【トールスとウーフ 冬山の魔女】

やあ集まったかな皆の衆

まあまあそんなに慌てなさるな

今宵も諸君の愛して止まぬ、英雄譚を詠おうじゃないか

暖炉の火をば絶やすで無いぞ

今宵の話は極寒の、川をも凍らす魔女退治の話なれば

雪降り積もる東国の山中に、冬の魔女が住むという

名はディアマンテといい、どうやらエルフのなれの果て

眼は黄金色にギラギラと輝き、口は耳まで裂けている

雪とつららと凍った肉しか食さぬとも

身も心も凍りついた旅人しか食さぬともいう

麓の村は魔女の呪いで、終わらぬ冬をすごしていた

ある日村を訪れたのは彼の大英雄たる若き騎士トールスと従者のウーフ

悲嘆にくれる村人を見て何事かと尋ねると

村人はそろってあなたには関係のない話だとつっぱねる

若き騎士トールスはこれに激怒し、大音声を張り上げた

よいか良く聞け村の者 我が名は騎士トールス

テミランの導きによってこの地にはせ参じたのだ

関係ないことなどあるものか

村の長老は渋々と、曲がった腰をば引きずってやってくる

なれば騎士殿お頼み申す

冬の山に巣食いたる、あの魔女をめば捕えたり、と

たやすい事と若き騎士は嘯き、従者を連れて山へと向かう

村人は深く溜息をつき、つるはしとスコップを手に取った

哀れな騎士と従者の墓穴を掘るためだ

若き騎士と従者は難なく山奥へと足を運んだ

これに驚いたのは冬の魔女

氷精霊たちはいかがした。そう言いながら窓辺に立つ

その真正面に若き騎士

剣を掲げて吹雪を切って、魔白き世界を二つに割った

氷精霊どもは皆、すっかり恐れ慄いて、木陰に隠れて逃げ去った

やあそこに居るのは冬の魔女か、貴殿にひとつ頼みがあって参った

若き騎士は事も無げ。隣で従者がくしゃみをひとつ

幾時ほども過ぎようか

冬の魔女の邸宅に、若き騎士と従者が二人

食卓を三人で囲んで、温かいスープを飲んでいた

さぞお困りであったろうと若き騎士が魔女に言う

もう一生このままだと思っていたのだと魔女が言う

従者ウーフは訳がわからず、たまらず主人に食ってかかる

何故魔女を切らぬのか。よもや情でもわいたのか、と

若き騎士は呵呵大笑してウーフにそらりとこう言った

あの村人はこの御嬢さんの魔法を使い、旅人を密かに殺していたのだ

村を見たかね我が従者。子供や娘はおったかね

農具のひとつもありはせず、墓穴ばかりが有象無象

あれはどうにも追剥ぎ村だ、と

従者ウーフは驚いて、ころりと床に転げ落ちた

さてのんびりともしていられぬ

異変に気づいた村人が、魔女の家をすっかり囲んだのだ

しかし星神は彼の大英雄に微笑みかけた

若き騎士トールスがえいやと剣を振るったら

氷精霊どもがすっかり目を覚まして大暴れ

すわ猛吹雪だと村人が慌てて帰るも時すでに遅し

積もりに積もった雪に足をとられ、悪党どもは皆が皆

従者ウーフに縛られてしまった

魔女が村人をどうするのかと尋ねると、従者は都に連れて行くと胸を張る

それでは私はまた一人と魔女が言えば、若き騎士はかぶりをふった

こんなに素敵な家族がいるではありませぬか

そう。魔女の足元には何人もの氷精霊が踊りを踊っておったそうだ

さて子供らよ。暖炉の火が消えてしまうよ

まきをくべたらもうお休み


(注釈1)
『トールスとウーフ』は、イストモス各地にて長く語り継がれた昔話である。
今回の話もまた、地方都市シノーにて伝えられたものを収録している。

(注釈2)
吟遊詩人の詩の中に『魔法』とあるが、これは精霊使いの事である。
また作中にてエルフを魔女として扱っているが、これに差別的意識が無い事を明言する。

(注釈3)
作中にてトールスが剣を振るう描写があるが、多くの『トールスとウーフ』の詩にあって
剣を扱う話は極端に少ない。なぜこの話にて剣を振るっていたのかは多くの説がある。
最も異端な説によればこの剣は、台無しの剣<精霊散らし>の事であり、
亜神『落地星』ミンバンゼンによってトールスに贈られたものだという者もある。


  • 何気ない伏線が絶妙な合いの手で入っている読んで二度面白い。テンポが良いだけにスッキリ短いが中には異世界が詰まっていた -- (名無しさん) 2014-03-06 00:13:01
  • ほっこり温まって終わるのがトールスとウーフの魅力だと思う。 童話的な語りの上手さも秀逸だ -- (名無しさん) 2014-03-28 22:58:18
  • 偏見と食わず嫌いと噂が合わさったようなええ話だー。トールスのブレなさいいね -- (名無しさん) 2014-03-30 19:54:12
  • 異世界昔話というか事実が物語になってる異世界 -- (名無しさん) 2014-04-18 22:21:04
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最終更新:2014年08月31日 02:18