【性態学者の顔見せ】

神戸ポートアイランド。
地球人と異世界人が共に住む「現代の出島」にあるオフィスの一室に、あたしは居た。
「う~寒っ、毎朝こんな感じじゃお布団に篭ってたいわ~…」
寒さに身を震わせながら、あたしはすかさず壁に据え付けられたリモコンを手にし、エアコンのスイッチをオンにした。
数秒してからエアコンが起動し、部屋の中は徐々に適温に包まれていく。
「う~んやっぱいいわぁこのエアコンの温風♪ 冬場をしのぐにはやっぱりキミが必要だよ!」
暖かい部屋の中であたしは心の中で感謝しつつ、エアコンのリモコンに軽くキスし、元の位置に戻した。
気を良くした所で、身だしなみのチェックの為に鏡の前に立ち、そこに移された自分の姿を頭から順にじっくりと見つめた。
膝まで伸びた自慢の金髪ツインテールに青い瞳。ピンと水平に立っている長い耳はエルフであるあたしの特徴的な部位だ。
続いて、凹凸に乏しいが細く整った身体つき、ノースリーブのTシャツにミニスカート。
ここまではいつものあたしと同じ姿だが、今日はちょっと違う。
「ちょっと安いけど、意外とあったかいなぁ~コレ」
あたしの視線は黒のストッキングに包まれた足の所で釘付けになり、満面の笑みを浮かべながら右足を前に出した。
そして先程突き出した右足の太ももに両手を当て、膝の所までゆっくりと滑らせてみる。
安物だがその触り心地は良く、まるで絹の生地を手に取った気分になった。
だが、突然後ろからドアが開く音が響き―
「…そこで何をしているのですか、変態」
「げっ!?」
静かな、そして氷のように冷たい声があたしに突き刺さる。
その声によって身体を強張らせたあたしは、恐る恐る後ろに向きやった。
「朝から鏡で自分の姿を見ながらニヤニヤしているとは、いいご身分ですね。サツキ様」
無表情であたしの名を呼ぶその女の子は、よく見知った姿だった。
水色がかった銀髪は腰まで伸びており、あたしを睨み付ける灰色の双眸は、底なし沼のようにどこか濁っている。
あたしと同じ長い耳を持つが、濃紺のメイド服に包まれた細身の肢体は、若干青みのある白い肌のせいか死人を思わせる。
いや、そう見えるのではなかった。ある意味その通り。それは彼女がスラヴィアの人間だからだ。
「助手である私だったからよかったものの、このような痴態を一般性癖の人間に見られたらどうするつもりですか」
「ホラ、その…アレだよアレ!買ったばかりのお洋服とかって、真っ先に着てみたかったりしたいって思うのが普通じゃない?」
「だからといって、そのような不審極まりないポーズをかますのは流石にイタいです」
「かわいくありたいっていう気持ちが、その…」
部屋の入り口から罵倒交じりの説教をお見舞いする助手に対し、なんとか言い訳を思いつこうとするあたしだったが、口を開くよりも先に助手は更に言葉を投げつけてきた。
「男の分際で何がかわいくありたいですか。セックスを研究対象にするだけあって変態的な思考ですね」
…そうなんです。
このあたし、性態学者サツキはオトコノコなんです。

「失礼だな~クーリエ。あたしはただ、自分の恵まれた身体を有効活用してエンジョイしているだけなのにぃ~」
「それ以上なにか戯言を言うと、その汚らわしいブツを刈り取りますよ」
真顔でドギツイ事を言い放つあたしの助手―クーリエは、言い終わると同時に懐からハサミを取り出してきた。
ただのハサミではない。刃の長さが30cm程もある大裁ちバサミである。
「ひぃぃぃぃぃ!?ま、待って落ち着いて!ちょっとおちゃめしてみたかっただけだから、あたしのおしべちゃん切らないで!!!」
突然出された大裁ちバサミに恐怖したあたしは腰を抜かして尻餅をつき、半泣きになりながら両手で股間をガードした。
「冗談です、サツキ様。私がそのような事を本気でするわけがないじゃないですか」
そんなあたしの姿を見て…たのかどうかはわからないが、クーリエは取り出した大裁ちハサミを脇に放り投げると
「それはそうと、サツキ様宛に手紙が届きました。」
「…えっ?あぁ、うん…」
あたしは先程のショックからなんとか立ち直ろうと身を起こし、クーリエから手紙を受け取った。
早速手紙の裏面を見ると、そこに書かれた内容に思わず
「いいいよしゃあああああ!!!」
「今度は騒々しいですね…近所迷惑ですよ」
「大丈夫、このオフィス防音性に優れてるから。それよりとうとうやったよ!」
「何をですか?」
キラキラと目を輝かせながら詰め寄るあたしに、クーリエは呆れた表情(といっても真顔と大差長いが…)で訊ねてきた。
「この前応募した…ポーラちゃんのお友達モデル募集に、見事当選したんだよ!!!」
クーリエの眼前に当選告知が書かれた手紙の裏面を見せ付け、更に続ける。
「これでやっとポーラちゃんとの接点ができた…あたしの性態学も、少しは周りに認知されるかもしれない…!」
「…それはそうと、誰ですか。ポーラちゃんというのは」
「えっ、知らない?ここじゃ有名なのにぃ~」
「私はそういうのには全く興味がないので」
「しょうがないにゃあ~…」
予想通りの反応をしたクーリエに対し、あたしは待ってましたとばかりにニヤついた表情で説明を始めた。
ポーラちゃんとは、神戸ポートアイランドの認知度を高める為に生み出されたイメージキャラクターである。
…とは言っても正式なものではなく、地元に集まったの有志達によって誕生した所謂「非公認」の存在である。
設定としては竜人と地球人のハーフで、切り揃えられた藍色髪のツインテールに2本の角を持つ少女の姿をしている。
よく見ると手足は完全に地球人のそれと同じだったりするが、これは「異世界人のハーフは、両親いずれかの外見的特徴を受け継ぐ」という事を忘れているわけではなく、「地球人と異世界人間の相互理解を深めたい」という希望を込めてあえてそうしたのである。
実際、異世界間の交流に関連するイベント等に積極的に参加し、その甲斐あってかポーラちゃんの人気は急上昇し、最近では船橋市の同じ非公認キャラクターとの共演が記憶に新しい。
サツキがポーラちゃんに目を付けたのも、その理念に共感したからであり、今回の募集に応募したのである。
「…よくはわかりませんが」
長々しいサツキの説明を聞き終えたクーリエは小さくため息をつき、続けた。
「とうとう着ぐるみにまで手を出そうとした、というわけではなさそうですね」
「なんでそこで残念がるのかは置いとくとして、あたしとしてもポーラちゃんの役にちょっとでも立とうかな~って思って応募してきたわけだよ」
「ふむ…」
何やら不満気な様子のクーリエに疑問を抱くも、とりあえず理解はしてくれただろう。
そう思う事にしたあたしは、ハンガーからロングコートを取り出して羽織りオフィスから出ようとした。
「何処に行くのですか?」
「とりあえず、手紙の通りポーラちゃんのスタッフ達に会って、新キャラのモデルとして色々話し合うって所かな~」
そう言ってクーリエの横を通り過ぎようとした時、
「そうですか。では…」
あたしの方に素早く向くと、あたしの腕を掴んで歩みを止めさせた。
「なにさ急に…あっ、まさか…」
急に止められて一瞬ムッと来たが、その直後にある事に気づき、クーリエの方に向き直った。
クーリエはスラヴィアの吸血鬼。肉体の維持には生気が必要。つまり…、
「はい。まだ朝食を済ませていないのでこの場で頂いておきます。あと、時間がかかるようなら昼食分も要求します。」
こういう事である。
先の件に夢中でそれを忘れていた事に反省しながらあたしはオフィスに戻ると、クーリエの為に2食分の「食事」を与える事にした。
が、その時の事は別の機会に語る事にしよう。

―――それから2週間後。
あたしとクーリエは、新キャラのお披露目があるというイベント会場に来ていた。
モデルとその関係者という事で、特別に用意された席に座り、その時を待っていた。
「もうすぐだよ。もうすぐ、もう一人のあたしと言うべき新キャラがポーラちゃんと一緒に…!」
「着ぐるみ同士でそのような事を考えられるとは。流石はサツキ様です、見事な変態ぶりです」
「なんでそんなに嬉しそうに言うかな~…あっ、来た!」
ステージの幕が上がり、派手に場枯れ手来たBGMと同時にポーラちゃんが現れた。
隣にはつなぎ姿の女性が付き添うようにステージを歩いていくのが見えた。おそらく、解説のお姉さんと言った所だろう。
「みんなー、元気にしてるかなー!ポーラちゃんだよー!」
オオオオオオッ!!!
ポーラちゃんが手を振りながら挨拶すると、それに呼応するかのように観客達が一斉に騒ぎ出した。
続けて、解説のお姉さんが前に出て、マイク片手に語り始めた。
「今日は、いよいよポーラちゃんのお友達のお披露目だよー!ホラ見てみんな、ポーラちゃんも待ち遠しいって感じに大喜びしてるよー!」
ウオオオオオオオオオッ!!!!!
前よりも凄まじい勢いで観客の声がステージに響く。
あたしは先程からステージに釘付けとなり、そんな姿をクーリエは冷たい視線突き刺すように見ていた。
その時だ。ステージの奥から勢いよく煙が上がり、その中から人影のようなものが現れた。
「………えっ」
あたしは絶句した。
その姿を見た途端、あたしの体は時間停止の魔法でも受けたかのように動かなくなった。
「おやおや、これは」
一方、クーリエはいつも通りだった。いや、声の感じからして、微妙に嬉しそうに思えた。
その姿はサツキを2頭身にデフォルメした、と言えばその通りだが、実際には頬は下膨れになっており、愛らしいはずの目には光がない。
更に着ぐるみの作りのせいか、動きがかなりぎこちなく、ポーラちゃんと比べると明らかに浮いているのが伺える。
「紹介するよー!ポーラちゃんの初めての友達、ミリアちゃんだよー!!」
オオオオオオオオオオオオオオオオゥ!!!!!!!
これまでよりも更に勢いを増して観客達は声をあげた。
どうやら自分では話せないのか、ミリアちゃんと名付けられたその着ぐるみは適当な身振りで解説のお姉さんに説明(なのだろう、多分)した。
どうもこのお姉さんは、解説役というよりはミリアちゃんの通訳のようだった。
「ミリアちゃんも、みんなに祝ってもらって嬉しい!って言ってるよ!…あっ、コラだめだよミリアちゃん。こう見えても男の子なんだからいきなり抱きつくのはダメだよー」
ダメとかいいつつ笑顔でいるお姉さんは、抱きついてくるミリアちゃんを押しのけるとミリアちゃんの紹介を続けた。
だがこれらの出来事はもはやあたしの目には映っていなかった。何も考えられなくなっていたあたしに、クーリエは呟いた。
「あそこまでサツキ様に似せてくるとは、正直予想外でした。私もポーラちゃんとやらの評価を改めなくてはいけませんね」
「全然似てないってコレっ!!!!!」
クーリエの呟きで、あたしの中で何かがキレた。

その後、ミリアちゃんはポーラちゃんと共に様々なイベントで活躍したという。
ミリアちゃんの不気味な存在感はネット上でも話題となり、画像を加工して匿名掲示板に投下するという遊びが大流行した事がきっかけでポーラちゃん以上の人気と知名度を誇るようになった。
一方、あたしはこの件のせいでしばらくノイローゼ状態が続いたが、クーリエは対照的にミリアちゃんにドハマりしていった。だがこの事に関してはもはや語る機会はないだろう…。

―終―

  • 最初はまだまともだと思っていたサツキ君だったけど読み返して見ると最初から筋金入りでした。ブレてない! -- (名無しさん) 2014-02-13 22:59:30
  • 地球側の設定がいろいろ面白い。サツキの地は男ってのがよく出てるなぁ。サツキが学者と淫乱に行きすぎないようにクーリエがバランスを取っているようにも見える -- (名無しさん) 2015-02-17 08:48:38
  • サツキ君とクーリエの伝説はここから始まったと言わんばかりの鮮烈で楽し気なる話でした。趣味と実益を兼ねているオトコノコライフも徹底したカワイイ振りの描写に心がムズムズさせられました。パーフェクトコールドと思わせて感情の機微を見せるクーリエもカワイイ -- (名無しさん) 2019-01-13 20:28:22
名前:
コメント:

すべてのコメントを見る

タグ:

h
+ タグ編集
  • タグ:
  • h

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

最終更新:2013年12月23日 15:24