縁日草子 3*師走ハツヒト

 その後、社務所横に置いてあるおみくじ筒から俺とリイナは一本ずつ引いて、数字を覚えて社務所へ向かう。こんな日のこんな時間なのに何故かちゃんと巫女衣装の人がいた。少しくらいはお参りする人がいるのだろうか、一応縁日だからだろうか。
 やはり巫女服は暑いらしくうちわで煽いでいたが、俺が近づいてくるのを見て居住まいを正した。
 リイナから渡された百円と、俺の財布から出した百円を渡し、「おみくじ二つお願いします。12番と21番」と告げる。リイナは俺の後ろで黙って待っていた。
巫女さんは俺の肩越しに後ろを、そして左右を見て、最後に俺に疑惑の眼差しを向けた。
「あの、そういうのって……いけないと思います」
 俺は一瞬何を言われているか分からずぽかーんとしたが、後ろにリイナがいる事に気づいて合点がいった。
やっぱり俺がリイナみたいな小さい子を連れてると、何かロリコンのやばい人みたいに見えるんだ……。周りに親らしき人はいないし、俺が親っていうには年が若干近いし、第一顔似てないし。下手すると誘拐犯くらいに思われてるかも知れない。
俺は慌てて手を胸元で開いて「ちょい待ち」のポーズを取る。
「ち、違うんです! いやっ、あのっ、これは……その、えと、姪です姪」
「あ、姪さんのですか」
「は、はいそうです」
 今一瞬何かが引っ掛かったが、巫女さんが安心した顔でおみくじの紙が入った箱から二枚紙を取ったので、俺も誤解が解けてほっとしたから気にせずスルーしてしまった。
「はいよ、これリイナの分な」
「うん」
二十一番をリイナに渡して自分のを見ると、大吉だった。にわかにテンションが上がった。
「おっしゃ、大吉っ!リイナ何だった?」
「末吉」
 見せられた紙には「末吉:いずれ理解者が現れる」とあった。 
 リイナが俺の紙を覗きこもうとしたので見せてやると、物言いたげな目で俺を見て、おみくじの一部分を指した。
『今の幸せはひとときのもの。水難、火難に注意』
 何か非常に悪い言葉が並んでるんだが。これ本当に大吉か?
 とは思ったが巫女さんに文句言う訳にもいかないし、とりあえず大吉という事だけは覚えておくことにして畳んだおみくじを袂にしまった。
 リイナは細く折って、神社の一角に張られた縄に結んでいる。
「おーいリイナ、おみくじは凶が出た時だけ結べばいいってこないだテレビで言ってたぞ」
「いいの」
 何か考えがあるような様子で手を止めず結び終えると、俺の所に戻って来た。返事したい一瞬、にやりと笑っていたように見えた。近くに来た時にはもういつもの無表情だった。
「あと、金魚すくい」
 相変わらず愛想はなかったが、どことなく雰囲気が柔らかくなっていた。
「よし。確かあっちにあったな。行くぞ」
「うん」
 そう言って俺の袖を握る。その仕草が可愛くて、知らず心臓が跳ねた。俺はロリコンじゃないと早口で小さく唱えながら、俺達は歩き出した。

「よう兄ちゃん、一回やっていくかい?」
「あ、えっとこの子が……」
 強面ながらににこやかなおっちゃんに声をかけられ後ろを仰ぐと、リイナは首を振った。
「いや、やっぱ俺が」
「はいよ、一回三百円」
 リイナが袂から百円玉を三つ出し、俺は受け取っておっちゃんに渡す。おっちゃんは「確かに」と言って俺に銀のボウルとポイをくれた。
 水色の水槽の中に、赤い金魚と黒い出目金がひらひらと泳いでいる。
 俺は浴衣の袖をまくり上げ、油断なく金魚共を目で追う。水面に上がって来た時がチャンスだ。狙う俺の視線に気づいているのかきないのか、中々金魚達は水面には来ない。しかしここで焦ってはならない。水面から45度の角度でポイを構え、ひらすら待つ。
 ばしゃっ、と隣の子どもがポイを水に突っ込み、驚いた魚が水槽内で逃げ惑った。
 その内の一匹が、俺の手元へ飛び込んできた。
『今だ!』
 リイナと俺の叫びが唱和する。俺はすかさずポイで水面下に切り込み、ポイ全体を水につける。ポイの端に金魚の頭が滑り込むそのタイミングを狙い、尾が乗りきる前に斜めに水面からポイを出す。その名の通り金色に輝く金魚の腹が、店の電球の光を弾いた。光の残像が、ボウルの中に尾を引いて流れるのを、俺はスローモーションで見るように感じた。
 ぽちゃり、と音を立て、ボウルの中で金魚が身を翻した。
「ぃよっしゃぁ!」
 俺は思わず拳を握って掲げ、快哉を叫んだ。後ろでリイナが拍手をしてくれていた。

 最終的に、ポイをちょっとずつ破りつつも三匹をゲットする事が出来た。腕に金魚袋を提げ、時々中で朱金色がひらめくのを見てはご満悦のリイナだった。
 思い返せば、普通金魚一匹とれたくらいであんなに盛り上がったりはしない。なのにあんなにハッスルできたのは、金魚すくいをやるのが初めてで、それなのに上手い事行ったからだろう。それと多分、リイナが横で応援してくれたからだ。
 リンゴ飴も、金魚すくいも、男連中で来た時にはまず眼中に入らない。けれど、「食べきれないから食べてくれ」と渡されたリンゴ飴は意外に美味しかった。そういうリイナとの一つ一つの新鮮な驚きを、いつの間にか心から楽しいと思い始めていた。


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最終更新:2011年10月17日 17:47