【本を買いに来ました】

某月某イベント会場。うねる潮流の如く人の列をすぃすぃとすり抜けて進む影。
猫人ながらも衣服はしっかり地球のものを着こなしており、異世界交流の町並みでも違和感のない猫少年風体である。
肩の上にふにふにと鎮座する水色の毛玉、丸い獣頭が鼻をぴくぴくさせている。
「今度の試練は何だったっけか?えぇと“異なる世界の見聞録を見て読み識るべし”だったっけ?」
「ウニャ」
実は何度目かのイベント入場ながらも著書を売り並ぶ作家の多さとそれ以上の求める客の多さには驚くばかり。
今ではもう見知らぬ世界に右往左往して惑う素振りなど一切なく、或いは初めて訪れる土地であっても冷静かつ自然体でいられるであろう今代のカー、ディエル。
「本の顔である表紙を見るだけ中身が大方想像できる…俺の経験も様になってきたってな!」
「ウニャニャ」
画一的な人の流れに乗りながら全ての表紙、売り文句に目を配る。
「あぁっ、すみませんっ」
人波に押し出されディエルと衝突したのは同じ位の背丈の少女。夜の月の様に覚める金色の髪を後ろでまとめ上げ、漆黒のベレー帽を被る。
オーバーオールは農家のコスプレであろうかと思わせつつも、どこかしら高貴な雰囲気を漂わせるのは物腰の丁寧さと口調からだろうか。
「あの、見たところとても地球の文化に慣れていらっしゃるようですが、長くお住みなのでしょうか?」
「んん?ということはあんたも異世界からの旅行者か何かなのか。丸っきり人間に見えるから分からなかったぜ。 俺は…まぁたまに来るくらいかなぁ?」
「ウニャ~」
困った様子の少女に問いかけると、曰く書物が大好きな知人が読むだけでなく書くことも始めようと執筆活動が盛んな日本にて著される書物を欲しているので、
役目から国を離れることができない彼に代わり書を求めて来訪したという。
「フッ。熱い思いが込められたものってのは目で見るだけじゃなく“心”で感じ取るのも大切だと思うぜ?」
「ウニャス」
「感じ取る、ですか?」
「あぁ。俺も今その真っ最中だからな!見つからないうちは試練が終わらねぇからなァ」
二人してむむむと凝視しながら歩を進めていると、不意に猫髭に電流が()しった。
「これだッ!」
「これですね!」
二人同時に足が止まり、指し示した先には【異世界歩記(あるき)】のポップ。
「いらっしゃいませー」
見本冊子を手に取りしげしげと見やる二人。
「絵になっていると文より分かりやすいな。成程なぁ、人間だとこんな風に異世界を感じ取っているのか」
「人間の方々の目線や考えがよく分かります。行ったことのない場所が知れるのは楽しいですね」
それぞれが冊子を買うと、向かいのブースを勧められる。
「あちらの本も珍しい場所や色んな祭りの様子が描かれていて面白かったですよ」
振り向くと三人が何やら話ながら売り子をしている。
「私ちょっと行きたいイベントがあるから小一時間抜けてもいいかしら?」
「ちょっと待てカスミ、それでは私とヒロトの二人だけになってしまうではないか」
「お客さんが来たら本を売るだけだし大丈夫大丈夫」
「じゃあ戻ってくる時に何か飲み物買って来てもらっていいかな」
「分かったわー。じゃあお二人でしっかり売っててねー♪」
「むぅ、行ってしまった」
「コンビニでレジやるのと同じ感じだから問題ないですよ。トガリさんは宣伝ポップ持っててもらっていいですか。あ、いらっしゃいませー」
「賑やかだな、ちょっと見てもいいかな?」
「どうぞどうぞ」
ちょっと不思議な出会いや場所を巡る旅行体験を取材して漫画に起こした一冊。
関係者ということで販売応援として参加しているとのこと。
「面白いとこに行ってるなぁ。あ、墜ち宮の苦労思い出したわ…」
「色々な国の祭事の様子、空気が伝わってくるようです。これからの市井の参考になるかも」
ぱたっと見本を閉じた二人の間に突如黒い影が割って入る。
「やっと見つけた!急いで逃げるよ!」
「わっ、急にどうしたんですかモル ──
漆黒の髪を後ろでまとめた頭に帽縦縞球団の帽子を被り法被を着用した血色の悪い少女が息を切らして現れる。
「どうもこうもないヨ!受肉した神霊に追われているんだ!」
「あらあらそれは大変ですね。あ、これ一冊頂きます。お代はここに」
「ほらほら早く!」
少女二人はあっという間に人混みの中に消えていく。
「うーん、どうやら俺達にもお迎えが来そうだ。口うるさいのが来る前に退散してもちっと楽しんでくるか!っと、金はここに置いていくぜ」
「ウニャス」
続いて猫少年も走り去って行く。
程なくして物騒な杖だか棒だかを持った褐色肌のオリエントな少女がブースの前を走り過ぎた。
「うーん、台風みたいな人達でしたね」
「うん?地球の台風はそんなものなのか?異世界の台風はもっととんでもないものだぞ」
「ちょっとそれは…でも見てみたいかも」


今はまだ少ないが、異種族の開くブースも出て来たイベント。もう暫くすれば異種族交流のるつぼのようになるのかも知れない。
「たまには紙媒体で情報を集めるのも乙なものだな。すぐに結果が見えないことが後の考察に活きてくるかも知れないな」
大きな袋を両手にぶら下げ、膨らんだリュックを背負った蟲人が黒い長髪を揺らしながらジュースを飲みながら談笑する三人のブースへと近づいていく。

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最終更新:2019年05月19日 18:01