Chapter58「フリード遠征4:ナンパしようとしたら逆ナンされたんだが」
たしかにな。俺はお姉さんは好きだぜ。
だけどこの状況はちょっと悩むところなんだよ。
だけどこの状況はちょっと悩むところなんだよ。
いきなり何の話かって? まあ慌てずに聞いてくれ。
まずはヴァルキュリアのフレイヤ王女、ブリュンヒルデ、レギンレイヴ。
それから魔女のプラッシュとティエラ。竜のお譲ちゃんのクルスとクエリア。
灼熱の魔道士サーモスに、竜人のゲルダ。
フレイの仲間にも女性が増えてきてずいぶん華やかになってきたもんだ。
それから魔女のプラッシュとティエラ。竜のお譲ちゃんのクルスとクエリア。
灼熱の魔道士サーモスに、竜人のゲルダ。
フレイの仲間にも女性が増えてきてずいぶん華やかになってきたもんだ。
しかしゲルダは、あいつは友達みたいな感覚だし、フレイのフィアンセ宣言をしたというような噂を聞いたから、まあ除外だ。そもそも竜人だしな。
お譲ちゃんたちも候補からは外れる。たとえ中身が年寄りだったとしても、俺が幼い女の子に愛を説いていたら周囲からおかしな目で見られてしまう。それにクエリアは本当に子どもだしな。言っておくが、断じて俺はロリコンじゃないぞ。
ティエラは猫っぽいのでパス。サーモスは蛇っぽいので論外。俺はお付き合いするなら人間のお姉さんがいい。
ティエラは猫っぽいのでパス。サーモスは蛇っぽいので論外。俺はお付き合いするなら人間のお姉さんがいい。
だから何の話かって?
決まってるだろう。誰を本命にするかって話だ。
決まってるだろう。誰を本命にするかって話だ。
消去法でヴァルキュリアの三人が残るが、フレイヤ王女はオットーにゾッコンのご様子。となると選択肢はすでにブリュンヒルデかレギンレイヴのどちらかか。
「そうだなぁ。ヒルデは照れ屋さんだけど情熱的なところが魅力的だよなぁ。一方のレギンは少しカタブツだがクールビューティな感じがまた良いし……」
脳内に浮かぶ二人は実物よりも魅力度三割増しで俺に詰め寄ってくる。
(さあ、どっちを選ぶんだ? 当然、私に決まっているよな、フリード?)
(何を言うんだ。わたしのほうが勇者殿の伴侶に相応しい。そうだろう?)
(何を言うんだ。わたしのほうが勇者殿の伴侶に相応しい。そうだろう?)
ああ、ああ、待て待て待て待て。そんな急に選べなんて言われても、まだ心の準備ができてないっていうか、ほら、どっちか選ぶなんて逆に失礼な感じするんじゃないか。だからいっそ、両方とも俺とお付き合いするっていうことでひとつ――
「おい、何を一人でにやけた顔をしているんだ」
そこでバシッと背中を叩かれて現実世界に引き戻された。あまりに突然やられたもんだから思わず混乱してしまった。ええと、ここはどこわたしはだれ。
ここはヒルディスヴィーニ号の甲板、俺は蒼き勇者で双剣の覇者で――(中略)――それからフリード。よし、大丈夫だ。
ここはヒルディスヴィーニ号の甲板、俺は蒼き勇者で双剣の覇者で――(中略)――それからフリード。よし、大丈夫だ。
「ぼーっとして変なやつだ。おまえ、それでも本当に傭兵か? いざというときに腑抜けて役に立たないんだったら、報酬は出してやらんからな」
振り返るとヒルデが腕を組んで立っている。
そうそう、俺はこのヒルデに雇われたんだ。だんだん混乱が収まってきたぞ。
そうそう、俺はこのヒルデに雇われたんだ。だんだん混乱が収まってきたぞ。
ヴァルキュリアはフレイヤ王女、ヒルデ、レギンの他にもう一人仲間がいる。
名はミストというそうだが、以前フレイヤ王女がトロウの洗脳を受けて操られていた頃に会ったのを最後に姿を見せていないらしい。
そこで心配したフレイヤ王女はアルヴの神竜様に頼ることにしたのだった。
名はミストというそうだが、以前フレイヤ王女がトロウの洗脳を受けて操られていた頃に会ったのを最後に姿を見せていないらしい。
そこで心配したフレイヤ王女はアルヴの神竜様に頼ることにしたのだった。
神竜アルバスは予知の巫女ヴォルヴァを呼び寄せると、ミストを探すようにと指示を与えた。
ヴォルヴァは魔力の流れを感知する能力に長けていて、それを元に少し先の未来を予知することができる。わかるのは漠然としたことだけだが、その能力はアルヴへの外敵の侵入を防ぐのに大いに役立っているという。
その魔力を感知する能力を応用することで、ミストのだいたいの居場所を特定することが彼女にはできるらしい。
なんでも魔力の波長には個人差があり、それは指紋のように一人ひとり違っているのだとか。魔法はからっきしの俺にはさっぱりわからんがな。
なんでも魔力の波長には個人差があり、それは指紋のように一人ひとり違っているのだとか。魔法はからっきしの俺にはさっぱりわからんがな。
フレイヤ王女からの説明を元に、ヴォルヴァはいくつかそれらしい魔力の波長を見つけ出して、現在ミストがいるであろう場所の候補を数ヶ所提示した。
「でも気をつけて……。あなたたち、ミストには再会する……。だけど大きな力のぶつかり合う未来が見える……。何か争いごとが起こる……」
そうヴォルヴァに忠告されたフレイヤ王女は、ヒルデの提案でこの俺を傭兵として雇うに至った。
今はそのミストがいるであろう場所を目指して、ヒルディスヴィーニ号で移動している最中だったというわけだ。
今はそのミストがいるであろう場所を目指して、ヒルディスヴィーニ号で移動している最中だったというわけだ。
「それで、こんどこそちゃんと目的の場所なんだろうな。ハズレはもう結構だぜ」
ここまでにすでに数ヶ所の場所を回ってきたがミストは見つからなかった。
傭兵の俺はずっと船で待ちぼうけ。そもそもこいつらもヴァルキュリアとして戦えるのだから、何か問題でも起こらない限り俺の出番はなし。
そりゃ退屈で妄想のひとつやふたつぐらいしても、しょうがないってものさ。
傭兵の俺はずっと船で待ちぼうけ。そもそもこいつらもヴァルキュリアとして戦えるのだから、何か問題でも起こらない限り俺の出番はなし。
そりゃ退屈で妄想のひとつやふたつぐらいしても、しょうがないってものさ。
「どうせ俺はまた留守番だろ。俺はミストの顔を知らないから捜せないもんなぁ。早いとこ見つけてきてくれよ。そろそろ……ふぁぁ、待つのも飽きてきた」
「こいつ……! とんだ腑抜けだな。期待した私が馬鹿だった」
「期待? ああそうか、気がつかなくて悪かった。戦力としては問題ないのにわざわざ俺を誘ったってことはつまり、デートしたいってことだよな! 一緒に捜し歩いて欲しいならそう言えよ。やっぱりヒルデは照れ屋さんだな」
「なっ……そ、そ、そんなんじゃない!! おまえは黙って留守番してろ!」
「こいつ……! とんだ腑抜けだな。期待した私が馬鹿だった」
「期待? ああそうか、気がつかなくて悪かった。戦力としては問題ないのにわざわざ俺を誘ったってことはつまり、デートしたいってことだよな! 一緒に捜し歩いて欲しいならそう言えよ。やっぱりヒルデは照れ屋さんだな」
「なっ……そ、そ、そんなんじゃない!! おまえは黙って留守番してろ!」
ヒルデは顔を真っ赤にしながらも、指笛を鳴らして天馬(グラーネ)を呼び寄せると、その背にまたがって一足先次の目的地へと飛んで行った。
船の前方から俺にもその目的地が見える。ここはムスペからしばらく西へと進んだ先。地図で言うと西の端から少し飛び出した辺境の地だ。
浮島テルマ。ユミルとは別の、人間たちが作り上げた王国がある隣の空域とのちょうど境界にあるこの島は温泉地として有名で、辺境でありながらもここを訪れる旅行者は多い。
浮島テルマ。ユミルとは別の、人間たちが作り上げた王国がある隣の空域とのちょうど境界にあるこの島は温泉地として有名で、辺境でありながらもここを訪れる旅行者は多い。
今はトロウによって主要な国はどれも支配されてしまっているので、こっちの空域からの訪問者は俺たち以外にはいない。
しかしそんな情勢も隣では関係のない話なのか、いざヒルディスヴィーニ号が到着してみると、温泉地は思いのほか賑わっている様子だった。
しかしそんな情勢も隣では関係のない話なのか、いざヒルディスヴィーニ号が到着してみると、温泉地は思いのほか賑わっている様子だった。
「ヒルデはどうした?」
「先に行ったぜ」
「そうか、張り切っているな。ならばわたしも遅れを取るわけにはいかない」
「先に行ったぜ」
「そうか、張り切っているな。ならばわたしも遅れを取るわけにはいかない」
レギンはヒルデがしたのと同じように天馬(グリームニル)を呼ぶと、その背に乗ってテルマの上空へと上がっていった。
「フリード、船の安全は任せましたよ」
続くように、そう言って声をかけてくるのはフレイヤ王女だ。
フレイヤ王女は天馬を連れていないようだったが、そのまま甲板を通って船首のほうへと歩いていく。
フレイヤ王女は天馬を連れていないようだったが、そのまま甲板を通って船首のほうへと歩いていく。
「あの、船を降りるならあっちですよ、フレイヤ王女。あ、それとも俺でよかったらお供しましょうか? というか是非エスコートさせてください」
「ありがとう。でも、それには及びません」
「ありがとう。でも、それには及びません」
そのまままっすぐ歩いていくとフレイヤ王女は船首のその先に立った。
そして何か呪文を唱えたかと思うと、突然そこから船を飛び降りてしまった。
そして何か呪文を唱えたかと思うと、突然そこから船を飛び降りてしまった。
いくら島に停泊させたとはいえ、ヒルディスヴィーニはかなり大きな船だ。船首から地面まではけっこうな高さがある。下手をすれば怪我をしてしまいかねない。
しかし「あっ」と思う暇もなく、フレイヤ王女の姿の消えた船首の下から眩しい光が発せられたかと思うと、その下から白い竜が羽ばたきながら姿を見せた。
「私は自分で飛べますので気遣いは無用です。ではあとはお願いしますね」
そう言葉を残して白竜と化したフレイヤ王女は飛び去っていった。
さすがはユミルの王女、その魔法の才能は並外れたものがある。プラッシュは彼女のことを変性の魔女だと呼んで称賛していたが、たしかにフレイヤ王女はものを変化させたり変身させたりする魔法に優れていた。
「やれやれ、フラれちまった。俺の出る幕はなしってか」
そして小さくなっていく白竜(フレイヤ)王女の後ろ姿が見えなくなるまで見送った。
さてと、それじゃあ俺も行くとしましょうかね。
え、どこへ行くって? だってここは温泉地なんだぜ。温泉といえばやることは決まっているじゃないか。男ならそりゃ行くしかないだろう。
え、どこへ行くって? だってここは温泉地なんだぜ。温泉といえばやることは決まっているじゃないか。男ならそりゃ行くしかないだろう。
温泉に出会いを求めるのは間違っているだろうか。否ッ!
まだ見ぬお姉さんを求めて俺は行くぜ。温泉へ!!
まだ見ぬお姉さんを求めて俺は行くぜ。温泉へ!!
止めても無駄だぜ。男には行かねばならないときってものがあるのだ。
心配はいらないさ。ちょっとぐらい離れても、こんな大型の船なんてそうそう操縦できるやつなんていないだろうから、盗まれることもないって。……たぶんな。
大丈夫大丈夫、あの三人が戻ってくる前に帰ればバレやしないって。
心配はいらないさ。ちょっとぐらい離れても、こんな大型の船なんてそうそう操縦できるやつなんていないだろうから、盗まれることもないって。……たぶんな。
大丈夫大丈夫、あの三人が戻ってくる前に帰ればバレやしないって。
というわけで、フリード行きまーす。
待っててくれ、未来の勇者の花嫁さん。今迎えにいくからな。
待っててくれ、未来の勇者の花嫁さん。今迎えにいくからな。
こうして愛を探求する旅に出たのであるが、すぐに俺は現実を知ることになる。
知ってるか。温泉にはわりとご年配の方が多い。いや、それしかいなかった。
知ってるか。温泉にはわりとご年配の方が多い。いや、それしかいなかった。
……ババアじゃねーか! 絶望した! 俺は熟女専じゃねーんだよ!!
そう、温泉にお姉さんはいなかった。
そうだよな、若い女の子はもっとオシャレなとこ行くよな。なんというかこう、もっと映える景色のとことかさ。いや、温泉だって悪くないと思うんだがな……。
そうだよな、若い女の子はもっとオシャレなとこ行くよな。なんというかこう、もっと映える景色のとことかさ。いや、温泉だって悪くないと思うんだがな……。
温泉に出会いを求めるのは間違っていたぜ――――完。
そんなこんながあって肩を落として船へと戻ってきてみると、甲板に一頭の天馬が降り立っているではないか。
まずい。もう誰か先に帰ってきてたのか。抜け出したことがバレたか?
そんな不安が脳裏によぎったが、よく見るとそこにいるのは俺の知っている天馬ではなかった。
もちろん天馬なんて全部同じに見えるので、顔やしぐさを見た程度じゃ天馬の違いなんて俺にはさっぱりわからない。
だがこの天馬は明らかにヒルデやレギンのものとは違うとわかった。
なぜって、そりゃあ誰の目にも一目瞭然だったからだ。
もちろん天馬なんて全部同じに見えるので、顔やしぐさを見た程度じゃ天馬の違いなんて俺にはさっぱりわからない。
だがこの天馬は明らかにヒルデやレギンのものとは違うとわかった。
なぜって、そりゃあ誰の目にも一目瞭然だったからだ。
その天馬はたてがみが三つ編みにされていた。まあ、そんな馬もいるかもな。
その天馬は翼の先端がかわいらしくピンクに染色されていた。オシャレかな。
その天馬は手綱や鞍にジャラジャラとバッジやキーホルダーが大量に……え?
その天馬は翼の先端がかわいらしくピンクに染色されていた。オシャレかな。
その天馬は手綱や鞍にジャラジャラとバッジやキーホルダーが大量に……え?
ちょっと待て、おまえのような天馬がいるか。飾りが多すぎて非常にごちゃごちゃしている。こういうのって……デコってるとかそんな言い方するんだったか?
手綱なんてバッジだらけでどこをつかめばいいのかわからない状態になっているし、鞍だって横からキーホルダーがいくつもぶらさがっていて、あれじゃあ足に当たってうっとうしいだろうに。
そもそも重量で天馬が飛ぶのに支障が出るんじゃないだろうか。
そもそも重量で天馬が飛ぶのに支障が出るんじゃないだろうか。
なんとも奇妙なものを見てしまった。そんな微妙な気持ちになりながら天馬を眺めていると、バシッと背中を叩かれて心臓が縮み上がった。
ヒルデかと思って振り返ると、そこには俺の知らない女の子が立っていた。
ヒルデかと思って振り返ると、そこには俺の知らない女の子が立っていた。
背はヒルデやレギンよりも低い。髪は柔らかな栗色で、先端が天馬の翼と同様に淡いピンク色に染められている。顔立ちはやや童顔で、澄んだ瞳が愛らしい。
ほう……これはなかなか……いや結構……というかドンピシャです。本当にありがとうございました。
なんというかこう、子ども過ぎずかといって大人すぎず、お姉さん的な魅力を持ちながらも、少女のようなあどけなさを併せ持つ。そう、その両方のいいところを全部まとめてみました、とでも言わんばかりのその顔立ちといったらもうね。
お姉さんでもない、お譲ちゃんでもない。そう、これはお嬢さんだ。
なんというかこう、子ども過ぎずかといって大人すぎず、お姉さん的な魅力を持ちながらも、少女のようなあどけなさを併せ持つ。そう、その両方のいいところを全部まとめてみました、とでも言わんばかりのその顔立ちといったらもうね。
お姉さんでもない、お譲ちゃんでもない。そう、これはお嬢さんだ。
そんな完璧にパーフェクトなお嬢さんを見逃す俺ではない。なぜこんなところにいるのだろうとか、あの天馬はなんなのかとか、そんな疑問は二の次だ。
アタック、アタック、ナンバーワンだ。フリード、これより任務を開始する。
アタック、アタック、ナンバーワンだ。フリード、これより任務を開始する。
「あのお嬢さ……」
しかし、お嬢さんは俺の言葉を遮ってこう言ったのだ。
「あらお兄さん、なかなか男前じゃな~い! ねえねえ、今空いてる? もし暇ならあたしとお茶とかしな~い?」
俺は耳を疑った。あまりの衝撃に一瞬、口から魂が抜けて宇宙を一周してしまった。え? 今、俺はいったい何を言われたんだ。アタシトオチャトカシナイ?
ば、馬鹿な。これはまさか逆ナンというアレか。
生まれてこの方、ビビッと来たお姉さんには必ず声をおかけしてきた。なぜならその美しさを無視するのは失礼にあたるからだ。それは紳士としての義務だ。
生まれてこの方、ビビッと来たお姉さんには必ず声をおかけしてきた。なぜならその美しさを無視するのは失礼にあたるからだ。それは紳士としての義務だ。
だがしかし、向こうから先に声をかけてきてくれたような経験は、これまでに一度としてなかった。これは初めて遭遇する状況。言わば非常事態である。
ああ、俺はどうすればいいのだろう。こんなときの対応なんて俺の脳内マニュアルには一ページたりとも記載はないっていうのに。
ああ、俺はどうすればいいのだろう。こんなときの対応なんて俺の脳内マニュアルには一ページたりとも記載はないっていうのに。
「え、いや、その、あの。俺は別に……いや別にって別にだめとかそういう意味ではなくて……つまりそのなんだ。俺が言いたいのはそういうことじゃなくて」
いかん。動揺して頭が回らないせいか、気の利いた台詞がひとつも出てこない。それどころか支離滅裂で、これじゃヘンなやつだと思われてしまう。こんな一生のうちに二度とあるかどうかもわからない絶好のチャンスを無駄にしてたまるか。
よし、ここは一旦落ち着こう。別のものを見て気を紛らわせるんだ。だって空はこんなにも青いんだから。俺は青い色が好きだ。青は心を落ち着けてくれる色だ。
しかし下手に沈黙を作って興味を失われてしまっても困る。空を眺めて心を落ち着かせながらも、無難な話でなんとか場をつながなければ。
しかし下手に沈黙を作って興味を失われてしまっても困る。空を眺めて心を落ち着かせながらも、無難な話でなんとか場をつながなければ。
「えーと、今日はいい天気ですねぇ。それから……えーっと……」
話題話題話題話題。話題を求めてめまぐるしく視線を動かす。と、ふとそれが目に入った。混乱していた俺はつい頭に思ったことをそのまま口に出してしまった。
「あ、ヒルデやレギンよりもでかい。お嬢さん、何カップですか」
ぬわあああああっ! 俺は一体何を言ってるんだ!
視線は泳ぎまくり、会話も破綻。端から見れば完全に危ない奴ではないか。
もうだめだ。完全に終わった。さらば俺の理想の恋人よ。
視線は泳ぎまくり、会話も破綻。端から見れば完全に危ない奴ではないか。
もうだめだ。完全に終わった。さらば俺の理想の恋人よ。
しかし意外なことに会話は続いてしまった。
お嬢さんはきょとんとした顔でこう続けたのだ。
お嬢さんはきょとんとした顔でこう続けたのだ。
「あれ、お兄さんヒルデやレギンのこと知ってるの?」
「ん? あの二人を知っている。それにあの天馬……ということはひょっとして。つかぬ事をお聞きしますが、お嬢さんの名前はもしかしてミストというのでは?」
「ん? あの二人を知っている。それにあの天馬……ということはひょっとして。つかぬ事をお聞きしますが、お嬢さんの名前はもしかしてミストというのでは?」
するとお嬢さんは納得したような表情で深く頷いた。
「あーっ、やっぱり! なーんだ、先輩たちの知り合いかぁ。てっきり泥棒かなんかだと思っちゃった」
「泥棒って……ちょっと待て。さっきは何か誘うようなこと言ってなかったか?」
「あ、あれね。得意の色仕掛けで油断させて不意打ちしようとしてただけだから、別に気にしないで」
「泥棒って……ちょっと待て。さっきは何か誘うようなこと言ってなかったか?」
「あ、あれね。得意の色仕掛けで油断させて不意打ちしようとしてただけだから、別に気にしないで」
なんてこった。あれは演技だったのか。始まる前から終わっていた。
いや、始まっていないのであればまだ可能性はある。どんなに可能性が低かろうと、諦めない限りチャンスは無限大なのだ。男フリード、当たって砕けろ。
いや、始まっていないのであればまだ可能性はある。どんなに可能性が低かろうと、諦めない限りチャンスは無限大なのだ。男フリード、当たって砕けろ。
「それじゃあ敵ではないとわかったのだから、改めてこちらからお誘い致します。お嬢さん、もしよろしければ俺と一緒に温泉でも入りませんか」
「ごめんなさい。あたし筋肉でがっしりした人はタイプじゃないんで」
「ごめんなさい。あたし筋肉でがっしりした人はタイプじゃないんで」
即答で一刀両断。
砕けた。俺の繊細なハートは粉々に砕けた。
砕けた。俺の繊細なハートは粉々に砕けた。
「そ、そうか……。ところでおまえがミストなんだよな。ってことはおまえもヴァルキュリアの一員なのか」
「そうだよ。天馬のフロレートといっしょに空を舞い、正義の炎の槍で悪を討つ! それがあたしの仕事。お兄さんは何者なの?」
「俺はヒルデに雇われた傭兵のフリードだ。普段は蒼き勇者と呼ばれている」
「ふーん、勇者。いるんだね、現実に勇者とか名乗っちゃう人って。そういうのっておとぎ話の中だけの存在だと思ってたなぁ、あたし」
「お、おう……」
「そうだよ。天馬のフロレートといっしょに空を舞い、正義の炎の槍で悪を討つ! それがあたしの仕事。お兄さんは何者なの?」
「俺はヒルデに雇われた傭兵のフリードだ。普段は蒼き勇者と呼ばれている」
「ふーん、勇者。いるんだね、現実に勇者とか名乗っちゃう人って。そういうのっておとぎ話の中だけの存在だと思ってたなぁ、あたし」
「お、おう……」
顔はかわいいけど、ずいぶんとデリカシーのないことを言ってくれる。お兄さんはちょっぴり傷ついたぜ。
それにしても同じヴァルキュリアの一員なのだとしたら、こいつは今まで一体どこで何をしていたのだろうか。ヒルデやレギンは以前のトロウに洗脳されていたフレイヤ王女の命令に従っていた。その二人とは剣を交えたこともあったが、ミストとはこれが会うのは初めてだ。
疑問に思ったことを聞いてみると、ミストはなぜか照れくさそうに答えた。
それにしても同じヴァルキュリアの一員なのだとしたら、こいつは今まで一体どこで何をしていたのだろうか。ヒルデやレギンは以前のトロウに洗脳されていたフレイヤ王女の命令に従っていた。その二人とは剣を交えたこともあったが、ミストとはこれが会うのは初めてだ。
疑問に思ったことを聞いてみると、ミストはなぜか照れくさそうに答えた。
「あー、それね。えへへ……先輩たちには絶対ナイショって約束できる?」
「俺はレディーとの約束は絶対に破らないと心に誓っている」
「なんかうさんくさいけど、まあいっか。実はね、お姉様――えっとフレイヤ様にフレイ王子を騙る偽者を捜せって命令されてたんだけど……」
「俺はレディーとの約束は絶対に破らないと心に誓っている」
「なんかうさんくさいけど、まあいっか。実はね、お姉様――えっとフレイヤ様にフレイ王子を騙る偽者を捜せって命令されてたんだけど……」
お姉様と呼んで接するほどフレイヤ王女と親しかったミストは、洗脳されたフレイヤ王女の違和感にすぐに気がついた。しかし反抗する素振りをみせれば、トロウに目をつけられて排除される恐れがあったし、洗脳状態にあるフレイヤ王女は言わばトロウに人質に取られているようなもの。下手な動きは見せられない。
そこでミストは命令に従うふりをして、フレイヤ王女を正気に戻す機会をうかがっていたのだという。
そこでミストは命令に従うふりをして、フレイヤ王女を正気に戻す機会をうかがっていたのだという。
……と、ここまでは隊長想いの良い部下だと思えるような話なのだが、さらに話には続きがある。
「あたし見ちゃったんだよね。トロウがフレイ王子は死んだって話した次の日、ユミルの城下街で王子が歩いてたのを。だからトロウの話はすぐにウソだとわかったよ。でもお姉様は操られてるし、ヒルデはお姉様しか見えてないし、レギンは頭が固いから命令は命令だって言って聞かないし……」
結局ミスト一人ではどうしようもなく、トロウの洗脳を解く方法はさっぱり見当もつかなかったので、とりあえず命令に従っているふりを続けることにした。
近場にいては任務を遂行していないのがバレてしまうため、ミストは敢えて遠く離れた場所でフレイ王子の偽者を捜す役割を買って出た。
近場にいては任務を遂行していないのがバレてしまうため、ミストは敢えて遠く離れた場所でフレイ王子の偽者を捜す役割を買って出た。
とはいえ、すぐに戻ってはやはり従っていないことがバレバレだ。なのでどうにかして時間を潰す必要があった。
さてどうしよう、ということでミストはひとつの結論に至った。
「そうだ。今なら実質任務がないようなもんだし、今のうちに普段できないことをぱーっとやっちゃおっと! 買い物にエステに観光にそれから……」
というわけで、命令に従うふりという名目でミストは勝手に自由気ままの一人と天馬一頭のぶらり旅に出た。
そして温泉に立ち寄ったところでフレイヤ王女の船を見かけて、まずいと思って様子をうかがいにここへやってきたという次第だった。
そして温泉に立ち寄ったところでフレイヤ王女の船を見かけて、まずいと思って様子をうかがいにここへやってきたという次第だった。
「でもよかったぁ。船にいたのが先輩たちじゃなくてフリード一人で。あたしを捜してたんでしょ。だったらフリードが見つけてきたことにしてよ。そしたら君のお手柄になるし、あたしがサボってたこともうやむやにできるかも」
「そ、それはそうかもしれないが、隊としてそれはいいのか……」
「そ、それはそうかもしれないが、隊としてそれはいいのか……」
返答に困っていると、またしても背中を叩かれた。三度目はもう驚かない。
今回後ろに立っていたのは、満面の笑みを浮かべたヒルデだった。
今回後ろに立っていたのは、満面の笑みを浮かべたヒルデだった。
「よくやった、フリード! よくミストを捕まえておいてくれたな」
「いや、俺が見つけたというか、こいつのほうから来たというかだな……」
「いいや、おまえの手柄だ。よくぞミストがこれまで何をしていたのかを引き出してくれた」
「いや、俺が見つけたというか、こいつのほうから来たというかだな……」
「いいや、おまえの手柄だ。よくぞミストがこれまで何をしていたのかを引き出してくれた」
そして笑みを浮かべたままつかつかとミストに歩み寄っていく。
ああ、あれはうれしさとかから来る笑顔じゃない。裏に殺意が隠された笑みだ。
きっと今のヒルデはこめかみをピクピクといわせているに違いない。
ああ、あれはうれしさとかから来る笑顔じゃない。裏に殺意が隠された笑みだ。
きっと今のヒルデはこめかみをピクピクといわせているに違いない。
「なあミストぉ~! ずいぶんとお楽しみだったようだなぁ……?」
「げっ、もしかして全部聞かれてた!? そ、そうだ。あたし急用を思い出したんで早退しまーす」
「逃がすかッ! 貴様の堕落した精神を鍛え直してやるから覚悟しろ!」
「げっ、もしかして全部聞かれてた!? そ、そうだ。あたし急用を思い出したんで早退しまーす」
「逃がすかッ! 貴様の堕落した精神を鍛え直してやるから覚悟しろ!」
天馬(フロレート)に飛び乗ると、ミストは一目散に逃げ出していった。
そのあとを同じく天馬(グラーネ)に乗ってヒルデが追跡していく。高笑いをして、稲妻のほとばしる雷槍を豪快に振り回しながら。
そのあとを同じく天馬(グラーネ)に乗ってヒルデが追跡していく。高笑いをして、稲妻のほとばしる雷槍を豪快に振り回しながら。
もし俺がサボって温泉へナンパしに行っていたことがバレていたら、俺もあんな目に遭わされていたのかもしれない。ああ、くわばらくわばら。
やがてたっぷり叱られたのか、項垂れて真っ青な顔になったミストを連れてヒルデが戻ってきた。続くようにしてレギンとフレイヤ王女も帰還。
これでミストを捜すという目的は達成されたため、ひとまずアルヴに戻ることになりヒルディスヴィーニ号を発進させる流れとなった。
これでミストを捜すという目的は達成されたため、ひとまずアルヴに戻ることになりヒルディスヴィーニ号を発進させる流れとなった。
しばらく経ったころ、こんどはフレイヤ王女の顔色が悪くなる。
驚いたような愕然とした顔をして方膝をつき、両手で頭を抱えている。
驚いたような愕然とした顔をして方膝をつき、両手で頭を抱えている。
「フレイヤ様!? 一体どうなさったんですか!」
慌ててヒルデが駆け寄ると、私は大丈夫だと言ってからフレイヤ王女はゆっくりと立ち上がった。
「トロウの声が聞こえてきました。念波(テレパシー)を使ってメッセージを送ってきたようですね……」
「そ、それでトロウは何と言っていたんですか」
「フレイを騙る愚か者の居場所がわかった。作戦を次の段階へ移すので一度バルハラ城へと戻って来い、と」
「そ、それでトロウは何と言っていたんですか」
「フレイを騙る愚か者の居場所がわかった。作戦を次の段階へ移すので一度バルハラ城へと戻って来い、と」
このときの俺はフレイヤ王女たちとともにミストを捜してしばらくアルヴを離れていたので、ファフニールの潜入作戦のために『フレイがアルヴにいる』という情報がトロウに渡ったということを知らなかった。
そのために俺の頭の中には最悪の想像が浮かび上がっていた。
そのために俺の頭の中には最悪の想像が浮かび上がっていた。
「おいおい、それはまさかアルヴの位置がトロウに特定されちまったってことじゃないだろうな?」
「そこまではわかりませんが、フレイが……弟の身に危険が迫っていることだけは確かです。何か手を打たなければ、きっと取り返しの付かないことになる……」
「そこまではわかりませんが、フレイが……弟の身に危険が迫っていることだけは確かです。何か手を打たなければ、きっと取り返しの付かないことになる……」
とにかく自分たちだけではどうしようもない。このことをフレイに知らせるためにも、仲間と相談するためにも、今できるのはヒルディスヴィーニを全速力でアルヴへと急がせることだけだった。