いつもの店でコーヒーを啜る。私はこの瞬間がとてつもなく幸せに感じる。目まぐるしく過ぎる時間のなかで唯一落ち着ける瞬間だ。いつも窓際の席に座っているため、少し首を捻れば人々の行き交う様子が観望出来る。

忙しそうに歩くサラリーマン、母親に物をねだる子供、井戸端会議を始める貴婦人方…中には物乞い、薬物中毒者、ホームレスなんかも時々見かける。ここの店は丁度貧困区や住宅街、無法者達が住まうダウンタウンなどの様々な地区の交差点に当たる場所だ。身なりも職場もバラエティーに富んでいる。

それを眺めるのがとてつもなく、楽しいのだ。

しかし、この楽しみも今日で最後になってしまうようだ。


「なあオーナーさん、本当に畳んじまうのかい?」

「ええ、残念だけれど、仕方ないですから」

「オーナーさんの淹れるコーヒーが人生唯一の潤いだったんだけどなあ」

「あれ、嬉しい事を言ってくれますね。いつもは愚痴ばかりなのに」

「あんたぐらいしか愚痴を聞いてくれる人間なんていないんだよ。飼い猫はいつも渋い顔だし」

「あはは、あの顔が良いんじゃないですか。聞いてるんだか聞いてないんだか、何だか分からない感じが」

「しまいにゃ寝るし」

「つられて寝てしまうんでしょう?」

「大当たりー…もう一杯頼む」

「ええ、かしこまりました」
最終更新:2014年10月22日 21:12