~みんなで知ろう 魔人蟻のひみつ~

【魔人蟻とは?】
七月中旬より突如現れた、新たな知的生命体。急速に文明レベルを高め、人類と同等、もしくはそれを上回るほどのポテンシャルを見せている。
集団で魔人覚醒しており、高い知能、そして「蟻術」と呼ばれる独自のテクノロジーは、それにより得た特殊能力という説が有力である。
彼等の目的は、地球を食い散らす粗悪な生命体、「人類」の殲滅である。その為に対魔人戦闘のデータを採集しており、新兵器の完成後、ハルマゲドン投入によるテストが行われている。
体育館の裏、校庭の隅、番長小屋の床板の下など、希望崎学園敷地内に網の目のように巣を広げ、巨大なコミュニティを形成している。

【容姿】
ごく一般的なヤマトクロアリ。

【内部構成】
女王蟻は存在するものの、王政は取っていない。みんなのカーチャンである。カースト制もほとんどない。というかむしろ、羽蟻がやたら光に集まる事でイジられている。
基本的にみんな仲良しなので、あまり政治的な側面は持たず、常に文化祭みたいなノリ。

【役割分担】
外への食糧・資源の調達、巣の清掃などは当番制である。この間までルーレット制だったが、十日連続仕事にぶつかったやつがへそを曲げた為、変更された。
カーチャンの身の回りの世話はみんな率先してやろうとするので、ご飯の時間になると女王蟻の部屋周辺は蟻でごった返す。カーチャンはそのせいで太り気味になり困っているが、みんなの顔を見ているとなんとなく断りづらいようで、現在も絶賛記録更新中である。
その他、理系の蟻は蟻術開発局で研究したり、世話焼きな蟻が保健室でみんなの体調を管理するなど、基本的にはやりたいやつがやりたいことをやっているようだ。

【文化】
暇な時は仲間を集めて外へ遊びに行く。幼虫のやつを連れて行くとあとで怒られる為、細心の注意が必要。
巣の中では、「あの子のケツがえろい」とか「お前のくしゃみ変だよね」とかそういう話をしている。
ある日、勇敢な魔人蟻の一団が番長小屋からTVをパクってくる。勿論ものすげー危険な行為なのですっげー怒られたが、裏で英雄と賞賛された。急遽視聴覚ホールが整備され、20インチの超巨大モニターで鑑賞会が開かれた。数千の蟻達が一同に介して見守る中、TVのスイッチが入れられる。衝撃であった。巨大なエイリアンに立ち向かう為、ロボットに乗り込み戦地へ向かう志ある若者達。これまで魔人蟻の間では、人類への対抗手段が議論され続けていた。有効な手立てが見つからず、膠着状態に陥り、志気は減退し、「なんかもうよくね?」みたいな空気が生まれつつあるこのタイミングで、敵である人類そのものから差し伸べられた一つの提案。一筋の光明。彼等は巨大ロボに魅了された。
この日は、後に「変革の日曜日」と呼ばれる事となる。
民衆のロボット熱は次第に高まり、この一週間後、更に番長小屋からDVDプレーヤーがパクられた。以降視聴覚ホールでは常に何かしらのロボット番組が流れている。

【人類殲滅作戦の近況】
数ヶ月をかけて念入りに調査し、できるだけ印象の薄い希望崎学園生を捜索。これは、突然ロボットになっていてもまわりに勘付かれないようにする為である。
適合者が選出し、機動力の高い羽蟻部隊が先陣を切り彼の部屋へ突入、腕っ節の強い蟻達がそれに続く。三年生・結城ひじりは拉致され、一週間の改造手術の後、記念すべき武装蟻兵人第一号・アントダイナーへと生まれ変わった。
ロケットパンチが装備され、魔人蟻は大いに盛り上がったが、暫くすると冷静になり、「でも装甲足りてないよな」「うん、タイツはちょっとないなー」との声があがり始める。最近見始めた番組ではロボットが変形・合体していたこともあり、蟻達の関心は今や2号機の開発へ向けられている。
その所為か、一応ハルマゲドンには投入された1号機だが、割とみんな忘れ気味だ。


【アントダイナー初登校日のクラスメイトの反応】

同クラス女子生徒の場合
「あれ…うちのクラス、ロボットなんていたっけ?」
「わー、ほんとだ。全然気付かなかったなー。しかもなんだろう、微妙に小さい」
「ほう、座席表によれば、彼はひじり君というそうだよ」
「あー、なんかいたねそんな子!確かクラス会とかにも出席してたのに、全然印象にないなあ」
「結構目立つなりしてるのにねー」
「不思議だねー」

男友達の場合
「おーっすひじりー!なんだよ一週間も休みやがってよー!心配したぜー?」
「アリガトー・ゴメンネ☆チョット・カゼヒイチャッテサー・」
「そっかそっか、まあもう元気そうだな!良かったぜ!あ、なあなあ聞いてくれよー、昨日遂にゲットしたんだよ!ケンタロス!」
「スゲージャン・ヨカッタネー・ア・ソウダ・ストライクト・カイロス・コウカンシナイ?ツウシンケーブルモッテキタカラサ・」
「おう、いいぜー」
「…」
「…」
「…お前さ、髪切った?なんか雰囲気変わったわ」
「ン?キッテナイヨ・ソッカー・ナンデダロウネ?」
「なんだろうなー、なんか前より引き締まって見える」
「ア・コレジャナイ?バックパックノノズル・カエタンダケド」
「あー!それか!なるほどなーそういうことかー」
(…こいつこんな硬そうだったっけ…?)

担任の先生の場合
「合田」
「はい」
「アブカ」
「イババ!」
「飯塚」
「はーい」
「江口」
「はい」
「架神」
「ういー」


「八島」
「はい!」
「結城」
「ハイ・」
「結昨日」
「はい」
「…代返じゃねーか、誰だよお前。結昨日欠席な。んじゃあこのまま一限始めまーす。きりーつ」

無題(ドラ1結昨日商)

「今回のハルマゲドンは、厳しい戦いになりそうね・・・」
「ならば、やはり彼女を」
「私たちには、あの娘が必要なの・・・」

―ハルマゲドン開始、数か月前―

結昨日商(ゆきのあきな)は、謎の手紙によって生徒会室に呼び出されていた。

(わたし、何か悪いことしたっけ・・・?)

普段でこそ能力を悪用して小金を稼いでいる彼女であるが、能力の詳細は一部の人間にしか教えていない。
無害な魔人を装ってハルマゲドンを回避してきた自分が、何故このタイミングで・・・?
扉の前で思考を巡らせていると、ふいに後ろから声をかけられた。

「あなたが結昨日商さん?よかったー、来てくれた!とりあえず、入って!」

傍らに少年?を連れた少女―空憂愛(すくいうぇあ)。
彼女の反応からして、目的は『粛清』とかではないようだ。余計に思考が絡まる。
こんな自分が、なぜ?何の目的で・・・?
渦巻く疑念を抱いたまま、生徒会室に足を踏み入れる。


「・・・来たわね」

生徒会室の中には、二刀を携えた少女―無限遠(むげんえん)かなたと、
眼鏡をかけた教師風の女―月読芽九(つくよみめぐ)が待ち構えていた。

「・・・あんたたち、私に何の用?『仕事』なら生徒会長を通して―」
「「「お願いしますッッッ!」」」
「・・・へ?」

あまりに突然の出来事に一瞬、頭が真っ白になった。

(え?何これ?ドッキリ?)

面食らうのも無理は無い。
思考がグシャグシャになる。もう何が起こってるのか理解出来ない。

「ちょ、ちょっと・・・?どういう―」
「申し遅れました。私たち、次のハルマゲドンの為に有用な魔人をスカウトする
 『生徒会ドラフト委員』と申します」
「今度のハルマゲドンには、結昨日さんの力が絶対に必要なんですッ!」

「え・・・?待ってよ、だってあんたたち私の能力もしらないでしょ!」
「だいたい察しはついてるよ~」
「えっ」
「多分この学園の半分くらいの魔人が知ってると思います」
「マジで」
「マジです」
「・・・いや、でももしかしたら違うかもしれないよ?」
「でも、今までのデータからして十中八九あなたの能力は―」
「わーわーわー!だ、だめー!多分正解だからだめー!」

隠してたはずの自分の能力が学園中に知られてると思うとなんとも恥ずかしいものである。

「・・・じゃ、じゃあわたしが役立たずだって分かるのになんで呼んだのよー!」
「えっ」
「えっ」
「・・・いや、だって・・・結昨日家の人でしょ・・・?」
「・・・なんか、こう・・・能力にとんでもない仕掛けとかあったり」
「・・・ないよ。何も・・・」
「・・・あ、はい・・・」
「・・・帰って、いい・・・?」
「・・・一応、いてください・・・」

『結昨日商の陰謀』


「うう~、トイレ、トイレ~~」
 無神月ルカは小走りに駆けていた。
 先程、そこらへんで死んでいた魔人をリサイクルした彼女だったが、はてどうしたことか。今や突然の猛烈なDP意に駆られていたのである。
 必至に肛門括約筋を引き締めて、内またでバタバタと小走りしていく彼女。だが、ついに彼女の前に救いの扉が……。
 そう、女子トイレが現れたのである!
「た、助かったよぉぉ~~」
 ――しかし。
「入ってまーす!」
「…………!」
 なんと使用中! しかも、ここだけではない!!
「入ってまーす!」
「入ってるよー!」
「入ってるってばー!」
 全てのトイレが使用中! なんということか!!
 ルカは急いで一階上の女子トイレへと向かった。
 だが、そこも……!
「入ってまーす!」
「入ってるよー!」
「入ってるってばー!」
 さらに三階の女子トイレも同じ! 意を決して向かった四階も同じだ!!
 一箇所や二箇所ならともかく、これは到底ありえない事態!
「ひゃ、ひゃああ、も、もうらめぇ~~。DP出ちゃう、DP出ちゃうよぅ……」
 こうなってはもう背に腹は代えられない。
 ルカは男子トイレへと駆け込んだ。しかし、あろうことか……!
「入ってるぜ」
「入ってるってことよ」
「入ってるんだな、これが」
 男子トイレまで埋まっているではないか!
「ふんぎぎぎぎぃいい~~」
 ルカは出口まで差し掛かったDPを必至に抑えて、脂汗を流し、顔を真赤にしてよたよたと歩く。
 目的地は職員校舎の職員用トイレだ。そこまで行けばいくらなんでも……。
 だが、その時。彼女は信じられない光景を目にした……!
「はーい、みなさん、次はこっちのトイレでーす。はーい、順序良く入っていってくださーい」
 なんと、結昨日商が魔人を召喚しまくっては、片っぱしから学園中のトイレに送り込んでいるではないか!
 これではトイレが埋まるのも当たり前だ!
「あ、商さん……。一体、何を……」
「あら、ルカさん。ごきげんよう」
 商はルカに気付くとクスッと笑いかけた。
「あの……。これは、一体……」
「お分かりにならない? 見ての通り、トイレを埋めてるのだけど」
「な、なんで……そんなことを……?」
「あら、そんなの決まってるじゃない」
 商は、顔面蒼白となってぷるぷる震えているルカに近づくと、パコパコと腹パンしながら、
「DP我慢してる女の子が好きだからに決まってるだろ――ッ!?」
「うっ、うぇぇ……」
 まさに外道――!!!!

 果たしてルカはDPを我慢しきれるのか!?
 結昨日商の魔手から逃れ、使用されていない女子トイレを見つけることができるのか!!?


 次週へ続く――!!!

『同能力者の嘆き』


「はぁ、どうしたもんかしら……」
 食堂で物思いに耽る少女の名は結昨日商。此度行われるハルマゲドンにて、ドラフト1位で生徒会に指名された少女である。
 だが少女は自分がドラフト1位で選ばれるような能力ではない事を自覚していた。
 確かに使い方によっては非常に強力である。だが、あくまでも作戦の主軸にすることはできない。そういう能力だ。
 だからこそ、ドラフト1位というのは青天の霹靂であった。
「あれ、商ちゃん。どうしたの?」
 一人考え事をしてる様子の彼女が珍しかったのか、少年が声をかける。
 少年の名は神有月 空虚。商とは学園に入学してからの付き合いである。
「あぁ、アンタね……。実は――」
 商は自分がドラフト1位に選ばれたことを話す。ちなみにドラフトは2人がこうして会話をしている間にも続いていた。
「へぇ……。でもまぁ、商ちゃんの能力が強力な事には変わりないんだし、いいんじゃない?」
「アンタが自分でそれを言うのはどうかと思うけど……」
 商も空虚も基本的に能力は秘密にしている。だが、2人はお互いの能力を知っていた。
 理由は2人の能力でできる事が殆ど同じものであるからだ。性の差を考えなければまったく同じ能力といっていい。
 勿論、さすがに能力原理は異なる。商は約束を絶対遵守させる能力で、空虚は現実を書き換える能力だ。
 だがそれでも2人は初めて出会った時に直感的に理解した。お互いの能力が同じ結果を齎すものであると。
 入学してからの付き合いというのは、その縁が齎したものである。
「で、えーと……今の参戦状況は……」
 空虚が小脇に抱えていた名簿を開く。何よりも生存を重視する空虚にとって、誰が参戦するかは非常に重要な情報であった。
 ハルマゲドンといった物騒な行事が多々勃発する希望崎学園において、参戦者動向は命に直結すると言ってもいいからだ。
 空虚が所持している参戦者名簿は自動的に参戦者の名前が書き込まれるというシロモノだ。空虚はこれを元に自分の能力が一番活きる陣営に潜り込むのだ。
 現在も生徒会と番長のドラフト係によるドラフトは続いており、次々と名簿に新たな名が刻まれていく。
「――あ」
 番長陣営に参戦することとなったある人物の名前を見て、思わず声を上げる空虚。
 何事かと思い、商も参戦者名簿を覗き込んで……同じように声を上げる。
「……げ。まずいわね、これ……」
 阿天小路御影。それが2人に声を上げさせることとなった人物の名前である。
 商も空虚も彼女のことを良く知っていた。――やはり、入学してからの付き合いがある人物だからだ。
 付き合いがあるといっても、あまり良いものではない。何せ、2人とも御影に『卑怯者』というレッテルを貼られているからである。
 御影は曲がったことが大嫌いな正々堂々とした勝負を好む魔人である。故に魔人能力もそれに相応しく、召喚されたものを轟音で両断するというものであった。
 対する商も空虚も方法は違えど、召喚した者に戦いを任せて自分は逃げる……という能力だ。御影が嫌うのも納得できる話だ。
 2人とも能力を秘密にしていたのだが、武人の直感か御影にはやはりバレてしまい、事あるごとに「正々堂々勝負しろー!」と追いかけられている。
 勿論その度にそれぞれ能力で身代わりを呼び出し、逃げ出しているのだが……御影の火に油を注ぐこととなっているのは言うまでもない。
 そんな関係が入学してから3年生になる今までずっと続いているのだ。
 最早、御影は商と空虚の天敵と言っても差し支えない。2人が苦い顔をしたのもこれが原因だ。
「うん、商ちゃん――長いようで短い付き合いだったね。僕はちょっと番長陣営に自分の能力をアピールしてくるよ」
「あっ!? ちょっとアンタだけ逃げる気!?」
「そうだよ。僕の能力は逃げ特化なんだから、逃げてもいいじゃない」
「そうはさせないわよ……! アンタもアタシと同じ生徒会陣営に来なさい!」
 立ち去ろうとする空虚をがしっと捕まえる商。
「やめろよ!? 味方陣営に役立たず増やしても意味無いだろ!?」
「敵陣営に強敵を増やさないという意味はあるわ!」
 振り払おうとする空虚だが、商は離れない。
 男女という違いはあれど、2人の身体能力には差がまったく無いからだ。こんなところまで同じなのであった。
 そうこうしているうちに空虚の持つ参戦者名簿に新たに名前が書き込まれる。
 ――生徒会陣営:神有月 空虚、と。
「あぁぁぁー!?」

『スタックの勉強』

 この度、魔人の代わりとしてハルマゲドンに参加することとなった灰色熊、すてふぁにー。
 飼育委員の3人がすてふぁにーに餌を与えているところを、神有月 空虚と結城ひじりがカードゲームに興じながら眺めていた。
 ちなみにひじりはアントダイナーに改造済みなのだが、空虚も含めてこの場にいる人物は誰一人として改造されていることに気付いていない。
「ねぇ、ひじり君。ちょっと気になることがあるんだけどさ」
「ン・ナンダイ? アア・ライフヲ・ゴマカシテ・ナイヨ?」
「その件に関してはこっちでもちゃんとライフメモってるから、ちゃんとライフカウンター戻してね」
 しょんぼりしながらライフカウンターを正しい値に直すひじり。
「って僕が気になってたのはそれじゃなくて。あれだよ、あれ」
「アレ?」
 2人の視線の先には相変わらず食事中のすてふぁにーの姿があった。差し出された肉を食べつつも、目が須賀の脇腹を狙ってるように見えて怖い。
「うん。灰色熊の能力って何なのかなぁって」
「ソリャ・バニラジャナイ?」
「いやいや、でもハルマゲドンのスタメンに選ばれる熊だよ? きっと勇丸もびっくりの能力を持ってる筈だよ」
「イヤ・イサマルモ・バニラナンダケド」
「僕としては、ショックを打たれたら巨大化する能力なんじゃないかなって思うんだけど、どう?」
「ナルホド・ソレハ・タシカニ・ハイイログマ・ラシイ」
 うんうんと頷いて納得した様子を見せる2人。
「しかしさー。熊なんてわざわざ巨大化で守る必要あるのかなー」
「ソレヲ・イッテシマエバ・マズ・ショックヲ・ウツヒツヨウアル?」
「いやいや、もっと言ってしまえば熊を採用する理由だよ」
「ブードラトカ?」
「あぁ、そっか。ブードラなら‥‥。うん、クリーチャー排除も保護も理に適ってる‥‥のかなぁ」
「デショー?」
「うん、それはそれとして。制服の袖からカード取り出すのやめてくれないかな?」
「エ・エー・ソ・ソンナコトシテナイヨ?」
 言いながら、先ほどイカサマで取り出したカードをおずおずと腕の収納スペース(開閉ギミックつき)に戻すひじりであった。
 これでも周囲の人間は未だにひじりの変化に気付いていないのだから、魔人蟻の開発能力は逆に凄いのかもしれない。

 ちなみに、後日灰色熊の能力を聞いた2人の落胆っぷりといったら、それはもう酷いものであった。

『歪みと、真っ直ぐ』

 神有月 空虚は悩んでいた。悩んでいたとはいっても大層な悩みではない。
「うーん……力水か、それともリアルゴールドか……。どっちにしようかなぁ」
 腕組みしたまま学園内に設置された自販機を睨む空虚。単純に飲み物をどうしようかと悩んでいるだけだ。
「よし、決めた。ここはドクペで――」
 意を決した空虚がボタンを押そうと指を伸ばす――が、ドクターペッパーが出てくることは無かった。
 何故ならば、彼が押すよりも先に、横合いから伸びた竹刀が別のボタンを押してしまったからだ。
「あぁー!? ホットのアクエリアスってどういうことだよ!?」
 ドクターペッパーの代わりに出てきたのはアクエリアスのホット。夏に飲むものではないし、冬でも飲むかと言われたら首を傾げざるを得ないシロモノだ。
 過去に空虚は興味本位で飲んだことがあるが、あまりのマズさに一口で捨ててしまったという経験がある。それなのにホットアクエリアスが自販機から消えることは無い。一体どの層に需要があるのだろうか。
「おい、なんてことしてく――」
 文句を言う為に振り返る空虚。だが、その文句は途中で止まってしまった。
「いや、これはすまんかったのう。しかし、飲んでみれば意外といけるかもしれんぞ?」
「――御影ちゃん」
 阿天小路御影。
 小さな体に大きな器、曲がったことが大嫌いな空虚の天敵ともいえる剣道少女がそこにいた。
「お前さんが飲まんというならば、私が……」
 言いながら御影が瞬きをした次の瞬間。
 既に空虚の姿はそこには無かった。代わりに、
「お、おぅ……!? なんだこらやんのかヒャッハー!!」
 自販機の前でうろたえているモヒカンザコの姿があった。
「……えぇと」
 少し戸惑いながら現状を確認する御影。
 ――確かこのモヒカンザコがカツアゲをして、それで得た金で飲み物を買おうとしてたから制裁しようと思って……。
 御影の記憶に間違いはない。それは確かに事実ではあるし、モヒカンザコもカツアゲをしたという記憶を持っている。
 だが、
 ――違う。
 それは本来の世界の事実ではない。空虚が因果律を操作し、世界を書き換えて作った事実だ。
 世界を書き換えるといっても一から十まで全てを書き換えることができる程万能ではない。せいぜい『世界が破綻しない』程度に書き換えることしかできない。
 故に、必ずどこかに綻びが出る。違和感が生まれる。
 常人なら決して気付かない綻びに気づくことができるのは、やはり因果律操作能力者や上位存在。もしくは武の修練の果てに、直感を五感同様に当然の感覚として使えるようになった武人。
 武人の超直感に加えて、御影の魔人能力は呼び出された者に対して効果を発揮するものだ。故に彼女は世界が書き換えられたことに気付いたのだろう。
 ……ちなみに。そんな彼女であっても、結城ひじりがアントダイナーに改造されている事には気付いていなかったりする。
「えぇ、あやつは……! 人の話も聞かずにさっさと逃げ出しおって……!」
「ヒャッハー?」
 そうと分かれば、最早ここに留まる理由は無い。御影はモヒカンザコに背を向けて走り出す。
「が、それはそれとして。悪はきっちり成敗しておかんとな!」
「ヒャッハー!?」
 去り際に、しっかりと無形刀〝鵆〟をモヒカンザコに叩き込むのであった。


 それからしばらく、空虚と御影の鬼ごっこが続いていた。
 鬼ごっこといっても、空虚は御影に追いつかれる度に世界を書き換えて逃げるので決して捕まりはしない。
 戦うのであれば御影は正しく空虚の天敵なのだが、逃げるだけであれば御影の刀が彼に届くことはないのだ。
 しかも空虚が代わりに呼び出す存在は、御影にとって成敗しなくてはいけない悪者であった。故に、彼女は囮だと理解しつつも鵆を放つ。
 強力な技である鵆だが、弱点が1つある。撃てば疲れてしまうというものだ。4回も使えば一般人と大して変わらない程度の攻撃力にまで落ちてしまう。
「やー、御影ちゃん。お疲れ様ー」
 2人の鬼ごっこは、最初に2人が出会った自販機の前で終わりを迎える。
 御影が無力化したのを確認した空虚が、そこで飲み物を買って待っていたのだ。
「あ、喉渇いてる? だったらホットアクエリアスなら奢るよ?」
「――」
「ちょ、痛い痛い!? いくら一般人レベルとはいっても、竹刀で叩かれたら痛い事には変わりないよ!?」
 いくら空虚が弱いといっても魔人には違いない。痛みを与えるだけの殴打に虚しさを感じたのか、御影は竹刀を振るうのをやめる。
「……やめるのならもっと早くやめてほしかったなぁ」
「まったく、そうやって逃げるから成長せんのじゃ。少しは戦わんかい」
「そう言われてもなぁ……」
 空虚の思考が一瞬で過去に飛ぶ。

 神無月 虚空。
 それは空虚にとって絶望の象徴。死の災厄。出会ってはいけないモノ。
 だから空虚は逃げる。逃げ続ける。決して会わないよう、戦わないように――。
 ――世界を歪ませることが原因で、虚空との再会の日が近づいていることを、空虚は知らない。

「……僕じゃどうしようもない存在からは逃げるしかないし」
「馬鹿め。そういう時は友人や仲間に頼ればいいじゃろう。何のための学校生活じゃ」
「じゃあ、御影ちゃんは僕がピンチになったら助けてくれる?」
「絶対に嫌じゃ」
 有無を言わせぬ即答。真顔のそれは潔過ぎて文句の言い様も無い。
 だが彼女は表情を崩し、空虚に微笑みながら口を開く。
「……ま、お前さんが卑怯者じゃなくなって、真っ直ぐな人間になったら考えてやらんでもないぞ?」
 ――あぁ、くっそ。ずるいなぁ。

 そんなことより、とは御影の言葉。
「……何故先ほどは逃げた?」
「えっ」
「えっ」
 しばらくの沈黙。それから先に空虚がやや気まずそうに口を開く。
「いやぁ、その……御影ちゃんに会うとどうしても逃げなきゃいけないような気がして……。その、体に染み付いた性というか」
 空虚は事あるごとに御影に「この卑怯者! 根性を叩きなおしてやる!」と追いかけられている。この点については結昨日商も同じくだ。
 だから今回も一目散に逃げ出したのだろう。
「……せめて話を聞くぐらいはしてほしいものだがのう」
「あはは、ごめんごめん。……うん? 話? 御影ちゃんが僕に?」
「今回のハルマゲドンについてじゃ」
 近々行われるハルマゲドン。この戦いにおいて、空虚は生徒会に属し、御影は番長グループに属していた。つまり敵同士というやつである。
「敵の僕に? 一体何を話そうというのさ」
「うむ。――正々堂々と戦おう、そう挨拶しようと思っての」
「――」
 御影の言葉に、空虚は呆気に取られる。
 空虚は正々堂々と戦う能力を持っていない。それは御影もよく知っている筈だ。
 それでも、御影は挨拶に来た。……あまりにも御影が真っ直ぐで、空虚は彼女の顔を直視することができなかった。
「んー、そうだね」
 飲み干した紙コップをゴミ箱に捨てる。鳴り響くチャイムが、休みの終わりを告げていた。
「まぁ、御影ちゃんにそこまで言われちゃったら……僕も少しは考えるよ」
「本当か?」
「うん。大好きな御影ちゃんの言葉だからね」
「――は?」
 御影が追求するよりも先に、空虚は姿を消していた。


 ――世界の歪みすら無視する真っ直ぐなところ。きっと僕はそんなところが大嫌いで……大好きなんだろうなぁ。

『空虚』


 山乃端 一人が殺された事が発端で勃発したハルマゲドンは生徒会陣営の勝利という結果で終わった。
 勝利し、生き残った事喜びを分かち合う魔人達。
 だが、戦いに勝者がいるのなら敗者がいるのも事実。そして、敗者の多くは‥‥死亡してしまった。
「‥‥御影ちゃん、死んじゃったなぁ」
 生徒会陣営の神有月 空虚は、勝利の祝宴を抜け出し凄惨な戦いが繰り広げられた戦場へとやってきていた。
 彼が想うのは、番長陣営に属しており、この戦いで死んでしまった少女‥‥阿天小路御影。空虚にとって天敵であり、大嫌いで‥‥何よりも大好きだった真っ直ぐな少女。
 御影を殺した仲間達に恨みは無い。殺らなければ殺られる。それがハルマゲドンだからだ。実際、御影も生徒会陣営の無限遠かなたを殺している。
 だから戦場に立った者が死ぬのは仕方ない。そう考えている。
 ‥‥だが、だからといって悲しくないのかと言われたら、話は別だ。
「結局‥‥最後の最後まで正々堂々と勝負することは無かったなぁ」
 御影と交わした最後の会話。真っ直ぐな笑顔。それらを思い出すたびに、胸がぎりりと痛む。
 もう御影に竹刀を持って追いかけられることもない。
「鬱陶しいと‥‥煩わしいと思っていたのに‥‥」
 鬼ごっこの無い日常なんて――想像するだけでなんてつまらないんだろうか。
「くっ‥‥が‥‥ぁ‥‥!」
 あまりの息苦しさに胸がつまる。むせるように息を吐いてから、なんとか呼吸を取り戻す。
 御影の事を想うだけで胸が苦しくなる。
「あぁ、やっぱり――」
 ――僕は御影ちゃんの事が大好きなんだなぁ。

 それから決意を固めるのは早かった。
 空虚が望むのは御影の蘇生――いや、御影が死んだ事実を生き残った事実に書き換えること。
 空虚の魔人能力なら、それができるかもしれない。
「ま‥‥分の悪い賭けってレベルじゃないけどね」
 元々、空虚の因果律操作はあくまでも世界が大きく歪まないレベルで使用していた。だからこそ空虚の体に大きな反動などはなかった。
 だが死んだ人間を結果的に生き返らせる。そんな大きな改変をしてしまえば空虚がどうなるか‥‥いや、それどころか世界が歪みでどうなってしまうか。
「でもまー‥‥そんなの知ったこっちゃないよね」
 空虚の人生はあくまでも『空虚』。それに光を当ててくれた御影という存在を取り戻す為ならば、『空虚』なんて代償は安いものだ。
 空虚は目を閉じ、両手を広げ――世界に触れる。
 番長陣営が勝利した可能性。御影が戦線離脱した可能性。御影が動けずに放置された可能性。そもそも御影が参戦してなかった可能性。
 それらのうち、世界の歪みが最も小さくなる可能性を探っていく。
「――っ!?」
 激しい頭痛が空虚を襲う。目の奥から発せられる強烈な痛み。
 どろりとした液体が目から流れる。目を閉じている為触覚でしか分からないが、血だろう。
 これは警鐘だ。このまま能力を使うと、死んでしまうと――。
「‥‥あぁ、だろうね」
 分かる。
 黒い人型が一歩一歩空虚に近づいてくるイメージがある。
 それこそが死。それこそが絶望。それこそが終焉。それこそが――神無月 虚空。
 この時になって初めて空虚は理解する。自分が世界を歪めるという行為こそが、虚空との遭遇を早めていたということを。
「でもまぁ‥‥それならそれでいっか」
 むしろ逆に諦めがつくというもの。
 死がいずれ遠くない未来に訪れるというのであれば‥‥ここで残りの人生を使い切るのも悪くない。
「――っ! アンタ、何してんの!?」
 声が聞こえる。目を閉じているので声で判断する、結昨日商だ。
 恐らく彼女は宴を抜け出した空虚が気になって探しにきたのだろう。
 そして空虚と付き合いの長い商には彼が何をやろうとしているのかも一目で分かったのだろう。
「アンタがそんなことしなくても! 希望崎学園には蘇生ができる魔人もいるし、なんとかなるでしょ!?」
「ダメだよ、それじゃあ」
 何故なら、
「やっぱり‥‥好きな女の子の為に命を張るぐらいじゃなきゃ、男って言えないからね」
「――」
 馬鹿だ。
 どうしようもない馬鹿だ。だが、
「‥‥馬鹿は死ななきゃ治らないって言うしね。しょうがない、いっぺん死んできなさい」
「うん、そうする。馬鹿は死んでも治らないって言葉もあるけどね」
 世界が――歪む。


 保健室のベッドに眠っていた少女が目を覚ます。
 彼女の名は阿天小路 御影。先のハルマゲドンで激しい戦いの末に、深い傷を負いながらもなんとか『生き残った』魔人だ。
「‥‥え?」
 おかしい。
 確かに戦いの記憶はある。自分がベッドで寝ている理由も分かる。理解はできる。
 だが、納得はできない。
「だって、私は」
 瞬間、全てを理解した。
 何故自分が生きているのか。誰がこのような結果を作ったのか。
「‥‥卑怯者が」
 空虚が、どうなったか。
「好きだと言うだけ言って逃げるなんて――男の風上にも置けんやつだ」
 あぁ、だから。
「――追いかけて。必ず、その根性を叩きなおしてやる」

~~ 灰と青春と魔人能力 ~~

―― 火霊恰キャラ説補足 ――

希望崎学園3年男子、火霊恰(ひのたま あたか)。
彼は幼少時、首を切られようと干からびようと、自らを焼き尽くすことにより灰の中から復活する火の鳥の伝説に憧れ、自分も火の鳥のようになりたいと願ううちに魔人へと覚醒した。
魔人となった火霊は自らが炎を操れること、その炎により自身の肉体を一度灰化させることで、灰の中から健康体として復活することができることを認識した。
そして、当然であるが、嬉々としてその能力を魔人覚醒直後に試した。
自分は憧れの火の鳥に近づいたぞ――喜び勇んで体に火をつけた火霊であったが、直後、自らの能力を後悔することとなる。
熱いのである。
両肩に火を乗せながら大慌てで消化しようとするも魔人能力で一度点けた火は消えることなく、結局、顔全体を火が覆い、酸欠で意識を失うまで火霊は転げまわって苦しんだ。
しばらく後、灰の中から復活した火霊は心に誓った。

――僕、もう二度と魔人能力なんか使わないよ――

以降、しばらくの間は火霊にとって平穏な日々が続いた。
しかし、転機は訪れる。
“ソレ”はプラスチックケースに入った、高々12cmの円盤でしかなかった。
“ソレ”は火霊にとって見慣れた黒い円盤でしかなかった。そのはずだった。
しかし、
“ソレ”によって、後に己がどのような運命を辿るか、神ならぬ身である火霊には知る由もなかった。

――火霊が手にしたもの、それはコンピュータゲームの古典名作「Wizardry」であった――

火霊は愕然とする。
Wizardryとはなんと辛く苦しいものであろうかと。
あるとき、火霊が操る冒険者が東へ進めば、なすすべもなく亡霊に取り殺された。
あるとき、火霊が操る冒険者が南へ進めば、格下の敵相手に全力で最善手を打ったはずが全滅していた。
あるとき、火霊が操る冒険者が西へ進めば、壁の中へと消えていった。
恐らく、普通の人間であればこの事態を前にして行うことはひとつであっただろう。
そう、コントローラーを投げ捨てるという、伝統的行事である。
しかし、火霊はコントローラーを投げ捨てなかった。
なぜか。
お小遣いが少なかったため、コントローラーが壊れることを恐れたのである。
そして火霊はやり場のないその憤りを、能力発動する(自分にあたる)ことでやり過ごすことにしたのであった。
熱い、死ぬ、文字通り死ぬ――その苦しみで己の悲運を誤魔化した。
そして灰化から復活した後はWizardryを再開し、少々の不運も身を焼かれる苦しみに比べれば大したことないと誤魔化した。
誤魔化しきれぬほど憤りが溜まったらまた自分に火を点ける。
灰になる苦痛を胸にWizardryをプレイする。
100度は焼死と復活を繰り返しただろうか、そのころ、火霊は異変に気付く。
己が身を焼くことが苦ではない。
いやそれだけではない。
Wizardryで不運に遭うことが苦ではない!
生と死の溶け合った世界を進むうち、火霊は人生における苦しみをどこか遠い場所から眺めているかのような心持ちとなっていた。
火霊が能力によって灰となる回数は激減した。
代わりに、瞑想の時間が増えた。

眉ひとつ動かさず己を焼き尽くすことができるようになったとき――火霊はWizardryをクリアしていた。

もはや火霊は自分にあたるために能力を使うことはなくなった。
自分が生と死の狭間で見てきた世界のその先を求め、今日も己に火を放つ。
その様は、座禅を組み、火を放ち、燃え尽きるまでの一挙一動が、芸術的とまで言えるほどの完成された所作となっている。

火霊の能力発動を目にした魔人達はこう言う。
なんと見事なものだろうか。俺も負けてはいられねぇ、と。
いまや、火霊の能力は他人の心にも火を放つことができるようになっていた。

~~ 火霊恰に見る、ゆとらぬ心の秘訣 ~~


希望崎学園の平和を乱す番長グループらは
腹を切って死ぬべきだ。また、彼らは
ただ死んで終わるものではない。
唯一神火霊恰が地獄の火の中に
投げ込む者達だ。彼らの支持者も同
様だ。理由は他人を殺すなら自分が
死ぬべきだからだ。詳しい理由は生
徒会広報等で熟知すべし。

火霊

生徒会ドラフト7位指名
火霊恰(ひのたまあたか)

■■■

廊下に貼られたポスターを眺める人影がふたつ。
生徒会の黄金(ゴールデン)ペア、結昨日商と神有月空虚である。
二人の視線は同じようにポスターへと向けられているが、その表情は対照的だった。

「コイツで最後ね。これで明日には学園中に唯一神ネタが溢れて私のドラ1ネタは忘却の彼方へ……っ!」
「……ねぇ、商ちゃん。思ったんだけど、やっぱり本人の許可なくコレってまずいんじゃ……」
「何言ってるのよ。アンタも共犯者の癖に」
「そうだけどさ……もしバレて、しかももし火霊君が怒ったりしたらって不安になってきて……」
「アイツが怒ってるとこなんて3年間見たことないし大丈夫でしょ」
「だから怖いんだよ!普段怒らない人が怒ると怖いってよく言うじゃん!」
「まあそうかも知れないけど、それでも大丈夫よ。バレっこないんだから」
「そうかなぁ……」
「このポスターは人海戦術(私の能力)で一度に学園中に貼り付けたわけだし、
それぞれのポスターを貼った人から私が名前が割れないよう色々気も配ったし、
それにいざとなれば因果律操作(アンタの能力)でなんとでも白を切ることができるでしょ」
「そう都合よくいくかなぁ……」
「ほんとアンタは心配性ね!大丈夫よ!このポスターを貼ったのが私達だなんて絶対バレないって!」

浮かない顔の神有月にあくまで気楽そうに応える結昨日であったが、そのとき、

「ほう。このポスターを貼ったのは結昨日さんだったのか」

背後から耳慣れた声が響いた。

――この声は火霊!
抜かった!完全犯罪のつもりが現行犯逮捕になろうとは!

突然の出来事に振り返ることも出来ない結昨日の顔を冷や汗が幾筋か流れた。
最悪の事態に直面し、かすかに膝が震える。
しかし、動かぬ体とは裏腹に、結昨日の頭はフル稼働していた。
どうすればこの窮地を乗り切れるか、その答えを捜し求め――結果、

「ごめんなさい火霊君!これはこの神有月にやれって言われて無理やりに!」

結昨日は振り返り、共犯者を売った。
火霊に声をかけられてからわずか0.5秒後の出来事である。
しかし、

「その信楽焼きは神有月というのかい」

なんということであろうか。罪をなすりつけたはずの共犯者、神有月の姿はそこに無く、
そこにはただたぬきの焼き物が物も言わず鎮座するだけであった。

――因果律操作!あの野郎!アタシ一人に罪を擦り付けて逃げやがった!

己の言動を棚に上げ、憤る結昨日。
しかし、どんなに腹を立てたところで神有月が帰ってくるわけでも目の前の火霊がいなくなるわけでもない。
観念した結昨日は、せめて穏便に事を運ぼうと、

「ごめんなさい。ドラ1ドラ1ってネタにされてムシャクシャしてやりました。今は反省しています……」

誠心誠意謝罪することにした。
頭を下げ、さてこの後どうなるかと早鐘のように鳴る胸を抑える結昨日であったが、

「あなたの懺悔を聴きました。神はあなたを許します」

火霊はノリノリであった。そして、

「謝る必要はないよ。どうせ番長グループとは死闘を演じるわけだし、これも誤差の範囲かな」

そんなアバウトな発言を残し、その場を歩き去る火霊。
遠ざかる背中を見つめながら、結昨日はほっとため息を吐き、呟いた。

「神有月のやつ見つけたら地下迷宮に放り込んでやろう」

――結昨日商、彼女もまた折れぬ心の持ち主であった。

□□□

ゆとらぬ秘訣その1.ノリ
ゆとらぬ秘訣その2.こまけぇことはいいんだよ!

ゆとらぬ心……それはどのような不運、理不尽に晒されようと、泣かず・怒らず・投げ出さず、目標へと邁進する心である。折れぬ心、あるいは懲りない心とも。

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最終更新:2011年07月26日 05:48