Chapter43「鉄のゴーレム1:未確認飛行物体、現る」
近頃、こんな噂を耳にした。
『ここ最近、アルヴ周辺をうろついている怪しい存在がいる』
そいつはなぜかこのアルヴの位置を特定できて、風向きや神竜の意図的な操作によってその位置が変わっても、必ず現れてはアルヴの周囲を嗅ぎ回るのだという。
ファフニールがトロウの懐に潜入する作戦によって、トロウ側の動きをつかめるようにはなったが、その代償として今フレイがアルヴにいるということはトロウの知るところとなってしまった。それはファフニールが潜入するためにトロウの信頼を得る必要があったために仕方がないことだった。
しかしフレイがアルヴにいると知られても、トロウにはアルヴがどこにあるかわからないはず。神竜アルバスの魔法とアルヴの地の特性によって、誰にもその場所は特定できないことになっている……はずだったのだが。
私はどうしても気になって、大神殿へと向かうとそのことを直接アルバスに相談した。
「お主は件の噂についてどう考えておる? もし噂が本当なら、アルヴの位置が完全に特定されておることになるぞ」
神殿奥に横になっていたアルバスは、キリンのように長い首をゆっくりと持ち上げると、同様に長い顎ひげをゆらりとたなびかせながら、天井につきそうになっている頭でこちらを見下ろしながら言った。
「どうなされた、地竜の姫よ。心配召されるな。このアルヴの守りは万全である」
「気付いておったのか……。しかし、私を姫と呼ぶな。もう地竜の王国は潰えた。逃げた私にはもう王女を名乗る資格すらない」
「気付いておったのか……。しかし、私を姫と呼ぶな。もう地竜の王国は潰えた。逃げた私にはもう王女を名乗る資格すらない」
ふと脳裏に浮かんだのは、かつての地竜族王家の栄華。まだ人間たちが地上からやって来るよりよりも少し前のこと。私の若かりし頃の記憶――
しかし今は感傷に浸っている暇はない。もう過ぎた過去だ。
私は頭を振って取り憑く未練を振り払うと、再びアルバスに問うた。
私は頭を振って取り憑く未練を振り払うと、再びアルバスに問うた。
「そんなことよりも、噂に聞くその何者かを確かめる必要がある。お主は万全じゃと言うが、そやつは何度もアルヴ付近に姿を見せておるそうではないか」
「ふむ。確かにその誰かさんは、どうやってかこのアルヴを見つけることができるようだな。しかし、入ってくることは適わぬよ。私がそう認めない限り、そうはならないし、そうはさせぬ。それが私がここにいる理由なのでな」
「ふむ。確かにその誰かさんは、どうやってかこのアルヴを見つけることができるようだな。しかし、入ってくることは適わぬよ。私がそう認めない限り、そうはならないし、そうはさせぬ。それが私がここにいる理由なのでな」
その白く長い眉ひとつ動かさず、アルバスは平然と言ってのけた。自分の結界に大層自信があるらしい。
このアルヴに入って来れるかどうかは、たしかにこの神竜次第のところがある。
彼に仕える巫女たちの能力によって、アルヴに近づこうとする存在はすべて感知され、何ひとつ見逃さず把握できるようになっているそうだ。それは生物無生物問わず、魔法に概念、森羅万象この世のありとあらゆる存在を、だ。
彼に仕える巫女たちの能力によって、アルヴに近づこうとする存在はすべて感知され、何ひとつ見逃さず把握できるようになっているそうだ。それは生物無生物問わず、魔法に概念、森羅万象この世のありとあらゆる存在を、だ。
居場所を失った者たちがなぜかアルヴへと流れてくる、その運命のようなものまではアルバスにも捻じ曲げることができないが、それを感知した時点ですでにそれをアルヴに入れるかどうかは決定されている。
純に、粋に、アルヴを求める者には、神竜はその道を開く。
邪に、悪に、アルヴを侵そう者には、神竜はその道を閉す。
結局、アルヴに至れるかどうかはアルバスのさじ加減ということだ。
純に、粋に、アルヴを求める者には、神竜はその道を開く。
邪に、悪に、アルヴを侵そう者には、神竜はその道を閉す。
結局、アルヴに至れるかどうかはアルバスのさじ加減ということだ。
「しかし私が心配しておるのは、そういうことではない。現にその何者かがこうしてアルヴの近くまでやってきておるのじゃぞ! しかも、いくら振り切っても懲りずに姿を見せるとまで来ておる。お主はこれを看過せよと申すのか?」
「何度でも言うが、この私がいる限りは、アルヴに害を為す者が入ってくるようなことはありはせんよ」
「とは言えいくら神竜といえども、判断を誤ることもあろうに」
「それについては実のところ、彼奴の存在はすでに把握はしていたのだ。しかし、今回に関しては私も初めて見る存在でな。まだ判断をしかねている」
「ほう……。具体的には?」
「ひとつの個体だが、生物と無生物が同時に来たような感覚とでも言おうか。だが魔法の類は感じられない。ゆえに、そやつの真意を汲み切れずにいる」
「だから、ずっと閉め出しておるわけじゃな。しかし、こう何度もアルヴの位置を突き止めてくるとなれば、さすがにただ者とは思えんがのう……」
「そう思うなら丁度良い。ジオクルスよ、私に代わって彼奴を確認し、判断してきてはもらえぬかな。私がここを離れられないのは説明せずともわかるだろう?」
「……お主、どうせ初めから自分で行くつもりはないんじゃろ」
「何度でも言うが、この私がいる限りは、アルヴに害を為す者が入ってくるようなことはありはせんよ」
「とは言えいくら神竜といえども、判断を誤ることもあろうに」
「それについては実のところ、彼奴の存在はすでに把握はしていたのだ。しかし、今回に関しては私も初めて見る存在でな。まだ判断をしかねている」
「ほう……。具体的には?」
「ひとつの個体だが、生物と無生物が同時に来たような感覚とでも言おうか。だが魔法の類は感じられない。ゆえに、そやつの真意を汲み切れずにいる」
「だから、ずっと閉め出しておるわけじゃな。しかし、こう何度もアルヴの位置を突き止めてくるとなれば、さすがにただ者とは思えんがのう……」
「そう思うなら丁度良い。ジオクルスよ、私に代わって彼奴を確認し、判断してきてはもらえぬかな。私がここを離れられないのは説明せずともわかるだろう?」
「……お主、どうせ初めから自分で行くつもりはないんじゃろ」
アルバスは朗らかな笑みで私を見送った。
どうもこの神竜には危機感というものが足りない。トロウの件にしても、あれだけ警告しておきながら、自分でどうにかしようという気はないらしい。トロウがユミル王家を乗っ取ったのをいい事にか、王子のフレイに問題を解決させようとしている。自分自身も魔竜としての強大な力を持っているというのに。
どうもこの神竜には危機感というものが足りない。トロウの件にしても、あれだけ警告しておきながら、自分でどうにかしようという気はないらしい。トロウがユミル王家を乗っ取ったのをいい事にか、王子のフレイに問題を解決させようとしている。自分自身も魔竜としての強大な力を持っているというのに。
まぁ、アルバスについて愚痴を言っても仕方がない。魔竜とはいえ、あの白竜はひどく老齢だ。魔力こそは凄まじくても、トロウと戦えるだけの体力はおそらくないのだろうから。
動かない山を前にして文句を言うぐらいなら、自分が動いたほうがずっと早い。
私は大神殿を後にすると、アルヴァニアの街に下りて例の噂の存在についてを聞いて回った。そやつが一体どこに現れたのか。そしてどうやって現れたのかを。
動かない山を前にして文句を言うぐらいなら、自分が動いたほうがずっと早い。
私は大神殿を後にすると、アルヴァニアの街に下りて例の噂の存在についてを聞いて回った。そやつが一体どこに現れたのか。そしてどうやって現れたのかを。
アルヴの竜人たちはその姿は様々だ。翼を持つ者もいれば、持たない者もいる。
そもそも竜人に対する迫害を逃れるために、彼らはこのアルヴにいる。だから、好き好んで外へ出て行こうとする者はいない。
ここではあらゆるものを可能な限り雲を加工して作る技術が発達しているし、食料もこのアルヴ内で自給自足できているようだ。
そもそも竜人に対する迫害を逃れるために、彼らはこのアルヴにいる。だから、好き好んで外へ出て行こうとする者はいない。
ここではあらゆるものを可能な限り雲を加工して作る技術が発達しているし、食料もこのアルヴ内で自給自足できているようだ。
しかし、どうしてもアルヴの中だけでは手に入らないものがある。
例えるのなら、植物を育てれば果実が採れるが、種を蒔かなければ芽は出ない。何も無いところに種が突然湧いてはきたりはしない。
そういったどうしてもアルヴで手に入らないものを仕入れるために、少しばかりの出入りというのはあるものだ。
そんな折に彼らは見かけたのだという。例の噂の存在を。
例えるのなら、植物を育てれば果実が採れるが、種を蒔かなければ芽は出ない。何も無いところに種が突然湧いてはきたりはしない。
そういったどうしてもアルヴで手に入らないものを仕入れるために、少しばかりの出入りというのはあるものだ。
そんな折に彼らは見かけたのだという。例の噂の存在を。
竜人たちから聞き集めた話をまとめると、こうだった。
『そいつは竜によく似た姿をしているが、決して竜ではなかった』
『そいつは竜の臭いがしない。金属の臭いがした』
『そいつは翼はあるが、羽ばたかない。魔法とは異なる炎で飛んでいた』
つまり竜の形をした金属の塊が、未知なる方法で飛行しながらアルヴを偵察しているといったところか。
竜を模しているということは、表面上は竜のように見せかけて周囲の目を欺こうという思惑があるということ。
魔法とは異なる手段で飛行し、ずっとアルヴを偵察しているということ。
魔法とは異なる手段で飛行し、ずっとアルヴを偵察しているということ。
それが一体何なのかは私には見当もつかなかったが、ひとつだけ言えるのは、それが非常に胡散臭い存在だということだ。とにかく怪しすぎる。
「それにしても、一体なんなんじゃ? そもそも金属が空を飛べるのか。浮遊魔法と思いきや、アルバスは魔法の類は感じないと言っておったな。それに炎を出して飛んでいたという目撃の例もある。炎? 魔法も使わずにか?」
これでも魔法に関しての知識は自信があるつもりだ。魔力の放出を抑えて、相手に気配を悟られることなく魔法を放つ技術があることも知っている。
しかし、炎で空を飛ぶなんて。しかも、重い金属をそれで飛ばすなんて。
しかし、炎で空を飛ぶなんて。しかも、重い金属をそれで飛ばすなんて。
――馬鹿げている。
そんなこと、できるわけがない。絶対に裏でこっそり浮遊魔法か何かを使っているに違いない。
だがそれなら、わざわざ炎を出す意味がわからない。推進力を得るためか?
浮遊魔法は対象を重力の影響下から一時的に切り離す作用の魔法だ。そのまま押せば、氷が地面を滑るように進んでいくのだから、わざわざ推進力なんてものを用意する必要すらない。そもそも浮遊させた時点で、対象は術者の影響下にあるのだから、ただ前へ進めと念じるだけでいいのだ。
ならばこそ、炎の存在意義が理解できない。何か意味があるとでもいうのか?
だがそれなら、わざわざ炎を出す意味がわからない。推進力を得るためか?
浮遊魔法は対象を重力の影響下から一時的に切り離す作用の魔法だ。そのまま押せば、氷が地面を滑るように進んでいくのだから、わざわざ推進力なんてものを用意する必要すらない。そもそも浮遊させた時点で、対象は術者の影響下にあるのだから、ただ前へ進めと念じるだけでいいのだ。
ならばこそ、炎の存在意義が理解できない。何か意味があるとでもいうのか?
「ええい、くそう。全然わからんぞ。わけがわからんッ!」
私だって無駄に千年以上生きてきたつもりはない。教養のためにこれまでに積み重ねてきた知識はちょっとした自慢だった。
他の竜族が頑なに認めようとしない中で、調和を選んだ地竜族は人間の文化に深く触れて過ごしてきた。だから私は人間の文化についても熟知しているつもりだ。
言わば、私は空飛ぶ知識の宝庫。生き字引とはまさに私のためにある言葉だ。
他の竜族が頑なに認めようとしない中で、調和を選んだ地竜族は人間の文化に深く触れて過ごしてきた。だから私は人間の文化についても熟知しているつもりだ。
言わば、私は空飛ぶ知識の宝庫。生き字引とはまさに私のためにある言葉だ。
だが、そんな私でもわからないのだから、もはやどうしようもない。
これはもう本当に正真正銘、未知の存在に違いない。未確認の存在だ。
そういえば人間たちの言葉で、空飛ぶ未確認の存在をこう呼ぶのだったな。
これはもう本当に正真正銘、未知の存在に違いない。未確認の存在だ。
そういえば人間たちの言葉で、空飛ぶ未確認の存在をこう呼ぶのだったな。
「UFOだ!!」
ええい、忌々しいUFOめ。何者だか知らんが、気に食わんから見つけ次第、撃墜してやる。疑わしきは滅せよ。怪しい素振りを見せるほうが悪いのだ。
まだ見ぬ未確認飛行物体を恨んでいると、騒がしい声が私を呼び止めた。
「え、UFO!? どこどこ! どこっすか!!」
セッテが興奮冷めやらぬ様子で顔を近づけてくる。
「お主、仲間捜しに出かけたのではなかったのか」
「クエリアもセッちゃんもどこかに行ってるみたいだったから、クルスに乗せてもらおうと思ってこうして来たんすよ。それよりも! UFOッ! どこっすか!?」
「か、顔が近いぞ。UFOの何がそんなに面白いんじゃ」
「ええーっ!! ちょっとクルス、何言ってんすか! UFOと言ったら全人類あこがれの宇宙的大スペクタクルロマンじゃないっすか!! これが落ち着いていられるかっすよ! さあ、どこっすかUFOは!? さっそく捕まえるっすよ!!」
「ちょ、ちょっと待て。落ち着かんか。UFOというのはあくまで例えでだな……」
「クエリアもセッちゃんもどこかに行ってるみたいだったから、クルスに乗せてもらおうと思ってこうして来たんすよ。それよりも! UFOッ! どこっすか!?」
「か、顔が近いぞ。UFOの何がそんなに面白いんじゃ」
「ええーっ!! ちょっとクルス、何言ってんすか! UFOと言ったら全人類あこがれの宇宙的大スペクタクルロマンじゃないっすか!! これが落ち着いていられるかっすよ! さあ、どこっすかUFOは!? さっそく捕まえるっすよ!!」
「ちょ、ちょっと待て。落ち着かんか。UFOというのはあくまで例えでだな……」
この騒がしいのにつきまとわれたのでは、噂の調査どころではなくなる。これはUFOを探しに行くのではないのだと、アルバスや竜人たちから聞いた噂の話をセッテにもしてやることにした。
これは遊びではない。アルヴの危機、ひいては我々の危機なのだ。万が一にもトロウの手の者による偵察なら、より一層警戒を強めねばならない。場合によっては実力行使もあり得る。そういう緊迫した話なのだ、と。
これは遊びではない。アルヴの危機、ひいては我々の危機なのだ。万が一にもトロウの手の者による偵察なら、より一層警戒を強めねばならない。場合によっては実力行使もあり得る。そういう緊迫した話なのだ、と。
しかし、これが逆効果だった。
私のした話はかえってセッテに火をつけてしまったらしい。
私のした話はかえってセッテに火をつけてしまったらしい。
「空飛ぶ金属の竜! ジェット噴射で!? メタルドラゴンっすか!!!」
さっきにも増して、目を輝かせてやる気満々といった様子だ。
ところでジェットフンシャとは何だ?
ところでジェットフンシャとは何だ?
「それなら、なおさら捕まえなくっちゃダメっすね! 敵かもしれない。敵じゃなかったとしても会ってみたい! すッげぇロマンじゃないっすか、それェ!!」
「ロマンとか言われても私にはわからん。まさかお主、ついてくるつもりではあるまいな」
「そのまさかであるますっすよ。むしろUFOよりももっといい!」
「はぁ……。わけがわからん」
「とにかく、もうおれ決めたっすからね! クルスと一緒にそのメタルドラゴンを捜しに行くことにしたっす! で、もし敵じゃないとわかったら仲間にするっす」
「ロマンとか言われても私にはわからん。まさかお主、ついてくるつもりではあるまいな」
「そのまさかであるますっすよ。むしろUFOよりももっといい!」
「はぁ……。わけがわからん」
「とにかく、もうおれ決めたっすからね! クルスと一緒にそのメタルドラゴンを捜しに行くことにしたっす! で、もし敵じゃないとわかったら仲間にするっす」
もう勝手にしろ。そもそも、メタルドラゴンなんて仲間にできるのか。
だがこういう考え方もできる。相手は魔法とは異なる未知の炎を使うのだから、炎の扱いに長けたセッテを連れていくことは、何かの役に立つかもしれないと。もちろん、炎の魔法とは異なるのだから何の役にも立たない可能性も十分にあるが。
だがこういう考え方もできる。相手は魔法とは異なる未知の炎を使うのだから、炎の扱いに長けたセッテを連れていくことは、何かの役に立つかもしれないと。もちろん、炎の魔法とは異なるのだから何の役にも立たない可能性も十分にあるが。
「それで? メタルドラゴンはどこに出るっすか! 大神殿? それともどっかの塔っすかね!」
「目撃情報によると、アルヴ周辺を旋回しているらしいのう。雷雲を抜けた外ということになる。結界があるから、入っては来れぬようじゃな」
「よし。それじゃクルスに乗せてってもらうっすよ! あ、そうだ。こういうのたぶんフレイ様も好きそうだから、おれちょっと呼んで来るっす! それとクルス、一人で抜け駆けしちゃダメっすからね」
「目撃情報によると、アルヴ周辺を旋回しているらしいのう。雷雲を抜けた外ということになる。結界があるから、入っては来れぬようじゃな」
「よし。それじゃクルスに乗せてってもらうっすよ! あ、そうだ。こういうのたぶんフレイ様も好きそうだから、おれちょっと呼んで来るっす! それとクルス、一人で抜け駆けしちゃダメっすからね」
言いたいことだけ言って、セッテはアルヴァニアのほうへ駆けていった。
……ああ、今すごく抜け駆けしたいと思っている。独り占めしたいという意味ではなく、あやつを置いてきぼりにしたいという意味で。
……ああ、今すごく抜け駆けしたいと思っている。独り占めしたいという意味ではなく、あやつを置いてきぼりにしたいという意味で。