカとヤンガスは飲み足りなくって、
トロデーン城の客室を借りて、三人で飲み続けていたんだ。
「解らねぇでがす……!」
グラスに注いだワインをグイっと飲み干したヤンガスが、突然声を上げた。
あんまり突然だったんで、びっくりしたオレとゼシカは思わずヤンガスの顔を見た。
いつもの面白い顔が、酔ったせいで更に面白い顔になってたな。
「なんでトロデのおっさんや馬姫様に、兄貴は自分の正体を言わないんでがすか?
このまんまだと兄貴はずっと城の兵隊で一生を終えちまうんでがすよ!」
何のことかと思ったら……暗黒神を倒す前にたまたま行き着くことが出来た、
エイトの故郷である竜神の里でのことだった。
そこでエイトが何者であるかが解ったんだけど、エイトの爺さんの家で一泊した時に、
エイトが妙に真剣な顔をしてオレたちに言ったんだ。
「みんな……お願いがあるんだ。さっき聞いた僕の秘密やトーポ……
ぼくのお爺さんのことをさ……陛下や姫様には内緒にしておいてくれないかなぁ……」
オレはびっくりしたね。だって、エイトがサザンビーク王家の正統な血を継いでるってことが解ったんだぜ?
そうしたら愛しのミーティア姫様とだって結婚できるじゃねーか!
「ど……どうしてでがすか?」
ヤンガスは驚きを思わず声に出してしまっていた。
オレも何か言いたい気分だったんだけど、ゼシカだけは妙に冷静で……必死にエイトを問い詰めようとしていた
ヤンガスを「今はエイトの言う通りにしましょ」と言って、宥めていたんだ――。
エイトの考えは、確かにいまいち腑に落ちない。
オレも酔った勢いで、ヤンガスの言葉に乗った。
「そうだな……サザンビークの王家の血を継いでるとなると、エイトがあの国の王様になる
可能性だってあるわけだし、ミーティア姫様の結婚相手にもなれるわけだからな……」
すると、俺の向かいに座っているゼシカが突然口を開いた。
「私……何となく解るわ、エイトの気持ち……」
「ど、どういうことでがすかっ!!」
ゼシカの言葉を聞いて、ヤンガスはオレの隣の椅子から興奮したように立ち上がり、
ゼシカに向かって体を乗り出した。
ゼシカはゆっくりグラスのワインを口にして、グラスを静かにテーブルに置いた。
「多分……ミーティア姫様のこと考えてるのよ。エイトはね、自分のことよりも……
まず姫様のことを第一に考えてるんだと……思う。
だって今ここでエイトがサザンビークの王位継承者だって言ったら、サザンビーク国内だって混乱するだろうし、
そうなったら姫様のせっかくの良縁も台無しになりかねないし……」
そこまで言うと、ゼシカは軽く目を伏せた。
「エイトは……ほんとに姫様のことが好きなのよ……」
オレはゼシカがあんまり深刻な顔をしてるんで、思わず軽口を叩きたくなったんだ。
これもオレの悪いクセだよなぁ。
「へぇ……男心をよく解ってんな、ゼシカ。そろそろオレのお前に対する
優しさにも気づいて欲しいもんだけどなぁ?」
ゼシカは表情を変えず、オレを見据えて言った。
「あんたは……全ての女の人に優しいだけでしょ」
「まだ根に持ってんのかよ?今日のこと――」
「違うわよ!」
オレたちの言い合いが長引きそうなのを見越して、ヤンガスは大声で叫んだ。
「あーー!!!もういいでがすよ!時間も遅いし、今日のところはもう寝るでがす!」
オレたちはそれぞれに割り当てられた部屋へ入り、オレは自分の部屋のベッドに横になった。
そしてグローブを外した左手をじっと見ていた。
――そういやぁ最近、全然ゼシカに触れていないような気がする。
暗黒神の戦いや竜神の里でのことやらでバタバタしてたのは解るけど……避けられてんのかな?
ドニの町に寄って以来、どうもゼシカのオレに対する態度がおかしいような気がしてならないんだ。
セイラのやつ……ゼシカに何かいらないことでも吹き込みやがったのかもな……。
オレは……ゼシカを特別な存在だとずっと思ってきたんだけどな……。
それがゼシカに上手く伝わっているかどうかは別だけど、さ。
――ああ、バカみたいだ。考える暇あったら、さっさと口説いちまって、
ベッドに連れ込んだ方が早いのにさ……何やってんだよ、オレ。
◇
結局、トロデーン城では一週間ぐらい過ごさせてもらったのかな……。
もうそろそろ城を出発しなきゃ……とみんな思ってた時だった。
突然トロデ王からお呼びがかかり、接見の間に呼ばれたんだ。
堅っ苦しい態度の近衛兵に付き添われ、オレとゼシカとヤンガスの三人は玉座の前に並んで立たされた。
玉座にはトロデ王とミーティア姫様が並んで座り、玉座から少し離れたところに
エイトがいかにも近衛兵らしく、背筋をピンと伸ばして立っていた。
「さて……長い旅路、まことにご苦労であったな!
で、そなたたちはこれからどうするつもりじゃ?言うてみい!」
トロデ王の問いに最初に答えたのは、ヤンガスだった。
「アッシは……とりあえずゲルダに鉄球を返しに行く必要があるんで、
ゲルダんとこへ行こうと思ってるんでがすが……」
「そういえば……ヤンガスの故郷ってどこなの?」
エイトがそう聞くと、ヤンガスは突然胸を張って答えた。
「そりゃ、アッシにだって故郷があるでがすが……そんなモン、今はもう必要ないでがすよ!
兄貴の近くがアッシの心の故郷でがすからね!」
「ヤンガス……なんかそれ、かっこいいな……」
オレが思わずそう口にすると、トロデ王の隣にいたミーティア姫様がぷっと吹き出した。
「ヤンガスさんは……本当にエイトのことを慕ってらっしゃるのね。
エイトの故郷はこのトロデーン城ですもの、ヤンガスさんもここを故郷だと思って頂いてもいいのですよ」
気高く微笑む姫様にそう言われたヤンガスは、ちょっと複雑そうな顔をして笑っていた。
「ゼシカ、お前はどうするつもりじゃ?」
トロデ王が話をゼシカに向けると、ゼシカはチラッと隣にいるオレを見て、
その後少し俯いたまま、何か考えているようだった。
「私は……とりあえず家に帰ります。やっぱり母さんが心配だから……」
ゼシカがゆっくりと出した答えに、トロデ王は目を細めた。
「おお!それがよいぞ!親というものはな、自分のことよりも子供のことが心配なもんじゃからのぉ。
母上を十分労わってやるのじゃぞ!」
トロデ王はうんうんと頷きながら、微笑んでいる。
「――さて、ところでククール、お前に話があるんじゃがの……」
トロデ王は笑顔を引っ込め、オレを神妙な顔つきで見た。
「昨日だったかの……情報が入ってな。ベルガラックの教会でな、新しい神父を探しているそうじゃ。
何でも年老いた神父と若いシスターだけでやってきたそうじゃが、神父がだいぶ体力がなくなってしもうて、
シスターの負担が大きくなってしまっているそうじゃ。
それで新しい神父を迎えたい、と思ってるらしいんじゃが……。
お前は生臭ではあるが一応聖職者として資格を持っておるからの。……どうじゃ、行ってみんか?」
オレは思わずゼシカを見た。ゼシカは無表情のまま、じっと前を見ている。
オレはふうっと息を大きく吐き出し、トロデ王の方へ顔を向けた。
「……そうだな。特に帰る場所も決めてなかったから、行ってみるとするか。
ベルガラックはカジノもあるし、可愛い娘もいっぱいいるから……オレ向きだな」
オレの言葉を聞き、みんながクスクス笑い始めた。
「まったく相変わらずじゃの……。まぁ、ええわい。ほら、ワシの親書を持っていくがええぞ。
その中にお前の推薦状も入っておるから、教会の者に渡せばよい」
オレがトロデ王の元まで親書を取りに行くと、トロデ王はぽつりと呟いた。
「人は……誰にでも等しく幸せになる権利があるんじゃ。早よぉ自分の幸せを、自分の手で見つけるんじゃぞ」
オレはトロデ王の言葉に、思わず肩をすくめた。
◇
「ずっとみんなと一緒にいたから……寂しくなるな」
城の門の前までオレたち三人を見送りに来たエイトが、ポツリと呟いた。
夕焼けですっかり赤くなった空と一緒に、オレたちの姿も赤く染まっている。
「なーに言ってるんでがすか、兄貴!会いたいと思えば、いつでも会えるでがすよ!」
ヤンガスがまるで自分に言い聞かせるかのようにそう言うと、ゼシカも微笑んで答えた。
「何かあったら……また呼んでね。きっと私たちじゃなきゃ出来ないことって、あるような気がするから」
オレもため息を一つついて、言った。
「そうだな……仲間……だもんな」
「そうよ」
ゼシカはニコっと笑って言った。
ヤンガスもオレの言葉に照れたように頭を掻いてニヤニヤしている。
「じゃあ、元気でな」
「またね!」
「兄貴、アッシのことを忘れないでほしいでがすよ!」
エイトに思い思いの別れの言葉を継げると、オレは二人を連れて移動呪文を唱えた。
ヤンガスをゲルダの家の近くまで送り、その次にゼシカの故郷のリーザス村に着いた。
空はすっかり日が落ちて、夜になりかけていた。
村の入り口に掲げられた松明だけが、煌々と辺りを照らしている。
「このまま……ベルガラックへ行くの?」
リーザス村の入り口に着くなり、ゼシカはそう言った。
ゼシカはオレに向かって、悲しそうな顔をしている。
だからオレはなるべく、ゼシカに微笑みかけようとしていたんだ。……ゼシカも笑ってくれるように。
「今日はもう遅いからな。ドニの町に今日は行っとくよ。明日だな、ベルガラックへ行くのは」
「……そう」
ゼシカは何か言いたげな表情をして、目を伏せがちにしていた。
手持ち無沙汰なのか、スカートの生地を何回も手で撫でている。
「そうだ。これを渡しとくよ」
オレは右手のグローブを取り、嵌めていた指輪を外してゼシカの顔の前に差し出した。
「今度はちゃんと受け取ってくれるよな?」
「……いらないわ」
ゼシカは、顔を俯かせて答えた。オレはきょとんとして、思わず「……え?」と
素っ頓狂な高い声を上げてしまったんだ。
するとゼシカは、一言一言噛み締めるように、ゆっくりと言った。
「指輪……とか、物は……そういうのは……いらない」
「じゃあ、何がいいんだよ」
ゼシカは俯いたまま、言いたい言葉を口に出そうとしては、止める、というのを繰り返していた。
オレが指輪とグローブを嵌め直していると、ゼシカはやっと口を開いた。
「…………して」
うっすらと囁くゼシカの声は、夜の闇に消えそうなくらいだった。
「何?」
オレが聞き返すと、ゼシカはオレの顔を見て、覚悟を決めるように息を呑んだ。
「……キス……して」
そう言ったゼシカの顔は、少し赤くなっていた。
「……お安い御用さ」
オレはグローブを取り、ゼシカの顎を優しく掴んで持ち上げ、唇を合わせようとした。
するとゼシカは、いきなりオレの胸を両手で思いっきり力任せにドンと押した。
オレは思わずよろめき、危うく転びそうななった。
「……ったく何だよ!!何だよ自分からしてくれって言っといて!」
オレが腹立ち紛れに怒鳴ると、ゼシカはオレを怒ったような目つきで言った。
「『してくれ』って言ったら、そうやってみんなにするんでしょ!!
ドニの町のミラや、ベルガラックの踊り子や、トロデーンのメイドにだって!
……私は……そういうんじゃなく……」
ゼシカの瞳は涙が溢れていた。ゼシカはくるっと体を翻し、オレに背を向けた。
「……送ってくれてありがと!!もう……いいわ!」
その声は、涙で枯れていた。
オレはゼシカの後ろから、両肩に手を置いた。
「……ゼシカ」
話しかけても返事は無かった。細い肩が、涙を堪えているかのように、小刻みに震えている。
オレは一旦ゼシカの肩から手を離し、ゼシカを後ろからぎゅっと抱きしめた。
ゼシカの呼吸のリズムに合わせて、抱きしめているオレの腕がゆっくりと動く。
ゼシカの体の温かさと、夜風で冷えた服の冷たさが交じり合って、オレの体に伝わってきた。
オレは目を閉じ、そっと、ゼシカの首筋に唇をつけた。
ゼシカの体が、不意にビクッと震える。
こんなことしたらまた怒られるんだろうな、と思った。
それでも構わなかった。
ゼシカの面影を、オレの体に残したかった。
そして――オレが傍にいた証も、ゼシカの体に残るように……。
ゼシカの項から流れている後れ毛の感触を、唇に感じる。
少し汗ばんでいる体。
髪から感じる、石鹸の残り香。
甘く、狂おしいほどの肌の温もり。
――全て、オレのものにしたかった。
オレは唇をゆっくりと首の付け根にまで降ろした。
柔らかい肌に包まれた骨の硬さや、肌を伝う産毛の感触もいとおしい。
脈拍が素肌を伝わって、生き物のようにピクピクとオレの唇に触れてくる。
ゼシカは――両手を胸に当てて、俯いたままで黙っていた。
ゼシカのお腹の辺りで組んだオレの手に、ぽとりとゼシカの涙の雫が落ちて来る。
オレは静かに唇を話した。
そして腕をゼシカの体から離しても、まるで気づいてないかのように
ゼシカはそのままで、動かなかった。
「……じゃあな」
オレは一言だけ呟き、ゼシカに背を向け、移動呪文を唱えた。
◇
ドニの町の入り口に着いたオレは、町の中へと歩みを進めることが出来ずにいた。
町を囲む土壁に背中を押し当て、立ちすくんでいた。
そっと、自分の唇に触れてみる。
さっきまで触れていたゼシカの首筋の感触が、はっきりと残っていた。
ゼシカの面影を全て含んだこの感触は……一生消えない――絶対に消さないさ。
これから……オレはこの感触だけを思い出にして生きていくのかな?
もしそうだとしたら――オレの人生ってのは本当につくづく面倒くさい。バカみたいだ。
好きな女に本当の気持ちも言えず、他の女を身代わりにして誤魔化していくんだぜ?
ああ、ほんとにオレは大バカだよ。
トロデ王は自分の幸せを自分で見付けろって言ってたけど……これじゃあ逆だ。
オレは結局……自分で自分を不幸にしてる……だけ……だよな。