【漂流中バックパッカー】

見よ。この空と海の青さを。この清清しさを。
あの青い空を遮るものは何一つない。雲ひとつさえ。
そして同じく海もただただ青い。陸も船も欠片すら見えないんだ。
バックパッカーの上下四方、水平線の遠くまで海と天だけがどこまでも広がっている。
あまりの果てしなさに途方にくれるばかり。
つまり、まさに、漂流中であった。
ただ大海に一人バックパッカーは孤独であった、というわけでもない。
笑いがこめられた意思の波動がけたたましく響き渡っていた。

『あはははっ!まぬけ!まぬけね!
 こんなまぬけを見たのは初めてよ!あはははっ!』

「うっせーうっせー。
 望みどおり漂流するまでの顛末を話したんだ。
 黙ってさっさと陸地まで運べってんだよ」

『言われなくても!ついさっきから全速全開絶好調よ!
 とばしまくりだわ!』

バックパッカーは波に乗って海上を進んでいた。かなりのスピードで、進み続けていた。
もちろん超絶泳法でも何でもない。
そこの喧しい水の精霊の魔法がためである。

「いや、伝えたかったのはそこじゃなくて、'黙って'のとこなんだがなぁ……
 ま、いいや。あと陸までどんくらいなんだ?」

『うーん。あー。えー。そうだわ!そうね!結構遠いわよ!』

「見りゃ分かる。
 あと何分で、何時間で着くかって」

『聞きたいの!?』

「そりゃもちろん」

『いいわ!教えてあげる!そうね!一月だわ!』

しばしの沈黙。
バックパッカーは恐る恐る口を開いた。

「…一月?」

『一月よ!』

「ああ…明日は星月ってことか」

『キラキラと今日も良い天気だわ!夏の日差しが気持ち良いわね!
 ちなみにここら辺では星月は冬よ!』

まったくもって精霊の言うとおりである。
現在は夏真っ盛り。
天も海も風も全身全霊で夏を主張し、バックパッカーの期待をぶち壊す。

「……もしかして大ピンチ?」

『わたしね!今まで結構な数の漂流者を助けてきたわ!
 大ベテラン!これこそわたしのライフーワーク!最大の趣味ね!』

「おお、頼もしいな!」

『その経験からいって!十中八九死んじゃうわね!
 無念なり!あははははっ!』

無慈悲な現実に一瞬言葉を失うバックパッカー。
何か反論でもしたいが、何も出てこない。
苦し紛れに適当に、叫び声をあげた。

「……ぎゃー」

『あははっ!なにその気の抜けた声!
 逆にいえば一人二人は生き残るんだから元気出しなさいよ!』

「うっせー。なんかこう気を紛らわしたかったんだよ。
 ま、そうだな…。
 腑抜けじゃ助かるもんも助からねえ。
 こんな海のど真ん中で腐ってなんかいちゃ、笑われちまうぜ!」

『そう!そうよ!その意気だわ!精神に勢いを!あはははっ!
 腐ってなんかいちゃだめよ!だめなんだから!
 ん?'腐って'?
 ああっ!そうだった!
 '腐って'で思い出したわ!』

「ん? 何をだ?
 良い響きはしないかんじだが…」

『ねえっ!もしも、もしも死んじゃったら!死体はどうしようか!
 わたしね!死霊貴族にお友達がいるの!
 よかったらスラヴィアに連れてってあげるわよ!』

「せっかくだが、やめてくれ。
 アンデッドなんかになっちまったら、死んでも死に切れない。」

『えーー。えーーー!
 けちんぼ!いいじゃない!わたしに助けさせてよ!
 死にたいなら!わたしが助けてから死ねばいいじゃない!
 ちょっとくらいなら!
 アンデッドになってもいいとは思わないの!?』

「思わん。思わん。
 そんなのアンデッドが生まれただけじゃねえか。俺とは関係ねえよ」

『精神は連続するわ!ついでに肉体も!
 パーツになっちゃうわけじゃないのよ!わたしが保障してあげる!』

「違けえよ!んなこと心配してるんじゃねえ。
 なりたくねえんだ。
 死なないなんて、気持ち悪いだろ」

『むむっ…!
 もしかして、わたしに喧嘩売ってる…!?』

「あ?
 ああ、違う、すまん。違うんだ。
 精霊やアンデッドが気に食わないって言ってるわけじゃねえ。
 ただの信条だ。悪いな」

『むー。こんなにわたしが助けたいって言ってるのにーー!』

「だから俺はそれじゃ助からないんだ」

『本当に?』

「ああ、助からない」

『はあ…。じゃあ仕方ないか…!』

「すまんな」

『いいよっ!よし!こうなったら頑張って生還させるしかないか!』

「おうさ!俺も死力を尽くそう!」

『生還するには一つの壁があるわ!なんのことだか分かる!?』

「食料!食料が必要だ!
 そうだな。魚でもとれればいいのか!」

『違うわ!でも惜しい!魚ってことはあってるわよ!
 下を見てみて!』

いわれた通りに下を見る。とたんに怖気が走る。
そこには巨大な影が。大魚が。大口を開けて。
ぎょろりとした眼には。熱が。欲望が。食欲が存分に塗り込められていて。

「……いつからだ?」

『ずっと前からよ!わたしが必死に!気合を!入れて!速度をあげていたのは!
 こいつのせいよ!』

「マジか」

『マジよ!』

「近づいてきてね?」

『ええ!あの巨体ですっごい速いの!理不尽ね!』

「ふふっ、ふっはっはっはっ、笑うしかないなぁ……」

『あはははっ、そうね!どうすることもできないわね!』

「『あははははははっ!』」

バクン!ゴックン!
一人のバックパッカーと水の精霊は大魚に飲み込まれてしまった!
精霊はともかく、人間の生存は絶望的であろう!残念無念極まりないことである!


  • 一月と言われた後からのパッカーと精霊との問答にも似たやりとりにお互いの死生観をぶつけ合う激しさを感じました。でもここまでいい具合に引っ張ってきてゴックンで終るのは諸行無常ですね -- (名無しさん) 2013-03-18 20:34:21
  • このお話はけっこう好きだな俺。水精霊の性格も面白い。続きはちょっぴり蛇足感。 -- (名無しさん) 2013-03-18 20:57:05
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最終更新:2013年04月01日 22:30