【さんぽ猫とわたし】


部活帰りにコンビニで買い食いしてたら、なにか視線を感じた。
振り向くと、知らない猫人さんが店先にいて、じーっとこちらを見ていた。すごい涎だった。
無言の圧力に負けて、あんまんを一つ分けてあげた。ものすごく喜んでたけど、私はコンビニのガラスに貼られた「猫にえさをあげないで下さい」の貼り紙が目に付いてすごく後ろめたい気分だった。
…これって猫人さんも対象なのかな。さすがに失礼かもしれないけど。
「ありがとう、馳走になった。一応こちらのお金も貰ってはいるんだが、これでどの程度買い物ができるのかよく知らなくて」
そういって顔をこするしぐさがほんとに猫みたいで可愛らしいので、思わずぼーっと見惚れてしまった。
いやいや私落ち着け、猫人さんだからよくわからないけどこの人は女性かもしれないじゃない。そういう私の心の声にもう一人の私が「かわいいは正義!」と高らかに叫ぶ。落ち着け、ステイステイ私ステイ。
もじもじしている私になにかを察したのか、猫人さんがきゅっと手を握ってきた。ちょ、え、何この状況!?
「寒そうだ」
あわあわしてる私に、猫人さんはそういってにこっと笑った。
「私は体温が高いそうだから、こうしたら少しはましかなって」
はい、十分れふ。

猫人さんは最近このへんに越してきたそうで、よくこのコンビニのあたりを散歩してるらしい。
それ以来、私は学校帰りにその猫人さんと時々会うようになった。
三回目に会った時、さすがに名前も知らないままではと思ったので自己紹介して名前を聞いてみた。
「私の名前か。ない」
「ナイさんですか」
「そうか、それもいいな。私をナイと呼ぶ君よ、これからもよろしく」
そういうことになった。
…ノリツッコミかと思ったらほんとにそれで定着してしまったけど、案外この人にぴったりの名前かもしれないと今では思っている。

そんなある日、部活が遅くなった帰り道にたまたま普段通らない道を通ったら、留守宅から金品を抱えて出て来た空き巣とばったり会ってしまった。
悲鳴をあげようとした私の口がふさがれ、空き巣がナイフで私を脅そうとした…んだと思う。
突然空き巣が私から引き剥がされ、ずだんっとなにかが叩きつけられる音と一緒に「ぐべっ」と蛙のひしゃげたような声が聞こえた。おそるおそる振り向くと、ナイさんが空き巣を地面にねじ伏せていた。わずか数秒の早業だった。
「大丈夫、怪我してない?」
ナイさんの言葉に全身の力が抜け、私はへたりこんでわんわん泣いた。その声で気づいた近所の人が通報して、空き巣は無事現行犯で捕まった。

「散歩してたら変なやつを見かけたんで出てくるまで見張ってたら、ユウちゃんがばったり出会い頭しちゃうからびっくりしたよ。何事もなくてほんとよかった」
事情聴取が終わった後、近くの喫茶店でそう説明された。私はまだびっくりがおさまらなくて、隣に座ったナイさんに頭をなでなでされていた。ナイさんはほんとにあたたかいと思う。
「ナイさんが男の人だったら、きっと完落ちでしたね」
冗談めかして呟くと、
「うん、それがちょっと残念なところだ。ユウちゃんはかわいいから」
といってまたいつものように微笑まれた。
もう女の人でもいいやって一瞬思ってしまったのは、私だけの内緒。



【幕間 ランチタイム】

「それでね、**さんってお昼はいつも適当に買って食べてるそうだから、今度お弁当作ってあげようかなって」
お昼休み、うきうきと話す友人ののろけをあーはいはいと適当に流しながら、私は弁当のチキンナゲットを一口に頬張った。
のろけ、というのとは少し違うかもしれない。なにせ、友人によれば件の人物は女性であるそうだし、別にその人物と友人が「道ならぬ関係」にあるというわけでもないらしいから。
ただ、友人がたびたび話すその人物の名前とおぼしき部分や、その名前の由来とおぼしきあたりになるとどういうわけか妙なノイズか耳鳴りのようなもので邪魔をされ、どうにも聞き取れないのだ。
友人はこれにまるで気づいていないようなので、私はあえてそのことには触れていない。しかし、厄介な相手と交際してるのはほぼ間違いない。やれやれ、先日空き巣事件に巻き込まれて警察のお世話になったという話を聞いた時でもいいかげん心臓に悪かったっていうのに。
この間の学内における翻訳加護の一時的な不具合といい、今回のような妙な検閲(検閲、であろう。おそらくは)といい、両世界の友好親善のためとはいえ「神様」というフィルターごしのコミュニケーションというのは果たして健全と言えるのだろうかと、時々思うことがある。

「もう! かなちゃん、ちゃんと聞いてる?」
「はいはい聞いてますよー(棒)」

まあ、なんだっていいか。
その謎の人物が、私の友人であるところのユウを泣かせるようなことがなければ、私の方には特に問題ないのである。



【後日談 ナイさんとわたし】

乱れたシーツ、部屋にこもる甘酸っぱい香り。
どうしてこうなったんだろう。答えのない問いをゆるゆると頭の中で空転させながら、私は毛布の中、ナイさんの胸に身を委ねる。
「ごめんね」
私をやさしく抱き寄せたまま、ナイさんが囁いた。
「前はね、とにかく忘れられたくなくて、私を憶えてくれそうな人にこういうので必死にしがみついてたんだよね」
照れくさがるように苦笑して、ナイさんは頬をかいた。少し毛繕いする猫のようにも見えて、わけもなくほっとする。
「そのうち、単にこういうのが好きになっちゃった。本末転倒だけど、相手の反応や感情が普段よりもよくわかるのが楽しくてさ」
ナイさんはそっと私の頭を撫でて、また申し訳なげな顔をした。
「ユウちゃんが私とこんなことしたいなんて思ってなかったことはわかってたんだ。もっとこう、淡い気持ちで純粋に慕ってくれてたんだって。でも我慢できなかったや、だからごめんね」
「いえ…」
ナイさんの申し訳なさそうな顔が見たくなくて、私はぎゅっとナイさんの胸に顔を埋めた。
「嫌じゃ、なかったです。なかったですから」
「そう」
ナイさんが喉を鳴らすくるくるという音を聞きながら、私は目を閉じた。


  • 最後の最後で意表を突かれた!んん~!百合でもまったく構いませんぞ~! -- (とっしー) 2013-02-17 04:52:51
  • 甘々ピロートークいいね~ -- (名無しさん) 2013-12-15 19:45:55
  • 男女間のお付き合い感情ってやっぱり異種族であれこれあるんだろうか -- (名無しさん) 2014-11-18 22:11:53
  • どこか謎めいた雰囲気を持つナイとちょっぴり背徳感のある関係進展にどきどきします。会話にノイズが入るというのが興味深い点でした -- (名無しさん) 2016-02-21 19:08:46
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最終更新:2013年12月15日 03:24