【古い苔石・二泊目】


「安いよ安いよー!」
「さあ見に来た見に来た!」
 鶏人の威勢のいい声が二日酔いの頭に響く。
「っつー、頭が…」
「あはは…昨日は大変でしたね」
 『古い苔石(ホー・ケキョ)』名物の朝市。
 各地から集まった食材がひしめき合っている。
 近隣で採れた極彩色の農作物に、遠方から来たという説明しがたい姿の海魚。
 見るだけでも飽きないがセニサはさほど珍しくもなさそうに食材を買っていく。
「そこのお客さんもどうだい!どれも今が旬のオルニト青果だよ」
 トサカの立派な店主に声をかけられて色とりどりの果実が並ぶ屋台を覗き込む。
 地球でもありそうな木の実から、どうやって樹に実っているのか想像も付かない物まで様々。
「地球から持ち込めなかった梅干作りに使えそうな、梅や杏っぽい果実はないものか…」
 色は熟れた梅のように黄色いものの、ドーナツ状でヘタも先端も分からない果実を手に取る。
 触った感じはウリ科のように硬かった。キュウリが曲がりすぎて両端が繋がってしまったのだろうか。
 こんな調子で見る分には楽しいが、何にどんな栄養があるのかさっぱり分からない。
 だから食材選びはセニサに任せることにした。
「須賀洋人さん、これ買ってもいいですか?」
「んー、ああいいよ」
 後ろから聞く声に見ないで返事をした。
 が、嫌な予感がして振り返る。
「…待った、それ辛い?」
 灰色の翼に乗せていたのはこないだ山鍋に投入した真っ赤な果実。
「え?これは辛くないと思いますけど」
「…」

 火で肉を炙る音が耳を刺激して、香ばしい匂いが鼻腔をくすぐる。
 朝市には食材を使った屋台も立ち並んでいた。
「いい匂いがしてきたなー…」
 屋台の周辺に雑然と出された丸椅子とテーブルで、街の鳥人も観光客の他の種族も肩を並べて食べている。
 翼にも鳥脚のようにしっかりした手があって食事に使う鳥人もいれば片足を器用に使って翼は全く使わない鳥人もいる。
 他の種族も多く訪れる大きな街だからか、今まで見た小さな村に比べて手や翼の使い方にはあまりこだわっていないようだ。
「あら、あなた達も朝ごはん?」
 そんなテーブルの一つにピンクブロンドのエルフ、フィナがいた。昨日あれだけ飲んだのにケロッとしている。
「ああ、フィナさんか。おはよう」
「おはようございます。朝ごはんもですけど、食料の買出しがあって」


 今日のフィナさんが食べていたのは芋のスープだったから、私も同じ物を頼むことが出来た。
 雀族のおばあさんが何日も煮込んで具が溶けきったスープは移動中に作る料理では出せない味わいがあった。
「ふーん、伝説のバックパッカーねえ」
 羽毛のないエルフの手には長すぎる、鳥人向けのスプーンをくるくるさせながらフィナさんが言った。
「聞いたこともないわねー」
「私も聞いたことないんですけどね」
「だからこそ探す甲斐があるってもんだろ?」
 須賀洋人さんが飲み干したスープの器をテーブルに置く。
「そのためにも今日こそ当時の地理情報を見つける」
「んじゃ、貴方たち今日もこれから図書館?」
「いや。料理用の食材は一通り揃ったけど、まだ行動食の調達が残っててな」
 意外な返事だった。
 行動食って何だろう、と思っていたら察したように須賀洋人さんが続けて言った。
「羊羹とかチョコとか移動中に食べてる物だよ。ああいう手軽に食べられて、エネルギー補給になるのが望ましいな」
「あー、飛行食みたいですね」
「うん?」
 今度は二人の何それという顔を見て、オルニト独自だということに気が付いた。
 飛行食なんて名前の時点で当たり前だ。
「えーと、オルニトで空を飛んで移動する時持ってく食べ物全般にそう言うんですよ。軽くて、腹持ちがよくって…」
「へー、初めて聞いた」
「それは面白そうだ。ここでも売ってるかな?」
「うーん、わざわざ売るほどの物でもないでしょうし…」
 周囲に立ち並ぶ店を見回すと、軒先に豆や芋の加工品を並べた屋台があった。
 こういう大きな街なら自分で用意するのが面倒な材料も簡単に買うことが出来るのか。
「どうしたの?」
「あ、『そらまめ』とか、『あめだま』なら作れるかも…って。でも泊まってる部屋にキッチンがないから宿で借りないと」
「ああ、ならウチの台所使う?」
「え?でもそんな…」
「あー平気平気。どうせ私料理しないから。その代わり、ちょっと味見させてよ」
「え、ええ。それはもちろん」
「よし、決まりだな」


 少々古めかしい石造りのアパート。
 昨夜は暗くて見えなかったが、彼女の部屋の台所は物置代わりにされていた。
「随分使ってなかったみたいだね、こりゃ」
「ええ、ここに入ってから1回も使ってないんじゃないかしら?」
 建築の本だの植木鉢だの置かれていた荷物をどかして、セニサが外から呼んだ火精霊をオーブンに入れた。
 それから慣れた足取りでオルニト白豆の荒挽き粉を混ぜたクッキーの生地を作っていく。
「セニサちゃーん、オーブンの火ってコレくらいでいいのー?」
「はい、えーと…もう少し強めにしても大丈夫かも」
 生地を趾で踏むようにしっかりと固めながら灰色の翼でパタパタと煽ると、中の精霊が唸り声を上げて火の勢いが増した。
「わー燃える燃える、台所ってこんな風に使うのね」

 オーブンが温まってきたところで、生地を乗せた鉄板を入れる。
「『そらまめ』が焼けるまでの間に『あめだま』も作っちゃいますね」
「もう一つあるのか?」
「ええ、クッキーだけじゃ飽きちゃいますし」
 濡らしたタオルで趾を拭くと、今度は半透明のもちもちした何かを練っていた。
雨神豹芋のでんぷんで青長豆のジャムを包むんです。『そらまめ』ほどは日持ちしませんけど、こっちの方が糖分はありますから」
 買ってきたビンから、ずんだのように緑色の練り物を掬い取ってセニサが一口分に分けた生地の上に乗せる。
豆のジャム(あんこ)か」
 ジャムを包むようにピンポン玉ほどに丸めたそれは、白っぽい色といい大きさといい、まるで目玉のようだった。
「雨神様の眼をかたどってるから『あめだま』って言うんですよ。あめころとか、あめころ餅って呼ばれることもありますけど」
 宙に浮く巨大な眼球。
 ゲートの中で遭遇した、ハピカトルの『眼』を思い出した。

 やがて焼き上がったクッキーを鉄板から白い皿へ移す。
「どれ、私が一つ味見を」
 皿に手を伸ばしたフィナにセニサが言う。
「あ、まだ完成じゃないんですよ」
「えー?もう出来てるんじゃないの?」
「それでこれから外で空味を付ける必要があるんですけど、窓際とかベランダとかって…」
「空味ってのはよく分からないけど、外だったらこっちがあるわよ」
 彼女が指差した天井には扉が付いていた。

 爽やかな風が吹く快晴。
 揺れる木の葉の隙間から、高く昇った陽の光が瞬いて差し込む。
「あーいい天気ねえ」
 アパートの屋根に絨毯を敷いて、3人で川の字になって寝転がっていた。
「流石オルニト、まさか屋上から出入りできるとは」
 壁に立てかけてあったはしごを使って、天窓のようなドアから屋根の上へ出てきた。
「私はここから出入りはしないけど日光浴にはちょうどいいのよ」
 下からは見えなかったが屋根の縁部分はちょっとしたルーフバルコニーになっていて、平らで手すりも付いている。
 皿に乗せて持ってきたクッキーはそこに置かれた丸テーブルの上で空味を付けていた。
 要するに天日干しをして風にさらすことで水分を飛ばし、より軽く、日持ちを良くするのが空味を付けるという事らしい。
 空味を付けたオルニト白豆のクッキー。だから『そらまめ』といったところか。
 そんな事をのんびり考えているとパチパチと火の爆ぜる音が聞こえてきた。
「そんなに珍しいかしら?火精霊」
 フィナを挟んで向かい側にいるセニサは、オーブンで働いてくれた火精霊をねぎらうように翼で戯れていた。
「ここの精霊は皆おしゃべりで反応が良いのに、不思議なくらい安定性があって。古くから人がいる街だからかもしれませんね」
「ふーん、そういう違いがあるのねえ」

 遊んでもらって満足した火精霊がどこかへ飛び去っていった。
 フィナが起き上がって尋ねる。
「さてと。そろそろいいのかしら?」
「ええ、空味も十分についたんじゃないかなーと思います」
 聞かれたセニサが、皿を翼に乗せてクッキーの様子を見ながら答えた。
「いやー楽しみにしてたわよ。私もオルニトに来て長いつもりだったけど、『そらまめ』なんて初めてだから」
「お店で出すほどの料理じゃないって事ですから、多分そんなに大したもんじゃありませんけど…でも浮遊島の方だとこういう飛行食は家庭の味、って人も多いみたいです」
「それじゃあいただきまーす」
 鮮やかなきつね色の『そらまめ』を皿から取って一口で放り込む。
「ふんふん…」
 ボリボリと硬い音を立てて吟味している。
「…ど、どうですか?」
「んん~?」
 これみよがしに首をひねるフィナにみるみる不安げになっていくセニサ。
「あの、硬すぎでしたか?焼きすぎとか、ダメなら無理して食べなくても…」
「ん~…」
 首をひねったまま、セニサから見えない方へ顔を向ける。
「あのー…?」
 顔を覗き込もうとしたセニサの頭を抱えるように、フィナが首に腕をかけた。
「わあっ!?」
「…なーんて心配させといて、普通においしいじゃないのよう」
 そう言うと寄りかかってニッとした笑顔を見せた。
「えっ?」
 そのままもう一つ『そらまめ』を取って振り向いた。
「少年も食べてみなさいよ。おいしいわよ」
 そう言われて一つ食べてみるとなるほど保存食らしい堅焼きながら、不思議と軽い食感に仕上がっていた。
 素朴な甘味の中に風が吹くような爽やかさを感じる。
 もしかして異世界で日干しにすると地球とは違う効果があるのだろうか。
「本当だ。うまいじゃないか」
 ホッと胸を撫で下ろすセニサ。
「良かった…作るのはかなり久しぶりだったんで」
「久しぶり?これだけ出来て?」
 クッキーみたいなお菓子類は普通に味付けするだけの料理と少し違う。
 分量や手順を少しでも間違えれば形にならない事もある。
「昔は料理の本とか読んで色々勉強して作ってたんです。いつか飛べるようになったら、自分で作った飛行食を持って行こうって」
「…」
「結局、役に立つ事はなかったんですけどね…あいたっ!?」
 そう笑うセニサのおでこを、フィナが指でドスと突いた。
「な、何ですか?」
「今役に立った、そうでしょ?」
「え…?」
「よーし、お菓子のお礼に一つ私がいい事を教えてしんぜよう」
 そう言うと彼女は髪を束ねて眼鏡をかけた。
 ひっつめ頭にお堅い眼鏡。その姿はまさしく。
「「あーっ!?」」
 コホンと咳払い。


「日も及ばぬ土の下 見目麗し髪が 陽をもたらす幸いよ」
 鴬族の司書さんが挨拶代わりの一詩。
「ええこんにちは。今日もいい天気ね」
 スーツ姿にさっきまでよりキリッとしたフレグランスも付けて、別人のように澄ましたフィナさんが返事をする。
 束ねたその髪は確かに薄暗い図書館の中でも輝いて見えるほど艶やかだ。
「私はこの街の木々の面倒を見ているの」
 彼女の編み上げブーツがコツコツと靴音を立てながら螺旋状の図書館を下りていく。
「街の基盤となっている石に変に食い込んで街が壊れたり、逆に木が弱ったりしないようにね」
「まるで木の医者だな」
 その後ろを着いていく須賀洋人さんの一回り低い靴音。
「医者ねえ…ともかくまあ、あの子達の枝葉にかかったツリーハウスから根が伸びた地下深くまで、街全体が私の仕事場って訳」
 そう指差す先には、石壁から飛び出した木の根があった。
「それで、この図書館の構造にも詳しくなったのよ。ここは特に根との兼ね合いが重要な場所だから」
 根の成長具合を巻尺で測り、中を確かめるように木槌で叩いて音を聞いている。
「ここは数年ごとに螺旋階段を地下へ掘り進めるの。で、今ある本をそのまま下へ詰めて、上にできたスペースに新しい本と記録をジャンルごとに分類して入れているのよ」
「なるほど、そういう並びだったのか…」
 地上から何周かしたところでフィナさんが足を止めて言った。
「今はここが20年前くらいの区画、ここにゲート出現前後の記録があるはずよ。ま、一般公開できるレベルの記録しかないでしょうけど」
「十分さ。助かったよ」

 須賀洋人さんが自分の本やボロボロになったノートを広げて、ああでもないこうでもないと図書館の資料と付き合わせている。
「あれが少年の探し物ねえ…貴女は?」
「私の…探し物?」
「そう、貴女の探し物」
 翡翠色の瞳がこちらを覗き込む。
「私はただの現地ガイドですから、別に何も…」
「いいからいいから。何かないの?」
 ちょっと考えてみたが悲しいほどに何も思い付かない。
「分かりません…私は須賀洋人さんみたいにやりたい事がある訳でも、エルフの人みたいな使命がある訳でもないですし」
「そう。じゃあ私が貴女の声を聞かせてあげる」
 フィナさんの磁器のような指で頬を撫でられる。
「あ、あのー?」
 突然、むにと掴まれて左右に引っ張られた。
「これはどうかしら?」
「い、いふぁいです」
 そう言うと、今度はにっこり笑って手を離した。
「ほら聞こえた」
「今のが…?」
「使命だとか難しく考えなくたっていいのよ、要は自分が今何を思っているのか。でも、それもあんまり仕舞い込むと自分でも分からなくなっちゃうから、一つ一つ声に出してハッキリさせるの」
「一つ、一つ…」
「どう、次に気になる事はあるかしら?」
 確かに気になる事が見つかった。
「えーっと、フィナさんはどうしてここまでしてくれるんだろうって」
「あの焼き菓子」
「焼き菓子?あ、そらまめの事ですか?」
「そ。何か故郷のエルフ菓子*1を思い出しちゃってね。どこが似てるって訳じゃないんだけど」

 フィナさんが他の根っこを調べるために螺旋階段を更に下りていく。
「私も故郷にいた頃はエルフたるもの旅に出るものって思っててね。そのままあっちこっち放浪してる中でオルニトまで来ちゃったの」
 その横顔は目の前の壁より、ずっと遠いどこかを見ているよう気がした。
「でも結局根を下ろしたのは、大きな樹のある風景が何となく故郷に似てるこの街だった」
 壁から顔を出した樹の根っこを手で撫でている。
「故郷…」
「ああ、エリスだとどの街にも御神木があるのよ。世界樹様から挿し木したのが」
 エリスタリアの物語によく出てくる『世界樹の枝』の事だろうか。
「それで長居してたら樹がだいぶ弱っている事に気付いたの。どうにも気になって様子を見させてもらって…いつの間にか仕事になってた」
「…それがフィナさんの探し物だったんですね」
 フィナさんが人差し指を立てて言う。
「年輪は内に刻まれる、ってね」
「何ですか、それ?」
「人は見かけによらないとか、経験や大切な事は自分の見えない所に蓄積されているって言葉よ」
「へぇー…」
「エリスにいた頃は別に樹の事なんか興味なかったんだけど。案外、体の内に刻まれていたのね。もちろん今は仕事にしている以上、ちゃんと勉強しているわよ?」
 フィナさんの部屋に沢山あった本や鉢植えは、そのためだったのか。

 計測が終わり、来た階段を上って戻る。
「ま、せっかく見つけた仕事も楽しいことばっかりじゃないわね」
「そうなんですか?」
「ここって道が狭いじゃない?それで夜は飛ぶにも歩くにも危ないから、果実が発光する街路樹を植えるよう街に提案して、少しずつ進めてるのよ」
 昨日の夜道。確かにあの光る街路樹がなかったら暗くて怖かったかもしれない。
「でも、やっぱり外国の樹を自分の家の周りに植える事に抵抗ある人もいるし、樹を植えられる場所も日当たりとか大きな樹との兼ね合いがあるし。まだまだ前途多難って感じよ」
 彼女はやれやれといわんばかりにお手上げのポーズをする。その白い指は木の根っこや壁をあちこち触って汚れていた。
「やりたい事だけど大変な事…」
「ええ。でも昔からここに住んでいる人たちにも、樹たちにも、貴女たちのようにやって来た旅人にも過ごしやすい街を探してるから」
 そう語るフィナさんの目は、静かだけど確かな情熱を湛えていた。
「旅人…私も旅人でしょうか?」
「もっちろん。外からこの街に来たんだから貴女も旅人よ」
「そうそう。それに私も挑戦してみますって、あの日自分で言っただろ?」
「須賀洋人さん…って、あれ?調べ物は」
 向こうで探し物をしていたはずがいつの間にかこちらへやって来ていた。
「次の行き先が決まった。この鳥人が飛ばない『魔の空域』を陸路で抜けて、年中雪が降り積もって白いという常冬の山へ行く」
 彼は自信満々に手に持った地図を指差して言った。
「わ、分かりました。頑張ります」
「うわー、大変そうねー」


 旅立ちの朝。
 髪を下ろしたフィナが仕事前に街の入り口まで見送りに来てくれた。
「あっという間ね、もう行っちゃうなんて」
「フィナさんのおかげで予想より早く食料も情報も揃ったからさ。ありがとう」
 軽く挨拶のハグを交わす。
「どういたしまして。でも今度はもっと長居させてみせるわよ」
「それは楽しみだ」
「あのー、良かったらこれを」
 隣にいるセニサが折り畳んだ紙を翼に乗せてフィナへ差し出した。
「あら、手渡しのラブレターなんて古風じゃない」
「そういうのじゃないんですけど…『そらまめ』の作り方のメモです」
 その内容にフィナは少し驚いた顔をした。セニサが続ける。
「フィナさんの故郷の味とは違うかもしれませんけど…少しでも似てるならせっかくと思って。全てここで買える食材のはずです」
「可愛い事してくれるじゃないのー、このこの」
 笑顔に戻ったフィナがセニサに抱きついて、掴むようにわしわしと灰髪の頭をなでる。
「え?えへへ…」
「ありがとう。見つかるといいわね、貴女の探し物」
「はい!」
 それからセニサの肩越しにこちらを指さして言った。
「そっちの少年もね。しっかりしなさいよ」
「ああ、俺も負けてられないな。それじゃあ行ってくるよ」
「ありがとうございました」
「またねー」
 飾らない笑顔で手を振る彼女に見送られて、『古い苔石(ホー・ケキョ)』を後にした。


 丘を下る道をまた二人並んで歩いていく。
「素敵な人でしたね。綺麗とかそういうのより、もっと」
「そうだな。俺もそう思う」
 彼は振り返って、さっきまでいた古い苔石を見た。
「この街も、あの人も、初めの1日じゃ分からない事が一杯あったな」
 今日も巨木の枝々が賑やかな音を立てて揺れている。
 心なしか、その葉は街へ入る前に見た時より健やかな緑色に見えた。
「…あの機械なんですけど」
「ああ、トランシーバーのこと?」
「やっぱり私も持とうかなー…って。でもその、実は使い方に自信がなくて…」
「あーそういうことだったのか。使い方ならまた教えるし少しずつ覚えればいいさ。そのためにも、まずは自分で携帯しておく所からだな」
 そう言って須賀洋人さんは腰に2つ付けていた機械の片方を手渡してくれた。
「任せた」
 託されたそれは、小ぶりだけどずっしりした重みを翼に感じた。
「…はい!」


  • 二面性のあるエルフは新鮮!視点を変えての表現も心情が分かりやすくて良い。生活や食文化の違いが読んで目に浮かぶオルニトの風景の中で流れていくのが気持ちよかった。しかしレシピは渡したもののフィナの台所はまた物置になってしまいそうで -- (名無しさん) 2018-09-30 15:56:53
  • このシリーズは本当に情景が脳内に広がる。大きな起伏で目立つのではなく丁寧な構築で息を吸うくらい自然に異世界を演出する。すばらしい -- (名無しさん) 2018-09-30 19:23:28
  • 特別感なしで精霊や種族が生活しているのが良いわー馴染むッ -- (名無しさん) 2018-10-15 21:42:54
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最終更新:2018年09月30日 18:08

*1 エルフの伝統的な焼き菓子、レンバスの事。蔵元氏の私家版『the Eleven's Gates Private Edition #Dinner With the Elf』(2015)に登場済み。