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*Discovery(前編) ----  この山の頂には一つ、小屋があった。  この山を登りきったものへのご褒美というにはあまりに質素だが、休まる場所はここしかない。  文句は言うものの、充分広々としているし、二階建てで、小屋というよりコテージだろう。二階立てながら、天井は高いので、展望台があり、木々を上から見渡せるようにもなっている。  ルリは不安気に、双眼鏡で森の中を見ている。この双眼鏡の可動範囲でははっきりとはわからないが、周囲の音も静まっており、ルリはだいたいここが安全な場所だと知る。 「……特に異常は見られません」 「ルミさん! さすがに動きが早いですね! ここに来て真先に周囲の様子を探るとは!」 「いえ。こういう事は慣れてますから。あと、ルリです」 「失礼。人の名前を覚えるのは苦手で」  ルリの本職はナデシコのオペレーター。  ナデシコの周囲に異常がないか、常に見張り続けるのも彼女の仕事のひとつだ。  それゆえ、否が応でもこうして周囲に敵がいないかを見張る癖がついてしまった。  どうやら、このクーガーという男は敵ではないようだし、ルリの目的といったら仲間集め。  敵への警戒もあるが、アキトやユリカがいないかを捜している、期待のようなもののほうが大きかった。 「前方にあるのは温泉ですか? どれ……」  クーガーはルリと双眼鏡を代わる為、横から割って入る。  見たところ、森の中に建物があるのだ。温泉宿だろう。ここよりも明らかに大きい施設である。  ……どうも、外にある温泉の様子は見えないが。 「……確かに異常は見当たりません。ルミさん、監視は十分置きでいいでしょう。この山だと、すぐに登り切ることは不可能です。まあ、俺を除いてですがね」 「ルリです。しかし、念には念を置いて……」 「たまには神経を休めるのも大切ですよ。えっと…………ルミさん」 「ルリです」 「失礼、人の名前を覚えるのは苦手で」  二人はこれから、しばらくゆったりと本を読みながら休息をすることになった。  この場所がなかなかの穴場だと判断したためである。  周囲の様子を見渡せ、休憩にも使える施設だ。案外、ゆっくりと骨を休めることができる。  そのうえ、クーガーの表情は余裕たっぷりだ。ルリは少しの不安を感じながらも、十分置きの監視を正確に行う。 ★ ★ ★ ★ ★ 「──ライダー? そう略すのか」  王蛇浅倉と対峙する、インペラー藤宮が言う。  仮面ライダーという固有の名前を、浅倉がライダーと略したことから、藤宮もライダーと呼ぶことを決めた。  ……まあ、この戦いで何か嬉しい間違いが起きて、生きてまたライダーの話をすることがあれば、だが。  ともかく、今インペラーの武器は腕に構えたドリルのみ。これで何とかやっていくしかない。その間違いをうまい具合に起こしていくため、相手との生身での性能差に穴を開けるしかないのだ。  王蛇は、自らの胸の欠片を落としたドリルを、ベノサーベルで叩く。片腕に伝った痛みに嗚咽を吐くが、おそらく生身の状態で叩かれるよりはよほどマシだと感じた。その時点では、うまく一歩下がって回避できる。  だが、残念ながらまだライダーの力には慣れておらず、藤宮は相手の様子を見つつ、この能力への考察も深めようとした。何せ、右も左も上も下もわからない状態である。 (このケースが力の源なら、うまく腹を守って戦わなきゃならないよな)  そんなことを、本能的に思う。このケースによって変身したのだから、おそらくこれを破壊、破損すればエラーが起きて死ぬだろう。肉体そのものが強化されたような感覚ではなかったのだ。  この考え方には、慎重さが災い、あるいは幸いしたと言っていい。通常、ライダーはデッキのことなど気にせず戦うが、弱点を露出したまま戦うのは、慎重な彼にとっては耐え切れないのだ。  おそらく、ここを砕かれるとこの超人的な力は出ないと考えている。そうすれば死は必然だ。  それを思うと緊張もする。腹に抱えるプレッシャーが、ただでさえ至らない力を、さらに至らなくさせる要因ともなるのだ。  その考えゆえに、近付いてきた王蛇が頭突きを繰り出すというのに、腹を防御した。  戦いながら守るなど、二つのことを同時にやるのはよほど器用な人間しかできないだろう。  頭の上に風船を乗っけ、それを守りながら戦うような遊びもあるが、それほど特異なゲームをやったことはないのだ。強いて言えば、風船などつけない普通の剣道だろうか。攻めと守りの二種を、ほぼ同時にやらなければならないスポーツはこれくらいしかやっていない。  思考を遮り、王蛇の頭突きが、インペラーの頭まで到達する。 「グァッ!」  前頭部に衝撃が伝わる。  頭の中身が割れたような痛みだ。しばらく痛みを頭全体が引きずる。頭をやられると、どこが痛んでいるのかさえ混乱することも少なくないのだ。  このまま戦っても、明らかに勝機はないように見えた。いや、勝機などハナから感じてはいない。  とにかく勝てはせずとも生き延びたいという思いで、適当にカードを引き、腹を抱えてかがんだ状態からカードをバイザーに入れる。低い姿勢をとっていたので、カードは脚部のバイザーにすぐに入った。カードがバイザーに、磁石のように引き込まれていくのだ。  ──ADVENT──  ランダムで弾いたカードはアドベント。  水の中から現われたギガゼールが、凄まじいスピードで王蛇を引き離した。  どうやら、このカードはモンスターを呼び出すカードだったらしい。  ともかく、少し物事を有利に運べた藤宮は、ギガゼールが攻撃している間に攻めるようなことはせず、腹部の防御のことだけを考えようとしていた。  もし、あのインペラーの味方らしいモンスターが敵を倒してくれたなら、それでも大いに結構。いや、むしろそれが最善。その可能性を狙おうと、一応大声で呼びかける。 「よし! そいつの腹を集中的に攻撃するんだ! がんばれ!」  命令をするが、答えないギガゼールの無愛想な態度にムッとするが、ともかくギガゼールの攻撃位置が胸部から腹部へと変わっていた。  王蛇もまた、ギガゼールを容赦なく斬りつけて行く。  藤宮は知らないが、相手にモンスターをけしかけるという行為も非常に危険で、モンスターが倒されるとライダーも弱体化する。  だが、言った通り、知らないので、当の藤宮は軽い準備体操を始めた。まだ頭が混乱しているのか。ともかく、身体を痛めないようにという理由だ。今時珍しいが、こういう事はしっかりやる性格だった。とはいえ、そこまで心に余裕があるわけでもなく、本当に軽く、すぐに終わらせる。  しばらくはギガゼールに任せ、自分は敵の様子を見つつ、このインペラーの能力を探りたいと思った。まずはこのインペラーの性能の把握だ。  準備体操としてジャンプをしてみたところ、軽いジャンプにも関わらず随分と高く飛んだ。  走り高跳びでも跳べないような高さを、垂直に飛んでいるのだ。気持ちが良い。こんなことができるなら、バスケにしろ野球にしろ、球技では優位だろう。スラムダンクだって夢じゃない。  これはかなり──良い感じの武器かもしれない。  ジャンプ力が高いということは、同時に脚力も高いということである。元々陸上をやっていた彼は目を光らせる。  だが、今走力を測っていたら、ただの逃走だ。次はキック力を試してみよう。紅蘭や君島から少し離れた木に試しに蹴りをしてみる。 「何してはんのや、藤宮はん!」 「まったくだバカヤロー!」 「インペラーの力を少し試してるんだ!」  蹴りを食らった木が、蹴られた部分に穴を開け、そこから倒れていく。人間の手ではまず無理な芸当──藤宮は、この木は衝撃によって根元から倒れるのを予想していたが、それさえ許さないほどの素早い蹴りだったのだ。  藤宮の蹴った木は非常に背の小さな木だ。温泉宿の近くに等間隔に植えられている、小さく細い木である。  周囲の大木と違い、周りに大きな被害はない。大木を破壊したら、周囲はおろか自分にだって危険は及ぶだろう。  それでも、君島や紅蘭はその光景に驚愕、あるいは恐怖だって抱いていた。彼が試運転をしたのは、あながち間違った行為でもなかっただろう。  ともかく、自分の力を把握できた藤宮は、木に心の中で一礼して王蛇の下へ走っていく。どれだけ生きたかはわからないが、命は命。自分が生まれた日に植えられた木もあるということを考えると、感慨深い。  モンスターに任せ続けるのもいいと思ったが、軽く木々を破壊するだけの力があることを知って、彼自身少しテングになっていたのかもしれない。  王蛇のもとに走りながら、カードをスラッシュする。  ギガゼールが圧されており、限界に達するまでに攻撃を止められたのは偶然だが、運が良かった。  あれだけ腹部を連打されてもカードケースは壊れないということは、結構頑丈だということだ。まあ、おそらく次の戦闘でも頑丈さには頼らず、守りに入るだろうが。  ──FINAL VENT──  電子音が鳴ると、藤宮も驚くほど大量のモンスターが現われる。  いずれも彼にはギガゼールと同じに見えた。一瞬、これは敵味方問わずモンスターが大量発生するというような地雷カードだったのかと思ったが、彼らの目は全て王蛇に向けられている。そう、決して友好でない目だ。  もし戦いの最中でなければ、おそらくモンスターの数を数えただろう。どれだけの数の動物たちが敵を睨み、自分に味方してくれるのかを知るために。  だが、とにかく、今は「いっぱい」としか言えない。そんな量だったし、そんな状況だった。  視界を埋めるようなモンスターを相手に、仮面の奥で浅倉威が笑う。 「ヘッ! 面白え……」  ──FINAL VENT──  藤宮とまったく同じ電子音が鳴った。  ファイナルベント。──王蛇も殺傷の為の構えをする。  その構えと同時に、モンスターたちが一斉に王蛇に襲い掛かった。  インペラーのドライブディバイダーのほうが、一瞬早く発動したが、実際にライダーが動くのは王蛇が先。  それゆえ、蹴りの体勢に入っている王蛇は、モンスターをかわすようにジャンプし、空中を維持したまま、次々とギガゼールたちの群れを蹴り飛ばしていく。  何段も蹴る必殺技であるがゆえ、その攻撃は元々衰えない。いや、むしろ強まっていくのだ。  一方のモンスターたちも必死で王蛇の胸や腕を攻撃し、少しでも威力を殺そうと必死になるが、残念ながらその多くは努力虚しく、王蛇のたった一度の蹴りで消えゆくのみ。  蹴りを顔に受けたメガゼールも、その吹き飛んでいった体が命中したオメガゼールも、次々と消滅していく。  一方のインペラーも、その様子を哀れみながら、トドメの蹴りだけでもするという準備にかかっていた。元々、これは大量のモンスターの攻撃の後にインペラーが蹴るという技なのだが、そのモンスターのほうはろくな戦果も挙げられず、藤宮自身もまだこの技の全貌を把握できていない。  だが、頭の中でこの技のやり方を囁く「何か」に従う。左足が曲がり、再びそれが伸ばしたときに、ジャンプが生じた。  それは王蛇の平行に進み続ける人の身の丈程度のジャンプよりも遥か高く、そのうえこの体勢から上空に攻撃できない王蛇は不利かに思われた。  だが、王蛇はそれに対抗すべく、ギガゼールの最後の一体の肩に足を乗せ、高く飛ぶためだけに蹴りのエネルギーを使う。ギガゼールを踏み台にしtのだ。それはまた、インペラーの高い跳躍をも凌ぐ高いジャンプである。  君島、紅蘭の両名もそれを見ていたが、下方からではうまくその姿が目視できなかった。  どちらが高く跳んだのか──それは下にいる二人にもわからないし、藤宮にだってよくわかっていなかった。  ただ、自分と並んだところに王蛇がいることに気がつく。 「イライラさせるな……」  落下型での蹴りを想定していたインペラーは、王蛇の地面に平行な蹴りをまともに受けることとなった。  その胸の装甲をへし折るが如く、王蛇は威力の縮まったファイナルベントを繰り出す。  無論、この蹴り自体は大したダメージを与えないが、むしろその後が重要だった。このたった一度の蹴りは、空中にいるインペラーの均衡を崩し、空中に滞在する術・うまく着地する術をなくさせる。  それはつまり、この高度からの無様な落下を意味するのだ。 「ぬがぁっっっ!!」  背中から地面に叩きつけられたインペラーは全身の神経さえ凍らせるほどの苦痛を受けてたんの絡んだ悲鳴をあげた。  これはあくまで、インペラーにとって序の口に過ぎない痛みだった。  本当の痛みは次にこそある。  上空から落下する王蛇は、あろうことか倒れたインペラーをマットの代わりとして使ったのだ。おそらくダメージを与え、落下時ゆえうまく聞こえなかった悲鳴をしっかり聞く目的もあったのだろう。  両足にかかった王蛇の全体重と、重量の力がインペラーの腹を割くような一撃を与えた。 「うがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっぁっっっっ!!!!!!!!!!!」  おそらく、その痛みには涙さえ混じって聞こえただろう。  その光景を見ていた君島や紅蘭も、それを拷問などでなく、「死」と割り切りそうになった。いや、通常なら王蛇も死ぬような状況だが、そいつには殺気というこれ以上ないほどの生気が湧き出ていたのだ。  それゆえ、誰もが凍りつく。  次は自分の番であるかもしれないという恐怖と、ぐったりと腹を押さえたまま、水が器官に詰まったようにむせているインペラーの姿は、あまりにも絶望的だった。  所詮、特技も少ない一高校生である藤宮と、快楽に任せて殺人を続けてきた浅倉には雲泥の差があったのだ。  そうして倒れたインペラーに、笑い声を漏らしながら、王蛇は蹴りを入れた。無論、それは腹部にだ。相手が最も痛めている場所に、攻撃を与える。……これぞ殺傷の悦び。 「……がはっ……ぐはっ…………!!」  このままだと殺される──身体と頭がそれを察知するも、今のインペラーには大した技がなかった。このままであるしかない、殺されるしかない……浮かんでくる走馬灯は、幼い頃からのアルバムにも似た。  誰にも無邪気な幼少があり、その姿を見ると、死にゆく人の姿は悲しくも映る。  幼児期、幼稚園、小学校、中学校、高校──その無邪気で、時折愛されてきたはずのメモリーは、このまま死にゆくしかないことに後ろめたさを感じさせた。  死にたくない、というよりも、このまま死ぬのが周りと自分の努力と愛を無に返すようで、勿体無いと感じたのである。  そんな思いに答えたのは、神か首輪か──。  浅倉の蹴りは、それ自体が重いというよりも、身体が揺れる苦痛だけを運ぶようになった。  目を瞑り歯を食いしばって痛みを堪えてきた藤宮にはわかるはずもないが、この時、確かに王蛇の変身が解けたのだ。 「……時間切れか? コッチには時間切れなんてなかったはずだが」  甚振るのをやめた浅倉の顔が、ひどくつまらなそうなものへと変わる。  折角追い詰めた、良いところだったというのに、ミラーワールドでライダーが消滅していくこととは、またちがう形での時間切れに苛立った。  確か、今までのライダーバトルとろくに変わらない時間しか経っていないはずだ。──十分というところか、と浅倉も見切りをつけた。  まあ、どちらにせよここで撤退というのもつまらないだろう。  いや、彼自身が許さない。屍同然のインペラーも怖くはないし、撤退する意味がないのだ。 「君島と言ったっけなぁ…………」  浅倉は激戦の最中もデイパックに入れて木の脇に投げ捨てていたバールをゆっくりと出す。  君島はそのあまりの威圧感に呑まれそうにもなった。王蛇であるときよりも、こちらのほうがヤバい。目が笑っているのだ。常人の神経を逸脱した殺人鬼の顔──。  せめて、アイツがいれば……と思うが、君島はそこまで人に頼りきる人間じゃない。自分でなんとかしなきゃならないときは、そうするしかないのだ。 「紅蘭、今のコイツの狙いは俺みたいだ! は……早く、かなみちゃんを連れて逃げろ……!」 「せやけど、君島はん!」 「い……いいから行くんだよ! ついさっき、ちょっとした秘策が思いついたんだよ」 「……」  倒れ付す藤宮、気絶するかなみ、秘策を思いついたと言ってにやける君島。  紅蘭にも霊力があり、少なからず戦闘に役立つ人間ではあったが、この状況を見て、自分がやるべきことを考える。  ここに居座り続けるのは、かなみという少女にメリットを与えるか。  ノンだ。落ち着いた場所へ運んでいかなければ、浅倉を除く誰にとってもデメリットしかない。はっきり言って戦闘の邪魔だ。  大規模な敵襲や災害とは違い、いま紅蘭の周りには、救助を仕事にしているような人間は紅蘭しかいないだろう。  効率を優先するというのなら、二人を見捨てるしかなかった。 「わかった。だけどウチは君島さんのことを信じるさかい、温泉で待っとるわ」  浅倉に聞き取られないよう、君島に近付いてそう囁く。  かなみの体重を最も感じない背負い方で肩に担いだ紅蘭は、さもどこかへ温泉とは真逆に向かうように見せかけ、裏から回ろうと考えていた。  ゆっくりと着実に、紅蘭とかなみが逃げていく。その距離が遠ざかれば遠ざかるほど、君島は安心と不安の対義語に挟まれた。  もちろん秘策なんてない。たぶん、紅蘭も気づいているだろう。  彼女が逃げたのは、そうするのが一番効率的だからだ。 (……ったく、俺だって逃げりゃいいのに……なんでかわからねえけど、今はコイツをブッ倒したい理由があるんだよな。腕が震えてるのはわかる。できれば炎がコイツに勝ってくれれば最高だ、それでいいって思ってたんだ。たとえ炎がどんなに傷ついても。炎が時間を稼いでる間に逃げりゃいいって、少しでも思っちまった)  震えた声で鉈を構える君島は、眼光を研ぎ澄ませる。  一応、だ。仮にも、だ。あくまで、だ。  藤宮はダチだった。出会って間もない年下のクソガキだが、間違いなくダチだった。  ダチが命をかけて戦ったのに、逃げ出す男じゃない。  いや、おそらく逃げたいのだろう。  だけど、逃げ出せない男なのだ。 (だけどよ、コイツはその侘びだ。……紅蘭やかなみちゃんにはバカにしか見えないだろうけど、俺にも、カズマのヤローにも、炎にも、死んじまった二人の男にも……くすぶってるものがあんのさ)  やがて、浅倉に対峙する君島も笑うようになった。  作り笑いとか、強がりとか、空元気とか、やせ我慢とか、そんな言葉で表現されるような薄っぺらい笑いじゃない。  言うならば、少し狂気を分けてもらったような笑いだろう。そんな自分を揶揄する。  自覚する。これは狂気の沙汰だ。普通は逃げるのが一番いいに決まってる。  だけど、鉈を構えて真剣に戦おうとするのは、狂気が取り付いているだからだろうか。  何故、戦う勇気がもてるのか。  君島にとってその答えは単純だった。 「意地があんだよ、男の子にはぁっ!」  両手に構えた鉈を武器に、君島は力強く浅倉の方に走っていった。  鉈とバール。危険な武器がはじけあうように互いの武器へとぶつかっていく。  それぞれの重みが、振るう直前に、どこに当てようとしているのかを読ませた。重すぎて、フェイントもできないような状態である。  君島を突き動かす意地は、既に死を恐れる感覚すら蝕んでいた。死ぬのも悪くねえ、という少し歪んだ笑みで鉈を振るい、構える。 「ヒャッハッハ!! いいぜ、さっきのヤツらよりずっとなぁ……っ!」  負けじと歪んだ笑みでバールを振るうのは浅倉だ。  あっさりと殺すより、追い詰めて殺すことが、浅倉は好きだった。  ストレス解消を通り越し、快楽に目覚めた浅倉は正真正銘の殺人マシーンだ。  モンスターと評されるなりふりにも理解がつくだろう。  だが、己を狂気に歪ませた今の君島には恐怖にはならない。この底意地が、恐怖に打ち勝つ材料となる。  上から、下から、右から、上から、斜めから。互いが、「意表をつきたい」という思いを持って戦う。相手の意表をつけば、防御などする余裕はないからだ。 「ど……どいて! 君島!」  不意に声がかかる。弱弱しくも、聞き覚えるある声は、すぐに近付いてきた。  咄嗟に、重みのある鉈をあらぬ方向へと放り投げ、君島はバックステップした。  そこにバールがすかし、それとほぼ同時に、浅倉の真横からインペラーが体当たりする。その様は、体当たりというよりも、よろよろと走ってもたれかかったようにしか見えないだろう。  だが、それは生身を開いてには、確かに過ぎた一撃だった。 「……グァッ!」 「ゲホッ……!」  浅倉の身体が、「意表をつかれて」地面に転がる。  もう動けないと思ったが、よろよろと立って歩くくらいの余裕はあったらしいのだ。まあ、ファイナルベントの威力も最小限に抑えられ、あとは重力や低い蹴りと、ライダーの力にあまり関係ない攻撃を受けたのが幸いだったのだろう。  衝撃を吸収してくれるスーツは、全身に痛みを残しながらも、動けなくなるほどではなかった 「…………浅倉さん、あんた間違いなく死刑」 「はぁっ?」 「俺が殺す」  インペラーの仮面の奥で、怒りを溜め込んでいる藤宮という男がいる。  彼は確かに、君島の死体を見たくないという思いで立ち上がった。意思ごと「このままぐったりとしていたい」という気持ちに蝕まれかけていたのだ。  だが、それはまだ、彼を立ち上がらせた一理にすぎない。  自分の意思の弱さが他人の迷惑をかけることを恐れただけともいえた。  今、彼が浅倉を殺そうとする理由は単純に、怖いからだ。  圧倒的な力の差がある今のうちに消し去り、死の可能性を少しでもふき取っておきたいという思いだった。  インペラーである今のうちに、この男をどういう死因であれ殺したい。  いや、こいつは生きていちゃいけないんだ。  恐怖も感じるが、同時に、これが社会的善に繋がり、ゲームにおける犠牲者の削減にも繋がるのではないかという、優越感もどこかにあった。  殺したい。  早く。この力が終わる前にこの男を──。 インペラーの拳骨は、倒れ付した浅倉を確かに狙っていた。  そこに躊躇などあるはずもない。アドレナリンの分泌と共に、この後殺人の罪悪感を感じるかもしれないことなど忘れてく。  焦りながら、殺すことだけを考えて浅倉に手を伸ばす。  だが、浅倉でもただでは死のうとせず、こっそりと鉈を見つめた。  先ほど君島が放り投げたものだ。浅倉はインペラーの方を見てニヤリと笑い、鉈に向かって飛び掛るように駆ける。  鉈で何ができるものか、と思いながらインペラーは浅倉の顔を殴るために前に出た。  元々、腕力より脚力が強い生物たちの中でも、藤宮やインペラーは周り以上に脚力に重視したタイプである。  それゆえ、直前で拳骨を飛び蹴りへと変えた。  浅倉の身体が鳩尾からV字に曲がって吹っ飛んでいく。 「死んでしまえ!」  君島も止めない。止めるはずがない。  どこか、浅倉を割り切っていた。あれは人間ではなく、人間の姿をした何かだと。  不殺など言っていられないような相手なのだと。  吹き飛んだ浅倉に、インペラーは走って近付いていく。  その時目にしたのは、蹴り飛ばされた勢いでバールを地に落としながらも、確かに鉈を握っている浅倉の姿である。  その姿は、君島や紅蘭と出会う直前に見た、あの夢を彷彿とさせる。  夢の中で斧だった凶器は、曖昧な記憶の中で鉈へと書き換えられていく。 (あの夢の通りになんてさせない……コイツを、殺して!)  あの悪夢と今の状況が被って見えたのは、藤宮の中で恐怖心を膨張させていく。  冷静な判断をする気もなく、ただ一刻も早く目の前の男を殺そうと躍起になった。  まずは、倒れる浅倉の手首を掴んで鉈を奪う。一瞬、振り上げようとしたが、ここで少しだけ冷静な判断ができた。頭を狙うことは、少し気分が悪いということを、一度実証している。それも、浅倉に対してだ。  それゆえ、躊躇う。ましてや、こんなもので殴られたら頭の中身が飛び散って気持ち悪いのではないかと思った。ドラマなどの印象で、首を絞めたり殴ったりは、そんなにグロテスクでない印象があったのだ。そちらにしたいと藤宮は思った。  拳骨が浅倉の顔の前へと突き出される。  右腕を掴んでいたがゆえ、浅倉は吹き飛ばされる事さえ許されずに、顔面に強いダメージを負うことになった。顔が瞑れると言っても過言ではない。それもまた、果物が腐ったような姿だった。  これを続ければ、おそらく死ぬだろうと思える。そこで躊躇ってはいけない。  躊躇った結果が生むのは人の死。  迷いなど、明らかに無用である。  こいつは死ぬべき人間。明らかなる社会の悪。地上の害虫。 「……ゲホッ! ゲホッ!」  浅倉がむせたように咳をする。まるで、先ほどまでの自分のようだ。  だが、これがまた妙にSッ気を誘ったのか、また一発浅倉の顔面に拳を見舞う。  その後、首──というより顎を掴み、浅倉を地面にたたきつける。  遠くに投げつけたかったのだが、時間短縮のためである。これでは対して威力もなかろう。  拳骨を構えた藤宮は、地面に転がる浅倉に向けて放つよか、立ったまま殴りたかったので、倒れた浅倉の胸元を掴んで強引に起き上がらせた。 「早く死ねぇっ! 浅倉ぁっ!」 「────あかん! 藤宮はん!」  だが、そのとき、拳と浅倉の顔との間に、そこにいないはずの紅蘭が割ってはいる。  藤宮、君島、浅倉──ここにいる誰もがイレギュラーな出来事に驚いただろう。  彼女は、険しい目で見つめながら静止する。  しかし、だからといって動き出した拳は止まらない。このままだと紅蘭の顔にぶつかる──  ドカッ  拳が手ごたえを感じるが、紅蘭は一切のダメージを負っていない。  そこには、青白い膜が張っていた。──本来なら、知られてはならないはずの力・霊力である。  霊力をコーティングして、紅蘭は顔へとかかる衝撃を吸収したのだ。  知る由もない彼らは驚いたが、それを好機と見た浅倉は、胸倉を掴んだままのインペラーを引き離すため、強い蹴りでインペラーのバランスを崩させる。突然の出来事に、ライダーの指先も緩んだ。 「……バ~カだな、お前も!」  すぐに地面へと戻って、バールを持ち直した浅倉は、紅蘭のわき腹を野球のバッティングの要領で、打つ。  紅蘭はうめき声に近い音を出して、わき腹を押さえた。先ほど霊力で守ったのは、顔だけだった。 「紅蘭! ……浅倉ァァァァァッ!!!」  だが、既に浅倉は分が悪いと見て撤退の準備をしていた。いや、もう既に背を向けて森の木々の中に消えかけていたのだ。警察に追われる彼には、視界からすぐに失せるのは大得意である。  とはいえ、インペラーもそれを追おうとしていた。諦めるはずがない。インペラーの自慢は脚力なのだ。 「待ちい…………藤宮はん……………追わんでええ……………大した事ない」  同時に、インペラーの変身が解ける。どちらにせよ、追うことはできなかったのだ。  紅蘭は、その様子を見てすぐに、「肩を貸して欲しい」と懇願し、藤宮はそれに答える。君島もまた、それに答えた。  三人四脚で、わき腹を痛めた紅蘭を運んでいく。藤宮の身体は、一度打ち付けられたとはいえ、一度立ち上がれたなら問題はない。身体を曲げない限りは、目立って痛むこともなかったのだ。  むしろ、それ以上に精神面での疲れがあった。気を抜けばすぐに意識が跳んでしまいそうなほどに。  浅倉を逃がしたこと──それはもうどうでもよく、自分も休みたいという気持ちが大きい。 「……かなみちゃんは、あの温泉の023号室や。やっぱりあそこは周りも見渡しやすいねん……」  全員ボロボロなので、少し時間はかかったが、難なく023号室へと入ることができた。  何故、紅蘭がああして駆け出したのか。──それはそこで語ることにしよう。 |077:[[服部平次、悪魔の橋へ]]|投下順|078:[[Discovery(後編)]]| |067:[[料理でハラショー ~ルルーシュ編~]]|時系列順|078:[[Discovery(後編)]]| |074:[[よみがえる記憶]]|君島邦彦|078:[[Discovery(後編)]]| |074:[[よみがえる記憶]]|藤宮炎|078:[[Discovery(後編)]]| |074:[[よみがえる記憶]]|李紅蘭|078:[[Discovery(後編)]]| |074:[[よみがえる記憶]]|由詑かなみ|078:[[Discovery(後編)]]| |074:[[よみがえる記憶]]|浅倉威|078:[[Discovery(後編)]]| |032:[[ルリルリの割と真剣な悩み]]|ホシノ・ルリ|078:[[Discovery(後編)]]| |032:[[ルリルリの割と真剣な悩み]]|ストレイト・クーガー|078:[[Discovery(後編)]]|

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