天地を真っ直ぐに貫く大樹。
頂上にそびえ立つはユミル国、そしてケツァル王国の忘れ形見。
その名はバルハラ。かつての王宮。
頂上にそびえ立つはユミル国、そしてケツァル王国の忘れ形見。
その名はバルハラ。かつての王宮。
Chapter14「バルハラ再興」
ウィルオンはラルガ、タネはかせ、タネリミと共にバルハラ遺跡にいた。
かつての王宮はところどころが破壊されており、塔は先端がまるで鋭利な何かにスッパリと切断されてしまったかのような有様だ。
礼拝堂と思われる塔の内部をウィルオンは見上げる。天井はかなり高く絵画が描かれているようだが、劣化がひどくもとは何が描かれていたのかはもうわからない。天井は崩れ落ちていて、いくつもの梁が剥き出しになっている。
「すっげぇボロボロ。これが本当に王宮なのかよ」
「メーディの襲撃を受けたのです。あのときウェイヴが助けてくれなければ、さらにひどいことになっていたかもしれません」
「メーディ…ね。もう何度かその名前を聞いてるけど、何者なんだよ?」
「わかりません。またここを襲った理由も不明です」
初代ケツァル王とメーディに面識はない。また因縁や共通点も何もない。
そもそもそれがどこから現れたのか、どうやって侵入したのかも謎のままだ。そう、まるで突然湧いて出たかのようにそれは出現したのだった。だが、それも今は昔の話。失われた過去の真実は誰にもわからない。
礼拝堂を出て回廊から外を眺める。
眼下には整然と立ち並ぶ古びた建物……おそらく城下街だったものが見える。
「あれもケツァル王国の一部だったのか?」
「いえ、あれはユミル国の遺跡でしょう。ケツァル王国当時からすでに廃墟でしたから。ケツァル王国はこの王宮と、シレスティアルの一部が領地のすべてでした。あの当時、まだ国もできたばかりで規模はそこまで大きくありませんでしたからね」
大樹の頂上付近には枝と枝の間に土を固めて張り巡らせた小高い丘が形作られている。
王宮はその丘のちょうど天辺にあり、その王宮を中心に放射状に街並みが広がっている。
同様に中央から放射状に伸びる大樹の枝が街並みの間を縫って伸びている。建物の配置を見る限り、道として使われていたのだろうと覗える。
さらに張り巡らされた土の層は下方の枝と枝の間にも存在し、そこには比較的損壊の少ない建物が遺されている。どうやらユミルの城下街は多層的に構成されていたらしい。
街を下層へと降りて行くと、この大樹の頂上と地上を繋ぐ巨大な蔦の頭が見えてきた。
蔦は蛇がとぐろを巻くように大樹に巻きついている。
かつては蔦がそのまま下の大樹の大陸まで続いていたが、先の戦争の影響なのか地殻変動のせいなのか、現在では大樹の大陸はフィーティン大陸、ビゲスト大陸などの複数の大陸に分かれてしまっていて、今は大樹や蔦が海から直に生えているように見える。
大樹が海面に接する見た目上の根元には現在では神殿が建てられており、そこに船が集まるようになっている。
そこから蔦を登ってくることで空を飛ぶ力がない者も空へとやってくることができる。徒歩三日程度で頂上に到達することができ、そこに至るまでの大樹の洞や途中の枝には宿場などが設けられている。
さらに登っていくと大樹の周りを囲んでいる冠雲を突き抜けるように蔦は伸びている。
ここからさらに登ればバルハラの街下層部へ、冠雲から三方に架かる虹の橋を渡ればそれぞれルーン、ヘイムダル、シレスティアルの三国がある島雲へと辿り着く。これら三国は今では独立しているが、かつてはユミル国の都市であった。
第3世界の数少ない生き残りであるラルガは、幼い頃にそのユミル国の姿を実際に見たことがあった。
冠雲から架かる今となっては色あせてしまった虹の橋を眺めながら、ラルガは当時の三都市の様子を思い出していた。
「ユミル国の命によってルーンは魔法を研究し、ヘイムダルはユミルへ来る船を監視、シレスティアルでは錬金術を用いた研究や治療などが行われていたそうです。船はもう失われてしまったようですけどね」
「大丈夫、私の発明したアットロー号があるのだ。まだ完全には失われていないのだ。そのうち私が復活させる予定だからね」
「私が知っている船はこんな粗末なものではなかったが……。まぁ、そんなものはどうでもよろしい」
ラルガが話を続ける。
三国の独立以後にルーン国はシガムを首都とし、戦争によって失われてしまったかつての強力な魔法を蘇らせるための研究に力を入れるようになった。
ヘイムダルは鎖国状態になってしまっており詳しい状況は知られていないが、かつての監視塔および監視隊の名前をとって首都をギャラルホルンとしたらしい。
「そしてシレスティアル。ここはケツァル王国当時に関係が深かった場所です。おそらく今でもここに天竜や王国の兵士たちの駐屯地は残されているはず。彼らの協力を得られれば国の再興もなんとかなるでしょう」
「おそらく? はず? 自分の国のことなのにずいぶんと曖昧なんだな」
「私は王宮で参謀を務めていましたから。元帥でもあったヴァイルや、天竜たちのほうがシレスティアルのことは詳しいでしょうね」
シレスティアルにはミーミルの泉というものがある。
この泉の水には癒しの力があり、シレスティアルの錬金術と併せて治療に役立てられていた。
ケツァル王国の兵士たちは、拠点をこの近くに置くことで戦いの傷をすぐに癒すことができたのだという。
「……だが、そんなことを俺に説明してどうするつもりだよ」
ウィルオンが気に食わない様子で言った。
「俺はまだ3代目をやるって決めたわけじゃないぞ。それに今までケツァル王国なんて全然知らなかったんだ。おまえが勝手にやればいいだろ」
「いいえ、ウィルオン様。よろしいですか。ケツァル王家の血というものは……」
「もういい、それは何度も聞いた! あと様はやめろ、気持ち悪いからウィルオンでいい」
「了解しました、ウィルオン様。努力はしてみましょう」
「さっそく努力する気ねえよな!」
そんなウィルオンを見てラルガはにっこりと笑みを浮かべてみせると、真剣な面持ちで視線を再び虹の橋へと戻した。
橋の対岸にあるのはさっきの話に出てきたシレスティアルだ。
「とにかく、まずはシレスティアルの協力を得ましょう。ゼロが後を継いではいたようですが、天竜がまだ健在な様子を見るとまだ兵士たちも残っている可能性が高い」
「まぁ復興はおまえの望む夢みたいだし、別に好きにしてくれていいけどな。でも、王宮はそのメーディってやつに一度襲撃されたんだろう? 場所を変えたほうがいいんじゃないのか」
「それはできません。ここが我々の国土、むやみに他国の領地を侵すようなことがあってはいけません。それにこの大樹は地竜族にとって大切な意味を持つ場所。地竜の末裔として、私はここを護る義務があるのです」
「ふぅん…。色々めんどくさいんだな」
振り返って大樹を見上げる。
かつての国は衰滅してしまったが、大樹は今でもなお枯槁せずにそびえ立っていた。
かつての王宮はところどころが破壊されており、塔は先端がまるで鋭利な何かにスッパリと切断されてしまったかのような有様だ。
礼拝堂と思われる塔の内部をウィルオンは見上げる。天井はかなり高く絵画が描かれているようだが、劣化がひどくもとは何が描かれていたのかはもうわからない。天井は崩れ落ちていて、いくつもの梁が剥き出しになっている。
「すっげぇボロボロ。これが本当に王宮なのかよ」
「メーディの襲撃を受けたのです。あのときウェイヴが助けてくれなければ、さらにひどいことになっていたかもしれません」
「メーディ…ね。もう何度かその名前を聞いてるけど、何者なんだよ?」
「わかりません。またここを襲った理由も不明です」
初代ケツァル王とメーディに面識はない。また因縁や共通点も何もない。
そもそもそれがどこから現れたのか、どうやって侵入したのかも謎のままだ。そう、まるで突然湧いて出たかのようにそれは出現したのだった。だが、それも今は昔の話。失われた過去の真実は誰にもわからない。
礼拝堂を出て回廊から外を眺める。
眼下には整然と立ち並ぶ古びた建物……おそらく城下街だったものが見える。
「あれもケツァル王国の一部だったのか?」
「いえ、あれはユミル国の遺跡でしょう。ケツァル王国当時からすでに廃墟でしたから。ケツァル王国はこの王宮と、シレスティアルの一部が領地のすべてでした。あの当時、まだ国もできたばかりで規模はそこまで大きくありませんでしたからね」
大樹の頂上付近には枝と枝の間に土を固めて張り巡らせた小高い丘が形作られている。
王宮はその丘のちょうど天辺にあり、その王宮を中心に放射状に街並みが広がっている。
同様に中央から放射状に伸びる大樹の枝が街並みの間を縫って伸びている。建物の配置を見る限り、道として使われていたのだろうと覗える。
さらに張り巡らされた土の層は下方の枝と枝の間にも存在し、そこには比較的損壊の少ない建物が遺されている。どうやらユミルの城下街は多層的に構成されていたらしい。
街を下層へと降りて行くと、この大樹の頂上と地上を繋ぐ巨大な蔦の頭が見えてきた。
蔦は蛇がとぐろを巻くように大樹に巻きついている。
かつては蔦がそのまま下の大樹の大陸まで続いていたが、先の戦争の影響なのか地殻変動のせいなのか、現在では大樹の大陸はフィーティン大陸、ビゲスト大陸などの複数の大陸に分かれてしまっていて、今は大樹や蔦が海から直に生えているように見える。
大樹が海面に接する見た目上の根元には現在では神殿が建てられており、そこに船が集まるようになっている。
そこから蔦を登ってくることで空を飛ぶ力がない者も空へとやってくることができる。徒歩三日程度で頂上に到達することができ、そこに至るまでの大樹の洞や途中の枝には宿場などが設けられている。
さらに登っていくと大樹の周りを囲んでいる冠雲を突き抜けるように蔦は伸びている。
ここからさらに登ればバルハラの街下層部へ、冠雲から三方に架かる虹の橋を渡ればそれぞれルーン、ヘイムダル、シレスティアルの三国がある島雲へと辿り着く。これら三国は今では独立しているが、かつてはユミル国の都市であった。
第3世界の数少ない生き残りであるラルガは、幼い頃にそのユミル国の姿を実際に見たことがあった。
冠雲から架かる今となっては色あせてしまった虹の橋を眺めながら、ラルガは当時の三都市の様子を思い出していた。
「ユミル国の命によってルーンは魔法を研究し、ヘイムダルはユミルへ来る船を監視、シレスティアルでは錬金術を用いた研究や治療などが行われていたそうです。船はもう失われてしまったようですけどね」
「大丈夫、私の発明したアットロー号があるのだ。まだ完全には失われていないのだ。そのうち私が復活させる予定だからね」
「私が知っている船はこんな粗末なものではなかったが……。まぁ、そんなものはどうでもよろしい」
ラルガが話を続ける。
三国の独立以後にルーン国はシガムを首都とし、戦争によって失われてしまったかつての強力な魔法を蘇らせるための研究に力を入れるようになった。
ヘイムダルは鎖国状態になってしまっており詳しい状況は知られていないが、かつての監視塔および監視隊の名前をとって首都をギャラルホルンとしたらしい。
「そしてシレスティアル。ここはケツァル王国当時に関係が深かった場所です。おそらく今でもここに天竜や王国の兵士たちの駐屯地は残されているはず。彼らの協力を得られれば国の再興もなんとかなるでしょう」
「おそらく? はず? 自分の国のことなのにずいぶんと曖昧なんだな」
「私は王宮で参謀を務めていましたから。元帥でもあったヴァイルや、天竜たちのほうがシレスティアルのことは詳しいでしょうね」
シレスティアルにはミーミルの泉というものがある。
この泉の水には癒しの力があり、シレスティアルの錬金術と併せて治療に役立てられていた。
ケツァル王国の兵士たちは、拠点をこの近くに置くことで戦いの傷をすぐに癒すことができたのだという。
「……だが、そんなことを俺に説明してどうするつもりだよ」
ウィルオンが気に食わない様子で言った。
「俺はまだ3代目をやるって決めたわけじゃないぞ。それに今までケツァル王国なんて全然知らなかったんだ。おまえが勝手にやればいいだろ」
「いいえ、ウィルオン様。よろしいですか。ケツァル王家の血というものは……」
「もういい、それは何度も聞いた! あと様はやめろ、気持ち悪いからウィルオンでいい」
「了解しました、ウィルオン様。努力はしてみましょう」
「さっそく努力する気ねえよな!」
そんなウィルオンを見てラルガはにっこりと笑みを浮かべてみせると、真剣な面持ちで視線を再び虹の橋へと戻した。
橋の対岸にあるのはさっきの話に出てきたシレスティアルだ。
「とにかく、まずはシレスティアルの協力を得ましょう。ゼロが後を継いではいたようですが、天竜がまだ健在な様子を見るとまだ兵士たちも残っている可能性が高い」
「まぁ復興はおまえの望む夢みたいだし、別に好きにしてくれていいけどな。でも、王宮はそのメーディってやつに一度襲撃されたんだろう? 場所を変えたほうがいいんじゃないのか」
「それはできません。ここが我々の国土、むやみに他国の領地を侵すようなことがあってはいけません。それにこの大樹は地竜族にとって大切な意味を持つ場所。地竜の末裔として、私はここを護る義務があるのです」
「ふぅん…。色々めんどくさいんだな」
振り返って大樹を見上げる。
かつての国は衰滅してしまったが、大樹は今でもなお枯槁せずにそびえ立っていた。
そして数日後、ケツァル王国は蘇った。
王宮は荒れ果てたままだったが、新ケツァル王のもとに天竜や兵たちが戻って来た。
王家の血はまだ絶えてはいない。ゆえに王国は潰えてはいない。
荒れた王宮は兵士たちの手によって修繕が開始され、中は慌しい様子だった。
そんな様子をラルガは嬉しそうに見つめる。
「ついに私の悲願が叶う。夢にまで見たバルハラの復活! …いえ、まだ気が早いですね。噂を聞いた民たちもいずれ戻ってくるでしょう。これは新たなはじまりです。これから国は復活してゆくのですから」
玉座の間は真っ先に修復され、玉座の前には新しい王の姿があった。
「さぁ、新国王様。これから私とともに、この国を以前のような……いいえ、前以上に素晴らしい国にしていこうではありませんか!」
実際はケツァルの次に王となったので2代目と呼ばれるべきだったが、王家の血筋を尊重して初代ケツァル王の孫にあたる新王はこう呼ばれた。
3代目ケツァル王、ウィルオン――
王宮は荒れ果てたままだったが、新ケツァル王のもとに天竜や兵たちが戻って来た。
王家の血はまだ絶えてはいない。ゆえに王国は潰えてはいない。
荒れた王宮は兵士たちの手によって修繕が開始され、中は慌しい様子だった。
そんな様子をラルガは嬉しそうに見つめる。
「ついに私の悲願が叶う。夢にまで見たバルハラの復活! …いえ、まだ気が早いですね。噂を聞いた民たちもいずれ戻ってくるでしょう。これは新たなはじまりです。これから国は復活してゆくのですから」
玉座の間は真っ先に修復され、玉座の前には新しい王の姿があった。
「さぁ、新国王様。これから私とともに、この国を以前のような……いいえ、前以上に素晴らしい国にしていこうではありませんか!」
実際はケツァルの次に王となったので2代目と呼ばれるべきだったが、王家の血筋を尊重して初代ケツァル王の孫にあたる新王はこう呼ばれた。
3代目ケツァル王、ウィルオン――
「だから、俺は王なんてやらないって言ってんだろ!」
新王が咆える。
「まあまあ。それでは名前だけでも貸すということにして納得してください。もし私が王になったとして、兵たちや天竜がここまでついてきてくれたとは思えませんし……ふむ。やはりケツァルの血は偉大ですね」
「誰だよ、ケツァルの血が穢れたとか言ってたのは」
「それはそれ、これはこれです。あれは私の勘違いであって実際は穢れていなかったのですから問題はありません」
「誰だよ、その勘違いでケツァルの王子を殺して、俺の命まで狙ってきたやつは」
「それは私の罪です、当然ながら償わなければなりません……。だからこそ、こんどこそ私はこの国を、そしてケツァル王を守ると誓います! ウィルオン様、私を信じてください」
「信用できるか!」
「あと2代目のカサンドラ様も、あなたの母上ミヅチ様も実は死んではいませんよ。初代ケツァル様に倣って封印しただけですから。まぁ……解き方は知らないのですが、いつかは復活できるはずです。あ、そうだ。国が整ったら救出に向かいましょう。私がお供しますので」
「そんな後付け、ますます信用できるか!」
観客のない玉座の間で漫才を続ける竜たちのもとに紅い原種竜が現れた。
「ああ、ヴァイル。戻りましたか」
「良かったな、兄貴。国の復興が叶って。そちらが3代目のケツァル様か」
「ええ。おまえが協力してくれたおかげです」
「フェギオンとメロフィスの封石を見つけたが……国が蘇ったならもう不要か。ならばそろそろ教えてもらえないか。魔竜の封石を探したのはどういう意図があったからなんだ?」
ヴァイルと呼ばれた紅竜が訊く。
同じく初代ケツァル王に仕えた側近として反対されるだろうと予想して、ラルガは魔竜の力でウィルオンを倒そうとしていたことはヴァイルには伏せていた。
せっかく国が蘇って喜ばしいときに、わざわざ嫌疑の種を蒔くこともない。
そう考えて蒼竜はこう答えた。
「ああ、それは……ケツァル様の脅威だった魔竜の位置を正確に把握しておきたいと思いましてね! せっかく再興したのにそこを襲われては困る。それにリムリプスの封印が解けていたという噂でしたし」
「そうか、なるほど。既にそこまで考えていたとはさすがは兄貴だ」
称賛するヴァイルとは対称的に、ウィルオンは冷めた目でラルガを見つめた。
(誰だよ、魔竜を利用するとか考えてたやつは)
目がそう言っている。
「そうだ。兄貴、ムスペから火竜王が来ると連絡があった。もうすぐ到着するらしい」
「セルシウス様か。初代様と親交が深かった彼が来てくれるのはありがたい。きっとお力を貸してくださるでしょう」
「うむ。では、俺は兵たちの指揮を取らねばならんのでな。修理するどころか壊されてはかなわん」
用を伝えると紅竜はすぐに去っていった。
「あいつは?」とウィルオン。
「彼はヴァイル。私とともに初代様に仕えていた者です」
参謀としてケツァルを補佐したラルガ。一方でヴァイルは元帥として兵たちをまとめていた。
ヴァイルは炎のように紅い鱗を持つムスペ出身の火竜だ。ケツァル王が建国した際にセルシウスから遣わされた将で、ラルガよりも体格が大きく、魔法は苦手だが力は強い。
直接ラルガと血が繋がっているわけではなかったが、年上のラルガを兄のように慕っていた。
「まぁ、私の弟のようなものですよ」
新王が咆える。
「まあまあ。それでは名前だけでも貸すということにして納得してください。もし私が王になったとして、兵たちや天竜がここまでついてきてくれたとは思えませんし……ふむ。やはりケツァルの血は偉大ですね」
「誰だよ、ケツァルの血が穢れたとか言ってたのは」
「それはそれ、これはこれです。あれは私の勘違いであって実際は穢れていなかったのですから問題はありません」
「誰だよ、その勘違いでケツァルの王子を殺して、俺の命まで狙ってきたやつは」
「それは私の罪です、当然ながら償わなければなりません……。だからこそ、こんどこそ私はこの国を、そしてケツァル王を守ると誓います! ウィルオン様、私を信じてください」
「信用できるか!」
「あと2代目のカサンドラ様も、あなたの母上ミヅチ様も実は死んではいませんよ。初代ケツァル様に倣って封印しただけですから。まぁ……解き方は知らないのですが、いつかは復活できるはずです。あ、そうだ。国が整ったら救出に向かいましょう。私がお供しますので」
「そんな後付け、ますます信用できるか!」
観客のない玉座の間で漫才を続ける竜たちのもとに紅い原種竜が現れた。
「ああ、ヴァイル。戻りましたか」
「良かったな、兄貴。国の復興が叶って。そちらが3代目のケツァル様か」
「ええ。おまえが協力してくれたおかげです」
「フェギオンとメロフィスの封石を見つけたが……国が蘇ったならもう不要か。ならばそろそろ教えてもらえないか。魔竜の封石を探したのはどういう意図があったからなんだ?」
ヴァイルと呼ばれた紅竜が訊く。
同じく初代ケツァル王に仕えた側近として反対されるだろうと予想して、ラルガは魔竜の力でウィルオンを倒そうとしていたことはヴァイルには伏せていた。
せっかく国が蘇って喜ばしいときに、わざわざ嫌疑の種を蒔くこともない。
そう考えて蒼竜はこう答えた。
「ああ、それは……ケツァル様の脅威だった魔竜の位置を正確に把握しておきたいと思いましてね! せっかく再興したのにそこを襲われては困る。それにリムリプスの封印が解けていたという噂でしたし」
「そうか、なるほど。既にそこまで考えていたとはさすがは兄貴だ」
称賛するヴァイルとは対称的に、ウィルオンは冷めた目でラルガを見つめた。
(誰だよ、魔竜を利用するとか考えてたやつは)
目がそう言っている。
「そうだ。兄貴、ムスペから火竜王が来ると連絡があった。もうすぐ到着するらしい」
「セルシウス様か。初代様と親交が深かった彼が来てくれるのはありがたい。きっとお力を貸してくださるでしょう」
「うむ。では、俺は兵たちの指揮を取らねばならんのでな。修理するどころか壊されてはかなわん」
用を伝えると紅竜はすぐに去っていった。
「あいつは?」とウィルオン。
「彼はヴァイル。私とともに初代様に仕えていた者です」
参謀としてケツァルを補佐したラルガ。一方でヴァイルは元帥として兵たちをまとめていた。
ヴァイルは炎のように紅い鱗を持つムスペ出身の火竜だ。ケツァル王が建国した際にセルシウスから遣わされた将で、ラルガよりも体格が大きく、魔法は苦手だが力は強い。
直接ラルガと血が繋がっているわけではなかったが、年上のラルガを兄のように慕っていた。
「まぁ、私の弟のようなものですよ」
しばらくしてヴァイルの言うように、ムスペから火竜王セルシウスが訪れた。
他にも空の各国の王や代表者たちが挨拶にやってきているようだった。
修復の追い付かない王宮のホールに客たちは集められた。
「これはこれは、ニヴルの氷の女王様。遠路遥々お越しいただき光栄です。ああ、姫様もご一緒でしたか。ご無沙汰しております。やや、こちらはアルヴ首長様。よくぞ、いらしてくれました。そして、あちらの使者は? なるほど、ニザヴェリルの。あちらは……ヨトゥン王様ですね。ああ、ありがとうございます」
ラルガは対応に忙しそうだった。
よくわからないが、とりあえず偉いさんばかりなんだろうな……とウィルオンはその様子を眺めていた。
「ウィルオン!?」
ふと聞き覚えのある声が聞こえた。
(俺にはこんな偉いやつらの知り合いなんていないはずだが?)
そう思って振り向くとそこにいたのは、
「ナープ!」
「ウィルオンじゃないか! どうしてここに?」
「それはこっちの台詞だぞ」
2年ぶりの再会を喜ぶ一方で、なぜこんなところにナープがいるのだろうかと考えていると、
「無礼者! こちらは国王様であらせられるぞ。口を慎め」
近くにいた兵士がその間に割って入った。
「いや、いいんだ。俺の大事な友達なんだ」
「おまえが……王様だって!? どういうことなんだ」
「俺にもよくわからないよ…」
明らかにナープは驚いていた。
当然だ。久しぶりに再会した友達が急に王様になっていたら俺だって驚く。
「ふむ、そなたが3代目ケツァル殿か」
ナープの後ろから年老いた火竜が現れてウィルオンに声をかけた。
「あんたは?」
「私はセルシウス。ムスペで王をやっている」
「ああ、あんたが……いや、あなたがラルガの言ってた火竜王様ですか」
「左様。ケツァル王国の復興、心より祝意を申し上げる。貴殿には是非ともケツァル殿のように心広き王になっていただきたいものだ。我が国ムスペも必要とあれば助力を惜しまないつもりである」
「(シュクイってなんだ?) ああ、その…。当方も感謝の意を示し……ええと? まぁとにかく、ありがとうございます。ラルガも喜ぶだろうし…」
慣れない言葉遣いに戸惑うウィルオンにナープが訊いた。
「それより教えてほしい。なんでウィルオンが王様に?」
「ああ、それは――」
ナープの言葉に安心して答える。
他にも空の各国の王や代表者たちが挨拶にやってきているようだった。
修復の追い付かない王宮のホールに客たちは集められた。
「これはこれは、ニヴルの氷の女王様。遠路遥々お越しいただき光栄です。ああ、姫様もご一緒でしたか。ご無沙汰しております。やや、こちらはアルヴ首長様。よくぞ、いらしてくれました。そして、あちらの使者は? なるほど、ニザヴェリルの。あちらは……ヨトゥン王様ですね。ああ、ありがとうございます」
ラルガは対応に忙しそうだった。
よくわからないが、とりあえず偉いさんばかりなんだろうな……とウィルオンはその様子を眺めていた。
「ウィルオン!?」
ふと聞き覚えのある声が聞こえた。
(俺にはこんな偉いやつらの知り合いなんていないはずだが?)
そう思って振り向くとそこにいたのは、
「ナープ!」
「ウィルオンじゃないか! どうしてここに?」
「それはこっちの台詞だぞ」
2年ぶりの再会を喜ぶ一方で、なぜこんなところにナープがいるのだろうかと考えていると、
「無礼者! こちらは国王様であらせられるぞ。口を慎め」
近くにいた兵士がその間に割って入った。
「いや、いいんだ。俺の大事な友達なんだ」
「おまえが……王様だって!? どういうことなんだ」
「俺にもよくわからないよ…」
明らかにナープは驚いていた。
当然だ。久しぶりに再会した友達が急に王様になっていたら俺だって驚く。
「ふむ、そなたが3代目ケツァル殿か」
ナープの後ろから年老いた火竜が現れてウィルオンに声をかけた。
「あんたは?」
「私はセルシウス。ムスペで王をやっている」
「ああ、あんたが……いや、あなたがラルガの言ってた火竜王様ですか」
「左様。ケツァル王国の復興、心より祝意を申し上げる。貴殿には是非ともケツァル殿のように心広き王になっていただきたいものだ。我が国ムスペも必要とあれば助力を惜しまないつもりである」
「(シュクイってなんだ?) ああ、その…。当方も感謝の意を示し……ええと? まぁとにかく、ありがとうございます。ラルガも喜ぶだろうし…」
慣れない言葉遣いに戸惑うウィルオンにナープが訊いた。
「それより教えてほしい。なんでウィルオンが王様に?」
「ああ、それは――」
ナープの言葉に安心して答える。
「ティルが魔竜……リムリプス!?」
ナープの驚いた声が響く。
ウィルオンは地上であったことを説明した。
ケツァルの血のこと、ラルガのこと、そしてティルの正体。
一方でナープは空であったことを説明した。
火竜王セルシウスは天竜ゼロからの要請を受けて魔竜リムリプスの封印の協力を決意。
フロウとガルフの協力の下、先代天竜オーシャンの血を引く子どもたちナープ兄弟を集めてリムリプスを封印しようと考えているところだった。
召集に応じてやってきたのは今のところナープとサーフ、ついでにクリアがおまけでついてきた。マリン、リヴァーはまだ現れていない。
そんな状況でのケツァル王国再興の噂。
話を聞き付けたセルシウスはバルハラへ様子を見に出発。
サーフたっての希望もあってサーフ、クリア、そして上二名を不安に思ったナープを伴っての訪樹となったのだった。
なお、サーフとクリアは早速、修復の開始された王宮内を目を輝かせながら駆けまわっている。
「知らなかった。まさかリムリプスがティルだったなんて」
「封印するって……ティルをかよ!?」
「うむ。封印しなければならない」
セルシウスが重ねて言った。
「どうしてだよ」
「魔竜は危険だからだ」
「ティルはそんなやつじゃない」
「これは決まったことだ。そして初代ケツァル殿との約束でもある」
「そんな…」
ウィルオンは考えた。
その約束がケツァル王国とムスペとの間で交わされた約束なのだとしたら、それは簡単には手を出すことができない。なぜならそれは国家間の問題だからだ。
だが今は違う。
認めたくはないが、自分はケツァル王の血を引く者なのだ。そしてラルガはどうしてもウィルオンを王にしたがっている。
もし自分が王になれば、ただのウィルオンではない。ケツァル王のウィルオンとなる。
その発言力はまるで違う。相手がムスペ王であっても対等な立場で意見を言える。
このままではティルが封印されてしまうかもしれない。それはなんとしても防ぎたい。
もし自分が王になれば、ティルを救うことができるなら俺は――
「なぁ、俺のじいさんとの約束なんだろ? だったら今は俺がこの国の王だ。だからそれはやめてくれ! ケツァル王国を代表してお願いする。頼む!!」
ムスペ王に頭を下げる。
しかしセルシウスは期待する答えをすぐに返してくれるわけでもなかった。
「ウィルオン殿。たしかに今やそなたはケツァル国の王かもしれぬ。だが初代ケツァル殿はそなたの祖父であるだけではなく私の友だった。これは国と国の約束というだけではない。私の友との約束なのだ。だからその頼みは聞くことはできぬ」
「でも初代ケツァルはもう…!」
「だからこそなのだ。私は亡き友のために、この約束を果たさなければならない。魔竜を監視するという約束をな。その魔竜が復活したというなら、再び封印しておくのが約束を守るということになるだろう」
「ま、待ってくれ。だったら俺はティルと友達だ。友達を封印しろというのか!?」
なおも食い下がるウィルオン。しかし、まるで手ごたえがない。
初代ケツァルがどんな存在だったのかは知らないが、セルシウスは約束を守らなければならないの一点張りだった。
そこに一頭の火竜がやってきた。どうやらムスペの者らしい。
火竜はセルシウスに報告する。
「火竜王様。天竜殿からの報告です。魔竜リムリプスを捕らえたとのこと。直にこちら、バルハラへと連行されてくるようです」
「「なんだって!?」」
セルシウスよりも先にナープとウィルオンが反応した。
魔竜リムリプスが……ティルが捕まってしまった!
ナープの驚いた声が響く。
ウィルオンは地上であったことを説明した。
ケツァルの血のこと、ラルガのこと、そしてティルの正体。
一方でナープは空であったことを説明した。
火竜王セルシウスは天竜ゼロからの要請を受けて魔竜リムリプスの封印の協力を決意。
フロウとガルフの協力の下、先代天竜オーシャンの血を引く子どもたちナープ兄弟を集めてリムリプスを封印しようと考えているところだった。
召集に応じてやってきたのは今のところナープとサーフ、ついでにクリアがおまけでついてきた。マリン、リヴァーはまだ現れていない。
そんな状況でのケツァル王国再興の噂。
話を聞き付けたセルシウスはバルハラへ様子を見に出発。
サーフたっての希望もあってサーフ、クリア、そして上二名を不安に思ったナープを伴っての訪樹となったのだった。
なお、サーフとクリアは早速、修復の開始された王宮内を目を輝かせながら駆けまわっている。
「知らなかった。まさかリムリプスがティルだったなんて」
「封印するって……ティルをかよ!?」
「うむ。封印しなければならない」
セルシウスが重ねて言った。
「どうしてだよ」
「魔竜は危険だからだ」
「ティルはそんなやつじゃない」
「これは決まったことだ。そして初代ケツァル殿との約束でもある」
「そんな…」
ウィルオンは考えた。
その約束がケツァル王国とムスペとの間で交わされた約束なのだとしたら、それは簡単には手を出すことができない。なぜならそれは国家間の問題だからだ。
だが今は違う。
認めたくはないが、自分はケツァル王の血を引く者なのだ。そしてラルガはどうしてもウィルオンを王にしたがっている。
もし自分が王になれば、ただのウィルオンではない。ケツァル王のウィルオンとなる。
その発言力はまるで違う。相手がムスペ王であっても対等な立場で意見を言える。
このままではティルが封印されてしまうかもしれない。それはなんとしても防ぎたい。
もし自分が王になれば、ティルを救うことができるなら俺は――
「なぁ、俺のじいさんとの約束なんだろ? だったら今は俺がこの国の王だ。だからそれはやめてくれ! ケツァル王国を代表してお願いする。頼む!!」
ムスペ王に頭を下げる。
しかしセルシウスは期待する答えをすぐに返してくれるわけでもなかった。
「ウィルオン殿。たしかに今やそなたはケツァル国の王かもしれぬ。だが初代ケツァル殿はそなたの祖父であるだけではなく私の友だった。これは国と国の約束というだけではない。私の友との約束なのだ。だからその頼みは聞くことはできぬ」
「でも初代ケツァルはもう…!」
「だからこそなのだ。私は亡き友のために、この約束を果たさなければならない。魔竜を監視するという約束をな。その魔竜が復活したというなら、再び封印しておくのが約束を守るということになるだろう」
「ま、待ってくれ。だったら俺はティルと友達だ。友達を封印しろというのか!?」
なおも食い下がるウィルオン。しかし、まるで手ごたえがない。
初代ケツァルがどんな存在だったのかは知らないが、セルシウスは約束を守らなければならないの一点張りだった。
そこに一頭の火竜がやってきた。どうやらムスペの者らしい。
火竜はセルシウスに報告する。
「火竜王様。天竜殿からの報告です。魔竜リムリプスを捕らえたとのこと。直にこちら、バルハラへと連行されてくるようです」
「「なんだって!?」」
セルシウスよりも先にナープとウィルオンが反応した。
魔竜リムリプスが……ティルが捕まってしまった!