こえをきくもの 第三章 9*師走ハツヒト

「なんか、ファルには悪い事したな」
 街から離れて街道を歩きながら、エルガーツはちらちらと街を振り返っていた。
「いえ、あの子も港街の人間ですから。きっと強く生きてゆくでしょう。義妹と離れるのは少々辛いですけれど」
「……」
 そもそもが無口なネトシルっであったが、ファルセットの話題になると殊更口を引き結んだ。
「にしても、ネトシルにあんな可愛い女の子の知り合いがいるとは思わなかったな」
 と、エルガーツが呟いた途端、ラシークは振り返り、ネトシルは立ち止まった。
 重々しく口を開く。目が、可哀想な物をみる時のそれだった。
「……ファルセット本人の前では、言わないでおこうと思ったのだが」
「何?」
 今出てきた街、その更に向こうをネトシルは見つめながら、得体の知れない嫌な予感に顔を歪めるエルガーツに、ネトシルは告げた。
「ニアトノームにいた時から、確かに華奢で顔立ちは良かった。歌があんまり上手いので皆で誉めたら、歌い手になるんだと言って村を飛びだしたが……その時、親も含め皆が呼んでいた名前はファリード。最初に会った時から最後に見た時まで、確か……

 あいつは男だったはずだ」

 エルガーツの目が、限界まで見開かれた。
「……う、う、嘘だ! そんなはずが!!」
「あら、気付いていなかったのですか?」
 口許に手を当てて、ラシークはたおやかに笑う。
「だって、あんなに可愛かったんだぞ!」
「化粧バケだ」
「仕草は猛特訓したそうですよ」
「体型だって!」
「元々細いんだあいつは。背も低いし」
「女性から見てもうらやましいですよねぇ」
「む、胸もあっただろ!」
「偽物だ」
「木製の付け胸があるんですってね。服と紐で胸元に留めて。腰には綿を入れるそうですよ」
「で、でも、でもさ! あの通りのあの店で働いてんだぞ!」
「本当に、御存知ないのですね」
 ついに、ラシークまで哀れむような目つきになった。
「ワイティックは港街。多くの船乗りが仕事の合間に陸の上のひとときを楽しみます。
 年配の船乗りには、未だに『海精の嫉妬風』を避けて、女性を船に乗せようとしない者も多いんですの。けれど航海は時としてとても長い。陸に比べればあまりに狭い船の上で、男だけの共同生活……その内、男しか愛せなくなる船乗りが出てしまうのも、珍しくはないそうです。そういった哀しい海の男達の為に、普通の花街にはないとある特殊な通りが出来たといいます。あの子の勤める『酔いどれ海精』も、その通りにありますわ。ですから、あの店の中にいたネリエス達は、全員体は男です」
 エルガーツはついに、頭を抱えて崩れ落ちた。全身に鳥肌を立てながら。
「うわああああああああああ!!」
 晴れ渡った空に、それはそれで哀しい一人の男の絶叫がこだました。



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最終更新:2012年07月18日 17:35