【異世界祭事記③ 東部イストモスの嫁追い】

 乾燥気候の東部イストモスに渡り雨と呼ばれる局地的降雨現象が断続的に東部各地で発生する。
 乾燥した大地は渡り雨によって息を吹き返し、水気の乏しい赤茶けた大地はわずか数時間で鮮やかな緑の草原へと変貌する。
 一時、生命の息吹を蘇らせた草原をさらに彩るように、鮮やかな色彩がその草原を駆け回る。
 色鮮やかな衣装を身に着けたケンタウロスの娘達と、その娘達を追いかける同じく思い思いの民族衣装を身に着けたケンタウロスの男達の姿である。
 渡り雨の後、東部イストモスの各地で見ることのできるこの光景が嫁追いである。

 東部イストモスは遊牧を根幹とする生活を大多数が行い、定住生活を送るのはごく少数に限られている。
 結果、東部では最大でも氏族、最小では家族単位での移動生活が基本であり、そうなってくると年頃の男女の出会いの機会というのは極めて少ない。
 それでも年に数回、東部の各地では複数の小集団から氏族単位の大集団が集結し近況報告や物品や家畜の売り買いなどを行うので、その機会を利用して年頃の子を持つ親達は同じような境遇の者を伝をたどって見つけては縁談を申し込む。
 しかし、少ない機会にそうした話が飛び交えば、かならずその幾つかはぶつかってしまうというもの、評判の良い相手とあれば縁談の話はおのずと集中するのが常であった。
 一人の評判の娘に娘に複数の縁談話が舞い込んだという話は現在でも珍しい話ではない。
 しかし、そうした出来事は時にトラブルを生む、男達はあの手この手で娘を嫁にしようとするが、最終的には実力行使に出る者も多かった。
 強引に娘を連れ出し、そのまま姦通してしまうということもそう珍しいものではなく、中には男達の争いによって娘が命を落とすという悲劇的な結末に終わったということもあったらしい。
 そうしたことを問題視した氏族の長達は話し合い、一つの解決策を提示した。それが現在の嫁追いの原型となったのである。

 渡り雨の後、東部の各地にある交易地周辺では多くの若者達が嫁追いを行う姿を見ることだろう。
 男はタパと呼ばれる民族衣装とルフと呼ばれる若者の所属氏族や個人を示す模様が編みこまれた縄をもって、女はトゥラカと呼ばれる頭から足までを覆う衣装を身につけ草原を駆ける。
 嫁追いの時を知らせる角笛の音が草原に響くと男女は一斉に方々へと散るように駆け出していく。
 男達は色鮮やかなトゥラカを靡かせて走る娘の背を追いかけて走り、ここぞというタイミングで手にしたルフを娘目掛けて投げ縄の要領で投げる、見事に縄の掛けられた娘は駆ける足を緩めて自らに輪をかけた男が近づいてくるのを待つ、そして、全身をスッポリと覆ったトゥラカの顔を隠すヴェールを取り去って自らの正体を明かす。
 それが意中の相手ならば良し、しかし、世の中はそう上手くはできておらず、予想外の相手にルフを投げ掛けてしまったことに困惑する姿、悲喜こもごもな人間ならぬケンタウロス模様が草原の各地で繰り広げられるのである。



駆ける娘にルフを投げかけることができたのなら、その者こそが自らの伴侶に相応しいということだ。

―ある氏族の長老の言葉―


  • イストモスの風土と環境だったからこそケンタウロスの生活や文化が根付いたのではと壮大な風景が目に浮かんだ -- (名無しさん) 2016-01-22 23:42:24
  • 天候で大きく変化する自然が異世界的。ふと思ったのはケンタウロスと狗人は共同生活のようになっているけどお互いの価値観とか美的感覚とかも共有というか似ているんだろうか -- (名無しさん) 2016-01-23 21:03:24
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最終更新:2016年01月22日 23:40