【ソラの上には何がある?】

ドロリと雲が覆う空を見上げながら、鳥人は嘆息をつく。

今日も曇り。昨日も曇り。おそらく明日も曇りだ。

何度か山を越えて他の村へ行った事があるが、空はこうまで曇ってはいなかった。

我が先祖は何を好き好んで、このような曇天の下に居を構えたのだろう。

ザクリとクワで土をおこすが、一体どれほどの収穫が見込めるのか。

紫色の芽が出た雨神豹芋の種イモをじいっと見つめる。

この湿気で根腐れしなければよいが。

イモを植え終えたら、雨神の祠へ行かなければなるまいな。

鳥人は再び嘆息し、野良仕事へと戻った。

野良仕事を終えた鳥人は、帰り道の途中にある雨神の祠へと足を運んだ。

雨神とはオルニトの主神ハピカトルの眷属で、水精霊を惑わす亜神なのだという。

しかし、鳥人はハピカトルの存在を信じていなかった。

理由は極めて単純で、見たことが無いからだ。

見たことの無いものを信じるなどという事ほど、愚かな事は無いと彼は考えている。

では何故に雨神の祠へと足を運ぶのか。

これも理由は単純なもので、雨神の奇跡を目の当たりにした事があるからだ。

祠に供物を供えれば、雨神の神力にて長雨にならずにすむ。

この村は、古くからそういう習わしが続いてきたのだ。

その日は何かが違っていた。祠のあたりが妙に騒がしい。

何事かと思いよく見てみると、『凶鳥のフッケ』であった。

彼奴はいつでも騒ぎを起こす愚か者だ。

この前も確か、鳥人のくせに空を飛ぶと言い出したのだ。

そうして大きな飛竜の翼のごときものを作り上げて、崖から落ちたのだ。

そう、彼奴は自分たちが遥かな昔に空から叩き落された民だというのを忘れているのだ。

今回も大方そのような馬鹿げた事をしているに違いない。

やはりフッケは今回も愚かなものを作っていた。

大きな籠に縄を何本か括り付けて、大きな布袋につなげている。

袋の下には精霊炉のようなものを取り付け、火精霊がぽつぽつと集まり始めていた。

「やあやあ皆の衆。今日こそはあの曇天の向こうへとたどり着くよ。

 これなるはチキュー人から教わった『キキュー』という乗り物だ。

 前回の飛竜の翼は大失敗だったけれども、今回こそは大丈夫。

 今度こそ空の上には何があるのか確かめに行けるのだ」

得意満面でフッケが演説をぶっていた。

愚か者だ。

本当に愚か者だ。

空の上には「死」以外に何もあるわけが無いだろう。

それは大昔から言い伝えられてきた事実なのだ。

天上界は死で溢れかえっている。そこに戻ってはならぬのだ。

「それでは皆の衆御機嫌よう」

フッケが籠に乗り込むと、どういう原理か布袋が膨らみ始め、籠が宙に浮いた。

そうして見る見る間に、フッケと籠は曇天の中へと消えていった。

それから十日ほども経ったろうか。フッケは結局戻っては来なかった。

だから愚かだというのだ。

雨神への供物が功を奏したのか、空は曇天のままであった。

何とか作物も根腐れせずにすんだと胸をなでおろしていた頃に、事件が起こった。

晴れたのだ。

もう何十年何百年と村の頭上を覆っていた雲が、全て消えてしまっていたのだ。

そしてもっと信じられないものが浮いていた。

城塞だ。

裂け目の谷の外れにある『朽ち果てし選ばれた鳥人たちの楽園』のような城だ。

城は遠目からでも随分と傷んでいるのがわかる。

この城とて何時朽ちて墜ちるかわかったものではない。

村は狂乱に陥った。

何せもう数百年という年月で晴れていなかったのだ。

村にはロクに水路も無ければ、そもそも水源地も無い。

根腐れどころか、このままでは旱魃に見舞われてしまう。

そしてそこまでの危機感を持っている鳥人は、山を越えて他の村を見たことのある者だけだ。

大半の村人は、あの城と、見慣れぬ青い空に怖れをなしている。

そんな時に、あの城から、膨れた布袋と籠が村に降りてきた。

そして籠の中には、得意満面の笑みを浮かべたフッケと、見慣れぬ鳥娘が乗っていた。

村人はこぞってフッケの周りに集まって質問を繰り返したが、彼はサクリとこう言った。

「雨神は居なかった」と。

フッケが言うには、こういう事だった。

『キキュー』で雲を抜けると、そこには件の城が浮かんでおり、そこへ降りた。

そこにはかつて『伝え聞く豊かな国』があったのだという。

しかし今では衰退し、城の機能を維持する事もままならず、ついには放棄する事が採択され、

城の最期を見届けようとした者だけが、細々と暮らしていたのだという。

「城の奥には、その『機能』とやらがあったよ。

 精霊炉のもっともっともっと複雑怪奇なヤツでね。

 でも、一つだけわかったことがあったよ。

 あの曇天は、この城の水精霊を奴隷として束縛する『機能』で生み出されてたんだってね。

 そして、それも城に残った鳥人たちの手によって停止されたよ。

 あの城は今後、緩やかに地面に墜ちるんだそうだ。

 回りくどくなってしまったけど、要は雨神なんか居やしないのさ。

 曇天も雨天も、全部あの城の『機能』だったのさ」

そうしてフッケは笑顔で最後にこう付け加えた。

「で、この世界を見たいという娘を連れて俺は戻ってきたのさ。

 だから俺はこれから旅に出るよ。ちょうど『キキュー』もある事だしな。

 ところで、まだこの祠に供物を捧げるのかい?

 居やしないものを信じる事ほど、愚かな事は無いと俺は思うがね」


あれから村には一度も雨が降ることは無かった。

城は日に日に降りてきて、いつか村を潰す事だろう。

それでも村から出ていく者は少なく、雨神の祠への供物も無くなる事は無かった。

そして鳥人の男は、今日も雨神豹芋の畑を耕している。

  • この流されるままの終末観が鳥人ひいてはオルニトらしさなんだと。地球と関わったことで確実に変化が起こってるな -- (とっしー) 2014-04-13 16:41:30
  • 押しつぶされるのをただ待つ生活って訓練された宗教信者すぎるでしょう… -- (名無しさん) 2014-04-13 20:15:04
  • 新発見でも終末感が拭えないのはオルニトの宿命なのかなぁ -- (名無しさん) 2014-04-28 20:45:03
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最終更新:2014年04月13日 01:22