【ディセトで仕事】

 ミズハミシマにやってきてすぐ観光も無しに港へ直行。
 そこから客船に乗って揺られてラ・ムールの双子貿易都市に到着。
 これは確かに砂漠の国の暑さだなと、砂蜥蜴の背中で上下しながら運河沿いに八本脚が忙しなく走る。
 対岸にゲートのある神殿への仰々しい街道を見た後に、
 正反対の方角へ砂波で見え隠れする粗末な街道を再び砂蜥蜴。
 突如砂漠の中に現れる巨大な樹と広大なオアシス。
 辞令を受けて準備に二日、異世界パスポートを持って門をくぐって“ディセト・カリマ”まで通し十日。
 うーん、もっとのんびりしたかったと思いながら後ろを振り向くと、
 外国慣れして若さ溢れる社員五名が三名に減っていた。
 食中毒と水兵熱では仕方が無い。
 「それではいっちょ、いったりますかね」
 何処からとも無く香ってくる果実の匂いとオアシスから吹いて来る水気をはらんだ風が何とも心地良い。
 一行、案内を受け取り娼館へ向かう。

─ ある日の夕方
現場から帰って図面と工程を整理していると専務から内線で呼び出し。
プレハブの二階で低い仕切りだけの事務所で内線呼び出しってねぇ…
「で、何です?」
「異世界に出張、どうだい?」
行くも行かないも言質を取らずにいそいそと広げたのは真っ黄っ黄な地図。
「本社の方にラ・ムールからのお客さんがやって来てね、
その時に我が社に大きな発注を即決されたんだよ」
専務の後ろからにゅっとやってきたのは副社長。 現在この事務所で支店長を兼務している。
「即決? 見積りもせずに?」
「あぁ、材料費は全てあちら持ちであちらが用意の工賃手間賃の出来高払いだ」
「あら太っ腹」
「廉祓く~ん。請求はお手柔らかに頼むよ~?」
ラ・ムール。 砂漠の大国。 何を建てるんだろう?
「で、何で私なんです? 大方の理由は察しが付きますけども」
「その、なんだ、君は亜人の方と結婚しているだろう?
異世界に行ってもすぐに順応出来ると言う本社判断なのだろう」
そんなに特別なもんかねぇ。 住んでる場所が違うってだけで外人と大差ないでしょうに。
「期間はどれくらいなんです?」
「大凡で二ヶ月。 内容は地中溝か配管敷設になる予定だ」
「廉祓く~ん、頼むよ~。 本社の方もこれを機に異世界進出だと乗り気でね、
支店で腰を折るのも心苦しい次第でね~」
「じゃあ海外出張費にプラス三割でいきましょ」
ほぅっと胸を撫で下ろす二人。
とーちゃんも海外公演で向こう一ヶ月は家にいないし息子らは寮で季休暇もまだまだ先。
二ヶ月くらいなら構わんでしょう、行きましょう。
「施工管理と現場管理、あとは班長監督で動き回れるのを二組づつ見繕っておいてもらえます?」
「廉祓く~ん。 そんなに人数持ってかれるとウチの仕事止まっちゃうよ~?」
「心配しなくても一組は戻って来ますよ」
異世界ねぇ。 どうやら砂漠みたいだし下手すると全員帰還かも知れないねぇ。
「出来れば出発は早い内にお願いできるかね? 手続き関係はほとんど済ましてあるので面倒は無いよ」
「副社長、抜け目無いですねぇ」

「という訳でラ・ムールってとこに行く事になってね、
海外(そと)から帰ってきて家に誰も居なくても心配しなくても良いからね、とーちゃん」
「分りました。 大変でしょうけど頑張って下さいね光織(みおりさん)」
「帰ってきたら寝かさないんだから覚悟しててね~♪」
「ははは、相変わらずですね。 楽しみに待っていますよ」
 ぽちっ
っと、後はあの子らだけど… まっ、書置きの一つでも残してりゃいいでしょう!
後は道工具よねぇ。 あっちは電気ないって話だしカメラはデジじゃなくて写るんですの方が良いわよね。
ソーラー電池モノとか意外に役に立ちそうよね…


「いやいやいやー、何か想像してたよりももっすご賑わってるじゃないスか?!
後で街巡りしても良いスか?姐さん」
「確かにこれは凄い… ミズハミシマやラ・ムールの港も予想以上のモノでしたが、
砂漠の真ん中と言えどもあのオアシスの成せる栄華というモノでしょうか…」
「うぅ、胃が痛い。どうしたもんかどうしたもんか」
視察検分ついでに徒歩で街中を進む一行。
大通りはあらゆる言葉と声が飛び交い、多種多様な店がオリエンタルな商品を並べている。
「与市(よいち)ー、股掻くなー見苦しいぞー。
田吾吉(たごよし)、掘り方いけそうなルート考えててね。
段碌(だんろく)、あんたそれ単なる食べ過ぎだから。仕事始まったら自重しなさいよ?」
それぞれが思い思いで街を眺めつつオアシスの元へと進む。
「おおー!何かどえらく高い櫓っスね」
「ガイドに寄れば過去、街の成り立ちからずっと防衛の“目”として活躍した、とあるな」
櫓は街でも最も大きな広場、正に街の中央に建っている。 オアシスと同じくディセトの象徴でもあるようだ。
…何かライフライン工事必要なんかね、この街で。

「やけっぱちが出たぞー!」
「すっからかんが暴れてるぞー!」
突如広場に声があがる。
見れば歓楽街から土埃と共に何かが走ってくる。
「うっわ!一直線に向かってくるスよ? 避けなきゃやばいス!」
巨漢と、その背後にも居るようだが見えない。 あれは…オーク?
褌調の腰巻一丁で涙目に鼻水。 がむしゃらに腕と腰を振りながらどすんどすんと大地を鳴らしながら突進してくる。
これがまた絶妙なジグザグ走行で左右どちらに避けたら良いもんか悩む。
他の三人も同じ様であたふたと右往左往している。 仕方が無いねぇ。
前へ一歩、二歩、三歩… 暴走荷台は片方の車輪の向きを ─
「変えるっ、とぉっ!」
オークの走行ライン上から少し体をかわして思いっきり脛を蹴り落とす。
足を足にぶつけたオークは泣き声と体液を撒き散らしながら転倒する。
んん? 後一人いなかった?
「どけっ! 捕まってたまるかァ!」
背が低い。気が付かない間にすぐ前面下にまで潜り込んでいる。 ゴブリン?!
血相青ざめ血走った目と…手に刃物!
暴漢相手は慣れているが、ゴブリンなんて初めてなんで完全に虚を突かれた!
既に理性はトンでいるのか何の躊躇も無く刃は突き出される。
「ディセト・カリマでは道の真ん中を歩いてはいけません。
夢破れ現実から逃げようとする者が向かってきたら、どちらに避けて良いか分りませんからね」
すぐ背後から声。 布越しではあるが女性の声だと分る。
 ── 瞬間
股の間から青黒い生地を纏った蹴り足一閃。 ゴブリンの顔面を直撃する。
ゴブリンは我に返ると同時に気を失い、夢へと落ちた。
「大抵の時間は私、“仕事中毒(ワーカホリック)”が貴女方の安全を見張ってはいますが
なるべくであれば危険の渦中には飛び込んで行かぬ様に願います」
「あ、ありがとう。 ところで…」
後ろを振り向くが誰もいない。 少し先に驚きのポーズのままに固まった三人がいるだけ。
「観光は後からでも出来るかと。 まずは娼館にお向かい下さい」
また背後から声。 一迅の風が吹く。
どうやら真っ直ぐ娼館へ向かった方が良さそうだ。
余りお客さんを待たせるのも良くはない。
「ほら!いつまで固まってるんだい。ちゃっちゃか娼館に向かうよ!」

人生三十九年生きていきてまだ新しい発見に胸踊るなんてねぇ。
どうやら楽しい仕事になりそうだよ!



異世界から仕事の依頼です
国内需要が頭打ちになりつつある建設業には願っても無いチャンス
ディセト・カリマで人間は何を作る? 次回へ続きます

  • 肝っ玉母さんにして敏腕建築技師のみおりさんが魅力的。ディセトキャラが沢山登場しそうで楽しみ。あとディセトからの依頼内容と旦那さんの種族が気になる -- (名無しさん) 2012-11-03 16:10:32
  • 地球じゃなくて異世界へ人間の会社が進出するというのが面白い。日本の建築技術は異世界でも認められるか? -- (とっしー) 2012-11-04 14:27:27
  • 働くお母さんイイ -- (名無しさん) 2012-11-04 18:21:24
  • 妙に生活観があって面白い -- (名無しさん) 2012-11-04 19:47:25
  • 地球から道具や食べ物が異世界に行くことは多いですが人間が異世界に行って建設に関わるというのは面白い試みですね。内容も具体的で段取りができているのが面白いです -- (名無しさん) 2015-04-12 18:20:28
名前:
コメント:

すべてのコメントを見る

タグ:

e
+ タグ編集
  • タグ:
  • e

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

最終更新:2013年03月26日 00:08