Black × Black
五感を失ったはずの男・アキト。
その五感にはラピス・ラズリのサポートが必要なはず……。だから、あの体育館の光景が目に残っているのも、おそらくはラピスの影響だと思っていた。
そう、今や何かのサポートがなければアキトは生きてさえいけないような身体だ。
夢さえ、追うことの許されない体でアキトは今、殺し合いの会場で目を開ける。
「見える……か」
会場に来て、その光景の全てをアキトは見ることができた。市街に立ち並ぶ建物の看板も、名簿に刻まれた愛する人の名前さえも──。
ミスマル・ユリカ。
一度救ったはずの女が、またこうして命の危険を介した出来事に巻き込まれるとは、骨の折れる話だ。
ともかくは、アキトはユリカを捜したかった。誰かがユリカを守ってくれるとか──そんな甘い考えで行動してはいけない。愛するべきものは、自分自身の手で守る。だいたい、このだだっぴろい地形の中に、100人もの人がいる。
浅倉威と呼ばれたあの男のように、自ら望んで殺し合いをする人間もいるとわかっている。
ユリカを傍に引き寄せないと、少々不安だった。
まあ、傍にいたところで、アキトは格闘技術が高い方とはいえないし、武器を持っても100パーセント守りきる自信はないが、これは気持ちの問題だ。
ユリカの傍にいたい。ユリカの誰より近くでユリカを守りたい。
(ルリちゃん……それに、みんなもいる。どうしてガイや九十九がいるのかはわからないけど──)
その名前の見ていると、自分だけあの時代から切り離されたような気分になる。
ホシノ・ルリ、ウリバタケ・セイヤ、スバル・リョーコ、アカツキ・ナガレ、ダイゴウジ・ガイ、白鳥九十九。
かつて友と認め、仲間と認め、中にはこんなアキトに好意を抱いてくれた女性も、ここにはいる。
もう失ったはずの、あの楽しかった時の友人たちが──。
この名前を見ていると、自分が五感を失ったことが悪夢の一部だったのではないかという気さえしてきた。
彼らの名がここにあり、自分の五感が今正常に働いていること……それは、アキトが悪い意味でトシをとったことを現実味のないものにしてくれる。
だが、どうせ夢ではないのだろうな……と思った。
両手両足確かに動き、アキトの身体は「黒」を背負っている。
これがなければ生きられないが、これがあれば誰も声をかけてはくれないだろう……。
「──そこのあなた」
いや、どうやら怪しみもせずにアキトに声をかけてくれる人間は、いたらしい。
★ ★ ★ ★ ★
「つまり、君は『交通事故』で死んだはずだというんだな……」
マミは、少しでも情報を与えようと、アキトにそう告げた。死因をはっきりと告げることはできなかったが(ましてや信用してくれるはずもない)、少しでも多くの情報を提供することが必要だったのだ。
交通事故──このかつての死因の後に、なぜマミが蘇ったのかはわかっている。魔法少女になったからだ。
だが、あえてそれを、ここに来る直前の死因として話した。魔法少女のことを伏せて話せば、自分が死んでここに来たことを話す手段は交通事故のことを伝えたほうがいい。まあ嘘なのだが、これは具体的なことを聞かれても答えられる。車種、現場、情景、マミの気分、マミの痛み──何を訊かれても何となくは覚えている。
「なるほど……この名簿には、少なからず死者の名前がある。あるいは──」
自分も亡霊なのかもしれない、自分も既に死んだ人間なのかもしれない、と言いかけてからやめた。
そんなことを言ってはならない。自分を待つ人がいる。ネガティブにことを考えてはならないだろう。
だいたい、そんな自分を揶揄するかのような口調で言うのは、目の前にいる亡霊に失礼だ。
「あるいは? 何ですか?」
「いや、気にしなくていいんだ。俺の勘違いだよ、きっと」
「そうですか……」
気にしないほうがよさそうだと思い、マミは死者に関する話を膨らませようとする。
現時点で考えられる可能性として、マミの中では死者の蘇生に関しても印象深い話を思い出す。
このことは、ずっと頭から離れなかった。
『叶える願いは自由! 死者の蘇生、不老不死、帝王の権利、億万長者!』
あれだけ声高らかに発言された、ビッグバンの言葉。
キュゥべえのように、人の願いを叶える代償を求める姿勢。
マミは自分の意思で戦った──そして、得たものもあり、結局は死んだ。これは自己責任。キュゥべえのせいではない。
だが、このビッグバンの場合は違う。殺し合いを強要させて、万が一誰かが覇者となれば、願いを叶えるというもの。そんな悪条件では乗るはずもない。
ここで殺し合いに乗らないというのなら、その身を滅ぼすぞとでもいいたいのか? ──その程度の言葉にしたがって得られた命も、いつかは滅びる。その過程が過酷な殺し合いで、かなりボロボロの姿で頂点に立ち、そこで願いを得たとしても……。
「ビッグバンか……」
アキトも同じ結論に至ったらしい。
死者の蘇生──あの場では、褐色の女性の死とともに、その言葉が具体例として挙げられた。マミ自身が蘇っていることもあって、その言葉は印象付けられている。
あの扇要という男性は、今どうしているだろうか。殺し合いに乗っている? それなら、どうにか止めてあげたい気持ちだ。願いと引き換えに得た命も、長くはないということを教えてあげたい。
(ユリカがもし、死ぬことがあったら──)
或いは、マミが止めるべきは扇ではなくアキトなのかもしれない。
ここにいるユリカが死んだとき、万が一にでも本当に死者の蘇生ができる可能性があるというのなら、アキトはそれを選ぶだろう。
養子のルリの命を奪えるか、親友たちの命を奪えるか──そんなこと、他の人を殺しているときは思考の中で後回しにされていく。そして、気付けば彼らと対峙して、心が葛藤した挙句に仲間さえ殺してしまう。
そんなことだってありえるくらいに、アキトの愛は深い。
(どちらにせよ、みんながまだ生きてるなら、俺はみんなを助けたい。ユリカも、ルリちゃんも、ガイたちだって……)
今はまだ、それを考える時期ではない。
アキトは「万が一ユリカが死んでしまったら」、殺し合いをする。だが、今はユリカが生きているし、そんなことの保険のために他人の命を奪うほど短絡的じゃない。
味覚を治してほしい願いはあるが、それだってユリカの命を蹴って果たす願いじゃないだろう。そんなものは、治す方法だって探せる。
アキトがよほど険しい表情をしていたのか、マミの顔が少し怯えていた。
ビッグバンのことを考えているアキトを見て、もしかして殺し合いに乗るのでは? と思ったのかもしれない。
貴重な同行者を不安にさせるとは、不覚だ。
「安心してくれ、俺は殺し合いには乗らない」
今はまだ──
★ ★ ★ ★ ★
己の全てを黒衣に包むということ……。
それは闇に飲まれたこの証明。自らが生まれたままの身体でいられることへの否定。
シャドーは生まれたときから甲斐拓也のコピーに過ぎない存在だった。だから、己の身を黒衣で隠す必要があったのだ。
シャドーの視界に偶然入った男──あの男はどうだろう。
黒衣を着用しているからといって、相手がコピー人間だと断言するのは早計。いや、むしろシャドーと同じ境遇の人間など他にいくらかいるはずもない。
だが、人間の葬式でもあんな格好はしない。完全に黒に覆われているので、夜闇に彼の姿は見えにくいが、それが葬式の格好でないのはわかる。
おそらく、何かわけがあっての着衣。己の何か、特殊な境遇を隠したい心理ゆえの行為だ。でなければ、あんな格好するのは気が狂っているとしか思えない。
まあいい。
狂人にせよ、わけありにせよ、シャドーを前には殺害対象。そのバックグウラウンドに興味を抱いている場合ではない。相手は、所詮は人間だ。
「邪甲!」
──シャドーは自らの姿をブラックビートのものに……
……変えることができなかった。
シャドーの身体は已然、黒衣に包まれている。それはインセクトアーマーの黒ではない。
装甲ではなく、布切れの黒。何ゆえ、邪甲が阻まれたのかはわからない。
が、どちらにせよ同じこと。シャドーが簡単に他人を見逃すわけもない。
「所詮相手は人間! 邪甲するまでもない!」
──刹那
アキト、マミの二人は黒衣の襲撃者に振り向くが、その時には彼らの距離はゼロ。
いや、アキトとの距離はゼロ。
シャドーの指先は、アキトの首を締め付けるように絡んでいた。
そして、シャドーは彼のその体躯を持ち上げていく。苦しそうな表情が、バイザー越しに見えた。
「クッ……乗った側の人間か……」
「人間? 貴様らと同じにされる筋合いはない」
「人間でないとでもいうのか……?」
「俺は人間ではない。そうだな、シャドーとでも名乗っておこう」
シャドー。その名前は確かに、名簿にも載っていた。
影──黒に纏われたその姿は、確かにシャドーそのものである。
それに、アキトの首を締め付ける力が異常なほどに強かった。人間でも、おそらくはごく少数の鍛え上げた人間によるもの。だいたい、片手で人を持ち上げることができる人間自体、そういない。
「テンカワさんを離してください!」
「この男の息の根が止まったら、その願いも叶えてやろう。次に俺の手が掴むのは貴様の首だがな!」
「──離さないと、殺します!」
マミの手は、一本の剣を鞘から抜いていた。シャドーもアキトも、それどころではなかったので気付くことはなかったが。
これが、彼女の支給品らしい。霊剣荒鷹──二刀二剣のひとつにして、魔物と戦う正義の剣。元は、真宮寺さくらという参加者のものだ。
「……面白い。人間ごときに俺が斬れると思うか?」
シャドーの興味が、アキトから消える。
アキトは後回し、とばかりに彼の指はアキトを離した。無論、重力によって地面に落とされ、彼もそこそこの痛みを受けることになる。そのうえに、喉が空気を求めて嗚咽を鳴らす。目に少し涙が溜まったが、その感覚も薄っすらとしていた。彼に見えるはずもないが、彼の首は既に赤くなっていた。
だが、そんな状態でも生きている分マシだろう。しかし、身の安全を喜んでしまったが、それと引き換えに狙われた少女がいた。
「俺を斬るのか? どうした、やってみろ──」
「近付かないでください! テンカワさんを解放したなら、危害は加えません!」
「お前が狙われているとしてもか」
「関係ありません!」
荒鷹を構え、マミは近付いてくるシャドーに妙なプレッシャーを感じていた。
後ろで手をつき、咳を繰り返すアキトに頼れるはずもない。黒衣に隠れたその身体を、マミは斬れるのだろうか? 自分でさえ疑問を感じる。
彼は影──人ではないらしい。
だが、魔女と違うのは、人の姿をしていることだ。マミには、彼を斬ることなんて──
「嫌ッッ!!」
キュンッ!!
マミが目に涙を溜め、剣を振るえずいたときに、銃声が周りの空気を凪いだ。
黒に染まって見えにくいが、シャドーの口から血が流れていたことと、硝煙の匂いがしたことから、その銃が確かに撃たれたものなのだとわかる。
シャドーの後ろから、彼を睨んで銃を構えるアキトの姿が見えた。心臓を狙ったらしいが、銃の扱いも得意でなく、目も不自由で体勢も悪い彼には、銃を当てたのが奇跡といえる。
「……何だ、何故痛む──」
呟いた。
人間程度の武器が、シャドーにこれだけのダメージを与えられた理由。それは、単純に首による能力制限の所為だ。
だが、シャドーはそんなこと知るよしもない。人間の兵器に血を吐くなど、本来あってはならないことだ。
アキトはまた、シャドーめがけてトリガーを引く。
キュンッ!
奇跡は二度起きない。
それは壁を撃った。それから何度撃っても同じだろう、とアキトは銃を下げる。
シャドーは顔をゆがめた。
「……覚えていろ貴様ら。次に会った時には確実に殺す!」
シャドーは唇の下の血を手で拭うと、弾丸の当たった箇所を押さえてよろよろと歩いた。
アキトも自分の首が痛むし、追おうとはしない。かと言って、マミにあいつを追って殺せと命ずるのも酷だ。
確かに、あの男がユリカを襲う危険だってある。だが、そこそこの致命傷を与えたはずだ。人を殺せる体とは思いがたい。
マミは膝をついて崩れる。
三度も殺される恐怖が伝う。今の彼女は生身だ。敵もまた、生身。
「……大丈夫か」
「ええ、何とか。テンカワさんは?」
「俺のことは気にしなくていい。首は少し痛むが」
「それは良かった。……何だったんでしょう、あの人は」
「わからない。だが、人でも、そうでなくても、意思がある限り欲望がある。あいつは何か叶えたい願いがあるのかもしれない──」
アキトが彼の向かった方向を見たときには、彼の姿はなかった。
よろよろとしていたので、すぐに立ち去ることはできないだろうと思ったが、時間の経過は思ったより早いらしい。
アキトは時計をチラッと見た。
二時丁度だ。もう殺し合いが始まってから、二時間経ったことになる。それだけの時間、マミと行動していたという実感は沸かなかった。
「行こう。立てるか?」
「ええ。外傷はありませんから」
「そうか、良かった」
アキトは銃を黒衣の中にしまう。マミもまた、荒鷹をデイパックにしまう。
まあ、アキトが武器を隠しているように、マミも武器を隠したいのだろう。
咄嗟に使えなければ意味がないが、アキトにとって今、マミは同行者。ユリカのためなら切ることもできる相手だ。
細かい注意をする必要はない。アキトの危機にああして行動してくれるのは非常にありがたいことだが。
他人の善意──普通の人間であるアキトにとって、それは少し裏切りがたいものだ。
【1日目 黎明/G-6 市街地】
【巴マミ@魔法少女まどか☆マギカ】
【状態】健康
【装備】ソウルジェム@魔法少女まどか☆マギカ
【道具】基本支給品一色、ランダム支給品0~1、霊剣荒鷹@サクラ大戦
【思考・状況】
基本行動方針:殺し合いを止める。
1:アキトと共に行動する。
2:アキトの探している人を一緒に探す。
3:シャドーを警戒。
※シャルロッテに食べられそうになった直後(テレビ本編の時系列)からの参戦です。
※主催者の死者蘇生能力に関しては、若干信用しています。
【テンカワ・アキト@機動戦艦ナデシコ】
【状態】首に締め付けられた痕
【装備】ワルサーP38(6/8)@現実
【道具】基本支給品一色、ランダム支給品0~2
【思考・状況】
基本行動方針:ユリカを探す。
1:マミと共に行動する。
2:ユリカが死んだ場合は殺し合いに乗る……?
3:シャドーを警戒。
※劇場版終了後からの参戦です。
※少なくとも視覚、聴覚、触覚が正常です。
※主催者の死者蘇生能力に関しては、若干信用しています。
★ ★ ★ ★ ★
「何故……人間ごときがこの俺を……?」
腹から血が出て、痛々しい光景だった。
片手だけで止血しているのは、彼のジャマールゆえの自信の表れか。
ともかく、人間とは身体のつくりが違うので、彼の回復が早いのは確かだった。こんな簡単に出血多量で死ぬシャドーでもない。
「邪甲もできなかった……この空間には、何かの能力制限が働いているというわけか」
カードを使うビーファイターのような戦士──あの男にも制限があったのだろうか。
そして──ビーファイター、ブルービートこと甲斐拓也にも制限がかかっているのだろうか。
思う存分力の限り戦わなければ、ヤツと戦う意味がない。
……どちらにせよ、ビッグバンには貸しができた。人間がシャドーにダメージを与えられるようになるほど、シャドーの力を弱めさせたのだ。
この貸しは命を持って返してもらわなければならない。
優勝し、願いをかなえたら真っ先にあの男を殺す──。
【1日目 黎明/G-6 市街地】
【シャドー@重甲ビーファイター】
【状態】腹部に弾創、吐血、ブラックビートに十分ほど変身不可
【装備】ブラックコマンダー@重甲ビーファイター、パルセイバー(赤)@重甲ビーファイター、ラウズカード(ハートJ)@仮面ライダー剣
【道具】基本支給品一式、ランダム支給品0~1
【思考・状況】
基本行動方針:優勝し、永遠の命を手に入れる。
1:甲斐拓也は自分の手で倒す。ただし、制限状態で倒しても意味がない。
2:願いを叶えたらビッグバンの殺害。
3:マミ、アキトも殺す。
4:ライダーシステムに興味。
※自らの身体が制限を受けていることに気付きました。ただし、それが首輪によるものとは気付いてません。
最終更新:2011年08月19日 02:50