2-16

クチート虐

作者:シン

『結局、僕が一番強くて凄いんだよね』

その言葉が、どうしても頭からはなれなかった。
 あんな、御曹司で、チャンピオンのくせしていつも不在で。
そんなちゃらちゃらした奴が、奴に、どうして自分が負けたのか解らない。
自信はあった、確信もあった。自分がこんな奴に負けるワケなんてない。
 なのに、どうして負けたのか解らない。

――君は確かに強い。でも僕にはまだ敵わないよ。

腹が立って、仕方がなかったんだ。

――

無用心な事に、アイツは玄関に鍵をかけないらしい。
 ギィ、と音を立てて扉があく、と同時に。

「クチー!」

僕に向かって、ポケモンが一匹飛び込んできた。

――



可愛らしい顔とはギャップのありすぎる、擬態、とでも言うのか。
 頭の後ろに大きな口をもつ別の頭をもち、僕にすりよってくるポケモン。
  名前は確か、クチートと言ったはずだ。

「クチクチィ!」

クチートはご主人様と僕を間違えているのか、可愛らしい顔をすりよせてくる。
 アイツ、しばらく面倒見てなかったんだな。
そう言えば、あいつの手持ちは鋼タイプが主だ。と、言う事はだ。
「何だ、御前ダイゴさんのポケモンなのか?」
 クチートはばっ、と顔をあげ、驚いた顔で僕を見た。
どうやら、主人ではないと気づいたらしい。しかし、しばらく人と接していなかったのか。
クチートは嬉しそうに僕の手を取って、遊ぼう、と動き回る。
 僕は丁寧に、クチートの頭を撫でた。
「御前、ダイゴさんのポケモンなのか?」
 クチートは嬉しそうに、数回頷いた。
「そう、じゃあ、僕と僕のポケモンと一緒に、遊ぼうか?」

クチートは嬉しそうにはしゃぎまわる。
 僕はすっ、と、腰のモンスターボールに手を伸ばした。



「エネコロロ。」
ぼん、と音を立ててボールからエネコロロを出す。
 クチートは嬉しそうにエネコロロへと向かっていく。
僕は一歩ほど後ろに下がり、エネコロロに指示を出す。
「エネコロロ、アイアンテール!」

 ごっ、と音がしたかと思うと、クチートの体はいともたやすく壁にぶち当たった。
油断していたのもあるのだろうか、いや、鋼タイプだからそうダメージはくらっていないはずだ。
 クチートは壁から落ちると、僕を不思議そうな目で見た。やはり、ダメージは少ないらしい。
僕はゆっくりと言った。
「クチート、御前はしばらくご主人様に相手にされていなくて体がなまっていると思うんだ。
 だから、ポケモンバトルでもして体を動かさないか?」
僕はできるだけ優しい声で言う。クチートの方も納得してくれたらしい。
 何度も何度も頷く。
「それじゃあ、エネコロロを戻すよ?」
僕は空のモンスターボールにエネコロロを戻す。
 流石に、トレーナーのいないポケモンと言えど、相手はあの…ダイゴのクチートだ。
そう簡単に倒せるとは思えない。ここはやはり、相性のいいポケモンでしとめるべきだ。
 クチートは次は何が出るのか、と言った表情で見ている。
   今に見てろよこのにこちゃん野郎めが。

「じゃあ、キュウコン。次は君だよ。」

キュウコンは綺麗な尻尾をぱたぱたと振りつつ、僕の指示を待っている。
「さぁ、クチート?普通のポケモンバトルだと思っていいよ。」

クチートは頷くと、にこにことした表情でつっかかってくる。
どうやら、言葉は理解できるらしい。こんな、にこにこしているだけのポケモンが?
 僕はそれが逆に気に入らなくて、キュウコンに指示を出す。
「キュウコン、軽く蹴り飛ばしてから腕に火炎放射。」

遊びだと思っているのか、クチートはてくてくと歩き、ぺたぺたとキュウコンの体を叩く。
 しかし、一方のキュウコンは流石僕のポケモン、と言ったところだろうか。
きちんと、クチートの体を蹴り飛ばし、そして腕目掛けて火炎放射を放つ。嗚呼、鉄の溶ける匂いが鼻孔をつく。
「クチィイイイイイイ!!!!」
クチートは慌ててキュウコンの火から逃れる。
 だが、直撃は免れなかったらしい。あの小さく可愛らしかったクチートの手が、どろりとしたものに変わっている。
床にすった部分が赤く焦げ、クチートはもう片方の手で焼けた手を抑える。
 頭の後ろの頭が、がちがちと大口を開ける。威嚇、だろうか。



「クッ、クチッ、クチィイイ…」
クチートはがくがくと震えながら、僕とキュウコンを見やる。
 ここでようやく、クチートは僕を敵だと認識したらしい。
手を抑えつつ、じろりと僕を睨むクチート。とっしん、の体制だろうか。
 けど、手負いのポケモンなんて怖くない。向こうは鋼、こちらは炎。こちらの方が圧倒的に有利だ。
その相性の良さが、僕に自信をつけさせていた。
 「キュウコン、更に火炎放射。あ、死なない程度にね。」
冷静に指示を出しつつ、クチートを見下す。嗚呼、何て優越なんだ。
 キュウコンの口から、しゅぼっ、と炎の欠片が飛び散る。
「クチィ、クチィ!!」
どん、と床を踏み、クチートが飛び出す。キュウコンは冷静に、火炎放射を浴びせた。
 ごぉおお、と、赤々しい炎がクチートを包み込む。こげた匂い。クチートは炎の中から飛び出した。
「ぐぢいっ、ぐじぃいいいいぢぃいいい!!!」
全身が焦げたのか、ところどころくすぶったような色になっている。生き物の焼ける匂いが、部屋全体に充満する。
 床でごろごろと暴れつつ、クチートは必死に熱さから逃れようとしている。
どうやら、”やけど”状態に陥ったらしい。
 それは好都合、と僕は笑ってやった。

コイツが、アイツのポケモン?
 弱い、弱すぎる。何だ、アイツも実際はこの程度だったんじゃないか。
あの時はただ、運が良かっただけだ。本当は僕の方が強い。

この、眼の前にいるクチートというポケモンを痛めつければつけるほど。
僕は自分の心が満たされる、そう錯覚していたのかもしれない。


「さて、と。後はどうしてやろうかなぁー」

床で暴れ回るクチートをよそに、僕は次は何をしてやろうか、と考える。
キュウコンの炎であぶってやってもいいし。ここまで弱ったなら、エネコロロのアイアンテールで骨を砕いてもいい。
いや、むしろ炎であぶったあとに冷水、ラグラージのハイドロポンプをかけてやってもいい、どうなるかな?

考えても考えても、想像が尽きることはない。
 クチートはようやく痛みがましになったのか、ぎり、と釣り上げた瞳で僕を睨みつける。
僕は冷ややかに言ってやった。
「恨むなら、御前のご主人様を恨むんだよ。御前のご主人様が悪いんだよ。調子になんて乗るから。」
 クチートの目が見開かれると同時に、僕は三つ目のボールを開いた。


僕が三匹目に選んだのは、ライボルトだった。
 エネコロロでもなく、ラグラージでもなく、何故ライボルトなのかと聞かれれば。
何となく、クチートの火傷跡を抉ってやりたかったからだ。電気で少しずついたぶる。想像しただけでも背筋が震える。
「さぁ、ライボルト。電磁波。」
ライボルトはクチートめがけて電磁波を放つ。反射的にクチートは慌てて避けようとする。
しかし、火傷状態でなおかつダメージをくらっているせいか、クチートは避ける事ができない。
 ばちばちと音を立ててクチートに当たる電磁波。
「ぐぢぃいいいいい!!!!」
火傷跡がじゅくじゅくと音を立てて抉れる。さながら、ケロイドのようになっていく。
こげた匂い。嫌な匂いだ。だが、無闇に部屋を換気するわけにはいかなかった。
 もしこの匂いが外に漏れ、近隣住民にバレたりでもしたら、それこそ復讐どころの話ではなくなる。
「さぁてと、早く片付けちゃわないとね。そろそろ飽きてきたし。」
 床に這い蹲るクチートをよそに僕は次の手を考える。

エネコロロ、キュウコン、ラグラージ、ライボルト、グラエナ、フーディン。
それが僕の手持ちのポケモンだ。多分後一回か二回くらい技を決めれば、クチートは瀕死状態になるだろう。
技の相性は関係ない、要はどこまでクチートの体に傷をつけられるかなのだ。
 殺しはしない、…帰ってきた時のあいつの顔が脳裏に浮かぶ。

「さ、クチート。最後はどのポケモンがいい?」
床に這い蹲るクチートに向かって言う。だが、クチートは目を見開きながら、痛みに耐えているようで。
僕は少し悩んでしまった。

――




「…じゃあ、ここは一周だね。」
僕はエネコロロのボールに手を触れた。アイアンテールは何気に好きな技だ。
 ぼん、と音を立ててエネコロロが出てくる。僕はエネコロロからクチートへと視線を移す。
相変わらずクチートは床に這い蹲っている。心なしか、目がずっと見開かれているような気がする。
でもまぁ、これがすめばどうせこいつとは何も関係なくなるんだし。
「それじゃあね、これで最後だよ。エネコロロ、アイアンテール!」
 エネコロロが飛び掛っていく。そして、クチートの体にアイアンテールがヒットする。
が、きぃん、と音を立ててアイアンテールは弾かれた。エネコロロの体が反動で後方へとぶ。
「なっ!?」
僕は眼を疑った。すぐさま状況を理解した。
 クチートの鉄壁だ。奴の目が見開いていたのは、このタイミングを見るためだったらしい。
僕は焦った。これじゃあ、まるで僕が過信していたみたいじゃないか。
 このクチートがダイゴのものだと言う事を忘れていたせいで、こんな反撃をくらった?
いいや、違う。これは単なる偶然なんだ。そうだ、あの時も。だから僕は強いんだ――――?

 ――瞬間、あの言葉が蘇る――――『結局僕が一番強くて凄いんだよね』―――

「ッッ!!!エネコロロ!殺してでもいい!奴を潰せぇえええ!!!!!」
気づけばそう叫んでいた。

――




殆ど逆上だった。頭にキていたのだ。
 エネコロロが飛び掛り、クチートめがけてアイアンテールを繰り出す。
流石にこの行動は予想できていなかったのか、クチートは慌てて避けようとする。
しかし、手負いと言う事もあり、クチートはエネコロロから一打目を受ける。
「ぐじぃいっ!」
鉄壁の効果はまだ持続しているようだが、先ほどよりかは数段に防御力は落ちているらしい。
 エネコロロは容赦なく、傷口めがけてアイアンテールを繰り出す。
「エネコロロ!猫の手!!」
 二打目がヒットしたところで、次は猫の手を出せと指示する。
この際、もう何でもよかったのだ。この憎たらしいポケモンをずたずたに引き裂いて潰してやりたい。
 それが、アイツへの復讐だと心の中で何度も復唱しながら。

――





「エネェッ!」
エネコロロが猫の手を繰り出す。途端、業火がクチートを包み込む。
「ぐじっ゛っぃ゛い゛ぐじゃあ゛ああぃい゛い!!!!」
”火炎放射”がクチートを包み込み、傷口を焼き、そして新たな火傷跡を作り出す。
また焦げ臭い匂いがするが、気にしていられなかった、否気にしていなかった。
 「エネコロロアイアンテールでそいつの頭を潰せぇええ!!!」
 どの道、こいつは助からない。ならここで殺してやるってのが慈悲ってもんだ。
いや、でもそれは慈悲でも何でもなく、ただ憎悪だったのかもしれない。
が、僕は今この心の中で蠢く鬱憤をはらすべくエネコロロに指示を出し続ける。
 殺さずにおいてアイツを驚かす、という当初の目的は頭からなくなっていた。


がんがんとした煩い音が耳につく。既に鳴き声も何も聞こえなくなっている。
ただ聞こえるのは、自分と自分のポケモンの息遣いのみ。
 焦げた匂いはいつのまにか、生臭いような鉄の匂いに変わっている。
焦げた床も、赤い血によって染められている。ああ、これが惨状というものか。
 「……もういいよエネコロロ、戻って。」
どこかぼぅっとした頭でエネコロロを元に戻す。
 頭にキた衝動でやってしまった事は仕方ないが、割り切れるが割り切れない。
殺すつもりなんてのはなかったはずなのに、殺してしまったと言う事は…。
 良ければ罰金とかその辺ですむだろうが、悪ければポケモンを取り上げられてしまうかもしれない。
それだけは避けたかった。自分のポケモンは可愛いし、わかれるなんて絶対考えたくない。



―――

……わかれるのが怖いなら、このまま逃げてしまえばいいじゃないか。
そうだ、そうだ、そうだ。
 よくよく考えれば元はと言えばアイツが悪いんだ。調子になんて乗るから。
そうだ、僕は悪くなんてない。これはアイツが受けるべき罰なんだ。
「…だよなぁ、そうだよなぁ。」
何度も復唱し、納得する。そうだ。アイツが悪いから僕は悪くない。
 腰のボールに手を伸ばし、四匹目のポケモンを出す。フーディンだ。
「フーディン、テレポートでその肉片をさ、ダイゴのトコに飛ばしてよ。」
そう言いつつ、既に原型を留めていないクチートを指さす。
エネコロロの時たたきすぎたのか、あの擬態頭はぺしゃんこに潰れている。
可愛らしい顔も頭も、目玉がぎょろりと飛び出し、脳髄を垂れ流している。
 見るに耐えない、でも僕にとってはそれが当たり前のように見えた。
 フーディンは落ち着いた様子でその肉片に念力をかけ、テレポートさせようとする。
「あ、ダイゴの位置がほそくできないならサイユウのアイツの椅子にぶっかけてやってよ。」
その瞬間、クチートの肉片は血と共に消える。凹んだ床が妙におかしくみえる。
…ダイゴ本人とダイゴの椅子。そのどちらにしても、きっと奴は驚くに違いない。

「せいぜい悔やむがいいさ。自分の過ちってやつにねぇー」
そう高笑いしつつ僕はフーディンのテレポートで消える。
 消える瞬間見えた奴の部屋の様子は、所々が凹んだりと、その壊れ具合に自然と笑みが浮かんだ。
―――いい気味だ。

後日、ダイゴのクチートが何者かに惨殺される、というニュースが新聞一面を飾った。

――
最終更新:2011年04月16日 14:26
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