【踊り子と精霊】

煌々と輝く満月の夜。
スラヴィア辺境の森林地帯。

松明の円陣に囲まれた木組みの舞台。
舞台の中央に突き立てられた巨大な両手剣。
その剣を中心に円を描くように舞い踊る一人の踊り子。

肩と胸元を剥き出しにした煽情的な黒のドレス。悩ましげに腕をくねらせ、長い黒髪を振り乱す。
ドレスの裾を炎の様にひらめかせ、真っ赤なハイヒールの爪先と踵で華麗なリズムを刻む。

情熱的な旋律を奏でる弦楽器。高速で打ち鳴らされる打楽器。場を熱する手拍子。
舞踏と音楽が昂まる度に、炎が揺らめき火の粉を散らして松明が燃え盛る。

舞台の周囲を甲冑に身を固めた屍人の騎士団が取り囲んでいる。
豪華な鎧を着込み床机に腰を掛けている髑髏の貴族が領主なのだろう。
アンデッド達が見守る中、生者たちの舞踏と演奏が続く。
日没から既に一時間が経過していた。


◇◇◇


そして、強いステップと共に舞踏が終わった。
拍手も歓声もなく、固唾を呑んで見守るアンデッド達。
踊り子は両腕を天に掲げ、眼を閉じたまま彫像のように微動だにしない。

舞踏が終わって数分が経った。
突然、周囲の松明の炎がゆっくりと伸びてゆき、やがて一つの巨大な炎の塊となった。

アンデッド達がざわめく。
かなり強力な炎の精霊のようだ。
そこらの竈に宿る火の精霊とは桁違いの力を持っている。
今や完全に人型となった炎の精霊が、興奮に瞳を煌めかせて踊り子に語りかける。

(貴女の舞踏、素晴らしかったわ…)
「ありがと。気に入って貰えて嬉しいわ。」

汗だくの踊り子が笑顔で応える。

(もう終わりなの…?もっと貴女の舞踏を見ていたいのに…)
「んーそうねえ…じゃ、ひとつ取引きしてみない?」
(…?どうすればいいの…?)

炎の精霊が訝しげに首を傾げる。
踊り子は舞台の中央に突き立つ巨大な両手剣を指し示す。

「この剣にあなたの力を貸してくれないかしら。悪い竜を倒さないといけないの。」
(…竜を倒したら、私と一緒に踊ってくれる?)
「いいわ、あなたが満足するまで付き合ってあげる。」
(約束よ…?)

踊り子はにっこり笑って精霊に答える。

「勿論!信用はビジネスの基本よ。フェアな取引は皆をハッピーにするの!」
(わかったわ…)

炎の精霊はこくりと頷いて人型を解き、大蛇のように剣に絡みついた。
何の変哲もない両手剣が炎の衣を纏い、赤熱化して煌々と輝く。
周囲のアンデッド達から驚嘆のどよめきが起きる。
竜殺しの武器『炎の剣』の誕生であった。


◇◇◇


炎の精霊が剣に宿るのを見届けて、踊り子は舞台の上から髑髏貴族に声を掛けた。

「はい、ご依頼の『炎の剣』よ。代金は後で"ギルド"の徴収人に支払って頂戴。」
「うむ、助かる。これであのワイバーンを倒せるであろう。」

数週間前、髑髏貴族の領内に一体の兇暴なワイバーンが出没し始めた。
家畜の被害も問題だが、領民に怪我人が出たとあってはこの地を治める領主として看過できない。
踊り子たちは、髑髏貴族の『ワイバーンを斃せる武器』という注文を受けた"ギルド"から派遣されたのだ。
途方もない熱量の炎を纏い一振りで巨木を消炭にするこの『炎の剣』ならば、強靭な生命力を持つワイバーンを仕留められるだろう。

「持って一晩だから急いでね。かなり力の強い子だから、あまり長時間引き留めて置けないの。」
「こちらとしてもこれ以上領民を危険にさらす訳にはいかぬ。既にヤツのねぐらは付き止めてある。今晩中に決着を付けようぞ。」
「じゃ頑張ってね。あたしたちはお屋敷で御馳走を頂戴してベッドで休ませて貰うわ。
 なんせあんた達の仕事が終わったら、その子と夜通し踊ってあげなきゃいけないんだから。」
「それは楽しみな事だ。我々も御相伴に預かれるのだろうな?」
「別料金でね。」

踊り子はあくびしながら、すたすたと髑髏貴族の館の方に歩いて行った。
楽器を手にした楽団のメンバーがぞろぞろとその後に続く。

(約束よ…?)

一瞬、髑髏貴族が持つ『炎の剣』が踊り子に念を押すように揺らめいた。
踊り子は振り返らずに手を振って、炎の精霊の繰り言に応えた。



end









●あとがき
 読んでくださった方ありがとうございました。
 前からスレで出てた「踊りで精霊さんにお願い事する」ネタです。
 お仕事終えた炎の精霊さんに結局何時間お付き合いする事になったかは敢えて語らず。

  • 舞台がスラヴィアだったので自然と人間かエルフの踊り子を想像していたけど、他にも踊りが映えそうな亜人とかいるだろうか。 精霊との契約と加護授与までの仕組みがしっかり出来上がって説得力がある -- (名無しさん) 2012-04-06 00:40:22
  • 短めにエッセンスがまとめられてて○。精霊の使役の分かりやすい一例SSだと思った。討伐後のダンスはエロいことするんでしょ?(穢れ無き眼差し) -- (名無しさん) 2013-01-29 23:23:45
  • 踊り子と楽団がどんな種族で成り立っているのか気になりました。一連の流れがゲームのような雰囲気であれしっかりとした契約の上で成立しているのが説得力ありました -- (名無しさん) 2013-11-06 17:34:51
  • あとがき -- (名無しさん) 2016-08-02 22:50:10
  • 途中送信しちゃった。あとがきにもあるけど情熱的な踊りは特に火の精霊の好みに合いそう。おそらく一昼夜は踊りに付き合わされたと思われ -- (名無しさん) 2016-08-02 22:52:43
  • ギブアンドテイクを理解して自分の欲求を満たす精霊は存在する年月も長くなって認知もされて名付きとかになりそうだ -- (名無しさん) 2016-08-03 20:20:48
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最終更新:2012年01月28日 22:54