こえをきくもの 第三章 8*師走ハツヒト

 一瞬、沈黙がその場を支配した。
「……何だと?」
 予想外の答えに、エルガーツだけでなくネトシルも手を止め、ラシークを見つめる。
「まず、どこからお話しましょうか。そうですね、私の使う術の説明から始めましょう」
「あ、気になってはいましたが、それより」
「何の関係が」
 さっきとは打って変わって逆に身を乗り出す二人を、ラシークはもどかしいほど穏やかに手で制した。
「まぁまぁ、そう急がずに。昨日お見せした、私の術。あれは『音律術』と申しますの」
 傍らに立て掛けていた杖に、ラシークは触れた。
「この国ではあまり知られていませんが、この錫杖と、術者の声により、人や者を操る術ですわ。昨日用いたのは、相手に働きかけてその動きを止めるもの。錫杖の鳴らせ方によって、他にも色々な事ができますの。物を壊したり、人や獣を眠らせたり。まぁ、万能には程遠いですし、扱いもとても難しいのですけれど」
 杖をつぅと撫で、留められている金属の輪の一つを弄んで鳴らす。りぃん、と澄んだ音が鳴った。頭の中でそれは反響し、僅かにぼうっとなったのを二人は感じた。
「ラーグノムは、イヴィラの引き合う性質と、音律術の共鳴の術を利用して、作られたものです。音律術を使う宮廷魔術師に、悪心を持つ者がいましてね。それが兵士に代わる戦の道具の開発だとか言って王を誑かして、国の財産を使って研究し、大量にラーグノムを作っているそうですの。税が重くなったのも、我が国では採掘できないイヴィラを手に入れる為。商人達が価格を吊り上げているのですわ、関税をかけてね」
 次々と明かされる真実に、二人は目を見開いたまま沈黙していた。
「ふふ、私が何故そんな事を知っているのか? という顔をしてらっしゃいますね。……私は昔、王室に仕えていた事がありまして。例の宮廷魔術師の動きが怪しくなった時、恥ずかしながら逃げて参りました。そして、故郷である隣国まで戻って、しばらくした後、戻ってきましたの。そうしてみたら……酷い事になっていました」
 そこで一旦、ラシークは言葉を切った。エルガーツが「そうだったんですか……」と呟くように言ったものの、二人ともあまりに話が大きすぎて、二の矢を継げなかった。
「お分かり頂けましたかしら?」
 曖昧に、頷く。それに対しラシークは満足げに笑んで、言葉を続けた。清純な第一印象を裏切るような、狡猾な表情で。
「では、情報料を頂きましょうか」
『ッ!?』
 声も出ない程驚いた。俄かに、目の前にいるのが、何かとても性質の悪い怪異の類に変わった感じられたからだ。
「これだけの情報、まともに集めようと思ったらどれだけの時間と労力がかかるか、御想像下さいな。それを、一度に全て手に入れられたのです。相当の見返りを請求しても構わないでしょう?」
 一瞬、命だとか魂だとかを請求されそうな気がして、二人は息を呑む。
「あら、そんな恐ろしい顔をしなくても大丈夫ですわ。御安心なさいな。大した事はありません、そう、あなた方にとっては払うも払わないも同じくらいの代償です。あなた方の目的にはそぐうはずですからね」
 言葉を重ねれば重ねる程、不安になる。そうさせる何かが、女の笑みや言葉から発せられていた。これも、音律術の一種なのかもしれないと、エルガーツは思った。
 ラシークは置かれた杯から水を含む余裕すら持って、ゆっくりと口を開いた。濡れた唇は、蛇を想起させた。
「私と一緒に、国家を転覆しましょう」

 そして、彼らは再び旅立つ。

「えぇー!? ネティもう行っちゃうの? うそっ、お姉様まで行っちゃうんですか? そんなぁ……やだやだ、行っちゃやだ、一人にしないでよぅ……どうしても行くの? 絶対? ……そう。ね、また会えるよね? そうよね? じゃあ待ってる。ずっと待ってる。あたしはネリエス、待つのなんて慣れてるわ。だから、きっと帰って来てね。約束だからね。……いってらっしゃい!」
 だばだばと泣きながら、手を振るファルセットに見送られながら、ネトシル、エルガーツ、ラシークの一行は港の街ワイティックを後にした。ラシークに衝撃的な提示をされた三日後の事だった。
 三日の間にラシークは、この街で世話になった人への挨拶や、この街で行っていた事の引き継ぎをして旅じ抱くを整え、ネトシルとエルガーツはその三日間ラーグノムに関する情報を集めて回ったが成果ははかばかしくなく、ラシークに与えられた情報に比べると取るに足らないものばかりだった。
 結局二人は、国家転覆を謀るかはさておき、ラーグノム製造元に用があるのは変わりがないので、帝都ラティパックにとりあえず同行する事にした。



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最終更新:2012年07月18日 17:32