【荒野の夕夜】



『おまけ』その一言に抗うことができるだろうか?いやできない。それはサガってもんだ。
無事仕事を終えれば多少の食事は出してくれるということで夕飯の時間までホテルの仕事を手伝う。
籠を背負わされ三重の堀、外側へ案内される。同じように労働代価の泊り客が数名。
「梯子を使って堀の底へ行ってもらう。落ちている肉と骨以外を回収してきてくれ」
「肉と骨以外?」
「服とか武具とかその他諸々。消化できないからな。 後、夕刻の鐘が鳴ったら堀から上がってくること」
「鐘が合図?」
「暗くなったら掃除屋が動き出すからな」
何となく察して皆が堀へと降りる。堀の底から鋭く立ち伸びる竹の様な植物は表面に細い突起を無数に生やしている。
一緒に作業をするノームが植物に詳しいらしく説明してくれた。
 洞窟などに生えている先端が鋭利な硬樹の一種で、上方より落下して突き刺さった生き物の体液を表面から生える根で吸い取り栄養とする とのこと
「何か色々と落ちているな…どれもぼろぼろになっているが」
「燃えるものは燃料にでもするんじゃないか?鉄とかは何かしら再利用するとか」
「荷車や道具の修理にも使えるな」
硬樹に引っ掛からないように移動しながら物を拾う。これは中々面白い。無駄な動きを削り効率化できる。
「おい、何か聞こえないか?」
狗人の運び手が耳をぴくりとさせて周囲を警戒している。
「動物の鳴き声?」
言ったが早いか積もっていた残骸の中から飛び出したのは二頭の肉食獣。堀に落下したが積もった物がクッションになって助かったのだろう。
まともに餌を食っていなかったのか、ギラつく双眸でこちらを捕らえたが即飛び掛かってきた。
籠外す!しゃがんで回避!獣は勢い余って樹に激突!すかさず後方から蹴り!再度樹に激突して怯んだ獣の脚を絡め折る!
大型犬並みの体躯が幸いして狙いが付けやすい。上手く飛び掛かれずもたついている所を頭部に容赦のない全体重を乗せた肘。獣は昏倒した。
もう一頭は皆が投げつけた武具の残骸にたまらず逃げた。が、獣ではこの堀を登ることは不可能だろう。
そう考えていると合図の鐘が鳴り響く。堀から見上げた空は朱に染まっていた。
全員が登り切ったのを確認し急いで梯子を回収するとホテルの従業員オークがやって来た。
「ご苦労さん。何?堀の中で獣に襲われた?まぁたまにはそういうこともあるな。何?獣を一頭逃がしたって?ほっといていいよ、もうすぐ掃除屋が動き出すからな」
そして堀の中より響く悲鳴。そして肉が千切られ骨が砕かれる音。
「掃除屋とは?」
「何時の間にか堀の中に住み着いて夜な夜な動き出してはああして食事しているんだ。おっかなくて見たいとも思わないので姿は分からんね」
「おっかねぇなぁ」

ぶつ切りで大雑把な焼き加減の何かしらの肉はタレに漬け込まれているのだろうか、思いのほかサクサク噛み切れる。
申し訳程度にあふれる肉汁の余韻に合わせて青と黄の野菜サラダをほおばる。塩味がもう少し欲しいところ。
いかつい面々だらけで騒がしい食事の最中に鷲人から話があると言われ一同手を止める。
鷲人曰く、物見櫓からホテルに迫る大型獣の群れが確認されたという。
大型種は堀を越えるであろう歩幅を有すると思われ、塀に激突されて被害が出る前に食い止めなければならないということだ。
参加すれば明日の朝食を大いにはずむというので大体が手を挙げた。俺も修行の足しになるんじゃないかと参加することにした。
「篝火でも焚けば獣避けになるんじゃないか?」
「あ~、それ皆言う。他の国は知らないんだけど新天地には多いよ?火が苦手じゃない獣」
「故郷のイストモスじゃ獣なんて大人しいもんだったがよ、新天地に来てから肝が冷えることばっかでかなわねぇよ」
ほとんど陽の沈んだ荒野の地平線に光が揺らめくのが見える。
「背中の鰭そのものが熱と炎を帯びる松明みたいになっているんだ。何故あれで体が焼けないのか不思議だな」
「犀と象を混ぜたような何というかでっけぇわ…。あの大きさだと確かに堀も越えられそうだが、十頭はいるのを全部倒せってのか??」
接近を続ける大きな焔を目の当たりにした何割かが塀の上や櫓へ移動し遠距離攻撃の準備をする。
「何も命を取るまでいかずとも、どうしようもないと知らしめれば退く。まぁ仕留めれれば当座の食糧にはなるんだがな」
皆の間を進んで最前列に現れた岩蜥蜴人はこれから始まる衝突に備えて武具を纏うではなく上半身を露わに、両拳に鋼板のナックル。
最初に会った時よりも一回り大きな存在感、オーラは盤石な石基礎の如し安心感。
誰よりも前に、堀の前に立った岩蜥蜴人の分厚く隆起する鱗背に走る三本の爪跡。
「新天地、岩蜥蜴人、三爪傷…思い出したぞ!東果ての未踏破探索隊の生き残り、“廃竜砕きの荒噛拳(バッガルド)”!!」
「蛸人のあんた、知っているのか?!」
「新天地未踏破開拓商隊のやってる宿って聞いてピンときたぜ!未踏破入って魔竜に襲われた探索隊で最後の一人になるまで戦い撃退したものの、深すぎた傷が背中に残った岩蜥蜴人!」
「マジかよ、何でそんな強者が辺鄙な宿で門番なんかしているんだ?」
「世の中には色んな縁があるもんさ。それよりもこれからの説明をしよう。堀の直前まで来た炎獣の突撃は私が弾き返す。後は皆が獣を追い返す。だ」
一同どよめく。
「あれを一人で弾き返すってぇ?!」
「できるんか?!失敗したら宿ごとまっ平らになんぞ!」
「じゃあ誰があれを止めるんだ?お前か?」
「お願いしまぁぁああぁっす」
「戦闘準備!戦闘準備!」
「来たぞぉぉーーーっっ!!」
思ってたよりも速い突進は既に堀の直前。それに向かって地を蹴り飛び出した筋肉の塊。
「精霊よ!ここは必守の防線!宿りし鉄に力を!」
鈍い破裂音と同時に跳ね飛び上がる炎獣を合図に地獄の一夜(ワンナイトカーニバル)が始まる。


迫る宿の危機に従業員と泊まり客が挑む次回へ

  • 続き来た! -- (名無しさん) 2018-10-26 10:47:46
  • 休んでるのか働いてるのかピンチなのか分からなくなるような辺境ホテルいいっすね -- (名無しさん) 2018-10-28 15:34:32
  • 辺境での持ち得ることができる術を有効活用した自給自足はサバイバルな楽しさというか生き甲斐を感じます -- (名無しさん) 2018-11-11 20:18:20
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最終更新:2018年10月25日 15:09