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極限状態

作者:茶色


晴れた土曜日。
男は自分のポケモンを連れてシロガネ山へ来ていた。大学生活からの息抜きと言ったところだろうか。

「さぁ!行くぞ皆!
ん?どうした、ネイティオ?」
男の一番の古株であるネイティオ.は何度問いかけても、じっと男を見つめるだけで全く動こうとしない。
「お前は中々懐いてくれないな。ボールに入ってろ、俺が運んでやるよ。」
―エスパータイプだからな、バトルでもエスパー技ばっかりだし、鍛えてないから仕方ないか。
このとき、男はネイティオの瞳が何を訴えていたのか、気づいてはいなかった。

「おーっ!カッコイイな、この写真本物のボスゴドラだ。」
男が見ているのは、登山客に対する注意書きであった。
今はボスゴドラにとって子育ての季節であり、下手に刺激すると大変な事になる。
そのため、散歩コース以外の道は閉鎖されているのだ。

「途中バトルで疲れたし。そろそろ一休みして、山を降りようか。あんまり遠くに行くなよ。」
男は、ポケモンたちに良く言い聞かせ、ゴロリと草の上に寝転ぶ。
空を飛びまわるものや、追いかけっこをはじめるもの。皆思い思いに楽しい一時を過ごしていた。
「ネイッ!」
ネイティオが男に向かい一声鳴いたが、すでに男は夢の中だった。


「ピジョッ!ピジョッ!」
ピジョンの鳴き声と、ガーディの生暖かい舌で舐められ、男は目が覚めた。エネコの姿が見当たらない。
「虫ポケモンでも追いかけて迷子になったかな?よし、皆で探しに行くか。
ガーディ!エネコの匂いを追えるか?」
「ガウッ!」
ガーディを先頭に男とポケモンは山の奥へと入っていってしまう。




「ガウッ!」
ガーディが立ち止まったのは大きな洞窟の入り口だった。
「すごいな。こんな洞窟があるなんて。この奥にエネコはいるんだな。」

「ネイッ!ネイネイ!」
その時、ネイティオが騒ぎ出した。
「どうした!?近くに野生のポケモンがいるのか?」
だが、他のポケモンは全く反応していない。
「なんだ、行きたくないのか?珍しいな、お前が我侭を言うなんて。
 ボールに戻っていいぞ、また俺が運んでやるから。」
暴れ続けているネイティオを半ば強引にボールに戻す。

「オーイ!エネコー!」
暗い洞窟の中、やっと慣れてきた目を凝らし、エネコを呼びつづける。
しかし、聞こえるのは、反響する自分の声と、ズバットが羽ばたく音のみである。その時、岩陰にエネコの尻尾が見えた。
「そこにいたのか、エネコ!帰るぞ!」
「エネッ!」
「こら、逃げるな!」
追いかけっこをしているつもりなのか、エネコは洞窟の奥へと行ってしまう。

ドン!
「エネッ!」
「ココッ!」

エネコの消えた先で、物のぶつかる音と、二つの声が上がった。急いで向かうと、エネコが駆け寄ってきた。
そして、向こう側にはまだ小さいココドラがひっくり返っている。

「ココーッ!ココー!」
ココドラが鳴き声をあげ始める。
ネイティオの入ったモンスターボールがガタガタと動きだす。
男の心臓がドクリと鳴った。




―逃げなくては―

男はエネコを抱え出口へ向かおうと体を翻す。
しかし、遅かった。
目の前にはボスゴドラが立っている。
大きな体に、多くの古傷、見るからに高レベルだ。
さらに子育ての季節というだけあって、とても険しい顔をしている。
いつ襲い掛かってきてもおかしくない。
ガーディや、ピジョンの体は大きく震えている。
自分達では到底かなわないことを察してしまっていた。
男の口の中は乾き、顔には脂汗が滲み出る。上手く呼吸ができているのかさえわからない。
―どうやって戦う?いや、勝てないだろう。じゃぁ、逃げるか? 逃げられるか?
思考が混乱状態になる中。ボスゴドラの尾が大きく振り上げられる。
「まずい。アイアンテールだ。皆気をつけろ!」
ボスゴドラの尾が振り下ろされ。
爆発のような振動と轟音が洞窟中に響き渡る。



埃臭い空気の中。男は目覚めた。
「・・・生きてる?」
奇跡的にも男は生きていた。アイアンテールの直撃は避けたものの、崩れ落ちてきた岩が直撃して気を失ったらしい。
幸いにも、大きな傷はなく、かすり傷と軽い打撲程度ですんだようだ。
「みんな無事か?」
男はポケモン達を見渡す。一応皆生きている。攻撃を受けたものも、岩の下敷きになったものもいない。
しかし、
「ピジョォ」
情けない声を上げたピジョンの右翼が折れ血で黄ばんだ骨が見えている。
洞窟だったため、自由に飛ぶ事ができず、岩を避けることもできなかったのだろう。
「大丈夫かピジョン。これは酷いな、帰ったら直ぐジョーイさんに診てもらおうな。
 今はこれで我慢してくれ。」
男は、バッグから傷薬を出し、ピジョンに応急処置を施す。
しかし、手術が必要であろう傷に傷薬だけで足りるわけもなく、骨は見えたままである。男は顔を顰める。


「さてどうするか。」
男は立ち上がり辺りを見渡す。
「これじゃ、出られないな。」
道はアイアンテールの衝撃で塞がってしまっている。下敷きにならなかったのは本当に奇跡だったのだろう。
「う~ん。困ったなぁ。」

「そうだ、ポケギアでポケモンセンターに連絡しようか。」
男はバックからポケギアを取り出す。しかし、電波の表示されるべき位置には「圏外」と赤く表示されていた。
しばらく6畳ほどのスペースをぐるぐると歩いていたが、ずっと圏外のままである。
「どうしようか、、、」
流石に男の顔にも困惑の表情が浮かぶ。それはポケモン達にも移り、心配そうな眼差しを男に向ける。
「大丈夫だよ。どうにかなるさ。」
心配させまいと男は笑顔を作る。まだ絶望に浸るには早い。
「よし、皆で岩をどかそう。ピジョンはそこで休んでていいぞ。」
男とポケモンは道を開くため、岩や砂利を退かし始める。


何時間同じ作業を繰り返しただろうか、一向に岩は減らない。
次第に体力が無くなり、動きも衰えてくる。
「だめだ、このままじゃきりがない。脱出よりも先にバテちゃうな。」
男は座り込み、ポケモン達も手を止める。
「そうだ、ネイティオ。お前の出番だ!」
男はネイティオのボールを取りだし、ボールからネイティオを出す。
「ネイティオ!念力で岩をどかすんだ!」
自信を含んだ男の声で、ポケモン達の疲れた顔に希望の光りがさす。

ネイティオの体がボゥっと青く光り、大きな岩が浮き始める。
しかし。
ドン と音を立てて岩は元の位置に落ちてしまった。
「どうした、ネイティオ。まさか、、、」
そう、ネイティオは、登山中のバトルで念力のPPを使い果たしてしまっていた。
男は体の力が抜けてしまい、壁に寄りかかってしまう。
ポケモン達も暗い顔をしている。ネイティオはボールに戻ってしまう。
「いや、まだ大丈夫だ。山の麓のジョーイさんが気づいてくれるさ。
 明日になればなんとかなる。皆疲れてるだろ、眠っておこう。」
遭難一日目の夜は皆で寄り添って眠り終わった。




―2日目―
「さて、どうやって外に出ようか。」
男は荷物を広げた。もともと、散歩に来たようなもので、シャベルなどという物はない。あるのは、モンスターボール、サバイバルナイフ、ポロック、飲みかけのサイコソーダぐらいのもの。
「穴抜けの紐はないんだよなぁ。」
男はつぶやく。もともと、学生である男にとって、山や洞窟は無縁のもので、今回は本当に気まぐれだったのだ。
「やっぱり、助けが来るのを待つか。
 入山手続きもとってあるし大丈夫だろ。」
脱出を諦め救助を待つことにした男は、気を紛らわせる為に、ポケギアのゲームを始める。ポケモン達も思い思いに時間をつぶし、腹が減ったら、僅かなポロックを1人と6匹で分けた。
「ふ~ん。ポロックってラムネみたいだな。」
そして、ゲームにも飽きたら昨日と同じように眠る。



―3日目―
助けはまだ来ない。
サイコソーダも飲み干し、食べ物も残っていない。
ポケギアも充電が切れ、時間をつぶす事すらできなくなっていた。
「でな、そいつはいっつも虫ポケを…」
何時間経っただろうか、男はポケモン達に学校や、友達について話している。
どんな些細な話でも、喋る事に意味があるのだ。
でないと、不安と静寂に押しつぶされてしまいそうになる。
ポケモン達もそれを分かっているからこそ、男の言葉が分からなくても、耳を傾けている。
しかし、限界は来てしまう。
「だから・・・・・・・・・・。」
言葉が途切れ、沈黙が続き、不安が男を襲う。

―本当に助けは来るのか?
なんでこんな事になったんだ。 
俺は死にに来たんじゃない!日帰りで終わるはずだったんだっ!なのにッ…

「…ッ!」
いきなりの痛みに右手を引くと、ガーディが男の右手を噛んでいた。
決して攻撃をしたわけではない。
主人に忠実なガーディだからこそ、主人が主人であるためにとった行動だった。
男もそれが分からないほど馬鹿ではない。優しくガーディの頭を撫でてやる。
「大丈夫だ、今日は大学がある日だから、誰かしら気づいてくれるさ。
 そしたら、きっと助けも来る。それまで一緒に頑張ろう。」

男とポケモンたちは、空腹と喉の渇きに気づかない振りをして、今日を終える。



―4日目―
ずっと沈黙が続いていた。空腹は口を動かす僅かな気力さえ奪っていく。
何もしなければ考えるのは空腹のことばかり。そして、男はまた絶望に浸り始める。
―今日で4日目か・・・。閉じ込められてからポロックしか食べてないんだな。
 俺は何で山なんて登ろうとしたんだ?近くの公園にしてれば良かったんだ。
 なんでこんな事に、山に来なければ、この洞窟に入らなければ、
 この洞窟に・・・・。

「ッ!」
腕に走った鋭い痛みで現実に引き戻される。
「エネー エネー!」
エネコが小さな手で男の腕を引っ掻いている。
食べ物の催促で、先ほどから鳴いていたらしい。
そんなエネコを、他のポケモン達は静かに見つめている。
「エネコ、もう食べ物はないんだ、あのポロックでお終いだよ。静かに助けを待とう。」
しかし、まだ幼いエネコは我慢ができず、鳴き続ける。
「仕方がないだろう。無いものは無いんだから、静かにしろ!」
要求が通らないと悟ったエネコは、最後の手段と大きな声で駄々を捏ね始める。
その声は、空腹と不安で磨り減った男の神経を刺激する。

「元はといえば、お前のせいだろっ!」
男はエネコを払い飛ばすべく、腕を振る。
「ッネェ!」
火事場の馬鹿力とはこのことか、
思わぬ力で押し飛ばされたエネコの小さな体は、悲鳴と共に硬い岩に強く打ち付けられ、ボトリと地面に落ちる。
ポケモン達が、男とエネコを見比べるように見つめる。
「…エ、エネコ? 大丈夫…か?」
男は恐る恐るエネコに近づくが、エネコの体はピクリとも動かない。
「そんな、エネコ・・・・。」
男は動かないエネコの体を前に立ち尽くす。




グググウゥゥー
何を思ったか胃が悲鳴をあげる。
ふと、中学校の若い先生の授業風景を思い出す。
「食物連鎖とは、自然界における食うものと食われるものとの一連の関係です。」
死んだ生き物はどうなるか、 生きている者の食料となる・・・。

男はサバイバルナイフを掴み、エネコに近づく。
早まる鼓動とポケモン達の視線を感じながら、エネコの体を抑え、ナイフを腹に添える。
ぐったりとして動かないエネコが妙に小さく感じる。
大きく息を吸って、一気にナイフを差し込む。

ブシュゥゥゥッ
「プラッ!!」
赤い飛沫と共にプラスルの悲鳴が上がる。
他のポケモン達がどんな顔をしているかなど、振り向かなくてもわかる。
ナイフは想像以上に切れが良く、滑るように赤い線が引かれる。
線の間に指を押入れバリバリと押し開くと…。

ドクンッドクンッドクン

「!!!」
動いている・・・。
エネコの心臓はまだ動いていた。
腹を開かれた状態で尚もエネコは生きている。
死んだのではない、気絶していただけだったのだ。
男は自分の心臓が止まったような気さえした。

「そんなッ…、俺は・…、俺は…。」
男はエネコから離れるべく後ずさる。
目の前には真っ赤に染まったエネコの小さな体と、エネコから溢れ出した大きな赤い水溜りがある。

「ニ゛ャ―ッ!!」



肉の塊となりつつあるエネコが悲鳴を上げた。ビクリと男の体が跳ね上がる。
「ニ゛ーッ!ニ゛-ッ!」
ビクビクとエネコの体が痙攣を始める。体が跳ねるたびに赤い血が飛ぶ。
動くたびに、裂かれた腹が閉じたり開いたりを繰り返す。
真紅の血を撒き散らしながら悶え苦しむその姿は壊れた玩具の様である。
可愛らしかった細い目は、白目を剥き出し、桃色の毛は真っ赤に染まり、
鈴を転がしたような声は醜い断末魔の叫びとなった。
その姿を他のポケモン達は、目を見開き地獄を見るような目で見つめる。
男は意を決し、サバイバルナイフを掴みなおす。
「ニ゛-ッ!」
「ゴメンな、エネコッ!」
男の振り下ろしたナイフはエネコの額を貫く。
鳴き声は止み、痙攣も2,3度で治まり、静寂がやってくる。

プラスルはガタガタと振るえ、マイナンに寄り添っている。
ガーディとピジョンも顔を顰め、決して男を見ようとしない。
ボールの中のネイティオだけがじっと男を見つめていた。




男はエネコの死骸の前で膝をついたまま、ポケモン達も動こうとしない。
男はエネコとの過去を思い出していた。
エネコのそばにはずっと自分がついていた。
卵から孵った晩も徹夜でそばにいた。コンテストが近づけば、暗くなるまで特訓した。
冬に一緒にコタツで丸くなったり、彼女とのデートにくっついてきたりもした。
他にも思い出は沢山ある。
そんなエネコを自らの手で殺めてしまった。後悔は大きい。

しかし、だからこそ、自分には他のポケモン達と生き延びる義務がある。
「皆、聞いてくれ、俺はとんでもない事をしてしまった。
 悔やんでも悔やみきれない。だからこそ、エネコの死を無駄にしたくないんだ。」
それが何を意味するか、もちろんポケモン達は分かっている。
男は泣きながら震える手で、小さなエネコの体を大小6つに切り分ける。
刃を動かすたびに流れ出る真っ赤な血と、ヌルヌルとした手触りは、一生忘れられないだろう。
ピジョンは静かに肉を摘み。
ガーディは仲間を思ってか、自然の習性かろくに噛まずに飲み込んでしまう。
プラスルは虚ろな瞳で宙を見るのみで、動こうとしない。
その隣では、マイナンが、泣きそうな顔をしながら肉に食いついている。
ネイティオは、相変わらず呼んでもボールから出ようとしない。
男も肉を掴み口へ運ぶ。
生暖かいソレは、口の中でまだ動いているかのような錯覚さえ起こす。
脳裏に悶え苦しむエネコの姿が浮かぶ度、胃に詰めた物が逆流しようとする。
しかし、そんなことは赦されない、グッと堪えるしかないのだ。
皮も食べ、骨だけとなったエネコ。
そして、その骨もガーディの体内へと取り込まれ、残ったのはプラスル・ネイティオ分の肉と
土に染み込んだ真紅の血だけであった。

精神的に疲れ果てた男は自分でも気づかぬうちに夢の中へと入っていったのである。




―5日目―
男が目覚めると、ポケモン達は皆起きているようだった。皆虚ろな目をしているが、呼吸に合わせて体が上下する。
ただ一匹を除いては・・・。
「ピジョン?寝てるのか?」
返事は無い、息をしている気配も無い。
「おい。ピジョン?どうしたんだよ。ピジョン?」
ピジョンの体をやや乱暴に抱き上げる。ぐったりとしていて、頭は力なく垂れ下がっている。
どうみても死んでいた。

―なんでだ。やっぱり、翼は重症だったのか。
 バトルの疲れに岩雪崩はキツかったか。それとも
 ストレスか?長い間飛ぶ事ができなかったし。エネコも…。

後悔と自責の念で俯くと、あたりに散らばったピジョンの羽が目にはいった。苦しんだのだろうか。
男は胸を締め付けられる思いでピジョンの体を下ろしてやる。
抜け殻となったピジョンの体を前に、胃が再び悲鳴を上げる。エネコの小さな体だけで胃は満足してくれない。
男はすでに心を決めている。そっとサバイバルナイフに手を伸ばす。
高鳴る鼓動を押さえ込み、傷ついた右翼に刃を入れる、固い骨に当たったが、構わず力を込める。そして次に左翼を。ボキボキとグロテスクな音をあげ、翼は?ぎ取られる。
もしも生きていたら、きっとエネコのようにのた打ち回ったのだろう。そんなくだらない事を男は考える。
翼を奪われたピジョンの体は赤い絵の具を塗りかけている鳩笛のようだ。
みすぼらしい身なりになったピジョンを見ると、男は目頭が熱くなってくる。
しかし、泣く事はできない、今は一滴の水さえ無駄にできないのだから。
血が流れなくなったのを確認し男はピジョンの胴を切り開く。
バトルで鍛えた筋肉か死後硬直のせいか、エネコの時と違い硬い肉は力を必要とする。
骨の折れる音や、臓物の潰れる湿った音が響き渡る。
ついこの間まで、大空を飛びまわっていたピジョンが肉片へと変っていく。
やっとの思いで切り分けた肉を、ポケモンたちの前に置く。

「ッ!!」
プラスルの前に肉片を置いたとき、男の腕に電撃が走る。
目をやると、プラスルが体中からバチバチと音が聞こえるほどの電撃を放っている。
だが、男を狙ったわけではない、否、最早“狙う”という行為をできる状態ではないだろう。
白目を剥き出し、締りの無くなった口から、だらしないほどに唾液が垂れている。咽の奥からは呻く様な鳴き声が絶えることなく漏れ続ける。

―狂ったか。

男は失望を感じると共に、プラスルをボールに戻さなくては、という判断をした。
しかし、ボールはプラスルのすぐ隣のバックに入っている。
下手に近づけば、電撃の餌食になる。かと言って、このままではガーディやマイナンも危険にさらす事になる。何より、既にPPを使い果たしているプラスルの体が持たないだろう。
男は、自分の胃に納めたエネコと今肉片となったピジョンの姿を思い出す。
トレーナーの自分が守ってやれなかった2匹。これ以上犠牲を出して良いものか。決心した男はバックに向かい飛び出す。

ブシュュゥゥ…

バックに辿り着き、ボールを構えて振り向いた男の目前に、真っ赤な景色が広がった。




―なんだ!?
見ると、プラスルの首がバックリと裂け、血が吹き出ている。無言でバタリと倒れこむプラスル。電撃が止み、呻き声が消える。
だが、バチバチと電気の走る音がする。既にプラスルからの放電は止んでいる筈なのに。
ふと目を走らせると、マイナンが獣のように四足で立ち、毛を逆立て険しい目つきで男を睨み付けている、いつでも飛び掛れる体制だ。
更にその口には、赤い血を滴らせたナイフが咥えられている。
男がバックに向かい飛び出したとき、マイナンは男がプラスルを殺す為に飛び掛ったのだと思い。男の手で殺されるくらいなら自分の手で、
と、ピジョンの死骸の傍にあったナイフで、プラスルの首を裂いたのだった。
最早、マイナンは男に対する信頼も親しみも持ち合わせていない。有るのは、恐怖と憎悪だけである。そしてそれは、男を攻撃するという行動に移させた。

マイナンの体からは、バチバチと電気の弾ける音がする。だが、プラスルのように放電はしていない。
そう、体内に溜めているのである。そんなことをしたらどうなるか、男も知っている。
「落ち着けマイナン。俺はお前を殺したりしない!」
しかしマイナンは聞く耳を持たない。男が説得する間も、電気は溜まり続ける。
頭部に集中して電気を溜めているらしく、全体が腫れたように膨らみかけている。
ブチュンッ。
膨らみすぎた眼球は、水風船が割れた様な音を立て、飛び散った。
眼孔には眼球の残骸があり、血が溢れ出る。更に奥では、静電気が走っているのが見える。
痛がる様子は無い。自爆の覚悟とはこんなにも激しいものなのかと、男は寒心する。
十分に電気を溜めたのだろう。一度グラリと大きく揺れてから体制を立て直し飛び上がる。
目など無くとも、獲物を狙う事はできるのだろう。真っ直ぐ男に向かってくる。
マイナンと共に破裂する自分の姿を思いながら、男は目を瞑る。

ボン




大きくも小さくも無い爆発音が響く。だが、肩にトンと物の当たる感覚がした以外痛みを感じない。

―俺は、また生き延びる事ができたのか・・・?

恐る恐る目を開くと、ガクガクと震える己の腕と脚が見えた。流血も、怪我もしていない。体制を整えようと、下ろした右手に、柔らかい物を感じる。早まる鼓動を押さえつけ拾い上げる。
それは、クリーム色と水色で出来ており、小さな肉球がついていて、大半が真っ赤にコーティングされている。

「ああ・・あぁ」
狭い空間に目を走らせた男が見たものは、辺りに散らばる肉片と。頭を失くしたガーディの姿だった。
散乱したマイナンの体は、熟れすぎたトマトが潰れたときの様に似ている。唯一違うことは白い骨が除いていることだ。
しかしそのトマトが全てマイナンかというとそうではない、なぜならガーディの頭部も同じように散乱しているためだ。
忠誠心の強いガーディは主人を守るために飛び掛るマイナンに飛び掛り、その口の中でマイナンが爆発し、マイナンの体と同じ運命を辿ったのだ。
あるべき頭の無い断面から血は流れ続け、マイナンのものよりも太い骨が剥き出ている。飛び散ったピンクの脳味噌と白い犬歯に人懐っこいガーディの面影は感じられない。
久しぶりにして、突然訪れた静寂に男の弱った精神は耐えられそうに無い。その場で胃の中のものを全て吐き出してしまう。最早理性の問題ではない。

ポンッ!



どこか間の抜けている良く聞きなれた音が響く。
ボールから出てきたネイティオは、何をするでもなく男を見つめる。
何時しか男の手にはナイフが握られている。そして、吸い寄せられる様にネイティオの体を押し倒し、首にナイフを突き刺す。
エネコやピジョンの時のように目的があってするわけではない、これは本当に意味も意思も無い事なのだ。罪の意識を感じることすら男は出来ない。
一度では切れない首を、ナイフを無理やり動かすことで、ブチブチと切っていく。神経も骨も構わず砕く。
だがその間も、ネイティオの表情は変らない。まるで人形が切断されているかのように。
ボトリとネイティオの首が落ちたとき、すでに緑と白を基準とした胴は半分以上赤くなっていた。

虚無感の中に僅かな達成感を感じた男の頭に懐かしい映像が流れる。
ポッポのとき地元で捕まえたピジョン、あの頃はネイティオとポッポをパートナーに鳥使いにでもなろうと思ったものだ。
臆病でバトルを好まなかったプラスルは、マイナンと一緒に居る事でとても活発的になり、よく2匹で悪戯をしたものだ。
雨の日に拾ってきたガーディは、その忠誠心から番犬としても活躍してくれた。
一番の古株のネイティオは、一向に懐いてくれる事は無かったが、テレポートを覚えたての頃よく2人で旅を…

       !!!

―そうだ、何故俺は気づかなかったんだっ!!
穴抜けの紐が無くても、テレポートさえ使えば何処にでも行けたッ!
だがとき既に遅く、肝心のネイティオは再起不能だ。
誰のせいでもない、男が自らの手で殺めたのだ、まるで催眠術にでも掛かったかのように無意識に・・・。




後悔を感じた男の脳に新たな映像が流れる。
倒れてはいるが、小さな声を上げ、小さく息をするエネコの腹を裂く自分。
羽を散らせながら暴れるピジョンの首を締め付ける自分。
鬼の様な形相でプラスルに飛びかかる自分。
マイナンが飛び掛ってくる瞬間、「ガーディ!」と救助の命令を下した自分。
電池切れだと思っていたポケギアは「土曜PM5:00」を表示する。
男はネイティオを振り返る。その瞳は確かに男を捕らえていた。

―はっ、死んでもエスパーか。お前は全部分かってたんだな。
結局狂っていたのは俺だったのか。

男の手にはまだ血を滴らせたナイフが握られている。
完全にパーティを失った男は目の前が真っ暗になった。
ツールボックス

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