【荒野の交差点】

俺の名は武力 一(たけのりき はじめ)、アメリカで運営されている【異種族総合格闘技(パワーリングアルティメット)】の選手だ。
昨シーズンはなんやかんやあった結果に一位で締めくくったものの、シーズンオフに開催されたエキシビジョンリーグでズタボロ雑巾負け越しという惨状だった。
シーズン中に踏ん張り過ぎたというかスターとの最終試合で消耗しきって回復間に合わなかったのが原因なのは分かっている。度が過ぎると骨も筋もくっつくの遅くなるのな。
しかし、他選手は万全とまで行かずともしっかり体を仕上げていた。俺だけが間に合わなかった。負けだ。
来シーズンは皆強くなるだろうし、今のままの俺では一位などままならんだろうし、何より全てを出し合い戦ったスターは必ずその上を行くだろう。あいつ修練馬鹿だしな。
人間なんて異種族からすればひ弱なもんだ。それでも渡り合ってこれたのは気合と異世界修行の賜物だろう。 よし ──
「もっぺん修行して一皮ムケるしかねぇだろ!」


 「…どうしたもんかな」
一息ついて整理しよう。
旅行パスでゲートを越えて、ニシューネン市の空タク乗り場から伝道鳥に乗って東辺境の開拓市へ向かった、空で鳥だか虫だか分からん群れに襲われた、墜ちた、荒野。
「そして目の前には厳重な扉」
周囲人の気配も見当たらない荒野であったが地に斜めに突き立っていた道標らしき岩塊だけを頼りに歩いていると辿り着いたココ。
命の危険やむなし野宿を覚悟していただけにこの遭遇は何としてでもものにしたい。というか何だ?この建物。
陽射しを反射する滑らかな木材の塀は飛び越えるのも無理な8か9メトル越え。侵入を拒む逆落とし作りに荊の様なツタがびっしり絡み伸びている。
そして塀の前には幅2メトル程、深さは…ざっと6メトル以上はある堀。それが三重になっている。
100メトル四方、ぐるっと歩いた俺が入り口であろう扉の前まで来れたのは理由は不明だが堀に【橋】がかかっていたからだ。
ノックしてみるか?呼び掛けてみるか? 迷っていると扉の脇から野太い声 ──
「泊まりか?物々交換か?」
小さな覗き窓が開いている。声はそこから聞こえた。
「えぇと、東に行く途中で空から墜ちまして。…あぁと、良ければこの場所の位置と泊まりをお願いします」
「それは大変だったな。入っていいぞ」

【ホテルクロスロード】
見た感じは監獄か何かだが、どうやらここは荒野の宿のようである。
塀の内側にはボロではないが年季も手も入った二階建て。ちょっとした公民館のような大きさだ。
「武器は持ってないようだな。チェックインするといい」
太い親指がホテルの入り口を差す。岩蜥蜴人の男は踵を返し再び塀の扉へと戻っていく。
硬質の鱗を隆起させる筋肉、見せ掛けではない実戦が染みつくことで醸し出すスメル。 相当ヤるぞ、この人。
「あぁそうだ。ここに着くまでに岩標が壊れてたりしていなかったか?」
「あ、えぇとしっかりしてましたよ、斜めでしたけど。あれがなかったらここまで来れませんでしたよ。 でも何で斜めに立っているんですかね」
「真っ直ぐ立つ様に叩き込むのは難しいんだ。見て分かればそれで道標にはなるからな。 異常がないのであれば新しいのを立てる必要はないな」
大きな拳に傷まみれの鱗。握り拳は鉄槌の如く。 一体どれほどの一撃を放つのかと、唾を飲み込んだ。

「いらっしゃい。泊まりだってね?大部屋か個室かどっちを希望かね」
「個室…じゃなくて大部屋で。荷もそんなに無いんで。 ところでここって新天地のどこら辺りなんですか?」
「なんだい、遭難者かね?地図を見せよう」
干からびた地に落ちている干物の様に水分の抜けた腕と顔。先の割れた嘴、羽毛が所々抜けて老いを感じさせる鷲人。
「東の開拓市に行くのは移動手段を持ってないなら厳しいね。西に向かいながら商路まで歩いてニシューネン市行きの商隊か何かに混ぜてもらうのがいいだろうね」
地図上では今の荒野から次の東の町までの距離の半分でニシューネン市だ。 開拓市へ行くなら一度ニシューネン市まで戻って準備し直すのが得策なのは明らか。
「で、お代は何を出すんだい?」
「あ、おいくらですか?」
「初見は皆そう言うんだよねぇ。うちは金じゃなく物で払うんだよ」

 荒野の中にぽつんと建つホテル、いやその様相はもう砦と言っても差し支えない。
 新天地が大々的に東への開拓を始める前、誰よりも先に埋もれた富を目指した一団があった。
 オルニトからやってきた外縁商隊とラ・ムールから派遣された辺境商団が合流し東へと向かったのだが、土地そのものの開拓が進んでなかったために凶暴な生物に襲われ半壊。
 撤退やむなしとなったものの先遣隊は遠くまで進んでおり、全体が戻るために補給が必要ということで修理が必要な部材や傷ものになった物資から急遽拠点を建造する。
 拠点を任された鷲人は護衛として随伴していた傭兵と共に危険蠢く荒野で拠点を維持、拡張増強しながら先より戻ってくる商隊への補給と情報伝達を続けたという。
 拠点は次第に宿泊施設の体を成していくのだが、維持と増強には何よりも物資が必要であり補給においても物資が必要である。
 物資を蓄え物資を補給するというスタイルはその後も継続され、特に金を必要としない現場であることも合わさりすっかり物払いが定着したという。
 十年以上の歳月を経て三重堀・滑り板塀・取り外し可能橋・地下水源・拠点内耕作地など充実に充実を重ねることとなった。

「と言っても俺の荷物で渡せそうな物というと…キャンプセットか経口補給水パックにカロリーメイトくらいすわ」
「人間は毎度面白い物を持ってるねぇ。じゃあそのやわらかい包み、経口補給水パックをいただこうかね。地球のサバイバルセットは結構たまっているんだよ。後の足りない分は働いてもらおうかね」
「え?足りないんすか?」
「足りないよ。でも泊めてやるんだありがたく働くんだね。荒野の掟は厳しいんだよ」
「まぁ修行の足しになりそうだし良いか。 しかし一泊大勢雑魚寝部屋で地球円でいくらなんだ?」
荷物を部屋に片付けてロビーへと。既に従業員が色々と道具を用意していた。
「なぁに簡単な雑業さ。ちゃんとやってくれたらおまけもつけるよ」
外。陽は荒野の地平線にその端を付けていた。


新天地の荒野の宿。続きます

  • クラフト&タワーディフェンスみたいなホテル営業?最初の頃は襲われ放題だったんかな -- (名無しさん) 2018-09-30 02:09:56
  • ドリンクゼリーとか保存食はまだ異世界じゃ珍品でレア価値あるか -- (名無しさん) 2018-09-30 15:12:20
  • タフさとサバイバル能力と前向きな思考がないと異世界辺境一人旅でハプニングに対処できないな -- (名無しさん) 2018-09-30 19:20:09
名前:
コメント:

すべてのコメントを見る

タグ:

l
+ タグ編集
  • タグ:
  • l

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

最終更新:2018年10月25日 15:08