【オルニト放浪記1】

「まだ見たことのない世界ってのを一緒に見てみんか?」

大学の先輩からそう誘われたのが、この旅の発端だった。

先輩とは大学の研究室に所属していた頃、良く調査旅行にでかけては一緒に脇道に外れていった仲だ。
今は自称フリーライターをやっている。
アルバイトをしながら雑誌に記事を投稿したり、紀行文を自費出版してなんとか売文業で食べているという。

かくいう私は大学で生物学の一分野を専攻して学位を取ったものの、それを生かせる職場が見つからず短期の仕事や非常勤の仕事でなんとか食いつないでいる。
仕事自体には楽しさや遣り甲斐を感じることがあるものの、最近はそれを取り巻く人間関係に疲れ切り、やれ転職だの一人旅だのといったことばかり考えていた。

少し刺激があった方がいいかもしれない。
一度きりの人生、楽しいこと、珍しいことを経験しないともったいないかな。

ふとそう思っただけなのだが、仕事続きの日々で普段はそんなことを思わなくなっていた自分に少し驚き、そして苦笑した。
中学か高校の卒業アルバムには、将来の夢として「世界中を旅してまわりたい」などと書いていたのに。
私はその日のうちに近くのコンビニに駆け込んで貯金残高を確認した後、先輩によろしくお願いしますと電話した。




二週間後、私と先輩はオルニトという鳥人の国の地上部に降り立っていた。
オルニトと言えば浮遊大陸や群島が有名だが、先輩の目当てはその下、地上にあるらしい。

地上に降り立つ前に立ち寄った浮遊大陸の荘厳な神殿、祝詞とも聖歌とも違う歌そのものが祈りとなっている祈祷、空を軽やかに舞う鳥人有翼人、そして飛ぶのが不得手な鳥人達が疾駆し、汗水垂らして日々を過ごす地上……

そこまでは良かった。
その後が予想外だった。

いや、我々が訪れた先、オルニトという鳥人の世界は我々の知っている世界、通常ならこうなるであろうという予想を大きく裏切る世界だった。
だが、これはいいのだ。
予想を裏切ってくれる世界を期待して、わざわざ京都とか沖縄、あるいはニューヨークやバンコクではなくここに来たのだから。

問題となった予想外と言うのは先輩がいなくなったことだ。

いなくなっと言っても、死亡したり、事件に巻き込まれたとかそういうことではない。
先輩はハーピーとかハルピュイアと言うのだろうか。
人の頭部、胴体と鳥の翼を持った有翼人を一生懸命口説き、そのままそのハーピーに連れられてどこかに行ってしまったのだ。
そしてもう四日も経つ。




これからどうしよう……

そう考えながら、今日もまた宿泊している安ホテルの食堂に足を運び、もう見飽きたメニューを開く。
メニューの紙は普段我々が使用しているものより頑丈そうだ。
鳥人の鉤爪で破けてしまわないようにしてあるのだろうか。

メニューには、草食、肉食、魚食、雑食の旅人の料理が別々にのっている。
ただし、これらは鳥人用だ。ひょっとしたら私が気づいていないだけで人間により近い有翼種族のためのものも混ざっているのかもしれないが。
最後のページには取ってつけたように、真新しい紙で人間用のメニューがのっている。
もっとも、人間用のメニューはサンドイッチとかハンバーガーとか簡単なものしかなく、まだこの町にとって人間というものが珍しい存在であることをうかがわせる。

また鳥人用のメニューでいってみようかな……

翻訳加護を頼りに慎重に虫が入っていないメニューを選ぶ。
以前適当にメニューを指差してオーダーしたら、皿に山盛りの芋虫が出てきたことがあったのだ。
その時は近くで大騒ぎをしていた鳥人の酔っ払いグループに全部お裾分けして金だけ置いて逃げ……戦略的撤退を行った。

「すいませーん!」

真っ白い羽毛の鳥人のウェイターが鳩みたいにぴょこぴょこと首を上下させながらこちらにやってくる。

「これください……これって虫入っていませんよね?」
「バッチ来いだ!」

鳥人のウェイターはそれだけ言って厨房にオーダーを伝えに行った。

なんだ、バッチ来いって?
気を利かせた言い方でもしてくれたのだろうか?
たまに翻訳加護は頼りにならない……むしろ誤解になりそうで怖い時もある。
そして、今オーダーしたメニューが虫が入っていないのか、ばっちし入っているのか気になってしょうがない。

もう一度問いかけることも億劫なので、腹をくくりお冷を飲む。
この店ではお冷や飲み物はコップというよりもお椀のようなもので出される。
嘴のサイズが異なる様々な鳥人を相手にするためだろうか。

そんなことを考えながら、お椀から水をすすっているうちに料理が来た。

良かった、虫は乗っていない。

何やら肉厚の野菜をソテーしたようなものの上に、ぷりぷりした肉が乗っている。

まさか鳥肉なのか……鳥肉食うのか?

しばし悶々とした後かぶりつく。
味も食感も鶏肉のようだが、なんだろう……少し違う気もする。

齧ってからふと写真を撮っていないことに気がつき、齧ったところを隠すようにして写真に撮る。

深く考えないで食べよう。

香辛料は使ってないのか淡泊な味だ。
塩は少し効いているように感じられる。
もっと味の濃いソースをかけたり、醤油で煮詰めたりしたらかなり美味しいだろうに。

我々の世界の鳥類や爬虫類のような、獲物を丸飲みする生物は味覚が発達していないと何かで聞いたが鳥人もそうなのだろうか。
そこら辺は食性や種族によって違うのだろうか。
もっとも、我々の世界の鳥類のことからこちらの世界のことを考えようとすることは間違いなのかもしれない。

深く考えないで、などと言っておきながらこの有様だ。
それくらい、この鳥人の異世界は私にとって興味深い。
外面的な部分のみならず、それを突き動かす内面的な部分についても。

ふと開けっ放しの窓が暗くなる。
ちらりと目をやると太陽が浮遊大陸の影に入る位置に入ったようだ。

あれもどうやって浮いているのだろう。
精霊の力がどうのこうのという噂は聞いたことがあるが、精霊の力とやらの因果をつなぐルールとは一体何なのか。

「なあ、あんちゃん」

もっともルールがあったとして我々に認識・把握できるものなのだろうか。
ぱらぱらと異世界のガイドやインターネット上での情報には目を通したことがあるが、精霊がどうやって生きているのか、いやそもそも……

「おーい、あんちゃーん……なあってばっ!」

ふと誰かに呼ばれていることに気が付いた。
先輩の声ではない。

少しどきっとして振り返ると、そこにいたのはなんともまろやかな……ディズニーの映画に出てきそうな顔をした鳥人だった。
翼の先が白っぽい他は全身を黒っぽい羽毛が覆っており、脚はとても良く引き締まっている。

ダチョウだ!

見た感じそのような印象を受けた。

絶対にこの人(?)ダチョウだ!
その上、首に巻いた赤いスカーフがナイスだった。

「あんちゃん、ニンゲンさんってやつかい? 旅行者かい?」

ダチョウらしき鳥人の嘴がなめらかに動き言葉を紡ぐ。
口調からしてどうも雄……いや、男性らしい。

「ええ、まあ……何か、用ですか?」
「あんちゃん、昨日もこの店で見かけたけど、こんな何も見どころのない田舎町に何か用なのかい? なんか、どっか案内してほしいところとかはないかい? 何日でも付き合うぜ?」

どうやらガイドの「営業」らしい

「ここから北に二日ほど行くとちょうど浮遊大陸から積もってる……ええと、まあ排泄物がそびえたつリン鉱石の山になってるとことかあって壮観だぜ? まあ、うん……なんて言うか排泄物だけど」

まるでそびえたつの糞のようだ。

なぜか俺の脳裏にはふとその言葉と特徴的な帽子が浮かんだ。
古い映画のセリフだっただろうか。

「最近はハーピーの集団営巣を見に来る人間さんってのも多いと聞くぜ? そういうのがお好きなら東に半日ほどかな、大規模な営巣地だと二日三日……俺はああいうのはあんまり得意じゃないけど、あんちゃんがお好きって言うなら手配するぜ?」

なんかこう卑猥な動きを翼で現す。
先輩が見に行きたかったのってそれだったのだろうか。

「なああんちゃん、なんか言ってくれよ。邪魔だって言うなら俺は引っ込むよ?」

私が無言だったのがいけなかったらしい。ダチョウさんに気を使わせてしまった。

「ああ……ごめんなさい、いきなりだちょ……鳥さんからお誘いがあるとは思ってもみなかったものですんで」
「俺の名はコヤック、見ての通り飛べない鳥人さ。あんちゃんは空を飛べる種族じゃないだろう? それなら、地上から見たオルニトってのもいいんじゃないかい? 俺が責任持って案内するよ」

地上から見た風景か。

それはいいかもしれないと思った。
皆、オルニトに来ると空からの風景を楽しみにする。
当然だ、普通我々には見られないものだからだ。
だが、逆に地上から地上動物らしく浮遊大陸を眺めてみるのも楽しいではないだろうか、新しい発見があるのではないだろうか。
私は前向きな調子で返答した。

「そうですか……何か、なかなか見れないものってありますか? せっかく来たのですから、ものすごい風景とか、こちらでしか見ることのできない大自然みたいなのを見てみたいなぁと、まあ漠然と思ってるのですが」

そろそろ先輩を待つことに飽きていた。
人間不思議なもので、さっきまでは先輩がいつ帰って来てくれるのかと不安に思っていたのに、自分がやってみたいこと、見てみたいものを考えていると、あの先輩ならきっと大丈夫そのうち生きて会えるでしょ、ぐらいに思えてくる。

「オルニトならではの風景、大自然ねぇ……」

コヤックと名乗ったダチョウ鳥人が考え込むしぐさをする。
その姿はどこかユーモラスだった。

「う~ん、墜落した浮遊島でも見に行くかい? あんま大きくないけど」
「墜落ですか!?」

思わず身を乗り出してしまった。

あれが落ちるって言うのか。

窓から空の浮遊大陸を見上げる。
太陽はまだ浮遊大陸の影に隠れていた。

「その墜落したってのはいつ、なんで落ちたんです?」
「あー……悪いが俺は知らねぇ。大昔に落ちたんじゃないかな……俺の婆さんが生まれた頃にはもう落ちてたらしいから」

彼らの寿命ってどれくらいなんだろう。確かダチョウは長生きして五十年くらいだっただろうか。

「ただし、ちょっと遠いぜ。ここからだと……う~ん……XXXに乗って四日……いや、六日ぐらいかかるかもな」

何に乗っていくのか、そこがうまく聞こえなかった。
コヤックの滑舌だろうか、それとも翻訳加護のグレーゾーンだったのだろうか。

「結構遠いんですね」
「普通は行かないような場所、なんていうか荒野を抜けたところにあるんだ。お通じが悪い」

多分、交通の便が悪いとかそんな意味だろう。

六日もかけて旅行する。いや、往復すると約二週間か。

わくわくすると同時に少し不安でもあった。
多くの観光客がいるところならそれなりに安全なのかなと思うが、鳥人もあまりいないような場所に行くらしい。

疫病、犯罪、飲食物……大丈夫だろうか。

コヤックは私の表情から私の不安を読み取ったのか、大丈夫だと繰り返した。

「まあ俺がついていれば大丈夫よ。人間さんを案内するのは初めてだけど、もう何回も行ってる場所だ」

翼で胸のあたりをドンと叩く。
こういう仕草は人間と彼らで共通なのだろうか。

「旅してる間の食いもん飲みもん寝床はちゃんと用意するぜ」

私は悩んだ。

帰ってこない先輩のこと。
所持金のこと。
安全性のこと。

だが脳裏にとあるイメージがくっついて離れなかった。
何もない荒野に島が一つ落ちて崩れていて、その向こうに日が沈んでいく光景……
なんて、なんてロマンチックなんだろう。

見てみたいと思った。
そんな風景を……

「是非、連れて行ってください!」

私はコヤックの申し出を承諾し、その落ちた浮遊島を見に行くことにした。

「じゃあ、契約書っていうか書類何枚かお願いね。あんちゃん、お名前は?」

コヤックはサイドポーチからばさばさと丸められた紙の束を取り出す。

「名前ですか、羽鳥と言います」

私は漢字の意味をコヤックに教えた。

「いい名前じゃないか! まさにあんちゃんはこの国に来るべきして来たんだよ!」
「ありがとうございます。まあ、私は飛べませんがね?」

早速商談に入り、筆談も交えてガイド料などを相談した。

ガイド料はちょっとした国内旅行が数回はできそうな金額だった。
これが安いのか高いのか私には分からない。
だが値切って安全性に問題が生じたり、ガイドのコヤックの心証を害するようなまねはしたくなかった。
私が無事に帰って来れるかは彼にかかっているのだ。

「実はガイド料はもう少し安くしてもいい……その代わり欲しいものがあるんだ」

一通り話し込んだ頃、コヤックがそう切り出してきた。

「なんです?」
「カメラってやつを人間さんは持ってるって聞いた。それを一つ俺にくれないだろうか」

私は反射的にポケットに入ってるデジカメに触れた。

カメラのようなものは彼らの社会には存在しないのだろうか。
だが、これはあげるわけにはいかない。
最近は家電業界の競争のおかげで随分安く手に入るものだが、今持っているこのカメラにはこの旅の記録が入っている。
それに、パソコンがなければデジカメを持ってもコヤックにはあまり意味がないと思った。

そこで私は自分がチェキを持っていたことに気が付いた。
チェキとはいわば小さなポラロイドカメラである。
これなら乾電池とフィルムがある限りは、こちらの世界でも使うことができる。

海外旅行などであまり日本人がいないような場所に行くとき、これで相手を写真に撮ってあげるとコミュニケーションが円滑になると旅行本で読んだことがあり、今回の旅行のためにわざわざ用意したのだ。

私はチェキをコヤックに見せ、実際に写真を撮って使い方を示した。
コヤックはチェキをとても気に入ったようで、深い藍色の目を爛々と輝かせながら写真に写った自分の姿を見つめていた。

「これでいいかな?」

コヤックに聞いてみる。

「こいつは最高だ! まるで冬の朝の空気だよ!」

スラングみたいな表現、あるいはことわざだろうか。
いずれにせよ、コヤックがチェキを気に入ってくれたことは私にも理解できた。




翌朝、コヤックは約束の時間に一時間以上も遅れて現れた。
これが「鳥頭」のせいなのか、単にコヤックが時間にルーズなところがある性格なのかは分からなかった。

「ああ~待たせてしまって悪いことしたね! いや、道が混んでたもんだからさ!」

コヤックは誤魔化したいのか、天然なのか昨日以上に明るかった。
その背後には我々よりも二回りは大きいであろう二匹のラクダ……

おかしい……
ラクダは四本足のはずなのに目の前のラクダには二本しかない。
おまけに顔と脚を除いて全身は細かい灰色の羽毛に覆われており、両手の代わりに翼と申し訳程度に伸びた鉤爪がちょこんと見えている。

またダチョウかぁ。

そう思ったが見直してみるとシルエットやその顔つきはダチョウというよりなんだかトカゲ……いや、恐竜のようだ。
恐竜の中でも特に鳥に近いと言われるような種類、それに近い感じを受けた。
始祖鳥というよりは羽毛恐竜と言われるようなものだろうか。
鮮やかな黄色の嘴がなければ私はこの生物を恐竜と認識していただろう。

「なんですか、これは?」

まだ言い訳を続けるコヤックに背後の動物について尋ねてみる。

「影が薄い馳鳥だよ」

その翻訳はおかしいだろう。
くすんだ体毛の色合いのことを言いたいのだろうか。
無理に漢字で表現するとしたら、「灰馳鳥」とか「淡馳鳥」とかだろうか。
確かに羽毛は淡い灰色をしており、遠目には銀色に見えるが近くでみるとやや汚らしい印象を受けてしまう。

「こいつに乗って旅するんだ。荷物の運搬もこいつ頼みだよ」

なんだか砂漠をラクダで旅するみたいだな、そう思った。
ラクダで砂漠を旅するとか憧れるが、実際には鳥取砂丘に行ったときに乗ったことがあるくらいだ。

「私はてっきり空を飛んで行くのか、精霊の力を借りるのかと思っていました」

コヤックはなんだか申し訳なさそうに苦笑した。

「あんちゃん、こんな田舎町じゃ空路なんて生活必需品や浮遊大陸との定期便くらいしかないよ。そして精霊を利用するには……俺は目的地に到達するまでネタがもつ自信がないね」

個人で利用できる運送用の大型鳥みたいなものは限られる、ということなのだろうか。
考えてみれば自分はバックパッカーなのだ。
観光客のために交通網が整備されていない場所に遊びに行くのはむしろ本望と考えるべきだろう。

私は気を取り直して灰色の馳鳥に近づき、触ってみた。

羽毛は思っていたよりもずっと軽く柔らかい。
しかし、その脚は闘鶏の脚のように引き締まっており、これで蹴られたら骨が逝きそうだ。
鮮やかな黄色の嘴には切れ込みがあり、そこに轡を噛ませてある。

「なかなか立派だろう? あんちゃんのためにこの町で一番と二番の影の薄い馳鳥を借りてきたんだよ」

コヤックが誇らしげに胸元の羽毛を膨らませる。

「私はこいつに乗るの初めてなんですが大丈夫ですかね?」

彼は誇らしい態度を崩さずに私の問いかけに答えた。

「こいつらは元々小さな群れで行動する陸鳥でね、後から走るやつぁ先頭の動きを真似するようについてくるんだよ」

つまりはコヤックが先頭を行き、私の乗るやつがついていくってことだろうか。

「だから、あんちゃんが手綱を離して落っこちない限り大丈夫だよ」

不安がないわけではなかったが、とりあえずコヤックの言葉を信じ、まずは出発することにした。
コヤックはテキパキと毛布のようなものを畳んでクッションをこしらえ、それを鞍に乗せる。

「さあ、乗って!」

コヤックに促され、私はよじ登るようにして馳鳥の背中に乗った。

「出発するときはこの棒でケツを軽く叩いてやって……あんまり強く叩くと恨まれまれるよ!」

乗り心地は思ったよりもぐらぐらし、コヤックの話を聞いている間にも馬上ならぬ鳥上での姿勢をくずしてしまいそうになる。

「すぐ慣れるさ。さっきも言った通り、手綱だけは離さないでね」

そう言ってにっこりとほほ笑むと、コヤックは自分の馳鳥に軽々と飛び乗る。

ああ……なんて光景だろう。

ダチョウみたいな鳥人が大きなダチョウみたいな鳥に乗っている。
我々が巨人に運んでもらって移動しているようなものではないか。

こうして私の長い旅行が始まった。




馳鳥は思っていたよりもゆっくりと歩く。
だが、その歩幅が大きいため背中に乗っている私の体は結構揺れる。
うっかり居眠りでもしたら振り落とされてしまいそうだ。

「ここら辺は……が様々……外が荒地に……一面の……ない……えるのが……」

やや先を並走する馳鳥からコヤックが何かを話しかけてくる。
身振り手振りからして、この辺りの自然環境とかそういうことを話しているのだと思うのだが、いかんせん馳鳥の足音や周辺の木々が風に揺れる音でほとんど聞こえない。
今、我々が移動しているのは谷間の道だ。
道と行っても舗装してあるわけではなく、時折ある道標を頼りに踏み固められたむき出しの地面を移動している。
両側には緑で覆われた山が迫り、時折やけに大きな樹木が斑点状に密生している。
詳しく観察してみたいし、写真にも撮りたいが、今は馳鳥から落ちないようにコヤックに続くだけで精一杯であった。

もう町を出て二時間はこうして移動しただろうか。
太陽もすっかり高く上り、燦々と陽光を浴びせてくる。
空はどこまでも青く、その片隅に浮遊大陸とその周囲の群島が見える。

遠くの景色を眺めていると、くすくすと無邪気な声で笑いながら何か半透明なものがきらめきながら渦を巻くようにして、後方から横を通り過ぎていく。
一瞬遅れて、私の体を濃厚な緑の香りをまとった爽やかな風がつつむ。
大気の精霊だろうか、コヤックが通り過ぎていくものに何か声をかける。

今のも写真に撮りたかったな……

私はカメラをポケットではなく、首から下げておけば良かったと思った。
そうすればきっとシャッターチャンスに即応できただろう。

さらに一時間ほど頑張って馳鳥にしがみついていると、前を行くコヤックの乗る馳鳥が停止し、コヤックはこちらに手振りで止まって降りるよう促してきた。

私がなんとか手綱を引くと、ぐっと馳鳥の首が持ち上がり、ゲエッゲエエッと泣きわめき歩みを止めた。
馳鳥の鳴き声を聞いたのはこれが初めてだったが、その声の汚さに少しびっくりした。

「ここの水は綺麗だ。少しこいつらに水を飲ませよう」

私はまるで気づいていなかったが、コヤックのいる方にはこんこんと湧く泉があった。
コヤックの動きを真似するようにして、手綱を近くの木に結びつけ、馳鳥に水を飲ませる。
その間に我々は昼食を摂る。

コヤックはがくがくに凹んだ金属製の小鍋を取り出して泉の水をすくい、そこにさらに何か穀物のようなものの粉末を入れて軽く練った。
次に木製のハーモニカのような楽器を取出し、口にくわえる。
嘴で壊さないようにするためか、ちょうどハーモニカの口を当てるような部分は頑丈そうな金属で嘴にぴったり合うよう補強されている。
そして、我々のように両手で楽器を支えたりはせず、嘴だけで楽器を保持しリズムカルで少し勇壮な感じのするメロディを繰り返し奏で始めた。

「!!」

何やら突き抜けるような音響とともに小鍋の下に軽やかに火が生じ、くるくると円を描く。
コヤックはハーモニカのようなものを演奏しながら、スプーンで手早く小鍋の中をかき回した。

「ありがとう、もういいぜ」

ある程度かき混ぜると楽器を嘴から降ろし、コヤックは誰かにそう言った。

「は~い」

今度はキーンとした声が響き、シュッと火が消える。
火の精霊を操っていたのだ。

「我々は歌が下手な種族でね……歌おうとすると、ちょうどこいつらみたいにガラガラした声しか出ない」

興味深そうに見る私の視線に気づいたコヤックがどこか自重気味にそう言いながら、肉厚の葉の上に出来立ての団子を二つ乗せて私の方に出してくれた。

「だから精霊の力を借りるのにヴヴァヴァヴヴァを使ってるんだ」

ヴヴァヴァヴヴァってなんだヴヴァヴァヴヴァって?

その素っ頓狂な名称に思わず噴いてしまったが、これも翻訳加護のせいだろう。
恐らくはあの楽器の種類か固有名のことなのだろう。

「あのヴヴァヴァヴヴァの演奏の仕方で精霊にいろいろなことをお願いできるってことですか?」
「なんだいヴヴァヴァヴヴァって? この楽器のことか?」

言葉のキャッチボールがうまくいかなかった。
翻訳加護の相互変換がうまくいっていないのだろうか。
コヤックが話した言葉がヴヴァヴァヴヴァと変換されて私に聴こえただけで、私がヴヴァヴァヴヴァというとダメらしい。
困ったものである。

「火の精霊の力を借りる時は今みたいに力強い曲を、風の精霊ならもっと軽やかでリズミカルな曲、そんな風にして何パターンか演奏の仕方があるんだよ……あ、柔らかいうちに昼食食べちゃいな」
「ありがとう、いただきます」

つい習慣でぽんと手を合わせてから、団子を口に放り込み咀嚼する。
キビの仲間を団子状にしたものだろうか。
味は特にしないが小学生の頃飼育係として毎日のように嗅いだ鳥小屋の臭い、あの飼料の臭いをもう少し甘ったるくしたような香りがする。

「食べられるかい?」
「いや、私たちも食べますよ、こういうの」

コヤックは私の口に合うのか気にしてくれていたらしい。
安心したのか、ニコッと笑うと私の真似をしてぽんっと翼の先にある手を合わせる。

「いたがきます」

なんか違う。

そしてコヤックは咬まずに団子をぽんぽんと放り込んではあっという間に飲みこんでしまった。

「まだ先は長いことだし、ひとまず木陰で居眠りを」

言うが早いかコヤックは正座を崩したような座り方をし、その首を折りたたむようにして目を閉じた。

いつもああやって眠っているのだろうか?

あまりしげしげと眺めても気まずいので私もごろんと横になり寝ることにした。
青空を高く何かが集団で飛んで行く。
あれは鳥人だろうか、鳥だろうか、それとも何か別のものだろうか。




~コヤックとの旅 三日目の朝~

昨日の昼過ぎに我々は谷間を抜けて岩場へと入った。
行けども行けども灰褐色の岩石で覆われた台地が広がり、点々と背丈の低い植物が生えているという単調な景色が続く。
はるか彼方進行方向にはぼんやりした山脈が、我々の背後には浮遊大陸が見える。

寝袋から出て、朝食にいつもの団子を食べ、歯を磨く。
コヤックは何やら繊維質な植物片で嘴の内側を磨き、その外側を木片のようなもので磨いている。
その木片には油脂が含まれているのか、磨いた後のコヤックの嘴はきらりと輝き、いかにもぱりっとした印象を与える。

「あんちゃん、ここから先は水の入手がちーと運頼みになる。今のうちそこの井戸で水筒いっぱいにしときな」
「井戸? 井戸があるんですか?」

ずっと人家のない道を移動してきたので井戸があるとは思わなかった。

「あれ? 昨夜飯作る時、そこの岩陰の井戸から水とったんだけど……見てなかった? ずっと昔はここらに小集落があったらしい。もうちょっと行くと建物の跡とかあるぜ」
「へぇ……」

私は井戸水で水筒をいっぱいにし、井戸を含めてあたりの風景を写真に収めてから出発した。

「よい……しょっと……ぐっ……」

だが、馳鳥に乗る時が一番テンションが下がる。
ずっと揺られるこの背中に乗っていたせいかお尻が痛くなって来たのだ。

痔にならないといいな……

しばらく行くと、小さな家くらいはあるような巨石が目立ってきた。
さらに進むと、尖塔のような特異な形をした巨石が林立しており、その合間を縫うようにして我々は進んでいく。

どんな地質学的作用、あるいは精霊の力が加わったらこんな地形が生まれるのだろうか?
時折、首を上へ向けると林立する石塔がいくつも空に伸び、私の視界を分断する。
時折石塔の間を駆け抜ける風がボーっと汽笛のような音を立てる。

「ほぉ~……」

溜息しか出なかった。
お尻の痛みを我慢し、必死にカメラのシャッターを切る。

ふと前を見るとコヤックの乗る馳鳥が止まっていた
そしてコヤックは石塔の間を指さし、私にその方向を見るよう促している。

なんだろう?

そう思って馳鳥に静かに前進させ、そっとコヤックの指し示す方向をうかがった。

ネズミだ。

ただし、人間の子供くらいの大きさがあるうえに、鼻の上あたりに大きな角を持っている。
漢字なら有角鼠とでも書けばよいのだろうか。
どうもその角を使って、荒野にへばりつくように生えている低木を掘り起こしてその根をかじっているらしい。
地上部よりも根っこの方が水分が豊富だとか柔らかくて食べやすいとかあるのだろうか。

だが、私をもっと驚かせたのはこの有角鼠の背後にいた。

ヒトデにしか見えないものが体の底面についた口で草を食んでいたからである。

私はコヤックにお願いして有角鼠がその場を立ち去るまで待ち、念のために軍手を二重にはめてそのヒトデを捕まえた。
真っ赤な体色に五放射相称の形状、五本の腕の先端は吸盤状に広がっており、これにより体を持ち上げた姿勢を取ることもできるようだ。
捕まえてみると、その五本の腕は思いのほか力強くぐいぐいと動く。
地球上ではあり得ない生物や生活様式などは私にとって非常に熱い、熱すぎる、風が語りかける。

「そいつは美味しくないよ! 毒がある!」

私がいつまでも熱心にヒトデを観察していることにしびれを切らしたのか、コヤックがそう言った。
これを食べようとしている、そう見えたのだろうか。
仕方なく、私はこの陸棲ヒトデをこういう時のために持ってきた空き瓶の一つに入れ、馳鳥に戻った。
詳しくは後で解剖してみようと思ったのだ。

「時間を取らせちゃって申し訳ない」

私はコヤックにそう謝りながらも、なんだかわくわくしてきた。
人間のまだ見ぬ世界の動植物を今目の当たりにしていることを再認識させられる。
まるで博物学が隆盛した探検家たちの時代のようだ。
世界各地に決死の探検を行い、誰も見たことのない生物や景色を追って標本を集める……

彼らと同じことをひょっとしたら私もできるかもしれないのだ。
仕事でルーティンワークをするようになってから、眠っていることの多くなった私の知的好奇心が芽を伸ばし、枝葉を展開して久しぶりに光をたっぷりと浴びている。

お尻が痛いことも、どこかに行ってしまった先輩のことも忘れて私は今度はどんなものが見れるのか、また何かいないかと歩く馳鳥の上からあちこちへと丹念に視線を走らせた。

「止まって!」

私のそんなわくわくした気持ちに突き刺さったのはコヤックの鋭い一声だった。
慌てて手綱を引き、馳鳥を止める。

「ど、どうかし……」
「静かに! ……なんか変だ……」

コヤックは羽毛が逆立たせ、普段見せないような鋭い目で周囲を見渡していた。
その手には、いつの間にか短刀が握られている。

周囲は石塔が林立しており視界は良くない。
どこかに野盗でも潜んでいるのだろうか。

私の精神にはさっきまでの高揚感とは一転、冷たい緊張感が刺しこまれる。

コヤックはゆっくりついてくるようにと身振り手振りで伝えてきた。
私の手綱を握る手が汗で滑る。

「あんちゃん、左へっ!」

コヤックがこちらを振り向き、ひきつった表情で絶叫した瞬間だった。
腹に響く低い咆哮と共に石塔の影から大きな口が飛び出してきた。

「うわああっ!」

私は慌てて馳鳥を棒で叩き、左側へダッシュさせる。
飛び出して来た口は私のすぐ後ろでガツンと閉じられた。

大蛇っ!?

咄嗟のことで何が起きたのか分からない。
口をきっと閉じ、奥歯をかみしめる。
そして、走る速度を上げるために必死になって馳鳥を叩いた。
馳鳥も恐怖しているのか、普段は挙げない鳴き声を上げながらかつてない速度で石塔の間を走り抜ける。

再び背後であの低い咆哮がし、何かが空中へ舞い上がって追ってくる。

私は振り返って見た!
それを!

明るい褐色の細身の胴体とそこから長く伸びる首、不釣り合いなくらい大きな蜥蜴のような頭部、そして羽ばたく翼……

「ワイバーン!?」

思わず声に出してしまった。
ガイドブックで見たのとは色も細かな形状が違い、頭部はシュモクザメのようにT字型になってT字の左右の端に目が付いている。ワイバーンにも何種類かいるのだろう。
思っていたよりは小さいが、それでも象くらいの大きさはあり、人間の大きさなら咬まれただけで致命傷だろう。

再び咆哮を挙げながらワイバーンは私の背後に迫ったが、林立する石塔がその行動の妨げとなっているらしい。
私は全身の毛穴から汗を出しながら必死に馳鳥を叩いた。
懸命に馳鳥の手綱を握り、石塔の間をジグザグに走らせていく。

「あっ!」

汗で手が滑った。
私の手から逃げた手綱は馳鳥の動きに合わせて跳ね踊る。
落ちないように大慌てで馳鳥の背中に抱きつき、必死に手綱を掴もうとするが焦ってしまい掴むことができない。

「うわっ!」

馳鳥が急に方向転換し、振り落とされそうになる。
視界の隅に離れていくコヤックの馳鳥が入ったが、私は必死に馳鳥の背中に掴まっているだけで精一杯だった。




私は全力疾走する馳鳥の背中に必死の思いで抱きついていたが、しばらくしてなんとか姿勢を立て直し手綱を手中へと取り戻した。
馳鳥をなんとか停止させ、周囲の状況を確認する。

私はまだ林立する巨石の石塔群の中にいた。この辺りはずっとこの景色が続いている。
静かだった。
ワイバーンの羽ばたく音も咆哮も聞こえない。
聞こえるのはただ、自分の心臓の連打音だけだった。

ワイバーンはもういないみたいだ。

そう思った瞬間、脚が震えだした。
指先がどんどん冷たくなっていき、手も震えだす。

自分が死線をさまよったことを今になって脳が実感し、脅威が去った後で恐怖に襲われる。
私はからからに乾いた口内を舌でなめながら、自分が落ち着くのを待った。

周囲にワイバーンの気配はないが、コヤックの気配もない。
しばらくこの辺りを円状にぐるぐるとまわり、コヤックの姿を探す。

誰もいない。

「コヤーック! コヤーック! いませんか!?」

我慢できなくなり、コヤックを大声で呼んでみた。
だが返事はない。

はぐれたのだ。
いや、コヤックは無事だろうか……まさか……

再び手が震えだす。

戻るか?

ワイバーンは怖いが、離ればなれになった地点付近でコヤックが私を探してくれているかもしれない。
道に迷った時に大切なのは、面倒くさがらずに道が分かる場所まで戻ることだ。
今回のケースは少し違うが、それに通じるものはある。

震える手で手綱を引き、馳鳥を旋回させようとしてはたと思考が停止した。
どこまでも、どこまでも巨石の石塔が林立する景色……
戻るも何も来た道が分からない。
おまけに私は馳鳥が疾走している間、その背中にしがみつくのがやっとで周囲の様子など見ていなかった。
今、私は初めての異世界、それも人間はおろか鳥人もあまり訪れない場所で孤立無援の状況にある。

「勘弁してくださいよ……」

心の中では落ち着かなければいけないとわかっていても思わず呟いてしまう。
私はひょっとしたらコヤックと合流できるのではないかという微かな望みのために、そして自分の心を落ち着けるためにそれから三時間、その場所から動くことができなかった。




日が傾き始めた。

私は馳鳥に草を食ませ、自分は地面に座り、どこかにコヤックの姿はないものかと辺りを見回していた。

どうしよう……

数日前まで先輩に置いていかれて異世界の町で一人になっていた。
今度はコヤックと離れて異世界のどこともわからない場所で一人になっている。

出発前にコヤックからもらっていた地図を広げ、山脈の位置と彼方に見える浮遊大陸からおおよその現在位置を割り出そうとしてみたが、この作業をするにはこの石塔が林立する場所から出ないとダメだ。
視界が悪い。

しかし、この場所から出たら今度はワイバーンから逃げる場所がないのではないかという恐怖がべったりと私の脳に張り付く。
コヤックを探しに戻るにもやはりワイバーンが怖い。

私はしばらく悩んでいたが、妥協案としておそらくは進行方向と思しき方向にゆっくりと進み、周囲の地形を観察できる開けた場所を探すことにした。
いくら怖くても動かなければ今度は野垂れ死にという可能性が大きくなる。

そのまま進んでいくと林立していた巨石の石塔は次第に疎らになり、ついには開けた荒野に出た。
遠くに山脈の連なりが見え、ところどころに植物が生えている他は何もない。

本当に誰もいない場所に自分一人がいる。
この事実に私の心は恐怖した。

日本や海外で一人旅は何度かしたことがあるが、それはあくまで自分にとっては知らない場所でも他の人間がいる場所を旅しただけである
今、私は本当の意味で孤独なのだ。

ふと、何気なく空を見上げる。
夕焼け数歩手前、ちょうどそれくらいの空に筋状の雲が浮かんでいる。
そんな空の一角に、以前見た戯れるように渦を巻くきらめく存在の姿があった。

精霊だ。

ここでふと、私は自分が精霊の力に支配された世界にいることを思い出した。

「おーいっ! おーいっ!」

私は大気の精霊に手を振り、声を挙げ、懸命にこちらの存在に気づいてもらおうとした。

「なーにー?」

思っていたよりも低い声で返事があり、するすると空から零れ落ちるようにきらめく半透明のものが私の前に降りて来た。
その姿は揺らめいて絶えず形状と色彩を変化させている。
私は安堵と不安のないまぜになった気持ちで大気の精霊に尋ねた。

「コヤックを、コヤックを知りませんか?」
「コヤック?」
「ダチョウみたいな鳥人なんです。一緒に旅をしていたのですがはぐれてしまって……」
「ダチョウ?」

精霊は退屈したかのようにあくびをすると、ふわりと空中に舞い上がってしまった。

「悪いけど人探しなら他を当たって」
「待って、待ってください! では、どこかに町や村はありませんか?」

次第に精霊のきらめきが強いものになっていく。

「う~ん、確かあっちの方かな?」

ごうっと一陣の突風が吹き、思わず目をつぶる。
再び目を開いたときには、もう大気の精霊の姿はなかった。

さきほど起こった風の吹いた方向に町だか村だかがあるというのだろうか?
そうだとしたら気精は風下、風上、一体どちらに行くよう指示したのだろう。
常識的に考えれば風下だろうか。

落ち着いて判断するために背嚢を降ろし、中から地図を取り出す。
コヤックと話し合いながら書きこんだメモを丹念に見ていく。

そうだ……万が一遭難したときのためにコヤックが何か言っていた。


現在地が分からなくなったら、太陽が沈む方向と三つ又の山頂を有する山が一直線になるように移動する
そうすれば目的の落ちた浮遊島近くの鳥人集落に出る
集落の目印は高い見張り櫓


私の地図にはそうメモ書きがあった。

この内容を私に話している以上、コヤックは私とはぐれ、私を探しても見つからない場合、この目的地近くの集落に向かっている可能性は高いと考えていいのではないだろうか。

そう考えると少し気持ちを強く持つことができた。
目的がはっきりしたためだ。

幸い、私には馳鳥がいる。
食糧は半分ずつコヤックと私の馳鳥に分散して持たせていたため、しばらくは心配しなくても大丈夫のはずだ。
そして、今日までで出発して三日が過ぎた。
当初は六日程度の予定だったわけだから、最速であと三日も移動すれば目的地につけるのではないか。

大丈夫、今回だってきっと大丈夫だ。
悩んでたって何も解決しない。
一人でもこの集落に行こう。

そう決意してからの私の動きは速かった。
ワイバーンに追われた恐怖も少し和らいで来た。

この先道に迷った時のために今いる場所の写真を撮り、持っていたサインペンで近くの岩の幾つかに私とコヤック、そして二匹の馳鳥の落書きをし、矢印で私の進む方向を描いておく。
ひょっとしたらコヤックが見てくれるかもしれない。
私は荷物をまとめると勇んで馳鳥にまたがった。

「これからしばらくは君と二人っきりかもしれない……すまないけど、よろしく頼みますね」

馳鳥の首筋を優しく撫で、次に出発のために棒を振う。

その時、グォォッと何かが鳴った。
私の腹の音だった。



  • これは良い -- (名無しさん) 2013-03-25 02:15:40
  • ナイス旅 -- (名無しさん) 2013-03-25 12:47:34
  • 1なのにこのボリューム!しかししょっぱなの食事が余りにも美味そうで全部受け入れるよ -- (としあき) 2013-03-27 00:27:02
  • 開いて右バーのスライドカーソルの小ささにボリュームの大きさを覚悟した。つらつらとつづられる日記はまるで独白のようだけどオルニトを旅している感じはよくでてた -- (とっしー) 2013-03-29 23:44:02
  • オルニト料理食べたい!けっこうフレンドリーな鳥人が多いし空と精霊のいろどりの風景とかすごそう -- (とっしー) 2013-04-05 21:15:53
  • とても丁寧にオルニトと異世界旅行を表現していました。ほんわかとした珍しいものばかりの旅路から一転して一人進まざるを得ない状況になったにも関わらず腹の虫の音が異世界に順応して一歩前に進むのだというはじまりを感じました -- (名無しさん) 2016-05-22 19:05:43
  • やはり異世界で人間が旅行するにはガイドが必須だなぁ。うっかり変なものを食べちゃうだけでも危ない危ない。宿に泊まりながら近所を食べ歩くだけでも楽しそう -- (名無しさん) 2017-03-08 12:36:22
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最終更新:2013年03月25日 02:00