【蔵の宿】

ミズハミシマゲートからフェリーで直行、竜宮城直近にして交易最盛港の町【オトノマエ】。
今日も海から空から大勢の人が訪れては出発していく。
フェリーの船底も優に受け入れ可能な船着き場の海底には水棲種族ならではの街道が伸び、店が並ぶ。
「なんだか来るたびに賑やかになっていきますよねオトノマエ」
「竜宮城も力を入れてるからな。東西大陸交易の中間点としての需要もあって日進月歩の発展だ」
「国を挙げてかぁ。それはそうと夕方発の便に乗ったからもうじき夜ですけど、今晩はここで宿を取るんですよね?」
「そうだ。家の方がわざわざ手配してくれたということだが…あの大きな蔵がそうかな?」
【港宿・大蔵】と力強く彫り込まれた大きな石看板がでんと迎えるその建物は高天井の体育館くらいの見上げる木造。
一段二段三段と昇る高床式。簾を押し潜って入れば広々としたホール。
切り株の椅子とテーブルがいくつも据え付けられており、様々な種族の客達が飲食などしながら談笑に興じている。
ぼんやりと灯る燈籠の中には火栗と呼ばれる小さな火精霊が寝息を立てて揺らめいている。
「いらっしゃいませ」
波紋模様の木造り、フロントのカウンターから漂う微香。鱗人の給仕と魚人の受付が御辞儀する。
「トガリとヒロトという名で予約は入っているだろうか?」
やや固い表情でトガリが尋ねると、四ツ目の魚人は器用に前と手元を視認したまま台帳を捲る。
「ようこそお越し下さいました。お二人様を御案内させて頂きます」
すっと出てきた鱗人の男性給仕が慣れた手つきでヒロトの横に立たせていたキャリーバッグを畳んで担ぐ。
「お部屋は三階になっております。足元にお気をつけ下さい」

「これは…絶景ってやつですよ」
木造りの扉が音無くするりと押し開かれると眼前に広がるミズハミシマの海。 水平線に半分沈んだ太陽が空と海を染め上げる。
バルコニーからは港から広がる海を一望することが出来、左右を見れば眼下に陽が沈んでも活気ある市や倉庫、町並みが見える。
「高い場所から海を見る、ということはあまりなかった。こうして見るとまた違った趣があるな」
「お荷物は扉元に置いておきます。お部屋が肌寒いと感じたらテーブルの上にある【陽鈴】を鳴らして下さい。 天井裏の【吸房象】が移動します」
「吸房象って?」
「天井裏や竈の傍などの影に紛れて熱や光を長鼻で吸う小型の獏象だ。鼻の中に闇精霊を住まわせているんだぞ」
「へぇ~。そんな動物がいるんですか」
「御用の際は扉横の呼び紐をお引き下されば給仕がすぐに参ります。 それではごゆるりと」
給仕は一礼し、すっと扉を閉めて退出する。
「いやいやすごいですね。五つ星って感じの宿ですよ」
「オトノマエ一と言われるだけのことはあるな。竜宮城も後押ししているとあるし、交流や観光の目玉なんだろうな」
「あっ、この宿のパンフレットみたいなのがありますよ」

──【大蔵の成り立ち】
今はオトノマエと呼ばれる港町ですが、過去にはいくつかの場所場所に分かれておりそれぞれの名前がありました。
港から直近の倉庫街は竜宮城などに献上される供物奉物が集められる【クモツグチ】と呼ばれていました。
龍神と乙姫の名声は異世界各国に届き、多くの献上物が贈られることとなりました。
竜宮城は次々と贈られてくる献上物を一旦港で確認、差配するために多くの倉庫を作ることに。多くの種族、人員が働き倉庫を建てていきました。
その時、職工の先頭に立ち技術、作業を指揮したのが【蔵元】と呼ばれる黒鬼人でした。
昔より造船、築城などを生業としてきた黒鬼人の一族であり、遠くの海へ漕ぎだしたこともあり剛力だけでなく確かな技術は先祖代々受け継がれています。
クモツグチ最盛の切っ掛けになった大型倉庫がまさにお客様方がお泊りになっているこの宿なのです。
階層式に改築される前は船舶すらも収納可能である高天井。闇精霊や風精霊を蓄える動物などは内部の湿度温度を一定に保ちます。
その倉庫建築で陣頭指揮を務めた蔵元は代々でも特に功績ありと称賛され【大蔵元】と呼ばれている。
当代の蔵元もオトノマエの発展のために日々その腕前を揮い、ミズハミシマ交流の一翼を担っているのです。

「へぇ~、歴史のある建物なんですね。 あ、トガリさんはこの後どうします?俺はこの【展望屋上風呂】ってのに入ってきますけど」
「ふっ風呂か!わ、私もそうしよう…かな」
ミズハミシマの夜はゆっくりと過ぎていくのであった。


── 追記【蔵元一族の捻じれ角】
黒鬼人の体力腕力により多くの建築を成した蔵元一族。昔昔、その中でも特に外の世界や技術に興味を持つ者がいた。
外海に出ることは中々許されず、最後には【七日組手】という七日七晩一族とその他鬼人の猛者と戦い続け勝ち残るという荒行を達成することで願いは叶うこととなった。
持てる全ての力、多くの協力を得て建造された大型船と志を同じくする仲間達と共に大海へと漕ぎ出した。
いくつもの海を越え、多くの土地に立ち寄り充実した航海であった。 が、しかし困難は訪れる。
異世界でも難所とされる北海域で獰猛な凍獄嵐に巻き込まれた船は次々と窮地に陥るも全員一致の団結と力により何とか犠牲者を出すことなく乗り越えんとした。
だが、一同の前に更なる窮地が降り立つ。
赤金の雷光と共に甲板に現れたのは戦神ウルサ。神は一番強い者との闘いを所望し、それに応じたのが蔵元であった。
肉を骨を削り、体力が尽きれば気を奮い立たせ闘い続け、熾烈な闘いは激しい嵐の中で三日休まず続いたと言われている。
そして、その闘いを止めたのはなんと戦神ウルサであった。
「全身全霊で闘いながらも船の破壊を避け、仲間に被害が出ぬ様に立ち回る。それでも俺を愉しませる闘いをやってのけるとは見事だ! だがそれ故に惜しい、惜しいぞ!貴様が万全であり何の気後れもなく闘える刻を俺は欲する!」
蔵元は守るものがあるからこそ沸き上がる強さもあると言ったが、戦神ウルサの昂ぶりはおさまらなかったのである。
「この嵐は俺が吹き飛ばす、貴様らは生きろ!そして力をつけ再び俺と闘うのだ! これほどの闘い、更なる闘いが望めるのであれば俺は百年、千年でも待とう!」
そう言うと戦神ウルサは蔵元に歩み寄り、直に太く鋭く伸びる黒角を握り捩じったのである。
「これで貴様の血は捻じれた角を持ち生まれてくる。 再び俺の海にやってきた時に見つけ易いようにな!」
そうして放った戦神ウルサの拳は嵐を吹き飛ばし晴天を呼んだのである。
やがてミズハミシマに戻った蔵元は航海で得たものを更なる発展の礎としたのであった。
しかし蔵元の一族は、その頃より生まれる子は全てが捻じれた角となったのである。
蔵元の一族に代々伝えられる言葉がある。
『神に力届くと確信した者は北海へと出よ。戦神との約定を果たすのだ』
と。
未だそれに至る者は出てきてはいないが、一族は常日頃あらゆる修練、角度から力の研鑽を続けているのだという。


ヒロト君とトガリさんをシェアしてミズハ旅行の一幕を
カスミさん?勿論気を利かせてニヤニヤしながら二人をおくりだしましたとさ

  • まさかの作者弄り!そういうのもあるのか… -- (名無しさん) 2018-08-25 20:33:09
  • ホテル大蔵海岸!異世界も異世界の技術を使って快適空間を作っているというのは納得 -- (名無しさん) 2018-08-25 21:05:48
  • 婚前旅行か何かですか?船入る倉庫を改装した宿ってかなりでっかいな -- (名無しさん) 2018-08-31 02:47:34
  • 日本からミズハミシマへの旅行って「近くて遠い世界」だよね。観光旅行業界はえらいことになってるんだろな -- (名無しさん) 2018-09-22 08:19:33
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最終更新:2018年08月25日 03:57