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キャタピー/ポッポ虐


トキワの森は鬱蒼と生茂る樹々に覆われている為、空を見る事は出来ないが風で揺れるたびに黄色味を帯びた赤く光る葉が僕達を照らす。

「キャピくん、どうしよう…。もうこんな時間だ…早く帰らないと…。」
早朝から遊びに来たは良いが、昼過ぎには疲れて寝てしまい起きた時の空は既に朱く染まっていた。
お母さんには日が暮れる前には帰って来いと言われていた。
しかし、今居る場所はニビシティ付近で、家があるトキワシティには急いで帰っても日は落ち夜行性のポケモンが動き出す頃になってしまう。
僕は半泣きになりながらも麦わら帽子を深く被り直し、キャピくんこと僕の相棒キャタピーを抱いてトキワに急いだ。
少し険しい道にはなるが、近道だと思い草木を別けて進む。
「ッ…がっ!!?」
段差に足を取られ転んでしまった。
近くの樹々が大きく揺れた。



顔を上げるとそこにはポッポの巣があった。
産卵後のポッポはかなり殺気立っていたらしい、暗闇の中でポッポの目が妖しく光る。それは確実に僕達を狙っていた。

学校で習ったピジョンやピショットなどは、レベル平均値の低いこの辺には幸い居ない。
しかし、明らかにレベルの差があるポッポは僕達に向かってたいあたりしてくる。
僕はなす術無く、そこに尻餅をついてしまった。その時、いつもは戦闘を好まないキャピくんが向かって来るポッポに飛び付いた。




「ぁ…危ないッ!!」
僕は目を覆った。
グニャリと熟れた果実を潰した様な不快音が耳に入った。
指の隙間から恐る恐る前を見るとポッポと目が合った。
キャピくんの体を貫通して、ポッポが顔を覗かせている。ポッポの首にキャピくんが垂れ下がっている状態だ。
キャピくんは体を大きくのけ反らせ、ピクピクと不定期に痙攣させている。口からはだらしなく糸を垂らし、ポッポの首にはキャピくんの腹部から溢れ出る緑色の体液がベトベトと纏りついていた。
そんな不気味な光景から目が離せなかった。

首に纏りつく感触が良くないのか、ポッポが首を大きく振り回すとペチャっと情けない音を立ててキャピくんは地面に叩き付けられた。
こぶし大に開けられた腹部からは緑色の体液と共に、白い綿の様なものや黄色のヨーグルトの様なものが呼吸に合わせコポコポと音を立てて垂れ流れていた。
痙攣は止まる事なく、激しさを増している。



僕は胃から込み上げるモノを堪えた。口を半開きに涎を垂らし、恐怖に怯えた表情でポッポを見つめていた。
股間に生暖かいモノを感じ、アンモニアのきつい異臭にハッと我れに帰る。

『逃げないと!!』

ジリジリと詰め寄って来るポッポは、きっと僕も殺すつもりなのだろう。
普段見掛けるポッポとは明らかに雰囲気が違っていた。

声にならない声を漏らし、助けを乞うように涙を止めど無く流し、近付いて来るポッポと距離をおく為に同じ速度で後ろに下がるが、背に堅い物が当たった。

『もう…ダメだッ!!』
ギュッと目を瞑り、最高潮の恐怖が僕を襲った。
その瞬間、ポッポが悲痛な叫び声を上げた。

薄目を開けると、そこには首に白い糸が巻き付けられたポッポが宙に浮き、足と羽を無造作にバタつかせていた。
動けば動くほど首に糸が絡み付き、次第に動きは衰えだした。
赤く点っていた眼は濁り大きく見開かれ、今にも飛び出しそうである。だらしなく開いた嘴の端からは、ミミズの様な舌が垂れ下がっていた。
息絶えてしまった様だ。



目だけを動かしてポッポの首に巻き付けられた糸を辿る。
そこには今にも行き絶えてしまいそうなキャピくんの、口から吐かれた糸であった。

既に息絶えていてもおかしくない状態だったにも関わらず、最後の力を振り絞ったらしく僕の安全を確認すると力無く倒れてしまった。
僕には倒れる瞬間、キャピくんが笑った気がした。
虫に表情があるわけが無いけど…そんな気がした。

『死なせるわけにはいかないッ!!!』
キャピくんを大事に抱え、ニビシティのポケモンセンターへ死に物狂いで走った。
空は暗く、雲がかかり闇を一層深くしていた。
涙、鼻水、涎などで顔をぐちゃぐちゃにしながらポケモンセンターの自動ドアを潜る。


──数十分後…。

「一時はどうなるかと思いましたけど、もう大丈夫ですよ。」
タオルケットに包まれたキャピくんを渡された。先程とは変わり、安らかな寝息を立てるキャピくんを見つめ、安堵の笑みを浮かべた。また、涙が零れた。

今度はニビの警備員さんにトキワまで送ってもらう事になった。



「えっと…、あの…。僕、もう此所から大丈夫です。」

トキワの森、トキワシティ出入り口に近付くと警備員さんと別れた。
モンスターボールを持っていない僕は警備員さんが見えなくなった事を確認すると、秘密基地へ向かった。
秘密基地は出入り口付近の大きな木の根の洞穴で、そこに優しくキャピくんを寝かせると駆け足で帰った。

その日は酷くお母さんに怒られた。


──次の日…。

心配であまり眠れず、朝の五時近い頃から森へ向かった。

「キャピくん!!おはよう!!」
急いで秘密基地に向かい、包まれたタオルケットを捲った。

キャピくんでは無い“何か”がそこにいた。
キャピくんと同じ緑色にも関わらず、奇妙にひしゃげた体型の所為でこの世のモノでは無い様に感じた。

タオルケットの端を持ち、僕はそいつを地面に叩き付けた。
目を覚ましたそいつは僕を見つめた。何かを言いたげだったが、そんな事は知らない。

そいつの体に跨がり、身近にあった石を両手で持ち、ソレを高く上げると勢い良く振り下ろした。
堅そうに見えた皮膚は以外と柔らかく、石を飲み込み、その凹んだ傷口からは緑色の汁が滲み出た。

僕は構う事なく、もう一度振り上げ叩き落とす。
「…きゃ…キャピくん…キャピくん!!キャピくんを返せよぉッ!!!!」
何度も、何度も、何度も、腕が疲れてもその行為を繰り返す。
「…はァ…、…この…このっ!!」
そいつは始めの原形を止どめておらず、グチャグチャになり中身が見え隠れする。
皮膚を抉り、見た事があるようなソレをベトベトの体液の中から引きずり出した。
プチプチと何本かの筋が切れた。手に変な感触が残る。



手に変な感触が残る。

背中に羽の様な萎れた物が付いていたが、明らかにソレはキャピくんだった。
「キャピ…くん?」
恐る恐る呼び掛けると声に反応してうっすらと目を開けた。そのキャピくんの表情は怯え切っていた。
その表情のまま硬直すると、くたりと頭を後ろに垂らし絶命した。
僕は暫く動けなかった。
次第に笑いが込み上げてきて、止まらない。

涙が溢れた。

キャピくんのこびりついた石を自分の頭に叩き付けた。
最終更新:2011年04月16日 14:49
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