Never Give Up

 長年住んでいる四畳一間のワンルームは風通しが悪く、窓を全開にしてもカーテンは微動だにしない。そのせいで、空気を入れ替えるどころの話ではなく室内は埃っぽく濁る一方だ。そのくせ日差しだけは強く差し込むため、時おりカーテンから漏れる直射が眩しくて俺は目をしかめた。
 そろそろ夏季に片足を突っ込み、路地を歩く人々の肌の露出も目立ってきた。俺は二階の物干し台兼べランダから下校途中の夏服セーラーをぼんやり眺めていたが、気が抜けたように窓際のベッドにぐでーっと寝そべった。
「だりぃ……ねみぃ……」
 怠慢な脳髄が日々身体に送り続けている応答を、わざわざ発声して堕落加減を再確認してみる。おかげでやる気の片鱗も沸いてこない。ついでに今日三度目の眠気も来日したようだ。
 天井裏から染み込んだ雨漏りでスス汚れた天井をぼーっと眺めるのにも飽きて、ぐるりと寝返りを打ったせいで世界が半回転した。
 ちゃぶ台の上に無造作に置かれたノートPCのファン音がいやにうるさい。書きかけのワード画面のポインタをぼんやり眺めていると、歩行者信号の青色点滅人間が早く渡れと急かしているようだ。いや、俺の場合は「早くレポートを終わらせろ」か。
 無言の圧力を訴えるPC画面から逃げるように、大きく脚を振り上げて勢いよく上半身を起こした。
「っっっいっづぅっ!」
 勢い余りすぎて腰を痛めた。最近動かしていない筋肉を急に動かしたからか。背骨がキリキリ軋む音さえ聞こえてきそうだ。その刺激に反応したかのように、腹の虫が一斉に羽音を鳴らし始めた。そういえば朝から何も食べていない。
「そういえば朝から何も食べていないー」
 語尾に向かって上ずるエセ訛りで心中の言葉をそのまま口に出してみる。さっきから心と口が直通状態だ。このまま飯をかき込んだ暁には心房に思いっきり残飯が溜まって破裂するかも。
「何か食うっぺー」
 腹虫に冒された脳が反射的に身体をスタンディングさせる。そして部屋隅の冷蔵庫の方へウォーキング。しゃがみングでオープニング。何もナッシング。
 進行形の予定表が全て片付いたあとは、腹虫の脅迫じみた鳴声が体内でこだまするだけだった。
「………………………………………………」
 現状を反芻する作業を長らく怠ってきたが、生理的な欲求の前に人間は屈する他にない。何にしても、今、腹が減りすぎている。一旦この事に思考が費やされた途端、急に発作を起こしたかのように腹部からのサイレン音が強くなった。
「いやーマジで、まずいんじゃあ、ないですかねー、これ」
 文節を意識して思考を冷静に保つ。考えてみると正直笑ってられない状況であるのをひしひしと感じた。
 平均的な大学生が大量に保有する「時間の暇」を持て余しているにもかかわらず、労働活動に勤しむことなく無為に貯金を削り続けた結果、お財布もおサイフケータイも国機関のサイフの中にも無けなしの金しか残っていない現状が、そこにあった。
 つまり、メシを食う金が、無い。
「……餓死のよかーん」
 腹奥より発せられし緊急信号が危機感を成長させていく。このままいくと順調に生命活動を停止させ、高温多湿な部屋の中で取り残されて誰にも発見されぬまま、晴れて腐乱死体デビューを果たすことになりかねない。夏を先取り最新ライフスタイルにしては少々ライフを犠牲にしすぎだろ。
 ぐらぁ。
 突然去来した目眩に急襲されて、四畳半の畳張りに沈没する。まだ地獄ルート一直線のライフスタイルを受け入れたつもりはないぞ。しかし不服を訴えた身体は強制的にスタイル変更指令を細部に下しているらしい。抗えない四肢はついに、体力の温存を図って大々的な節電モードの実施を決定したようだ。足腰を稼動させるに足る電力が行き渡ってないから、干物みたいな格好で床に突っ伏すほかはなかった。
 あつい。のどかわいた。はらへった。
 原初的な欲求が脳内を渦巻いてぐちゃぐちゃのペースト状に仕立てる。



 と、
「おぉ?」
 冷蔵庫の一番下の死角段の奥に何か緑色の塊が見えたような気がして、手を伸ばす。むにっとした感触。まるで蛾みたい。触ったことないけど。
 そろそろと引き出してみる。それは、
「カエ、ル?」
 両生類と昆虫類が



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•カエルの鳴声が、腹虫の音に似ている。
•後輩の女の子が家に来る。突然冷蔵庫の中で鳴き始めるカエル。
•後輩の女の子に、カエルを食用としている男だと思われたくない。

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最終更新:2011年06月02日 17:50