小学校中学年くらいだろうか、ポニーテイルは赤い鹿の子のリボンが結ばれ、赤地に水の流れを表した青い流線とが描かれた浴衣を着ている。ピンクの兵児帯が大きく蝶結びにされ、俺の袖を掴んでいる仕草は大変に愛らしかったが、声と表情から愛想という物が欠落していた。
勝手に俺の持つ揚げパスタの袋から一本抜いてポリポリやってる様子は図々しささえ覚える。
誰だ?この可愛げのない感じのガキは。
俺はイラッとしつつ屈んで視線を合わせ、努めて笑顔で尋ねた。
「お嬢ちゃん、どうしたの? 迷子?」
「迷子じゃない」
フンと鼻を鳴らしそうな勢いで言い切られた。
「それより、お面。お面買って」
「いや、って言っても俺はお嬢ちゃんの保護者じゃないし」
「おーめーん」
「いやあのだからね……」
そこで女の子は一旦項垂れたかに見えたが、次の瞬間には顔を上げた。
それはまさにスペクタクルとも言えた。
瞼を上げて目を大きくし、眉を下げる。両手を口元で握って重ね、小首を傾げる。
そしてその声音は、先程とは違い庇護せずにはいられないあどけなさを含み――
「おめん、買ってほしいの」
俺は、ロリコンではない。
断じてロリコンではない。幼い女子に良からぬ目を向けた事など誓って一度もない。むしろ俺は年上が好きな方で……って何を俺は自分のタイプを語ってなどいるのか。
それは、この状況を説明するのに前置きが必要だからである。
河川敷の車止めに腰掛ける俺。の袖を掴んで揚げパスタをポリポリやっている女の子。の頭にアニメキャラのお面。
いや、だって、あんな可愛い上目遣いでおねだりされたら、反則だろ……。ほんのちょっと、表情を変えて声を変えるだけであれほどの威力があるものとは思わなかった。あれは絶対自覚的にやっている。確信犯だ。
小銭が一気に減った財布にため息をつきつつ、俺は上機嫌にパスタをかじる女の子に声をかけた。
「で、お嬢ちゃん、名前は?」
返事は「ポリポリポリポリ」という音だけだった。畜生、このガキ無視しやがった。
「お名前は、何ですか」
「リンゴ飴」
「りんごあめちゃん?」
最近の親は本当にめちゃくちゃな名前を子どもにつけるんだな……。
「ちがう」
ムッとして言われた。
「リンゴ飴、買ってくれたら教える」
その態度にはさすがの俺も怒った。
「あのなぁ、俺はお前の親じゃないんだぞ」
「買ってくれない……の?」
すかさず、例の上目遣いで俺を見つめる。もうその手には、と思った瞬間、円らな瞳の端にじわりと涙が浮かんだ。
動揺する俺の手に、彼女はよどみなく五百円玉を握らせた。
そんな訳で、今リイナは右手にリンゴ飴とチョコバナナ、左手にはヨーヨーという姿で俺の横を歩いている。リイナとは、この女の子の名前だ。ここから歩いてすぐの所に住んでいるらしい。
「誰かと一緒に来たのか? お父さんとかお母さんとか、探してるんじゃないのか?」
聞いても、ただ首を振るばかりだった。その表情はすねたものではなく、どこか重々しかったので、俺は口を噤んだ。この質問でリイナを傷つけた気がして、俺はそれ以上訊く事はやめた。ここまで訊き出すまでにリイナは子どもとは思えない手練手管でチョコバナナとヨーヨーを手にしていた。十に届くかどうかのうちから魔性の女である。末恐ろしいとはこの事だ。
俺はリイナを連れて祭を回る事にした。保護者がいないにしても幼い子どもが一人で歩くには、お祭りは危険だからだ。花火が終わったら、家まで送ってやるつもりだった。
「他に何か食べたいものとか、やりたいとかあるか?」
「くじ」
「何のくじ? ゲームのか? それともあっちのキャラのぬいぐるみの?」
「ちがう」
指をさして尋ねる俺に、リイナは首を振った。ポニーテールとリボンが揺れる。
「おみくじ」
「へぇ、河川敷のこんな近くに神社があるとは知らなかったな」
リイナに案内されて、俺は出店の賑わいから少し離れた神社に来ていた。
「花火大会だけど、元は縁日。この神社で縁日を毎年やってて、ある年花火を始めたら、そっちの方が有名になった」
先を歩くリイナが、ぽつりぽつりと話す。不思議にリイナは人ごみの中をすり抜けるように進むのが上手く、俺はついていくのにかなり苦労した。
「ふぅん。まぁせっかく神社に来たんだし、お参りするか」
「うん」
ぼんやりと灯篭が照らす玉砂利の上を、硬く澄んだ音を立てて草履と下駄が行く。
十円玉と五円玉を投げ込んで、がらがらと鈴を鳴らし、二人揃って二礼二拍手一礼。
とりあえず願い事は、試験は終わったにせよ成績開示がまだだから、全部単位とれてますように、にしといた。横のリイナを見ると、真剣な顔で何事かお願いをしていた。何を願ったか興味があったが、きっと訊かないのがマナーってもんだろう。
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最終更新:2011年10月17日 17:47