2-26

ミュウ虐

作者:シン


街からは遠く離れた位置にある、ほぼ廃墟と化した研究所。
かつてそこでは、ポケモンによる実験が行われていた。
 …いや、それは正確ではない。その実験は今でも続いているのだ。
ただ一人、次々と研究所を去っていく者を尻目に、研究を続けている女性科学者がいた。
アカギ博士と、その女性は研究所内で呼ばれていた。

――

アカギ博士にとって、ポケモンは単なる道具でしかなかった。自身の地位の安定の為の道具。
それが故に、アカギ博士はポケモンを生き物として見る事はなかった。
 時に、アカギ博士は生きたままのポケモンを解剖し、時に、共食いをさせた事もあった。
それも全ては実験の為。研究所内では、アカギ博士は狂っていると、噂が流れていた。
だがアカギ博士にそれは関係なかった。というよりも気にしようともしなかった。
この実験が成功すれば、どれだけの地位と名誉が手に入るのか解らない。
そんな、未知数的な想像が、彼女を突き動かしていた。
 時間を経るにつれて、研究員は研究所を去っていった。
 その理由の大半が”アカギ博士についていけないから”口を揃えてそう答える研究員。

研究員が殆どいなくなった研究所で、アカギ博士は新たな研究に着手していた。
そして、それが形になってきた時。彼女の周りには誰もいなくなった。



とある経由で手にいれた幻のポケモン、ミュウの一部。
それは彼女にとって、酷く貴重な”実験材料”だった。
 アカギ博士はミュウの再生計画を始動させた。

とは言っても、研究員は自分以外誰もいない。誰もいなくても、一人でもできる。
アカギ博士はまず、ミュウの一部から細胞を取り出し、培養させた。
そしてそれを特別な装置に入れ、他のポケモンの細胞を掛け合わせた。
 従来の方法と似ているがアカギ博士の実験方法は全く違う。
 取り出したミュウの細胞に、直に他のポケモンの細胞を組み込んでいくのだ。
それは下手にすればミュウの細胞を破壊しかねないが、アカギ博士は絶妙な細胞分配でそれを避けた。
 ミュウの形を構成する為に、小型ポケモンの細胞を。
頭胴体手足、それぞれを他の小型ポケモンから切り取りその部分の細胞をミュウの細胞と相性が合うように組替える。
勿論、失敗すれば何度も出かけては小型ポケモンを手にかけた。

アカギ博士はパートナーとして、実験材料だったカイリューを傍に置いている。
 このカイリューは既に実験済みで、成功体として扱われていた。



よく手にかけたのは、ケーシィだった。
同じエスパータイプという事もあり、意外と遺伝子組み替えは簡単だったが。
相性の不適合さから、それが解るまで大量虐殺を繰り返した。研究所一帯のケーシィは、どこか体の一部分がない。

 アカギ博士はミュウの体を構築するのに、五年と言う歳月を費やした。
長かったと言えば長かったが、それでもアカギ博士はよかった。自分の実験が成功する喜びは、何事にも例えがたい。
アカギ博士は、愛しそうにその名前を呼んだ。

「ミュウ」

培養液にぷかぷかと浮かぶその体は、確かにミュウそのものだった。
図鑑と同じ通りに成長したその姿。一体、幾つの他のポケモンの命によって作られているのか解らない。
「ああ、ミュウ。どれだけこの時を待ち望んだ事か!」
アカギ博士は感極まりない声で叫んだ。誰もいない研究所に、声が響く。
その虚無感でさえも、アカギ博士は気づかなかった。彼女の視線は、作られたミュウに向いていた。
アカギ博士は培養液を満たしてある機械のスイッチを押し、ミュウを取り出そうとした。
 周りの壁が一気に機械の中に収納され、培養液が辺りに飛び散る。
アカギ博士は、目を見開いた。

「何なのこれは!!?!」

そこには、ぐったりと体を床に預ける、水色の体をしたミュウの姿があった。

ミュウというポケモンの体色は、薄ピンク色をしたものだと。
確かに、図鑑にも、書類にもそう書いてあった。幻の存在にも関わらず、それは定義されたもので。
からこそ、アカギ博士はその眼の前にいる水色をしたミュウが、許せなかった。
自身の研究は失敗だったと、いやそんな事はない。確かに完璧だった。
 だったらどうしてこのミュウは水色なの!?
研究所内から笑い声が聞こえる。アカギ博士は耳を咄嗟に抑えた。
自分以外誰もいないはずの研究所から聞こえる笑い声に、アカギ博士は気がおかしくなりそうだった。
自分を罵るその笑い声は、実体がないからこそ防ぎようもなく、アカギ博士の耳を劈く。
「ッ、私はちゃんとやったわ!このミュウがいけないのよ!この、っ」

アカギ博士は笑い声から逃れる様に、床に這い蹲るミュウを蹴り上げた。
微かながらも、ミュウはうめいて、その小さな体は宙を舞う。
べしゃっ、と音を立てて床に落ちる水色の体を見やり、アカギ博士は怒りを覚えた。
 自身の研究が失敗したのは、こいつのせいだと。
 こいつが、私の研究を全て無駄にしたのだと。私の理論は完璧だったと。
アカギ博士は怒りを、そのまがい物のミュウにぶつけようとした。
親指の爪を噛み、水色のミュウを睨みつける。水色のミュウは確かに、弱弱しいながらも生きていた。

「まがい物なんていらないのよ…私がほしいのは本物だけよ。」
アカギ博士はそう言うと、机の上にあったモンスターボールを手にとった。
ぼむ、と音を立てて赤い目をしたカイリューが現れた。実験の副作用だった。
「カイリュー、私を裏切ったあの実験動物に教えてやりなさい。裏切った代償がどれだけ重いかを。」

カイリューは素直に、水色のミュウに近づき、そのまま持ち上げた。
小さなミュウの体は持ち上げられただけでもぎち、と音を立てて軋む。
 カイリューはそのまま、思い切り水色のミュウを壁に投げつけた。
 どん、とした音とともに、水色のミュウを中心に壁が凹む。ミュウの口から、青々とした液体が噴出した。



それは水色のミュウの血液だった。赤ではない。つまりはそれも失敗。
「ちっ、よくもまた私を…」
アカギ博士は酷い失望感と共に、次の指示をカイリューに出す。
「カイリュー、たたきつける攻撃!」
どん、と壁を蹴りミュウを床に落とす直前で、そのまま上から巨大な質量の尻尾を振り落とす。
重力に任せたまま、それはミュウの体を押さえ込む。一瞬だった。
ミュウの体は床と尻尾に押さえ込まれ、挟まれた。カイリューの尻尾が持ち上がると、青い血がべったりと付着していた。
ミュウは床に這い蹲ったままだったが、まだ生きていた。ミュウの体の周りに、青い液体が広がっている。
 他のポケモンの細胞を組み込み組みまくったおかげか、生命力はゴキブリ並にあるらしい。
アカギ博士は床に這い蹲る水色のミュウを見やり、にんまりと口を歪めた。
「生命力だけはあるようね。それはよかったわ。こんな事で済むと思わないでほしいわ。」
アカギ博士は、青い血の上のミュウを踏みつけた。み゛ゅっ、と泣き声を上げるミュウ。
だが、アカギ博士は踏み続けた。ぐぐぐぐぐ、と。アカギ博士のヒールがミュウにめり込んでいく。
尖ったかかとの部分が、ぶちゅっ、と音を立ててミュウに突き刺さった。ミュウの体が一瞬跳ねた。
 アカギ博士はいったん踏みつけていた足を持ち上げ、ミュウを振り落とそうと足を前後に動かした。
青い液体が前後にゆれ、アカギ博士の白衣を濡らす。すぽーん、と音を立ててミュウが後方へと飛んでいった。
べちゃっ、と音を立てて机にぶつかり、そのままくの字に折れ曲がる。そこから、もうぴくりとも動かなかった。
 アカギ博士のヒールには、臓器がついていたが、アカギ博士は気にしなかった。
というか、その臓器までもが青かった事に、またアカギ博士は怒りを感じた。その矛先は常に、ミュウへと向いている。



「まったく、いつまでも私を裏切り続けて…」
ふつふつと、その憎悪が温められていく。アカギ博士の傍で、カイリューがミュウを見ていた。
「何なのよ。期待させておいて裏切るなんて。」
それは積み上げたものが崩れ去る感覚。積み木を崩された感じによく似ている。
悲しみが先にきて、怒りが後から沸いてくる。だが、アカギ博士の場合は最初から最後まで怒りだけだ。
実験が失敗した瞬間、それは裏切られた瞬間だと思い込んだ時からずっと。

どろどろと、青い液体がひしゃげたミュウから垂れ落ちる。机さえも青く染めるそれが憎たらしい。
「カイリュー」
カイリューが、こくん、と頷いた。
「アレを捨ててきて頂戴。」
指を指し、既に息絶えているミュウを捨ててこいと命じるアカギ博士。
カイリューはおとなしく、ミュウの元まで歩いていき。ミュウの体を引っ掴んだ。
カイリューの爪がミュウの目玉に入り込み、ぐじゅっ、と音を立てて潰れる。
その他の爪は、鋭くミュウの体を抉り掴んでいた。どすどすと音を立てて歩きながら、カイリューはゴミ場へと向かった。
 アカギ博士は、カイリューの姿が消えると、近くにあった椅子に、どっと座りかけた。
「はー、ぁー」
大きく深呼吸し、辺りを見やる。青い液体だらけで、まるでペンキをこぼしたようにも見えた。
アカギ博士は軽く、咳き込んだ。
「…―――また作りなおさないと。」

――





カイリューはゴミ箱の蓋を持ち上げると、そのまま水色のミュウを放り込もうとした。
しかし、爪が食い込んでいて上手く取れない。カイリューは手を振った。
途端 ずるっ、と音を立てて抜けるそれ。
それは半ば強制的に、といわんばかりにゴミ箱へと落ちていく”まがい物”
ちゃんとゴミ箱に入ったのを確認し、カイリューはその場を去った。

どすどすと歩くカイリューの振動のせいか、ゴミ箱の蓋が床に落ちる。
 ひしゃげた、幾つもの”まがい物”のミュウの姿が、そこにはあった。
 そしてそのどれもが全て、水色の形をし、青い血を体にまとっていた。

――

今でも、研究は続けられている。
 アカギ博士が死ぬまで、きっとそれは続けられるだろう。成功のない、まがい物だらけの実験は。

――
最終更新:2011年04月16日 14:42
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