【笹元ころも プロローグSS ふたりの秘密】


 十数年前、とある病院にて、全く同時に二つの命が生まれた。
 佐々木羽衣と、宮本衣織。
 運命の赤い糸で結ばれし、二人で一人の少女――


「おそいよ、いおりちゃん! そんなんじゃ、おいてっちゃうよ!?」

「ふええええん! まってよ、ういちゃあああああん!」

 好奇心旺盛で行動力もあるが、他人の都合などお構いなしに突き進む羽衣。
 引っ込み思案で流されやすいが、全てを包み込むような優しさを持つ衣織。
 二人の両親は親友同士で家も隣同士。生まれた時から二人が共に育つことは既に決定されていた。

「ほら、もう! あんたをいじめた男子はあたしがとっちめたから、もう泣いてんじゃないわよ!」

「ぐすっ、ぐすんっ……羽衣ちゃん、いつもごめんね……ありがと……」

 いつでも、どこへいくときも二人は一緒。クラスもずっと同じで、互いの家で頻繁にお泊まりし合った。
 二人は、まさに一つの存在であるが如く生きてきた。


 やがて二人も成長し、ついに初潮を迎える。「性」に目覚めるときが訪れたのだ。
 その「性」の萌芽の矛先が互いの最も近しい存在に向いてしまったことは、きっと極々自然なことであったのだろう。

「衣織っ……! ああっ! 可愛い衣織っ、あたしだけの衣織っ――!」

「羽衣ちゃん、はやくっ……はやくきてえっ……! 切ないよう――!」

 二人は、最初は恐る恐る、慣れてきたら貪るように――そして今では互いの想いを確かめるように、幾度となく躰を重ねてきた。
 毎夜の蜜月の中で、その絆の名を「友情」から「愛情」へと変化させながら、二人は愛を育んできた。


 時は流れ、二人が高校生になったある日のこと。
 破天荒娘・羽衣が唐突に切り出した。

「ねえ、衣織……希望崎、行きたくない?」

「……ええええええ!? 希望崎って、あの『ダンゲロス』!?」

 慈愛少女・衣織が驚愕したのも無理はない。
 私立希望崎学園――戦闘破壊学園ダンゲロスと言えば、凶悪なる魔人たち跋扈せし天外魔境。
 一年前、好奇心旺盛すぎる羽衣は進学先を希望崎にしようとしていたが、珍しく衣織が強く反対し譲らなかったため、渋々現在の女子高へ進んだのだった。

「あそこ、最近も二回おっきいドンパチあったそうなんだよね……楽しそうだよね……!」

「ダメだよ羽衣ちゃん! 私たち、魔人じゃないんだよ!?」

 そう、あくまでも二人は人間。
 魔人学園に人間が入り込むとどうなってしまうかなど想像に難くなく、それゆえに衣織はかつてもそう言って羽衣を止めたのだった。
 だが、今回は――瞳の中に満点の星空を描いた今回の羽衣は、誰にも止められなかった。

「あーっ! もうガマンできない! ダンゲロスに行くわよ、衣織!」

「いやあああああああ、やめようよ羽衣ちゃあああああああああん!」

 泣き叫ぶ衣織を引きずりながら、煌めく像を残し疾走する羽衣であった。


「いい? 絶対にバレちゃだめだからね!?」

「私よりも自分自身に言い聞かせてよね、羽衣ちゃん……」

 どこで手に入れたのかも定かでない黒尽くめの変身グッズに身を包み、果たして二人は希望崎に潜りこんだ。
 武器も、途中でゴミ捨て場に置いてあったのを引っ掴んできただけの物干し竿と洗濯ばさみである。実に心もとない。
 ともかく二人は、覆面を着用した羽衣を衣織が肩車し、あたかも一人の魔人であるかの如く振る舞っていた。

 その名も、笹元ころも。
 二人で一人であることの証左。絆の具現化。愛の結晶。

「あの人、壁に向かって独り言してるよ……」

「すげえ中二力だな……話しかけると殴られそうだし、そっとしておこう」

 周りの連中もその威容に気圧され、二人と会話を試みる者もあまりいないようであった。
 そうしているうちに、いつの間にやら「美人らしい」「中二力も高いらしい」「でもすごい美人らしい」などと勝手なイメージが先行してしまっていた。
 ただ、中にはそんな独り歩きした噂に惑わされてしまった者もいたようだったが――

「ころもちゃあああああああん! 俺と一緒にイイコt――」

「くたばれ!」 バコーン!

「ギャース!」

 ――このように、二人の息の合った連携により撃退されていた。
 このナイスなコンビネーションは、二人が一緒に長い時を過ごしてきたことの賜物でもあったが、それだけでなく、この戦いに身を投じてから、二人は特別のトレーニングを行っていた。
 すべては彼らのような不届き者から身を守るため、そしてこの死闘を生き抜くためである。

「……へへへ、コンビネーション、だいぶサマになってきたじゃんね!」

「はあ、はあ……私は、すごく疲れるんだけど……」

「確かにあたしたち、持久力はないかもだね……足が止まってるところを狙われちゃいけないから、こう、やられる前にババーンと分裂してビックリさせたいよね!」

「ぜえ、ぜえ……なんでもいいよ……」

「でもやっぱ殺されるのはヤだし、危なくなる前から分裂できるよう準備しとこっか。その時はさ、劇的にやりたいから廊下でみんなに見せつけてあげよーよ!」

「ひい、ひい……廊下と教室のちがい、わかんないよ……」

 二人のトレーニングは、放課後の空き教室にて行われた。
 正体がばれたら何をされるか分かったものじゃないから出来るだけ目立たぬようにという理由での選出であったが、魂胆はそれだけではなかった。
 誰もいない教室で、やることだけはしっかりとやっていたのである。

「ひゃあんっ……羽衣ちゃん、そんなトコ舐めたらっ……!」

「んふふ、舐めたらなんだってぇ? 聞こえないなあ♪」

 荒い息遣い。零れる衣擦れ。幽かな水音。
 甘やかな、密やかな、二人だけの時間と空間。

「……衣織ったら、ぴくぴく震えちゃって……きひひ、かわいいぜ」

「あうう、だって……こんなときに、こんなところで、なんて……誰かに見られちゃったら、どうするの――ひうっ!」

「そんなこと言って、いつもより気持ち良さそうじゃないか……あんた、実はこういうの好きなの?」

「やああっ、言わないでったらあ……羽衣ちゃんのばかあ……!」

 周りに魔人が蔓延っているというシチュエーションのためか、はたまた四六時中互いの体温を感じられるためか、二人は平常よりも熱く、激しく、濃厚に乱れた。
 そして、訪れる絶頂――!

「「 っ、あああああんっ!! 」」

 快楽の果てへと達し、身を寄せ合いながら肩で息をつく二人は未だ気付いてはいなかった――己が躰に漲る、何か不思議なチカラを。
 常識を逸脱した存在たちが産み出す瘴気渦巻く空き教室で行為に及んでいたせいであろうか、一時的にではあるが、二人にも魔人能力の片鱗が見え隠れしていたのである。

 脱力し床に寝転がり、空を見上げる少女たち。
 その瞳には、一体何が映っているのか――?

「ねえ、衣織……」

「……なあに? 羽衣ちゃん」

「……もし、無事に帰ったらさ」

「……うん」

「――イチャイチャしよっか」

「ずっとしてたでしょ!?」

 いつもの空き教室に飾られていた百合の花は、例えようもなく美しかった。
 願わくば、この一輪の華が、永久に枯れぬよう――  <終>

『湯誓』


 二六は激怒した。必ず、かの邪智暴虐の輩を除かなければならぬと決意した。二六に
はハルマゲドンがわからぬ。二六は、希望崎の魔人である。温泉を掘り、猿と遊んで
暮して来た。けれども邪悪に対しては、人一倍に敏感であった。
 「どうしたの、二六?」
 校舎の陰で怒りに震える二六を見掛け、その背中に声を掛けたのは、さる理由から
校内を探索していた月読芽九(つくよみ・めぐ)である。平素から穏和で知られる彼が
ここまで怒る理由を、彼女は知らぬ。興味を引かれ思わず問を発したのも無理からぬ
由であろう。
 「…………これを見てくれ」
 搾り出すような声は低く、激するものではなかったが…………それ故に彼の静かなる
憤激を心の湖底に湛えているかのようであった。彫りの深い顔立ちに刻まれた皺が
そのまま、悲劇の渓谷であった。
 その言葉に導かれ眼鏡越しに眼差しを送れば、其処に広がるは凄惨な陵辱の疵痕で
あった。無惨にも、穢されていた。
 「酷い…………」
 目を背けたくなる程の惨状である。良識ある者ならば憤懣と悲嘆、涙溢るるは必定で
あった。月読も思わず口元を覆った。

 さて、スレンダー美人として名の高い彼女は生徒会に属していた。将来、魔人教師と
なる為に今のうちから出来る事、と考えた結果、学校運営に生徒側から関わる手段として
選択したのであった。そして、先日の山乃端一人殺害事件である。前述の通り先刻より
校内を探索していたのは勿論、来るべき番長側との抗争に備え一人でも有能な魔人を
自陣営に引き入れる為に他ならない。
 すなわち。彼女が今、ここで取るべき方策は一つしかない。
 「そういえば…………さっき、此処から走り去った連中、確か番長グループの……」
 思い出すかのように、呟く。思い出して、呟いたのではない。
 真偽は、重要ではない。事実である必要も、無い。
 彼女に与えられた使命は、結果である。それ以外の事柄には何の価値もない。
 こうして、一二六(にのまえ・てるまえろまえ)は生徒会に与する事となった。



                                   <了>


TIPS
※湯誓……………………殷の創始者、湯王による演説。暴虐な政治を行う夏王朝打倒の為、
           諸侯に呼びかけた故事より。
※凄惨な陵辱の疵痕……二六の作った露天風呂に誰かがうんこしていた。
※思わず口元を覆った……しかも相当クサかった。

『いつか、無限の空に届く橋』


 ざっくざっく、と地面を掘り返す音が聞こえる。
 炎天下、汗を吹き出しながら半裸で土を掘り返す男。
 そして、木陰から退屈そうにそれを眺める少女。
 「………………ねぇ」
 呼び掛けた声は、気怠そうに。どうでも良さそうに。
 「なんで、そんなことするの?」
 作業の手を休めず、男は答える。
 ──────掘らねば源泉に行き着かぬ、と。
 「そうじゃ、なくって」
 要を得ぬ愚鈍な答えに、少し苛立った口調で再度問う。
 「無意味でしょ、そんなの」
 少女は知っていた。男の手により湧き出した泉は自然の理より外れた存在。精精数日
持つかどうか。刻が過ぎれば無に帰す。
 少女は知っていた。律儀な男は用を終えた湧泉の穴を塞ぎ、土を盛り、元通りの地面に
均す。準備と同じだけの時間を掛けて。
 穴を掘り、そしてその穴を埋める。
 まるで、捕虜への拷問だ。輝かしき勝利も、積み重ねる成長も無い。無意味な行為は、
やがて意思を打ち砕く。
 ──────無意味、か。
 少し間を置いた後に男は鸚鵡返しの如く、岩のように厳しい顔で呟く。
 「そうよ。そりゃあ、確かに一時は温泉が出るのかもしれない。少しは、入浴を楽しめる人がいるのかもしれない」
 少女は男の険しい表情に怯むどころか、更に続ける。
 「だからって、それが何? そんな気持ち、すぐに消える」
 自分でも言い過ぎているのは分かっていた。だが、無性に腹が立つ…………いや、
癇に障ると言った方が正しいか。間違った公式を用いて数式を解こうとする生徒を見る
教師のように。或いは、決して芽の出ぬ種に毎日水を遣る愚昧な農奴を見るように。
 男の行為は、少女を苛立たせていた。
 「そこに何の価値があるって言うの? 自己満足? それとも自己陶酔?」
 質問は、攻撃だ。相手を突き崩し、穴を穿ち、打ち倒す。
 虚無主義者の強弁だ、と思った。極すれば、どうせ腹が減るから何も食べない。いずれ
は死ぬのだから人生など無価値だ。
 別に、そこまで考えていた訳ではない。反論しやすくさせてやっただけだ。議論で圧倒
し、勝利する。それは望むところではない。程々のところで折れ、妥協する。
 それで暇潰しと八つ当たりの時間は終わりだ。
 「どこまでやっても、何回やっても限がない。それって、無駄な事だと思わない?」

 男はシャベルを地面に刺し、肩に掛けたタオルでゆっくりと額の汗を拭った。
 逞しく太い腕が作業を再開し、掘り進む。
 暫くの間、土を掘り返す音だけが響く。
 やがて。
 勢い良く噴き上がる熱泉。眩しい陽射しを受けて。
 ──────無限に挑むことは、無駄ではない。
 男の口から発せられた言葉はあまりにも時間が経ちすぎていて、先程の問いへの答え
だと気づくには数秒かかった。
 空から降る水飛沫が霧雨のように舞い散る。
 喩え道半ばで倒れたとしても、道を進んだ、先を目指したという結果は残る。
 土の下に眠る湧水が目覚めたかのように、寡黙の岩盤を破って男は続けた。

 誰も通らぬ道、誰も知らぬ道行。それでもなお。
 足掻き、藻掻いた自分を。自分だけは、知っている。

 届かずとも、力尽きるまでやり抜いて。
 悩み、苦しみ抜いて己を磨き。
 ただ、自らに勝利する。
 それは、決して自己満足ではない。

 ──────人はそれを、克己と呼ぶ。

 「…………バカバカしい」
 それは、何に対しての言葉だったのか。
 男の返答。
 男の行動。
 自らの発問。
 自らの言動。
 どこまで遡るのか。
 それこそ、まさに…………。

 ふと、目を上げた。
 空に、七色の光。小さな、微かな達成の証。
 「………………虹」
 僅かに目を見開く。子どもではないのだ。虹など、特段珍しいものでもなかった……が。
 男に付き合って退屈な時間を過ごしたのも、無駄ではなかった。
 それだけは、認めても良いと思った。


                                   <了>

TIPS
※源泉…………源泉とは、地中から水が湧き出てくる場所である。水が湧き出る様子から
       転じて、物事・金銭や考えが発生する源としての意味も存在する。
※虹…………北欧神話では虹は天上の神界に通ずる橋とみなされた。

『鬼無瀬と鬼無瀬』


少女のことを思い出す。

鬼無瀬 未観。
自分と同じ、鬼無瀬時限流門弟が一人。

思えば、彼女と自分はまるで正反対だった。

小柄な彼女、大柄な自分
才に恵まれた彼女、才に恵まれなかった自分
実直な彼女、お調子者の自分

そんな自分とは正反対な彼女だからこそ、惹かれていったのだろうか。
そういえば、剣術にのめり込みすぎて倒れたりもしていたな。

「ククっ」

昔のことを思い出す自分がやけに可笑しかった。


「へへへ、悪いね。お待たせ」

目の前には、その少女が居る。
右手に短ドスを握り締め。


「鬼無瀬時限流、鬼無瀬未観」
「鬼無瀬時限流、鬼無瀬陽観」

「いざ尋常に」
「いざ尋常に」



「「勝負!!」」

『決戦前』



「まったく、虎に従ってるなんて、番長グループの奴らは何考えているんだか」
食堂の中央テーブル。
目の前の緑茶を飲みながら、鬼無瀬 陽観はおどけた口調で呟いた。
「きっとみんなネコ派なんだろうな」
「ネコ派……?ああ、そういうことか。だったら、マーヤ率いる俺達はイヌ派ってことだな」
くっくっく、と、一 は押し殺した笑いを漏らす。

「さて……」
緑茶を飲み干し、テーブルの上に静かに置く一。
それにつられ、陽観も一気に緑茶を飲み干す。

「そろそろハルマゲドンが始まる。生徒会長室へ行こう」


「遅かったわね。貴方達が最後よ」
「すいません、月読副会長」
深々と頭を下げる一に続き、陽観も急いで頭を下げる。
「まぁいいわ。それより、貴方達も会長にご挨拶してきなさい」

生徒会長室。
その中央には簡易ベッドが置かれており、一人の少女が眠っている。
簡易ベッドの周りには生徒会の面々がたたずんでおり、各々が少女に語りかけている。

一も同じく少女の傍に近寄り話しかけた。


「それでは行ってきます。結昨日商生徒会長」



「約束。ちゃんと守ってね、か……」
一は思い出す。
結昨日商に無理やり言わされた言葉を。
その言葉に対して、「絶対守るから!」と言いきった結昨日商を。

「僕達がこうして全員無事なのも、商生徒会長のお陰です」
結昨日商は、生徒会メンバー全員と『約束』していた。
必ず自分が守る、と。
結昨日商の能力は、『約束を必ず守る能力』である。
『約束』することにより、生徒会メンバーのピンチには必ず駆けつけることが出来た。
結果、生徒会メンバーは無傷のままハルマゲドンを迎えることが出来たのだが、結昨日商は重傷を負い、昏睡状態となっていた。


「会長の代わりに、私達が番長Gを倒します!」
「俺なんかを助けてくれてありがとうございました!」
「後は私達に任せて、ゆっくり休んでいてください!」

みな、思い思いの言葉を発する。
全員の感情が溢れ始めたのだろう。
声が大きくなりだし、喧騒となりだしたが―――――
パンパン、と月読が手を鳴らす音で、静寂が走った。

「さて、そろそろ時間よ。最後に会長に一言だけ言って、行きましょう」


最後の一言。
みな、最後に言う一言は決まっていた。
結昨日商を囲むように並び、生徒会メンバー全員で一斉に声をあげた。




「「「 この勝負、必ず勝ちます!『約束』します!! 」」」




――――――ダンゲロスハルマゲドン 開幕――――――――

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最終更新:2011年07月26日 05:57