ガイドラインダンゲロス・プロローグSS1『心に刃』

いつもの自主鍛錬の帰り道。
曇り空に薄暗く翳る番長小屋の前で、虎を見た。

「……え?」

自分でも、それなりに度胸は据わっている方だとは思う。
一人で練習する姿を見られたくない、というだけで
希望崎学園の誰もが忌避する番長小屋の向こうにまで足を運ぶ程度にはだが。

それにしたって、この光景は異常すぎる。
何しろ、体長3mはあろうかという虎が、当然のように藪の中から這い出てきて……

「鬼無瀬時限流」

「グルルルル……」

「さいど! わいんだっ!!」

小柄な自分から見ても小さい一人の少女と……
激しく戦っていたのだから。

少女が目にも留まらぬ速さで飛び込んだかと思うと、
突進する虎と正面衝突して、交通事故めいて跳ね飛ばされる。
飛ぶ少女の軌跡に何かが反射して、短刀のような刃物を持っていたのだと気付く。

眼前の光景を理解する暇も無く、一瞬で勝負は決着し――

「よっ、と」

とん、と軽すぎる音を響かせて、
空中の少女が……背後の樹木の枝を蹴った。

――吹き飛ばされたのではなかったのか。

地面に一瞬たりとも足を着けずに、逆方向へと軌道を変えて……
虎に弾かれた勢いを加算して、むしろ加速を。

「ガァゥッ!!」

体の芯を揺さぶる虎の咆哮に、叩かれたように我に返る。
………………そうだ。虎だ。虎なんだ。
なんで私はここにいるんだ。あの子は……
恐怖と共に私が息を呑んで見やると、
その時にはもう、少女は虎の肩口を蹴って――再び空中にいた。

「ふふん。結構私もできるようになったでしょっ! 『虎』!」

「グガッ!!」

ようやく気付く。あの子はさっきからずっと……
こうやって、周囲の地形を環境を、そして相手である虎自体を蹴って……
三次元座標に跳ね回るピンボールの玉みたいに、高速で空中を駆け回っていたんだと。

「はっ」「ふっ」

着地のたびに吐息のように漏れる僅かな声の他は、本当に静かだ。
激突と着地の衝撃を全身のしなやかさで完全に殺して、
その全てのエネルギーを次の射出の力に変えているように――

上。下。下。左。前。上。後。

これだけ離れていてもまだ目で追えない。まるで少女自身が、一つの柔軟なバネ。
剣術なのか。体術なのか。魔人達の非常識に慣れきった私でも判別のつかないくらい……
異形で異質、無謀すぎるその戦闘法。

時間の感覚がなくなるくらい見惚れていた。
どれほどの間、少女と虎が打ち合っていたのか分からない。
けど、『その時』がついにやってきた。

「シャァ―――ッ!!」

鋭利な吼え声と共に虎が低く低く身構えて、
柔らかな全身の筋肉をべったりと平たく地面へとつけるのが見えた。
その生態を知らない私でさえも、次に何が起こるかは分かる。
突進だ――空中で突進衝撃を殺すあの奇妙な剣術の『技』すらをも殺す威力で、
あの少女を……砕き散らすつもりなのだ。

奇しくも少女はその時完全に中空を飛んでいて。
障害物を蹴って軌道を変えようにも、上下左右前後どの方向のそれに対しても、
わずかに、ほんのわずかにだけれど……足が届かない。

――すごい。

今となっては信じられないけれど……
恐怖より当惑より危機感より呆れより、こみあげてくる感情があったんだろうか。
その時の私は笑っていた。

やっと、その時気づいたのだ。
    . . .
――あの虎は……すごい!

いかに人間より遙かに柔軟な筋肉を持っていようと……
あれだけ不規則に鋭角的に、しかも空中で動きまわる小さな目標に、
あそこまで諦めず的確に、追いすがれるものだろうか。
少女に何度も短刀で刺された傷は……分厚い毛皮に阻まれて浅いけれど、
それでもその全てを僅かに外して、急所を守っている事がわかる。

そして、今。
あの空中機動の『一瞬の隙』のタイミングを完全に見切って……
迷いなく、必殺の一撃を繰り出すのだ。

恐るべき技量は、少女『だけ』ではなかった――!!

「……!」

少女が虎の意図に気付く。逃げ場はなかった。
一瞬で、少女と虎の距離がゼロになる。

――砕かれる……

パシュ、と、スプリンクラーのような音。
刹那の瞬間に血飛沫が閃いて、『それ』を私の眼に焼き付けた。
     . . . . . . . . . . .
少女が何も無い空中で軌道を変え……!!

「――鬼無瀬時限、流 初目録」


   「 『もとろふ』 」

一拍遅れて身体に感じる、圧力と殺意の豪風。
そうだ……私は、何を馬鹿なことを。
あまりにこの戦いが美しすぎて、考えてすらいなかった。
虎の突進の構えを正面から見ていたという事はつまり……

「………………!!」

虎が、初めて私に気付いたように目を見開く。
黄色い砲弾が眼前に迫っていた。

――少女で止まらなければ、私に向かうんだ。


足。動かない。竹刀。届かない。
一弾指一刹那。逃げる事も戦う事もできず。
……光景が過ぎる。
虎。あの魂も潰されるような咆哮。
剣士――私にはあの動きが見えた――私は――――


「「「 う あ" ぁ ぁ ぁ ぁ ぁ ッ ! ! ! ! 」」」


――私は『声』を出していた。

信じ難い速力で飛び込んできた虎は、私をバラバラにするその寸前。
何か見えない壁に弾かれてくるくると回って、また地面に落ちた。

――――――――――――――――
          ――――――――――――――――
                       ――――――――――――――――

「たてる?」

「……うん」

差し伸べられた小さな手を握って、私はよろよろと立ち上がる。
虎にはやっぱり全然ダメージなんかないようで、
私達を無視して草の上で平然と毛づくろいを続けていた。

「ごめんね、へへへっ! あたしも『虎』も修行に夢中で……
 この辺り人もこないし、全然気をつけてなかった! 修行不足だ。へへへ」

「いいよ……ボーッと見てた私だって悪いんだし。
 ……番長グループの子だよね?」

「ん!」

元気に手を上げて、少女がにっこりと答える。
手首に分厚く巻かれた包帯が痛々しいけれど、
この子にとっては、そんな事は気にもならないのだろう。

「あ、これは気にしなくていいよ! さっきの技でね。へへへ。
 ちょっと自分で『切った』んだ。
 血圧がいちばんバァ――ッって出るとこ」

そんな私の視線に気付いたのか、少女がニコニコと笑いながら答える。

「初目録の……『もとろふ』っていってね。
 へへへ。実践型の『さいどわいんだ』も血圧を使うんだけど……
 私がかんがえた応用なの。すっごいでしょ」

自分から吹き出した血で……
まるで固体燃料を噴射して飛翔するロケットみたいに。
なんて無茶苦茶。そして荒唐無稽。

だけど……どうしてあの戦いに魅了されてしまったのか、今は分かる気がする。
そんな非現実的な剣術に、何故か私は――こみ上げる懐かしさを感じていたのだ。

「……鬼無瀬未観ちゃん、だっけ。
 ねぇ。私さっき……虎を『押しのけた』の。
 あれは――」

「……へへへ。あれは……すごいよ。すごい剣術だ。
 あたしも出来るかなぁー、あれ。
 『虎』の突進を止めるなんて、訓練したらすごい事になりそう」

「剣術……? 違うでしょう、私はただ声で」

そんな私の指摘を遮って、少女は笑う。

「ん。
 『心中に刃在り』。って言うでしょ。へへ」

剣術……あの私の技は、剣術、だったんだろうか。

分からない。あの懐かしさの正体も、
この子に感じる不思議な親近感も……
でも、思いもよらない力が危機に目覚めるなんて事、本当にあるんだろうか。
そんな、小説やドラマのような都合の良い――

でもこれはきっと運命の出会いだったと、今でもそう思う。

「ねぇ……あなた名前なに!? 番長に来ない!?
 虎とやりあったんだ! あたしが推薦するよ!!」

「ふふっ……心中に刃、か」

向日葵のように笑う小さな剣士に、私は顔を上げて名乗る。

「阿天小路御影」

ガイドラインダンゲロス・プロローグSS2『ダンジョン・アンド・ガイドライン』


「ひっ、ひぃっ」

暗く入り組んだ旧校舎の中を、少年が走り続けている。
その表情は闇の中でもはっきり分かるほどに恐怖に歪んでおり、
規則的に漏れるその悲鳴も荒い息に伴うものというより、
過度の緊張による横隔膜の痙攣によるものといったほうが正しいだろう。

「こ、こんな……こんなハズじゃなかった……
 ありえねぇ、ありえねぇよ……!!」

大した事などあるはずがないとタカをくくっていた数分前の自分を呪いたかった。
『ここ』の評判に怯え尻込みする仲間たちを鼻で笑って一人で踏み込んだ彼だったが……
今となっては、仲間たちの反応の方が正しかったと確信できる。

「あ、あわわ……」

もつれた足をどうにか立て直し、
すぐ目の前にある、自分の入ってきた玄関から転がり出ようとする。

「神はサイコロを振らない――」

「ひ、ぃっ」

先の見えない闇の中から響く少女の声。

硬質なダイスが転がる音と共に、
その位置はいつの間にか元に戻っている。
玄関から出ることができない。今日3度目にもなる……無駄な試み。

「う……うわあああああ!!!」

正体不明の現象を前に、失禁しそうになりつつも走る。
今や根源的な恐怖の本能だけが少年を突き動かしていた。
だが、理性なき本能は時に非合理な判断を下す。
眼前の恐怖から逃れるべく、彼はさらに迷路の奥へと迷いこんでいくのだ。

どれだけ走ったのかも分からない。
入口から随分離れてしまった。頭の中の基準であったその一点を見失い、
自分のいる位置も、玄関までへの道のりも曖昧だ。
ふとその事に気づいた彼が、焦りと共に自分の来た背後を振り返ると。

「……カシャン」

廊下の向こうで『何か』が動いた。
遠い。いくら暗闇に目が慣れていようと、
この距離では単なるシルエットにしか見えない……が、

「………………カ、シャ」

人の形じゃあない。

「ひ、い、いぃ」

謎の影が緩慢に動く。
肺の空気が急速に押し出されるのを感じながら、
すぐ視線を戻し前方へ駆ける。『あれ』の正体が何なのかなどどうでもいい。
ただ、この恐怖と理不尽に支配された空間の中――

あの人型でない何かに捕まってしまえばどうなるのか。
それを想像するのが恐ろしかった。

「ああ、あああああ!!!」

背後から、カシャカシャと無機質な音が規則的に響く。
歩みは遅い。幼稚園児が歩くようなペースで、じりじりとこちらに迫ってきている……

そう『迫ってきている』。
信じられない。あの動作の遅さからして足音のリズムからして、
全速力で走る高校生の自分に―――追いつけるはずなど、ないのに!!

「がぁっ、な、何だよおぉォォォォッ!! あああ!!
 ど、どうして……ゼェ、おかしいだろーッ!! おかしいだろおかしいだろ!!」

叫んでも速度を上げても、後ろに迫る無機質なペースは変わらない。
いやそもそも、さっきから筋肉がはち切れかねない勢いで走っているはずだ……

この廊下は、こんなに長かったか?

(……! ………!!)

様々な激情に圧倒される頭を必死に働かせて、手近な扉から教室に飛び込む。
とにかく後ろの奴を撒くことができれば。
この廊下の異常現象から逃れて……それに教室には窓もある……!

「……あ」
                     . . . . . . . . . .
飛び込んだ瞬間――少年の体は元の位置に戻っていた。

「くす。くすくすくす」

あの玄関と同じ現象……!!
深い暗闇の底から、悪夢のような少女の笑い声が聞こえる。

「カシャン……カシャン」

「……ああ、あああ……!」

真っ白な顔が、眼前にまで迫っていた。
人間ではない。どのような原理で動いているのかも分からない。
巨大な人形が少年のすぐ眼と鼻の先にまで顔を近づけて、
振動するような奇妙なリズムの音で、カタカタカラカラと笑っている。

胃の底から吐き気がこみ上げる。
もう終わりだ――という実感だけがあった。
戦慄に凍りついた脳が再び動く間もないまま、彼の足は無意識に後退して……


腐った床板を踏み抜いた。

予想だにしない落下に、全身をしたたかに打ち付ける。
地下だ。地下が……あったのか。

(そ……そうか。落ちる動きなら……遅くならない……)

頭のどこかの部分がそう冷静に呟く。
周りは1階以上の完全な闇に包まれていたが、
もうあの人形も追ってきていないだろう。

後はあの『引き戻し』をどうにかして、脱出しなければ――

「……」

違和感。掌を前に出して、今の感覚が本当かどうかを確認する。
ぽつり、と落ちた雫が神経を刺激する。

それはさらに二雫、三雫と増えて……

「嘘だろ……」

――雨が降っていた。

室内の、それも地下に……雨。
ざあざあと降り注ぐ雨音は、暗闇の閉じられた空間で、
聞いたこともないような奇怪な響きとなって反響する。

「ど、どうなってんだよォォ……ああ、うぁ……!」

ひとまず逃げられた、と判断したのは間違いだった。
この校舎にいる限り逃げ場なんてない。

走る。走る。
闇雲に走った結果、何か薄い壁のようなものに思い切りぶち当たる。
壁ではない。扉だ。出なければ。脱出しなければ。

ガチャガチャと焦燥に震える手つきで扉を開け、隣の部屋に。

「…………ぅ、」

『見なければよかった』――
心からそう思わせる光景が、目の前に広がっていた。
膝が崩れる。一体どんな存在が何の目的で、こんな事を……

部屋の中に吊るされた、大量の人間が……
降り注ぐ雨の中、ドロドロに溶かされていた。
まるで少年のこれからの運命を、暗示するかのように。

「うそだ、うそだ……な、あぁ……」

ギシギシと揺れる人型の隙間から、
異様に小さな影がするりと姿を現した。

顔面に当たる位置に不自然に被せられた、巨大な帽子。
その隙間からずるずると伸びる、顎髭じみた体毛。

「―――はやき風よ」

『それ』が人の言語じみた呪文を呟く。
もはや限界に達していた少年の意識は――
次の叫びと共に、完全に失われる事となった。


「 光とともにかいほーされよ!! 」


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

「気絶してる。やっぱり怖がらせすぎたかしらねぇ」

倒れた男子学生を見て、湯川量子は溜息をつく。
先程の床板といい、老朽化した旧校舎には踏み入ると危険な場所も多い。
彼女の能力は、客が順路を外れないようにという配慮だったのだが。

「………。ごめんなさい、私……」

音杭セーラが申し訳なさそうに頭を下げる。
人形と時間操作能力を使って客をじりじりと追い詰める演出は彼女に適任だったが、
そのせいで客が床を踏みぬいてしまったことには、責任を感じていた。

「セーラちゃんのせいじゃあないわよ。
 下見は私達の担当だったし……あの廊下は順路から外さないと」

「うん。床を踏み抜いちゃうとは思わないもんねー。
 下にいたあたしもびっくりしたもん」

錆山五十鈴が頷く。彼女の役割は、酸の雨と廃品回収したブロンズ像を使って、
旧校舎各所に設置するホラーオブジェを作成することだ。
ドロドロに溶けた人型の像で、客にさらなる恐怖を提供できると予想していたが……
初日から既に変な噂が広まっているようだし、これ以上怖くしてもなあ、と思い始めていた。

「はぁ。旧校舎を使うってアイデア自体は良かったし、
 学園祭のお化け屋敷としては成功なんだけどさー……
 怖すぎるせいでお客さんが少なくなったら」

「あはは、本末転倒よねえ」

「………………でも皆さん、ちゃんと仕事をしてくれています……」

番長グループ学祭委員の3人が出し物の今後についての話をする中、
小さな少女がトコトコと駆け寄る。

「ねーねー、あとなの魔法みた!?
 なんだか今日はたのしいなぁ!
 みんな普段と違って、あとなのこと怖がってくれるもん!」

つけひげの中から覗く無邪気な笑顔に、
3人もつられて微笑んだ。

「……そうね、ふふふ。
 じゃあ私達も、この調子で頑張りましょうか」

「ま、あとなちゃんが楽しんでくれてるならいっかなー」

「………………ですね」

ガイドラインダンゲロスプロローグSS3『最も哀れな二人』

「……ねねかさん」

夕焼けの公園に、カラスの声が虚しく響く。
ジャングルジムに座る佐藤頼天は、ブランコで天を仰ぐ蝦夷廻ねねかに話しかけた。

「僕達の存在意義って、なんだろうね、ハハ……」

喉の奥から、自然と自嘲的な笑いが漏れる。
佐藤頼天の声は震えていた。

「……知らん。ただ言えるのは……
 私達は今回、スタメンに選ばれる事もSSに出演することもイラストに描かれる事もなく……
 ただ、忘れ去られていくだろうという予測のみだ」

「そうか……いや、分かっていたんだ……ははっ……
 ごめん……ねねかさん……」

背を丸めて、片手で目を覆う。今や溜息までもが震えていた。

幼い頃から、ずっとこうだった。街で目が合えば見知らぬ人にもレイプされ、
授業で居眠りをして目が覚めるとレイプされている。
レイパー、ビッチ、あらゆる人種が頼天の下半身を狙っている。
家に帰れば家族までレイプをしてくる徹底ぶりだ。

レイプ。レイプ。レイプ。お前らはヨハネ・クラウザーII世か。
彼をレイプしない人物といえば唯一、全身を機械化し性欲を超越した蝦夷廻ねねか……
彼女くらいのものである。

「ねねかさん、あのさ……訳もなく悲しくなる時ってないかな……
 例えば……カウンターが発揮する前に戦線離脱しちゃう時とか、
 永久蘇生の筈なのに蘇生しない時とか……」

「私は機械だ……そのような感情はない……そのような感情は……」

天を仰いだまま耐える彼女の姿を見て、頼天は改めて実感する。

――なんて醜いんだ……僕は。

自分だけが不幸でいることにいられないから――
同じ境遇の彼女を、言葉で追い詰めて……嗜虐的な喜びを感じているのか、僕は。

イラスト。スタメン。
もはや届かない、輝く上澄みの世界。
自分達は打ち捨てられた沈殿物のようにこのキャンペーンの下層で濁って、
やがて誰の記憶からも忘れ去られていく。

(それで……いいのかもしれない。
 僕みたいな、ただレイプされるだけの悲惨なキャラクターなんて……
 誰かに記憶される方が、役立たずとして記録される方が――
 忘れ去られるよりも、悲惨なんじゃないか)

「ねねかさん……」

もはや結論は出た。

――僕はどうしようもなく醜い、ただの無意味能力者だ。

今日何度目かの、黒い感情の発露をねねかにぶつけようとしたその時――

「なにやってるのあなた達! 本戦が始まるわよ!!」

見ると、目付きの悪い少女が……ジャングルジムの下から頼天を見上げていた。
この子の名前を、頼天は覚えていた。萌木原ジャベリン。ドラフト委員だ。
大きな目でこちらをギロリと睨みつけ、ツインテールを揺らして叫ぶ。

「ったく……皆作戦会議に大忙しだっていうのに、
 あなた達2人だけこんなところで油売って……!
 しっかりしなさいよねっ! さっさと支度しなさい!」

「……。
 …………いいんだ萌木原さん。僕らはだって……
 参加したところで……僕らの能力なんか……」

「はぁ!?」

「無意味能力……なんだから……!!」

悔しさに歯を食いしばりながら見ると、ブランコに座るねねかの手も、震えているようだった。
彼女も……機械として感情を殺したはずの彼女ですら、
この『無意味能力』という屈辱には耐えられないのだ―――

「何訳分かんないこと言ってんのよあなた達?」

けれど、そんな言葉を受けてなお……
ジャベリンは心底不思議そうに……首を傾げていた。

(そうか。そうだよな。ドラフト委員に、僕らの苦しみなんて……)


「十分役に立つじゃない、あなた達」


「……え?」

当然のように放たれたその言語に、頼天もねねかも呆然とする。
ねねかが混乱した調子でブランコから立ち上がり、ジャベリンに問いかける。

「だ、だが私達は……GKから『能力発動しても無意味』と断言された……!
 今更その事実は覆らない! しかも今回のキャンペーン、
 ガイドラインを見落として無意味能力になってしまうのは『自己責任』だ……
 同情などしなくていい……ましてや機械の、この私になんて……」

「そうだよ……僕らは君たち萌木原さん達プラスには遠く及ばない。
 マイナスなんだ……僕らだって諦めてる。無理なんかしなくていいんだよ」

「な、何よいきなり……!
 なんか面倒臭いわね、あなた達」

ジャベリン自身、2人からそんな反論があるなんて予想だにしていなかったのだろう。
2人のネガティブさに軽く引きつつも……仕方ない、と溜息をついて、
彼女は論理的に説明する。

「……いいわ。そこまで言うなら、面倒だけどもう……!
 この私が、あなた達のどこが必要なのか説明してあげる! 感謝しなさいよね!
 私達が必要としているのは、あなた達2人の『共通点』よ!」

「僕らの共通点……? それは無意味能力は共通点だけど……」

「だから無意味能力は離れなさいよ! 他よ!」

「あ、あるかなぁ……? 性別も違うし、学年だって違うじゃないか。
 それって一体……」

「いやある。私達は2人とも……『攻撃力20』だ」

ねねかの気付きに、ジャベリンが頷く。

「そう、その通り。あなた達の攻撃力は最大値……
 ブロッカーすらも殺せる可能性のある、アタッカーの花形っ!
 俗にいう『20アタッカー』なのよ! 2人とも!」

「そ、そんな事……! 大体20アタッカーっていったって、
 生徒会のブロッカーなんて耐久合計23とか22とか、そんな連中ばかりじゃないか……
 一撃で殺せないなら、僕らの必要性なんてないだろ!?」

「確かにそうだ……空憂愛は23、ユーフォリアと無神月ルカは22……
 これじゃあとても能力のない私達では……」

「はぁ……本っ当にバカねあなた達!!
 確かに、普通にやれば耐久に21以上振ったブロッカーにアタッカーは通用しないわ!
 そんなの誰だって分かってるわよ! そもそもアタッカー防げなきゃブロッカーじゃないじゃない!
 でも忘れてない!? 今回のキャンペーン、そういうのを解決する、『ある能力者』がいるでしょ!」

『ある能力者』――
頼天もねねかも、一瞬首を傾げる。
ブロッカーをあと一息で削れない、自分達20アタッカーをサポートして……
そして今回のキャンペーンに特徴的な能力者……?

「……! そうか、『広範囲体力1ダメージ』だ……!
 あの美装女戦士ミルキーレディの正体のような! そしてこっちにも同じタイプの能力者がいる!
 環あとな……あの子の能力が2回も直撃すれば、
 耐久22ブロッカーも僕らで一撃で殴り殺せる……!?」

「ドラフト初手級と無意味能力者の私達が、まさかのコンボ……!?」

「ふふん、よく気付いたわ! 褒めてあげてもいいわよ。
 それともう一つ……佐藤頼天!」

「はい!?」

鋭い眼差しと共に頼天を指差す、萌木原ジャベリン。
まるで10歳とは思えない威厳を備えている。

「あなたそのステ振りで『無意味能力者』ってどういう事よ!!」

「え、それってどういう……」

「全然無意味じゃないでしょう! むしろ戦線離脱できるでしょう!
 使えないとか無意味だとか、何訳の分からない事言ってんの!?
 終盤のDP収支は勝負の分かれ目……それはもう常識よ!
 好きな時に……殺される前に離脱できるなんて、アタッカーとして最優秀の能力じゃない!
 しかも制約が効果なんて、あなたどれだけマンチなのよ!!」

『マンチ』――その単語は先程まで自分を無意味能力と卑下していた頼天にとって、
それは青天の霹靂とも言えるインパクトで響いた。

――マンチ。この僕が……

「ま、待ってくれ……戦線離脱アタッカーなら他にもいる!
 同マス通常攻撃した上で戦線離脱、とかの方が僕よりどう考えても強いじゃないか!
 無理して持ち上げないでくれ……! 上位互換なんていくらでもいるんだ!」

「上位互換? 本気でその言葉を言っているなら、救いようがないわね。ふふん。
 嘘だと思うなら、これを見てみなさい!!」

「こ、これは……!?」

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

  • 空撃ちの禁止
 ・特殊能力は適正な対象がいない場合は発動できません
  ・「範囲内全員」などの複数の対象を取る能力の場合、範囲内に適正な対象が1人でもいれば使用できます
  ・複数の効果を持つ能力の場合、ひとつでも空撃ちとなる効果があってはいけません

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

「このルールは……まさか!」

「ふっ、理解したみたいね……他の効果と組み合わせた戦線離脱制約は、
 『空撃ちの禁止』により、その対象がいないと使用できない。
      . . . . . . .  . . . . . . . . . . . .
 つまり、いつでもどこでも、自由に戦線離脱できるのは……
 佐藤頼天! カウンター待受と同時に離脱するあなたの能力以外にあり得ないのよ!!」

勝ち誇ったように腕を組んで、目を閉じるジャベリン。
頼天は気付く。彼女が自分をドラフトしてくれたのは……それは……

決して、余り物なんて扱いではなかったのだと……!!

「それにあなた、20アタッカーなのに精神も安定していて……
 体力だって4もあるじゃない! 普通、20アタッカーの体力精神なんて2とか、よくて3よ!
 これじゃあ純ダメで殺す事だってできないわ!」

さらに言い放つジャベリンに、詰め寄る少女があった。
蝦夷廻ねねか。頼天とは違う、本当に全く意味のない……
使えば一回休みになるだけの能力者。

「だ、だが私はどうなる……!?
 いや、私は機械だから気にしない……能力が無意味とか、ステ振りとかも気にしないが……
 体力は7ある……! だが精神は最初から0……0だ!!
 佐藤のように、『精神が安定している』という利点すらもないのだ……!
 精神狙撃されて死ぬのがオチだぞ!」

「そんなの、敵には三ツ矢アキカンサイダーがいるんだから、
 精神3以下なんて0と一緒よ! どっちにしろ同じでアタッカー運用するなら、
 体力なんて高ければ高い方がいいに決まってるじゃない!!」

「!!!」

「あなたの体力は……あの攻撃5の月読芽九の一撃にも耐える事ができる!
 アタッカー殺しのステータスに対抗出来る20アタッカー!
 しかも純ダメに備えて、抜け目なく体力に7ポイントを全振りしている……
 これ以上優れたステ振りのアタッカーは、他にいないわ!」

地面に膝を付き、ねねかはその『感情』を噛み締める。
自分がドラフトされたのは……

決して、余り物なんて扱いではなかったのだと……!!

「萌木原さん……!
 ぼ、僕達……SSに出れるかな……」

「出れるわ!」

「まさかイラストも、描いてもらえるだろうか……!?」

「当たり前でしょう!!」

「スタメンも……ダンジョン&ダンゲロス出演も……」

「だから! いつも言ってるでしょう!
 あなた達はこんなに可愛くて賢いこの私がドラフトしたメンバーなんだから――」

萌木原ジャベリンは、なおも面倒くさそうに……
けれど自信と自負に溢れた表情で。

このキャンペーンで最も哀れ『だった』二人に向けて、断言する。


「最高にクールでイケメンなスーパー魔人に違いないの!
 私が言ってるんだから……間違いないでしょ?」

『砂糖よりも甘い彼』 ~佐藤頼天に対する劣情~


CASE.0106 少輔守道の場合(頼天が15歳の時)

少輔守道は苦しんでいた。
同級生の佐藤頼天がどうしようもなく愛しいのだ。
二人は全国屈指の名門校、羅猿(ら・ざーる)高校の生徒である。
ここに通う生徒は将来は医者か高給官僚といったエリートになる。
余人に代えがたい人材を守るため、この高校では魔人が徹底的に排斥されていた。ゆえに治安がすこぶる良かった。

少輔守道、身長181cm、ずっとバスケをやっていたため筋肉質な笑顔で見せる白い歯がまぶしい少年である。
佐藤頼天、身長159cm、小柄で中世的な美少年、色素と体毛が薄い。女嫌い。
二人は高校で初めて出会い、同部屋だったこともあって仲良くなった。
守道は今まで自分がノーマルだと思っていたため、男性に対して恋心を持ってしまった自己を忌み嫌い、
それでも佐藤頼天が好きな己の気持ちを止められず、苦しんでいた。

 ◆◇◆◇◆

幼いころからの度重なる女性からのレイプに佐藤頼天はすっかり女性不信になっていた。
そこで、女性のいない安全な場所、すなわち、全寮制の男子校を進学先へと選んだ。
ここでは頼天をレイプしてくる同級生女子もいないし、頼天を拉致監禁する女性教師もいない。
これで晴れて自分はレイプと無縁な快適な人生が遅れる、と頼天は楽観視していた。それが"甘かった"。

 ◆◇◆◇◆

「ああ゛ーーー扇風機気持ちええええーーー俺ー扇風機と結婚するううう」
入学して最初の期末テストが終わり、打ち上げやろうぜ☆というノリで同じクラスの寮生で集まって夜に宴会をこっそりすることになった。
寮は基本、二人部屋である。1部屋の両サイドに左右対称になるようにベッドと机が設置されている。
ベッドの上も合わせて8人がぎりぎり座れる広さである。参加者は10人。人口密度がやばい。
今日の宴会は寮生の中で一番部屋が綺麗に片付いている佐藤と少輔の部屋で行われた。
この宴は決して寮監にばれてはいけない。酒を持ち込んだことがばれれば停学もあり得る。
だが、そんな細かいことは気にしていられない。今日はパーティーなのだ。はっちゃけなくてどうする。
慣れない酒を飲んでみんなすっかり出来上がってしまっていた。
ただでさえ暑い中、アルコールで更に体温が上がってしまい、守道は扇風機を抱きしめなにやらうわごとを言っている。

「もう眠たいし俺、帰る」
「おうお疲れー寮監に見つからねえようになー」

夜遅くなっていたこともあって一人、また一人と人数が減っていく。
とうとう残ったのはこの部屋の住人である少輔守道と佐藤頼天だけになっていた。

守道は酒で顔が上気した頼天をみて鼓動が早くなるのを感じていた。
酒のせいだろうか、普段はひた隠しにし、ずっと抑えてきた頼天に対する黒い劣情――押し倒して思う存分挿入したい!――が今日は抑えられそうにないほどに守道の心の中で暴れまわっていた。

「んあーあいつら片づけもせず帰っていきやがって、んー佐藤、片づけ明日にして俺らも今日は寝るかあ」
「うん、そうだね。僕ももう眠たくて仕方ないや」

すでに自分のベッドで横になっている頼天、電気を消せばすぐに寝てしまうだろう。
守道は入り口近くにある照明スイッチで蛍光灯を消そうと立ち上がった。

「おっと」
守道は足をもつれさせてしまい、倒れこんだ。倒れこんだ先にはちょうど頼天が仰向けに寝ていたため、ちょうど押し倒したような形となった。
「ちょ、少輔、重たいよ」
「おーわりぃわりぃすぐどくわ」

と言いながらも、守道はそこから動かなかった。
頼天の琥珀の瞳をみていると吸い込まれそうになる。
甘いいい匂いのする頼天の体臭、ずっとこの甘美で妖艶な甘い匂いを嗅いでいたかった。
見つめ合ったまま守道は動けなかった。
鼓動がさらに早くなるのを感じる。
このまま顔を近づけ、その唇に唇で触れたい。

「佐藤、俺、お前のことー・・・」
「わ、ちょ、ストップ!スト―――ップ!!!やめ、やめろ!」

そのまま顔を近づけてキスしようとしてきた守道を頼天は必死で制止する。
はっと我に返った守道はすぐさま起き上がった。
「すまん!俺、どうかしてた。忘れてくれ。」
守道は何をやっているんだ自分は、と自分を心の中で叱咤した。
無理にことを運ぼうとして、今築いている良好な関係がくずれたらどうする?
ああーもしかしたらもう取り返しがつかないことをやってしまったかもしれない。
明日から佐藤は俺を避けるようになるかもしれない。最悪、部屋替えを寮監に申し入れるかも、そうなったらどうしよう・・・。
と、守道はかなり狼狽していた。

「俺、頭冷やしてくるわ」
と頼天のベッドから立ち上がり、シャワー室へ行って水浴びして頭を冷やしてこよう、と守道は立ち上がろうとした。
離れようとしたその時、シャツが引っ張られるのを感じた。
下をみると、頼天が自分のシャツの裾をつまんでいる。
疑問の表情を頼天へ向ける。

「えっと・・・その・・・キスくらいなら・・・いいよ?」

うっすらと涙が張った上目づかいで言われ、守道は理性は瓦解した。

「・・・佐藤」
「(ビクッ)ん・・・何?」
「キスするぞ」


守道は頼天をレイプした。


ちなみに『羅猿高校校則第34条:ホモへの覚醒については初回に限り不問とする。』
全寮制の男子校であるためノーマルからホモへと覚醒する生徒が後を絶たない。
ノーマルからホモへと覚醒した瞬間の性衝動は抑えがたきものがあるため、レイプも初回に限り許される。
守道が頼天をレイプしたのはもちろん周囲にばれていたが、この校則のため不問とされた。

 ◆◇◆◇◆

良好な友情関係が崩れることを懸念したのは頼天も同じであった。
このままだとギクシャクし、疎遠になるかもしれない。そう感じた頼天はなんとかしなければという思いに駆られ、
挿入されるのは嫌だが、キスだけで終わるならもとのまま友達が続けられると判断し、本当にキスだけのつもりで「キスくらいならいいよ」と言ったのであった。
無論、盛りのついた男子高校生がキスだけで治まるはずもない。
そんなことを言えば相手に劣情に火をつけるだけである。
佐藤頼天は考えが何より"甘い"のだ。

 ◆◇◆◇◆

それから、守道は頼天とふたりきりになる度に頼天の体を求めるようになった。
頼天には最初必ず断られるが、断られても引かず、強引に押し続ければ最後には承諾してくれる。
それが頼天も自分との関係が満更でもないことの証なのだと守道は勘違いしていた。
その日も情事を重ねようと、頼天を部屋に連れ込んだ。
頼天は口では嫌だ嫌だというものの、結局はこうして自分の言うとおりにしてくれる。
守道は二人が相思相愛なのだと思い込んでいた。

その日、いつも通りベッドに押し倒そうとした時、頼天が突然反旗を翻した。

「もういやだあああああああ」

頼天は心からの拒絶の意思を示し、守道に殴り掛かった。
少しずつため込んでいた鬱憤がついに我慢の限界を超え、爆発したのだった。
それは必ずしも守道がもたらしたものだけではなく、幼いころからのレイプ経験で累積した怒りも入っていた。
この瞬間こそが、佐藤が【魔人】へと覚醒した瞬間だった。
襲いくる脅威に対してカウンターで攻撃する――これが佐藤頼天の魔人としての能力である。
だが――
「・・・・・・ん?」
殴られると思い反射的に目を閉じて身構えた守道は数秒たってもくるべき衝撃がこないことを疑問に思い、おそるおそる目をあけた。
視界に映っていたのは顔面から数センチの距離で停止している頼天の拳、
そしてその奥で頼天が愕然とした表情をしていた。

 ◆◇◆◇◆

この頼天の行動にもっとも驚いていたのは他ならぬ頼天自身であった。
本気で殴るつもりで拳を振り上げたのに、なぜ自分は拳を寸止めしてしまったのか?
自分の体が自分の意思に反したことに驚愕するとともに頼天は原因を模索した。すぐに答えは見つかった
それは拳が守道に届くまでの刹那の時間に考えてしまったからである。
殴られたら痛いに違いないということを。
もし相手が自分だったら?ということを。
気づいたら頼天の体は頼天自身の意思に反して拳を止めていたのだ。

「あ・・・あっ・・・」
頼天の両目からぽろぽろと涙が零れる。

自分は他人を殴れないということがわかってしまったからだ。

――そもそも、無理だったのだ。
幼いころから痛みを受けてきた彼には、
ヒトよりもヒトの痛みがわかってしまう彼には、
殴る瞬間でさえも相手のことを慮り、自分と重ねてしまう彼には、
他者に危害を加えることなど、そもそも不可能だったのだ。

敵を殴れなければ自分が酷い目に遭うだけである。そのことを理解しつつも頼天は敵を殴れない。
佐藤頼天は人を殴る覚悟が誰よりも、"甘い"。
こうして、「他人を殴れないカウンター魔人」がここに誕生した。

 ◆◇◆◇◆

「佐藤・・・?」
突然、殴りかかってきたと思ったら寸止めをし、
目の前で大粒の涙を流している頼天に守道は声をかけた。
顔をくしゃくしゃにしながら涙を流す頼天を、守道は「なんで突然泣き出したのだろう?でも・・・可愛い。」と思った。

「う・・・うわあああああああ」
泣きながら頼天は脱兎のごとく逃げ出した。
「あ、おい、佐藤!」
守道が慌てて追いかけるも、魔人とただの人間の身体能力の差はすさまじく、あっというまに佐藤の姿は見えなくなった。
「佐藤ーーー!俺、おまえのこと、絶対に守るから!」
息を切らして追いかけながら、もう見えない頼天の背中に向かって守道は叫んだ。
先ほどの寸止め、そして今の移動速度。身体能力を見るに頼天が魔人へと覚醒したことは明白であり、そのことに守道も気付いていた。
魔人に対する世間の目はまだまだ冷たい。ましてや、自分たちは他の学校よりも魔人に厳しい羅猿高校である。
頼天が魔人であることが周囲にばれれば、確実に高校を退学させられるだろう。
そうなれば二人は離れ離れになってしまう。何としても魔人であることは秘密にしてより天を守り通そう、と守道は決意した。
その日、守道は頼天を探し続けたがが、とうとう頼天を見つけられなかった。
もしかしたら既に寮に帰っているかもしれないと、一旦寮に確認しに行ったが頼天は戻っていなかった。また、街へもどり捜索を再開した。
愛する人が泣いているのに、ほっとくわけにはいかない。守道は徹夜を覚悟し、頼天を探し続けることにした。
そのころ、頼天は逃げ帰った実家(寮から数県は離れている)で実の母親にレイプされていた。
この後、帰ってきた父親にみつかり佐藤夫婦は離婚調停、さらにその後、佐藤は御園家に養子に出されることになる。

 ◆◇◆◇◆

結局、頼天が魔人であることは周囲にばれてしまい、頼天は自主退学を余儀なくされた。
もちろん守道は誰にも話していない。
しかし、頼天が到底人間には出せないスピードで逃げ帰る様は地域住民に多数目撃されていたため、そこから頼天が魔人であるという情報が広まってしまったのだ。
羅猿高校は魔人の入学・在籍を認めない。魔人に優秀な生徒をむざむざ殺させるわけにはいかないからだ。
在籍中に生徒が魔人に覚醒した場合、事件を起こしても起こしていなくても、その生徒を学校から追放する。
こうして、頼天は全国の魔人の受け入れ先である希望ヶ崎学園へと編入することになった。


<CASE.0106 終>

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

最終更新:2011年07月26日 06:36