Chapter33「フレイと竜人2:竜人族と外から来た者」
ゲルダの家がなくなってしまったので、その日の夜はグリンブルスティに彼女を泊めた。ヴェンもフィンブルも戻ってこなかったのでゲルダと二人きりだ。
また火事を起こされないか心配ではあったが、まだ会ったばかりで年齢の近い男女が二人きりでいっしょに寝るというのはあまりよくないと思ったので、もちろん部屋は別々にした。
そのはずだったのだけど――
また火事を起こされないか心配ではあったが、まだ会ったばかりで年齢の近い男女が二人きりでいっしょに寝るというのはあまりよくないと思ったので、もちろん部屋は別々にした。
そのはずだったのだけど――
嵐を抜けてのアルヴ入り。アルバスから突きつけられた衝撃の事実。そして純粋すぎるゲルダに振り回された一日。いろいろありすぎて疲れていたので、昨日は早めに眠ってしまった。そのせいか、今朝はいつもより早く目が覚めた。
アルヴの朝はとても静かだ。雲よりも高いこの空の世界には鳥はほとんどいないため、もともと空の早朝というのは静かなものだけど、今は自分以外の仲間たちはみんな出払っているせいもあってか、今日はとくに静かに感じる。
その静けさを耳で感じながら、清々しい気分で目を開ける。
と、目の前に静かに寝息を立てるゲルダの顔があった。
と、目の前に静かに寝息を立てるゲルダの顔があった。
「…………え!? ちょ、な。なんでゲルダが隣で寝ているんだ!?」
寝相が悪いとか、そういうレベルの話じゃない。ゲルダとは別々の部屋で寝たはずだったじゃないか。それともあいさつ代わりに相手に抱きつくような竜人の文化では、添い寝がおやすみのあいさつ代わりだとでも言うのか。いや、あるいはあまりに疲れてたせいで記憶にないだけで、昨日の夜に何かあったのでは。
昨日グリンブルスティに戻ってから自分は何を話しただろう、ゲルダは何か言ってなかっただろうか、などと記憶の糸を懸命に手繰り寄せていると、そんな心配を知る由もなくゲルダが目をさまして、ぐーっと伸びをした。
昨日グリンブルスティに戻ってから自分は何を話しただろう、ゲルダは何か言ってなかっただろうか、などと記憶の糸を懸命に手繰り寄せていると、そんな心配を知る由もなくゲルダが目をさまして、ぐーっと伸びをした。
「あ、フレイ。おはよ」
そしてあくびをしながらもう一度身体を伸ばす。
ううん。やはりゲルダは竜人だけどスタイルがいいな……じゃなくて。
ううん。やはりゲルダは竜人だけどスタイルがいいな……じゃなくて。
「どうしてゲルダがここに? たしか別の部屋で寝てたんじゃ……」
「えへへ。フレイの船を見れたことが嬉しくてなかなか寝付けなかったんだ。だから昨日の夜はフレイと別れたあと船の中を探検してたんだけど、この部屋でフレイが寝てるのを見かけて。なんとなく面白そうだからいっしょに横になってたら、そのまま寝ちゃった」
「えへへ。フレイの船を見れたことが嬉しくてなかなか寝付けなかったんだ。だから昨日の夜はフレイと別れたあと船の中を探検してたんだけど、この部屋でフレイが寝てるのを見かけて。なんとなく面白そうだからいっしょに横になってたら、そのまま寝ちゃった」
えへへ、じゃない。まあ、何もなかったのならいいけれど。
フリードは羨ましがるだろうし、オットーには説教をされそうなので、とりあえずこのことは黙っておくとして、今日こそは竜人たちと直接会って話をしよう。
フリードは羨ましがるだろうし、オットーには説教をされそうなので、とりあえずこのことは黙っておくとして、今日こそは竜人たちと直接会って話をしよう。
そもそも昨日ゲルダに会いに行ったのは、彼女から僕のことを紹介してもらう形で他の竜人たちに会えば、アルヴの外から来た僕のことを警戒せずに受け入れてくれるんじゃないかと思ったからだ。
それがなぜか昨日はゲルダの家に招かれることになって、気がつけば火事騒ぎ。そしてゲルダの家がなくなってしまった。どうしてああなったんだ。
とにかく今日こそは、ちゃんと僕のやるべき務めを果たしたい。
それがなぜか昨日はゲルダの家に招かれることになって、気がつけば火事騒ぎ。そしてゲルダの家がなくなってしまった。どうしてああなったんだ。
とにかく今日こそは、ちゃんと僕のやるべき務めを果たしたい。
でもその前に朝食だ。朝食は一日の要だ、とはよく父上が言っていたことだ。
ゲルダをつれて船の中のキッチンへと向かった。グリンブルスティは小さな船ではあるが、キッチンやバスルームぐらいはある。もちろん、火や水は自前の魔法で用意する必要はあるけれど。
ゲルダをつれて船の中のキッチンへと向かった。グリンブルスティは小さな船ではあるが、キッチンやバスルームぐらいはある。もちろん、火や水は自前の魔法で用意する必要はあるけれど。
キッチンには冷蔵庫がある。これも魔具のひとつで、なんでも大昔に作られた機械を原型にしているらしい。かつては電気で動いていたらしいが、今は氷の魔力で動いている。クエリアやフィンブルがいるおかげでいつ魔力が尽きても心配はないが、人数が増えてきたので最近では容量のほうに心配がある。
それはさておき、とりあえず朝食として冷蔵庫からリンゴを取り出した。
ゲルダは火の魔法が得意みたいだが、また火事にされては大変なので火のいらないものを食べたほうが安心だと考えてのことだ。
ゲルダは火の魔法が得意みたいだが、また火事にされては大変なので火のいらないものを食べたほうが安心だと考えてのことだ。
「わたしが皮むこうか?」
「い、いやいいよ。僕がやるから座ってて。今はゲルダのほうがお客さんだし」
「い、いやいいよ。僕がやるから座ってて。今はゲルダのほうがお客さんだし」
昨日得た教訓。危険すぎるのでゲルダに料理をさせてはいけない。
僕も慣れてはいないが、彼女にやらせるよりはずっとマシだろう。
僕も慣れてはいないが、彼女にやらせるよりはずっとマシだろう。
「あ、痛っ」
「どうしたの? 切っちゃった?」
「どうしたの? 切っちゃった?」
うっかり右手の親指の腹を切ってしまった。
やり慣れていないとリンゴの皮むきは親指を怪我してしまいやすい。それは包丁にばかり気を取られて、手のほうに注意が向かないせいだ。
やり慣れていないとリンゴの皮むきは親指を怪我してしまいやすい。それは包丁にばかり気を取られて、手のほうに注意が向かないせいだ。
「大したことないさ。ちょっと血が出ただけだよ」
「大丈夫、任せて。わたし回復魔法が使えるんだ」
「大丈夫、任せて。わたし回復魔法が使えるんだ」
そう言って患部に手をかざしながら、ゲルダは呪文を唱え始めた。
するとゲルダの手からは温かな光があふれ出し、それは優しく怪我をした親指を包み込んでいく。光は徐々に大きくなっていき、怪我をした僕の手全体をしばらく覆うとそのままゆっくりと消えていった。そして光が消えていくのと同時に指先の痛みも静かに消えた。
するとゲルダの手からは温かな光があふれ出し、それは優しく怪我をした親指を包み込んでいく。光は徐々に大きくなっていき、怪我をした僕の手全体をしばらく覆うとそのままゆっくりと消えていった。そして光が消えていくのと同時に指先の痛みも静かに消えた。
「どう? うまくいったかな」
たしかに痛みは消えた。怪我は治ったようだ。
しかし光が消えたあとの自分の手を見ると、なぜか指が六本になっていた。
しかし光が消えたあとの自分の手を見ると、なぜか指が六本になっていた。
「なんかひとつ多いような……」
「ええっ! ちょっと待って。もう一回やらせて!」
「ええっ! ちょっと待って。もう一回やらせて!」
再びゲルダが回復魔法をかけると指の数は正常に戻ったが、こんどは指先の爪が鋭い鉤爪に変化していた。そして手の甲がゲルダと同じ色の鱗に覆われている。
「おかしいなぁ、呪文が違うのかな。じゃあもう一回」
「も、もういいよ! 気持ちはうれしいけど、僕は大丈夫だから! 怪我は治ったわけだし、これはあとで神竜様に元に戻してもらえばいいし」
「そう? まぁ、フレイがそう言うなら」
「も、もういいよ! 気持ちはうれしいけど、僕は大丈夫だから! 怪我は治ったわけだし、これはあとで神竜様に元に戻してもらえばいいし」
「そう? まぁ、フレイがそう言うなら」
もうひとつ教訓。副作用が怖いのでゲルダに回復魔法を任せてはいけない。
そのまま見慣れない手でリンゴを切り分けて、二人で朝食をとった。
そのまま見慣れない手でリンゴを切り分けて、二人で朝食をとった。
グリンブルスティはアルヴの街の外に停泊してある。中心部の竜人たちの区域、その外円部の竜人以外が暮らす区域、そのさらに外側にこの船はある。
まずは外円部を抜けて街の中心に向かい、竜人たちと話をしようと思う。
まずは外円部を抜けて街の中心に向かい、竜人たちと話をしようと思う。
ゲルダと共に出発して街の外円部を歩いていると、人と竜の姿が交じり合った竜人とはまた違った奇妙な住人たちの姿が目に入った。
まるでブリキの人形のような金属の人間が歩いているし、脚の生えた鮫が水辺でもないのにうろついているし、やたら大きなカエルが二足歩行しているし。
まるでブリキの人形のような金属の人間が歩いているし、脚の生えた鮫が水辺でもないのにうろついているし、やたら大きなカエルが二足歩行しているし。
ワケありの者たちがアルヴには集まってくるというが……なんというか、ワケありすぎる。人でも竜でもないが竜人でもなく、あれは一体どういう存在なんだ。
(ヴェンはこの外円部で自分の居場所を探すと言ってたけど、たしかにこんなにも濃い住人がいるなら、竜くずれが一人ぐらいいても全然違和感がなさそう……)
トロウの手下のドローミに実験台にされてヴェンは竜くずれ、つまりはドラゴンゾンビに変わってしまったと聞いているが、さっき見かけたあの奇妙な住人たちもヴェンに負けず劣らず、壮絶な過去を背負っているのかもしれない。そう思うと、この外円部の集落はなかなかに闇が深そうだ。
そんな奇妙な住人たちのことを竜人たちはどう思っているんだろう。アルヴはもともと竜人たちが作った隠れ里だ。そこに彼らはあとから流れてきて住みついた。もしかしたら疎ましく思っていたりなんかもするんじゃないだろうか。
仮にそうだとしたら、竜人たちの部外者に対する目は厳しいはずだ。そしてアルヴの外から来た僕も、当然部外者ということになるわけだけど……。
仮にそうだとしたら、竜人たちの部外者に対する目は厳しいはずだ。そしてアルヴの外から来た僕も、当然部外者ということになるわけだけど……。
僕は浮かんだ疑問を素直にゲルダに聞いてみた。
少し重い話題かと思ったが、ゲルダは全然気にしない様子で答えてくれた。
少し重い話題かと思ったが、ゲルダは全然気にしない様子で答えてくれた。
「街の外側の人たち? わたしたちとは交流は少ないけど、たぶん誰も嫌ってはいないと思うよ。なにより彼らを受け入れるように言ったのは神竜様だもん」
神竜アルバスはこのアルヴにおいては長老のような存在らしい。直接アルヴを治めているわけではないようだが、神竜様と呼ばれて大切に扱われている。
なんでもゲルダが言うには、かつて竜人たちのために魔法を駆使してこの土地を用意したのがアルバスなのだとか。そして彼の名をもとにして、この土地がアルヴと呼ばれるようになったのだそうだ。
そういう経緯もあって、竜人たちはアルバスの考えに同意して、外から来た者たちも隠れ里の秘密を漏らさないことを条件に受け入れているのだ。
なんでもゲルダが言うには、かつて竜人たちのために魔法を駆使してこの土地を用意したのがアルバスなのだとか。そして彼の名をもとにして、この土地がアルヴと呼ばれるようになったのだそうだ。
そういう経緯もあって、竜人たちはアルバスの考えに同意して、外から来た者たちも隠れ里の秘密を漏らさないことを条件に受け入れているのだ。
「なるほど。それなら僕らも心配はなさそうだな」
「心配って?」
「いや、別に何も。じゃあゲルダは外側の人のことはどう思ってるの?」
「わたし? うーん、わたしはそうだなぁ。わたしが生まれたときから、もう外側の人たちは住んでたし……。よくわかんないかな」
「そっか。いるのがあたりまえの感覚か」
「でもまぁ、強いて言うなら面白いかな。アルヴの外のことが色々聞けるからね」
「心配って?」
「いや、別に何も。じゃあゲルダは外側の人のことはどう思ってるの?」
「わたし? うーん、わたしはそうだなぁ。わたしが生まれたときから、もう外側の人たちは住んでたし……。よくわかんないかな」
「そっか。いるのがあたりまえの感覚か」
「でもまぁ、強いて言うなら面白いかな。アルヴの外のことが色々聞けるからね」
なるほど、ゲルダはアルヴの外の世界にあこがれているんだった。そんな彼女にとっては、外から来た者たちの話はとても興味深いものに聞こえるんだろう。初対面のときに、彼女が僕の旅のことを食い入るように聞いてきたように。
「それにアルヴの外にはいろんな種族がいるんでしょ! 楽しそうだなぁ」
それはもしかして、あの金属人間や歩く鮫とかのことを言ってるんだろうか。
夢を壊しそうなのでとても言えないけど、あれはさすがに外にもいません。
夢を壊しそうなのでとても言えないけど、あれはさすがに外にもいません。
「フレイにそっくりな種族も住んでるんだよ。人間っていうんだよね?」
「へぇ、アルヴで暮らしてる人もいるんだ」
「うん。一人だけなんだけどね。蒼くて剣を持っててときどき変なこと言うの」
「……なんか、どっかで聞いたような特徴だ」
「しかも名前がたくさんあるんだよ! 蒼き勇者とか双剣の覇者とか、戦場を駆け抜ける一陣の風、親愛なるあなたの傭兵。それから……」
「ああ、たぶんその人知ってる……。すごくよく知ってる……」
「へぇ、アルヴで暮らしてる人もいるんだ」
「うん。一人だけなんだけどね。蒼くて剣を持っててときどき変なこと言うの」
「……なんか、どっかで聞いたような特徴だ」
「しかも名前がたくさんあるんだよ! 蒼き勇者とか双剣の覇者とか、戦場を駆け抜ける一陣の風、親愛なるあなたの傭兵。それから……」
「ああ、たぶんその人知ってる……。すごくよく知ってる……」
そういえばフリードは傭兵としてアルバスの依頼を受けていると言っていた。
アルヴを拠点にしているとも言っていたけど、どうやら普段フリードはこの外円部で暮らしているようだ。
アルヴを拠点にしているとも言っていたけど、どうやら普段フリードはこの外円部で暮らしているようだ。
あれ? でも僕たちはフリードからこのアルヴのことを教えてもらってここに来たわけで……。明らかに隠れ里の秘密を漏らしてるんだけど、いいのかそれ。
「外側の人はあまり竜人たちと話さないんだけど、蒼き勇者さんだけはすごく気さくで、誰とでも話してくれるんだ。面白い人なんだよ! わたしにも頻繁に声かけてくれるし、とくに女性には優しくしてくれる感じ。いい人だよね」
ううん、明らかに下心がありそう。
でもそんな気さくなフリードの知り合いとわかれば、少しは僕のことも信用してもらえるかもしれない。まさか下心に手助けされることになろうとは。
そう思うと、呆れるべきなのか頼もしく思うべきなのか微妙な気持ちになった。
でもそんな気さくなフリードの知り合いとわかれば、少しは僕のことも信用してもらえるかもしれない。まさか下心に手助けされることになろうとは。
そう思うと、呆れるべきなのか頼もしく思うべきなのか微妙な気持ちになった。
「え、ええと。フリー……蒼き勇者さんも外円部に住んでるってことは、外の世界から来たってことなんだね。どこから来たとか、聞いたことはある?」
とりあえずフリードの残念な点は目をつぶろう。あれでも剣の腕前は抜群だし、勇者を名乗るだけあって、彼が戦いにおいて苦戦している場面を僕はまだ見たことがない。かなり腕が立つのだけは確かだ。
しかしそれだけの腕前を持ちながら、フリードと出会うその前までは蒼き勇者の話なんて一度も聞いたことがなかった。あんなに強ければ、さすがに噂になるような気もするのだが。となると、少なくとも彼はユミルやムスペ、ニヴルのあるこの周辺の空域よりもずっと遠いところから来たことになるのだろうか。
持ち前の気さくさで、すぐに僕たちの仲間の一員として馴染んでしまったが、言われてみれば僕たちはフリードの素性については何も知らなかった。
アルヴの外に興味があるゲルダなら、何かフリードの故郷についても聞いているのではないかと思ったが、残念ながら彼女は首を横に振った。
アルヴの外に興味があるゲルダなら、何かフリードの故郷についても聞いているのではないかと思ったが、残念ながら彼女は首を横に振った。
「これまでに任務で行ったことのある場所はいろいろ教えてくれたけど、勇者さんがどこから来たかは話してくれなかったよ。『いい男には秘密がつきものだ』ってはぐらかされちゃって」
素性は不明。通称はいくつもあるのに本名はない。しかも秘密まで抱えているだなんて。なるほど、彼もワケありの一人というわけか。一体何者なんだろう。
「でも悪い人じゃないのは確かだよ。子どもとかにも優しいし」
ゲルダにはわるいけど、それを聞いてすぐに幼女(クエリア)をからかうフリードの図が頭に浮かんだ。まさか、何か問題を起こして遠い故郷から追放されてきた……とかそんなの、ないよね?
フリードに対して小さな不安と疑念を抱えつつも外円部を抜けて、僕たちは外円部と竜人たちの居住区の境目にたどり着いた。
アルヴァニアの建物はすべて雲を固めて作られているが、大きさや形こそ違えど竜人たちの家にはある程度共通したデザインが見られる。それはおそらく竜人たちが培ってきた文化の表れなんだろうと思う。
対して外円部の建物は、様々な地方から様々な理由で流れてきた者たちが、それぞれの慣れ親しむ文化に従った方法で雲の家を作るので、その見た目に統一感はほとんど皆無で、彼らの奇妙な外見を反映しているかのように奇抜な建物が多い。
そのため外円部と竜人居住区に明確な線引きはないが、雰囲気でどこが境界なのかはひと目でわかった。秩序の竜人に対して、混沌のワケありたちという具合だ。
「まるで別の街みたいだ」
「面白いでしょ。同じ街なのに、まるで別の世界みたい。そしてそこで聞けるのはアルヴの外のもっと別の世界のお話! そういうのを聞いて育ったからこそ、わたしはアルヴの外の世界にあこがれるようになったと思うんだよね」
「ふぅん、そうなんだ」
「面白いでしょ。同じ街なのに、まるで別の世界みたい。そしてそこで聞けるのはアルヴの外のもっと別の世界のお話! そういうのを聞いて育ったからこそ、わたしはアルヴの外の世界にあこがれるようになったと思うんだよね」
「ふぅん、そうなんだ」
こんな言葉がある。
『井の中の蛙大海を知らず。されど空の深さを知る』
ゲルダはアルヴから出たことがない。だから外の世界のことを何も知らないが、そんな彼女だからこそ、きっと外の世界は僕が見るそれよりもずっと輝いて見えるんだろう。
外の世界には竜人に対する差別もあるし、トロウの脅威もあるけれど、そんなことを心配することもなく、純粋に広い世界というものにあこがれをもっている。
『井の中の蛙大海を知らず。されど空の深さを知る』
ゲルダはアルヴから出たことがない。だから外の世界のことを何も知らないが、そんな彼女だからこそ、きっと外の世界は僕が見るそれよりもずっと輝いて見えるんだろう。
外の世界には竜人に対する差別もあるし、トロウの脅威もあるけれど、そんなことを心配することもなく、純粋に広い世界というものにあこがれをもっている。
(そういうのって……なんか夢があって、ちょっとうらやましいな)
まっすぐに前を見て、何も恐れることなくその夢に向かって行動できるのはひとつの才能だ。大抵は何かを恐れたり不安を感じたりして、その一歩がなかなか踏み出せなかったりする。
そもそも自分の夢が何なのか、わからなくなってしまうことさえあるのだから。
そもそも自分の夢が何なのか、わからなくなってしまうことさえあるのだから。
(僕の夢って一体何だろう。トロウを倒して父上を正気に戻す。ユミルに平和を取り戻す。それは確かに僕の目指す道だけど、でもそれは夢とは違う)
父上を助けることも、祖国をトロウの支配下から解放するのも、もちろん僕自身がそうしたいと思って行動していることだ。しかしそれは、そうしたいのであると同時に、そうしなければならないことでもある。ユミルの王子としての責務だ。
それは確かに自分がそうしたいと思っていることではあるけど、何かにあこがれるような夢とはまた違ってくるものだ。
それは確かに自分がそうしたいと思っていることではあるけど、何かにあこがれるような夢とはまた違ってくるものだ。
(僕は一体何にあこがれているんだろう。今はトロウのことで気持ちに余裕がないせいかよくわからない。すべてを終えたときにはわかる日が来るんだろうか……)
強いて言うなら、しっかりとあこがれるべき夢を持っているゲルダに、僕はあこがれているのかもしれない。ああやって、純粋に自分の好きなものに向かってまっすぐに向かっていけたらどんなにいいだろう、と。
「ゲルダはすごいね。自分の夢というものをしっかりと把握してるんだから」
「そう? ただわたしは、好きなものを好きって言ってるだけだよ」
「外の世界が見たいんだったね。今はやらなければならないことがあるけど、いつかそれが片付いたとき、もし良かったらグリンブルスティでいっしょに――」
「そう? ただわたしは、好きなものを好きって言ってるだけだよ」
「外の世界が見たいんだったね。今はやらなければならないことがあるけど、いつかそれが片付いたとき、もし良かったらグリンブルスティでいっしょに――」
外には竜人差別の問題もあるし、理想とは違う現実を知ることでゲルダをがっかりさせてしまう心配だってある。それでもゲルダと共に旅ができたら、きっと楽しいんじゃないかとふと思った。
だからなのか、気がついたらゲルダをまだ見ぬ未来の旅にさそっていたのだが、その言葉は最後まで言い切る前に遮られてしまった。というのは、突然僕たちの目の前に一人の竜人が飛び出してきたからだ。
だからなのか、気がついたらゲルダをまだ見ぬ未来の旅にさそっていたのだが、その言葉は最後まで言い切る前に遮られてしまった。というのは、突然僕たちの目の前に一人の竜人が飛び出してきたからだ。
「止まれ! 見かけない奴だな。おまえが外から来たという噂の奴か」
見たところまだ子どもの竜人のようだが、その子どもは鋭い目つきでこちらをにらみつけて、ぎりぎりと拳を握り締めている。
「他の奴らは騙せても、俺は騙されないぞ! おまえからは邪悪な気を感じる。アルヴに邪悪なものを持ち込む奴は、この俺が成敗してくれる!」
ああ、もしかしてとは思っていたが、やはり警戒されているのか。
邪悪な気と言われても心当たりなどないのだが、竜人の少年はいくら弁解してもこちらの言い分にはまったく聞く耳を持とうとしなかった。
ひとつ言えるのは、少年が僕に対して敵意があるのは間違いないということだ。
邪悪な気と言われても心当たりなどないのだが、竜人の少年はいくら弁解してもこちらの言い分にはまったく聞く耳を持とうとしなかった。
ひとつ言えるのは、少年が僕に対して敵意があるのは間違いないということだ。