ツーリストpage7


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「ソフィア!ハーパーに連絡しろ!『旅人』を阻止させるんだ!」
「了解です!」
ソフィアは携帯を取り出したが、使い物にならないことを思い出し、すぐに部屋の固定電話に手を伸ばした。
だが受話器からはなんの音も聞こえてこない。
「電話器死んでます!」
「こっちもだ、ドアが開けらんねえ!電子ロックでコード知らなきゃロック解除できねえようになってやがる!」
「それなら窓を…」
「無駄だ、ソフィ……」
「普通に開けるつもりはありません!」
ソフィアはM9を両手で構えると窓ガラスに向け立て続けに三連射した!
バン!バン!バン!……しかし,ガラスには僅かな傷がついただけ。
「ぼ、防弾ガラス!」
「だから無駄だって言ったろ。こんな要塞みたいな家の窓が防弾ガラスじゃねえわけねえ」
「それじゃどうすれば外に!?」
「この家の電源を探すんだ。電子ロックなら、電源を止めりゃドアは自動開放されるんだよ!」
「…それならきっと」
ソフィアは家の裏手へと駆けこんだ。
「…あった!」
「カンがいいな。この手の設備は大抵家の裏手、台所か倉庫の近くだ」
ディミトリィが配電盤を開いてメインスイッチを切ると、横の裏口が音もなく開いた。
家の表に走るとレンタカーへ。
「運転頼む!」
拳銃を抜いてディミトリィが助手席に滑り込んだ。
「……は、はい」
「町に入られたら厄介だ。途中の砂漠地帯でヤツに追いつけ!オレが仕留める!」
「了…解です」
頼りなげな返事…。
ガクンという大きな振動とともに、車のエンジンが咳き込んで止まった。
「おまえひょっとして……運転下手か?」
「はいっ!」
今度は元気に返事してエンジンを再始動すると、ソフィアは迷わずアクセルペダルを床まで一気に踏み込んだ!
「おわっっ!」
安レンタカーの薄い背もたれにディミトリィの背中がめり込む!
派手なスキール音とともに車が前に飛び出したすと、今度はディミトリィの側のウィンドミラーが門柱に接触しモゲて飛んだ!
そして家の敷地を飛び出して州道を西にとるとき、車は派手に一回転と1/4、つまり450度ターンを決めた。
ワザとやったんなら凄い腕だが、もちろんワザとではない!
「おい!交代しろ!やっぱりオレが運転する!」「そんな時間ありません!」

 ハーパーには確信があった。
次の殺人ウィルスを使う殺人が最後の犯罪。
そしてベックマンが恐れていた「とびきり邪悪なイベント的殺人」に違いないと。
そしてその舞台は…
(間違いない!あのゴールドラッシュ展だ!掲示板をエサにFBIの目をフィラデルフィアに引きつけておいて、同時期に開催されるゴールドラッシュ展を狙う。そしてそのターゲットは……)
E=Everybody……つまりは皆殺し。
一年のうち「少なく見積もっても」365日は晴れると言われるカリフォルニアで、ハーパーの背中に寒気が走る。
(だが……FBIやロス市警を動かすには、「旅人」の殺人とゴールドラッシュ展を結び付ける証拠が必要だ!)
どうすればゴールドラッシュ展と「旅人」を結び付けることができるのか?

『自分の尻尾を加えることで無限円環を意味するドラゴン。それがウロボロスです』

「そうだ!」
ハーパーが思わず声に出して叫び、店主のボブが驚いたように目を剥いた。
「さっきのニュースで言っていたゴールドラッシュ展出展品の盗難事件だ!ニューヨークで使われたボルカニックライフルがゴールドラッシュ展の出展品から盗まれた品だったとしたら!?」
ロスからニューヨークへ。
そして全米を駆け巡って再びロスへ。
「…それですべての辻褄があう!!」
(ロス市警に照会だ!)
ハーパーは直ちに携帯を取り出した。
『…お待たせしました。ロスアンゼルス市警です』
聞き覚えのある声。
なんどか顔をあわせたこともあるソバカス顔の女性警官の声だ。
「オレはハーパー、チャールズ・ハーパーです。すみませんが監察部の……」
『ああ、奥さんね。ちょっと待って……』
婦警もハーパーの声に聞き覚えがあったらしく、二つ返事で電話を回してくれた。
だが、内線回送された先で受話器をとったのは彼の妻ではなかった。
『……ハーパーさん?僕です。マイクです。もうしわけないですが奥さんは……』
「あれ?いないのか??」
『今日はチーフや部長のお供でゴールドラッシュ展のオープニング・セレモニーに出席してますよ』
「な、なんだって!?」

 ハーパーは、盗まれたゴールドラッシュ展示予定品の中にボルカニックライフルがあったかどうか、調べてくれるようマイクに依頼して電話を切った。
これまで「旅人」は、FBI捜査官としてのハーパーが追う獲物だった。
しかしマイクの話によると、ハーパー自身の妻が「旅人」の最後の舞台にキャストとして上がっているという!
店の時計はあと20分ほどでゴールドラッシュ展が開幕するという時刻を示している!
(…時間が無い!!)
マイクからの調査結果は待てない。
血相変えてハーパーはホットドッグスタンドを飛び出した。
「そんなバカな!?」
フロントガラスに噛みつこうとでもするような姿勢で、ソフィアがもらした!
「もう荒れ地を抜けてしまったとでも!?」
「そんなはずぁねえ!」
ソフィアに負けない大声でディミトリィも怒鳴り返した。
「こんな砂に覆われた道を高速でぶっ走ったら、必ず砂埃が巻き上がる!けども、見渡す限り砂埃なんて……」
…そのとき!
車の右手で低く鈍い爆音が沸き起こったかと思うと、数メートルほどの砂岩の崖から、巨大な黒い影が飛び出してきた!
「待ち伏せかっ!」
ディミトリィの叫びと同時に、車のルーフを重い車輪が一撃!
鉄製のルーフ中央が一気に4インチ以上もめり込んだ次の瞬間、青白い幽霊のようなカラーリングのバイクが車左手に着地!
その乗り手の右手に長銃身のルガーが!
「アタマさげろーっ!」
自分も身を伏せながら、とっさにソフィアのアタマにも左手をかけてハンドルに叩きつけるような勢いで頭を下げさせる!
バイクと車、唸る二つのエンジンで拳銃の発砲音は聞えなかったが、車の右と左、二枚のガラスが粉々になって吹き飛んだ!
「ぶつけろソフィア!」
「……了解っ!」
ソフィアが手荒くハンドルを右にきると、波打つように蛇行した車の後部がバイクを襲う!
重量1トンを超える鉄の塊のアタックを受け、バイクのバランスが一瞬崩れた。
「お返しだぜ!」
ディミトリィのベレッタM9も猛然と火を吹いた!
バイクのバランスを半ば腕づくで立て直すと、「旅人」は車の後部へとバイクを素早く横滑りさせた。
「……チャンス!」
ルームミラーでこれを見たソフィアが、今度は床までブレーキを踏みける!
車とバイクの車間が一瞬でゼロになり、バイクの前輪が車のリアバンパーに触れた!
しかし「旅人」は追突しかかった状態でクルマのトランク部分に蹴りを入れると、今度は車の左へと滑り出た!
「ソフィア!頭を下げろ!」
ディミトリィが叫びソフィアが頭を下げると、伏せたソフィアの頭越しに「旅人」とダィミトリィの銃撃戦が始まった。
残っていたガラスはあっというまに総て砕け散った。
ベレッタが吐き出す焼けた薬莢が車の中で飛び跳ね、いくつかはソフィアやディミトリィにもぶつかったが、熱いと感じる余裕など無い!
(5発……6発……)
猛スピードで走りながらの銃撃戦……しかしその中でディミトリィは冷静に敵の発射弾数をカウントしていた。
(P08のマガジンは装弾数7発。薬室に1発あったとしても、最大で8発……)
……マガジンを交換するには両手を使わねばならない。
しかし高速でバイクを運転しながら、ハンドルから両手を離してマグチェンジするのは、不可能ではないまでも極めて困難だ。
(あと2発撃ったら、ヤツは弾切れだ。そこで、決めてやる!)
車の右に左にと車線を変えながら銃撃をかけていた「旅人」のバイクが突然スピードを上げ、左から一気に車を追い抜いた。
「旅人」のP08が2回撥ね、ルームミラーと左ウィンドミラーが弾け飛ぶ!
「今ので弾切れだぁっ!!」
ディミトリィがM9を両手ホールドし狙いを合わせた。
……「旅人」とディミトリィの目があった。
(笑ってる!?)
そしてディミトリィは、車のボンネットからもうもうと白煙が吹きだしているのに気がついた!
「オーバーヒート?!」
「そうか、ヤツがあの要塞みたいな家から脱出したとき聞えた、あの2発の銃声は、これだったのか!」
家から脱出したとき、「旅人」は二人の乗って来た車のラジエターに2発、弾を撃ち込んでおいたのだ。
連絡手段の無い砂漠地帯の真ん中にディミトリィとソフィアを置き去りにして、自分は
悠々とロスに向かう……。
「……はめられました」
「狙った場所でエンコさせるため、敢えて勝負を仕掛けたのか!畜生っ!!」
ヤケクソでディミトリィの最後の一発は、もちろん「旅人」には当たらなかった。
「旅する死神」の後ろ姿は、みるみる小さくなっていった。

ゴールドラッシュ展会場に向かったハーパーの車は、事故発生によるノロノロ運転の群れに飲みこまれつつあった。
「くそっ!こんなときに!」
裏道を行くか?と思ったそのとき、マナーモードにしておいたハーパーの携帯が震動した。
『…マイクです。さっきの件ですけど』
「で、どうだった?!」
『盗難にあったゴールドラッシュ展示予定品のなかに、ボルカニックなんたら…の記録は有りませんでした』
(…とりこしぐろうだったか)
『…でもアンティークライフルの記録はありました。それからロケットボール弾のレプリカ品が2ケース12発……』
「ロケットボールだって!」
車のシートの上で、ハーパーは本当に飛び上がった。
「そのアンティークライフルがボルカニックだ!ロケットボールは専用弾なんだ!!」
ありがとうを言う余裕も無く携帯を切ると、ハーパーは行く手の道路状況を見遥かした。
ハーパーの車のいるあたりではまだノロノロ走行だが、100メートルほど行った先の
合流路あたりで完全に止まっていた。
(開会まで……あと15分か)
ついに意を決してハーパーは車を降りた。
「…キミキミ、ここは駐停車禁止…」
つかつかやって来た警官に、ハーパーは身分証明を見せ車のキーを押しつけた。
「FBIだ!邪魔だったら動かしてくれ!」
「動かしてって?オレがかぁ?!」
「まかせたぞっ!」
それ以上相手に言わせず、ハーパーは猛然と駆け出した。

 戦いの余韻を全身に感じながら、「旅人」はバイクを走らせていた。
(ハーパー以外にも、まだあんな奴らがいたのか)
風に晒された頬に思わず笑みが浮かぶ。
(この国も、まだまだ捨てたもんじゃないのかもしれない)
ディミトリィとソフィアが訪ねて来た時、あの家で二人を殺すことは十分可能だった。
自身が「砦」と呼ぶ家は、彼がデザインした彼だけの戦場だったからだ。
だが、殺さなかった。
FBIや警察官が単独で行動することは普通ない。
女性刑事はロス市警でなくニューヨーク市警だった。
男の方も戦闘力からして並みの捜査官のはずはない。
それが、フィラデルフィアでなくこのロスにまでやって来た。
間違いない。
彼らも狩人だ。
「旅人」の先祖、ウィリアム・ライダーのように、縦横に国を駆け、そして命賭けで悪を撃つ「狩人」。
(……ハーパーだけではなかったか)
そして「旅人」の頬が、無駄ではなかったとの想いに再び緩む。
絶滅危惧種たる「狩人」が集まって、彼を討伐するならそれでよし。
彼を討伐できないなら、利己主義と拝金主義の腐り果てたこの国を、彼の手で浄化するだけだ。

 「旅人」の駆るバイクは、砂漠地帯を抜け、住宅地に入って行った。
これまで長い旅を続けてきた「死神」は、その旅の終着点に辿りつこうとしていた。
 (くそぅ…なんて暑さだ)
ハーパーは走りながら上着を脱ぐと、近くの植え込みに放り込んだ。
下のシャツは水でも浴びたように濡れそぼっている。
顔といわず首といわず、滝のように流れる汗のせいだ。
日ごろの走り込みは怠っていないつもりだったが、それでもきつい。
そもそも日ごろ走り込みだと服装はトレーニングウェアだし、重い拳銃も下げていない。
でも、足を止めるわけにはいかなかった。
ゴールドラッシュ展に「旅人」が現れる。
殺人ウィルスによる大量殺人を実行するために!
しかもそこにはハーパー自身の妻もいるのだ。
ハーパーは必至で駆けながら、携帯でなんとか妻とコンタクトをとろうと何度も試みていた。
(頼むっ!出てくれ!!)

『……もういい加減にしてよ!何度も何度も!』

やっと電話に出てくれた彼の妻は怒っていた。
『…セレモニーの最中に電話に出られるワケ無いじゃないの!』
「ごめん、それより……」
『朝ちゃんと話しといたじゃないの?!』
妻はさっぱりハーパーの話しを聞いてくれない。
『…今日はチーフや部長のお供でゴールドセッシュ展のオープニングセレモニーに参加するって。ほんとにいつも上の空で……』
「悪かったよ、今度はちゃんと気合い入れて話し聞くから……」
『そのセリフだってもう何度も…』
……話が前に進まない。
そのとき…電話の向こうで何かの破裂音が聞えた!
「おい!いまのはなんの音だ!?」
『……バックファイアじゃないかしら?ちょっと見て来るわ』
「バ、バカ!行くな!行くんじゃない!!」
ハーパーの怒鳴り声も虚しく、妻との電話は切れてしまった。
(待ってろ!オレが行くまで!頼むから!お願いだから!!)
赤鬼のような形相に、道行く人が次々飛び退いた。
そして、ゴールドラッシユ展会場のロスアンゼルス歴史博物館が見えてきた。

 「愛馬」ペイルホースを停車させ、後輪左右のバッグを外して左肩に振り分け荷物にすると、「旅人」はロスアンゼルス歴史博物館の正面階段を大股に上がって行った。
服装を見た係員が駈け寄りかかったが、顔を見て関係者だと思いだして足を止めた。
「ライダーさん。どうされたんですか?そのかっこうは?埃だらけじゃないですか」
「いけないよ君。人を服装で判断しちゃ」
そして「旅人」は係員の眉間に口径9ミリの穴を開けた。
一方のバッグから「カタツムリ」の仇名のある32連弾倉を取り出して銃にセット。
反対側のバッグからは、同じく革製のショルダーバッグを取り出した。
バッグの中からは電気のコードが伸びていて端には作動スイッチらしきものがついている。
バッグを肩にかけ、コードの余分な部分をざっと手首に巻きつけてからスイッチ部分を握ると、それで準備は終りだった。
「さてと……5分ほど遅刻するかと思ったが、なんとか少しの遅刻で間に合ったな」
「旅人」は1メートルをゆうに超える歩幅で悠然と、オープニングセレモニー会場に向かって歩き出した。

 ゴールドラッシュ展開会セレモニーの会場では、ロスアンゼルス市市長が開会の言葉を述べているまっ最長だった。

「……1848年、メキシコとの戦争に勝利し、ここカリファルニアは合衆国の一部と……」
そのとき演説する市長の傍らで、微かにブーム………ブーム………とバイブの震動音が聞えて来た。
「……それに続くゴールドラッシュによってカリフォルニアは更なる発展の……」
ブーム………ブーム………ブーム
「……発展の道に」
苛立った市長が口ごもると、演壇後隅に座っていたスーツ姿の女性が警官が慌てたように席を立つと背後のカーテンの陰に消えた。
「いらいこのロスアンゼルスはニューヨークに次ぐアメリカ第二の……」

「……もういい加減にしてよ!何度も何度も!」

カーテンの向こうから女の声がする。
市長は無視して演説を続けた。

「…セレモニーの最中に電話に出られるワケ無いじゃないの!」

女の声はヒートアップしてきた…。
「現在では!アメリカ第二位の大都市に……」
カーテンの向こうの声を打ち消そうと市長の声も大きくなった。

「今朝ちゃんと話しといたじゃないの?!」

…市長の負け。
カーテンの向こうの声の方がずっと大きい。
もう記者席まで聞えている。
記者の何人かはクスクス笑ったり、思わせぶりに顔を見合わせたり、俯いて笑い顔を隠したりしている。

「…今日はチーフや部長のお供でゴールドセッシュ展のオープニングセレモニーに参加するって。ほんとにいつも上の空で……」

記者席で「ハーパーだ、ハーパー」「どっちのハーパーだよ?」「決まってるだろ」
などとおおっぴらに私語が交わされはじめた。
市長はついに演説を止め、ロス市警チーフと監察部長がカーテンの方を振返った。

「そのセリフだって…」

ついに監察部長が席を立って背後のカーテンを引き開けた。
さっきの女が背中を向けて携帯を耳に宛てている。
監察部長が女の肩に手を賭けようとしたとき……博物館正面の方でバン!と破裂音が聞えた!

「……バックファイアじゃないかしら?ちょっと見て来るわ……………げっ!?」
電話をかけていた女性は、振返ってみてカーテンが開いているのに気がついた……。
しかし、市長をはじめとする列席者、それから記者たちも博物館正面へと続く扉の方を見ている。
「市長、こちらへ」「…念のためです」
市長を反対の避難口へと誘導しようとボディーガードたちが立ちあがった。
一方、博物館の警備員がセレモニー会場正面出入り口へと小走りに向かう……。
しかし、閉ざされた戸口に手をかけた警備員はすぐさま振返った。
「開きません!」
「なんだと!?」
驚きの声をあげ立ち上がると、市警チーフは市長らに叫んだ。
「待て!行くな…」
警告の声と同時に、市警らの向かっていた先の非常口が、弾けるように左右に開いた。
服装はカジュアルだが、埃まみれなので100年以上まえの金鉱掘りのようにも見える。
「ライダーくん、その服装はいったい……」
「………いけませんよ市長。服装で人を判断しちゃ」
そのときになって、市長は始めて相手の手にしているものに気がついた。
ドラムマガジン付きの長銃身ルガー!
銃の存在に気づいたボディーガード三人が一斉に銃を抜く!
「旅人」は腰のあたりまで銃を持ち上げただけだった…。
その姿勢のまま、バーーーーンとほとんどひと続きの銃声が響いて、三人の額にそれぞれ一つづつの真っ赤な穴が開いた!
額から赤い噴水をあげながらボディーガード三人が後ろざまに倒れると、中年女性記者の一人が怪鳥のような悲鳴を上げた!
「ぎ、ぎぇぇぇぇぇぇっ!!」
それが引き金だった。
開会式参加者たちは、他人を押し倒し踏みつけながら、一斉に開かない正面出口に殺到した。
悲鳴に怒号を上げつつ我先に逃げようとする正装の人々を眺めながら、「旅人」は呆れたように呟いた。
「……醜いな。なんて醜いんだろう」
そして死神はチーフらの方に顔を向けた。
「命をかける値打ちなんて無いよ。あんな奴らを守るために」
右手の自動拳銃はチーフと監察部長のほうに向けられている。
「僕の腕は御覧になったでしょう?いちいち照門なんて覗かなくたって、僕はこいつをアナタの眉間に正確に送り込めるんです」
ロス市警幹部二人の額に玉の汗が浮かぶ。
相手に指摘されるまでもなく、撃ちあっても勝負にならないことは判り切っていた。
ただ一人……「旅人」が式場に入って来たとき、たまたまカーテンの後ろに居たため、気づかれずに済んだ女性警官を除いては……。
出口に殺到する群衆を掻き分け、博物館側の警備員たちが駆け戻ってきた。
各々の手には既に抜き身の拳銃が握られている。
「じゅ、銃を捨てろ!」「手を上げるんだ!」
めいめいが勝手に銃を構え、前後左右から「旅人」に迫る。
「手を出すんじゃない!お前たちの手に負える相手じゃ……」
しかし、無謀な行為を制止しようとするチーフの叫びよりも、「旅人」が動く方が速かった。
「……わらわら出て来たね。殺られキャラの集団が」
埃にまみれた上着が、うねる竜巻のようにその場でターン!
同時に、人間竜巻めがけ警備員らが一斉に発砲!
会場内が硝煙で満ち、何発かの弾丸は確実に旋回する上着を引き裂いたように見えた!
……しかし!
「はい、残念でした」
無謀な挑戦を試みた警備員らは、一人残らず後ろざまに倒れていった。
顔面から、赤く長い尾を引きながら……。
「遅いよ。遅すぎる。銃を顔の前まで上げないと狙いが付けられないんじゃあ、僕には勝てないね……」
そして、腰の銃把に指までかけたチーフの方を見て言った。
「ギャレット署長。あなたは僕と撃つあおうなんて考えるほど、頭が悪いわけじゃないでしょ?」
「旅人」は、これまで総てヒップシューティングの姿勢で、正確に相手の眉間を射抜いている。
速さだけなら太刀打ちできる者もいようが、早撃ちでブルズアイをやれるガンマンなどいない。
チーフのこめかみを汗が伝い、指がそっと銃把から離れた。
「ライダーくん…君は何故こんなことを?」
「……ギャレット署長、井戸の底を覗いたこと、ありますか?」
「井戸?……井戸の底をか?」
「深い深い、とっても深い井戸の底です。……覗いたことありますか?」
とまどい気味のチーフの顔を見て「旅人」は言った。
「僕は覗きましたよ。とっても深い、煙突よりも深い穴を……そうしたらですねぇ……」
「旅人」はすっと目を細めた。
「……底には真っ黒な満月のように水が溜まっていました。その真ん中から誰かが僕を見上げていたんです。よく見ると、それは僕自身でした。白目の無い、真っ黒な目をした僕自身が、じっと僕のことを見上げていたんです」
はあっ、はあっ、はあっ…
粗い息でハーパーが博物館正面の階段を駆け上がって行くと、入れ替わりに十数名の来館者が血相変えて駆け出していった。
正面ロビーに駆けこむと、さっきの入館者たちを恐慌状態に陥れた原因「ちょっと前まで生きていた係員」がそのまま転がっている。
(眉間をただの一発!ヤツだ!!)
奥の「第一会場」と表示のある扉の向こうからは、凄まじい怒号や悲鳴。押し合いへしあう気配が噴き出している。
それを押さえこんでいる扉は、取っ手にバイクを停めておくとき使うチェーン錠が巻きつけられていた。
「この向こうか!」
ハーパーは拳銃を抜くとドア脇に立ち、ドアとほぼ平行になる角度から357マグナムを構えたが……。
(……もしこの向こうで既に殺人ウィルスが使われてしまっていたら!?)
ドアが開いて感染者が市内に散った時点でゲームオーバーだ。
(ど、どうする!?)
そのとき、ハーパーの胸元で携帯が鳴った。
電話ではない!
メールの着信音だ!

『ゴールドラッシュ展開会式場に、自動拳銃を持った男性がいます。
名前はパトリック・ライダー。
年齢は40前後で、身長は……』

メールは彼の妻からだった。
(……メールオールか。さすがだな)
閉ざされた事件現場から、会場内の情報を伝えてきた妻の豪胆さに舌をまく。
しかし、メールの続くセンテンスを一読するなり彼の鼓動が急上昇した。

『……右肩から左に襷がけしたショルダーバッグの中から電気コードが伸びて、男の
左手の中に消えています。
バッグの中身は爆薬で左手に握っているのは起爆スイッチではないかと……。』

(ショルダーバッグの中身は例の殺人ウィルスで左手にその散布用スイッチか。まだスイッチを握っているってことは!)
ハーパーはドアを封鎖するチェーン錠に再び拳銃を向けた!
(……殺人ウィルスは散布されてない!)
今度は迷わず引き金を引き切った!
バンッ!
357マグナムがチェーン錠をぶち切ると会場ドアが爆発するように左右に開いて、正装した一群の男女が押し合い突き倒しあいながら、ロビーへと転げ出た。
紳士・淑女の群れをドア脇でかわすと、入れ替わりにハーパーは開会式場に飛び込んだ。
「おお、ついに来たね。待ってたんだ。『天使の都』の守護天使殿」
「旅人」は笑顔でハーパーを迎えた。
演壇の向かって左、ハーパーに背中を向ける姿勢で市長。
その足元には護衛三人が転がり、彼らに代わってロス市警チーフが盾となって立ちはだかっている。
更にその周りには半円を描くように博物館の警備員たちが顔面を開けに染めて動かなくなっていた。
左手のコードはまだ握られたまま。
長銃身ルガーを手にした右手はだらりと下がっている。
しかしこの殺人者は、このままの体勢からでも必殺の9ミリ・パラベラムをハーパーの眉間に送り込むことができる……。
妻の伝えてきた姿を両手ホールドの大型リボルバーでポイントしながら、ハーパーはゆっくり距離を詰めていった。
「そのコードを握っているところを見ると、殺人ウィルスはまだ使っていないようだな。もうこの会場にいるのは我々だけだぞ。これで殺人ウィルスの散布は失敗だ。おとなしく……」
しかし、笑顔のままで「旅人」は首を横に振った。
「会場に閉じ込めた奴らがいなくたって、別に問題なんて無いよ」
「問題無い?」
「閉じ込めておいた紳士淑女のみなさんは、ただのギャラリーに過ぎないんだ。僕と君との決闘のね」
「決闘だと!?」
「あれ?嫌なのかな??」
「旅人」は両のまゆ毛をひょいと上げ、そして笑顔を見せてから真顔に戻って言った。
「…まあそうだろうね。だって君は犯罪者を殺さないから。どんなときだってそうだった。あのトマホークのような殺人鬼だって射殺しなかった。でも、今日はそうはいかないよ」
「旅人」は襷にかけたショルダーバッグを叩いて見せた。
「エボラウィルス・スーパー・レストン株は、僕が持参しているこれ以外、市内の5か所にも仕掛けてあるんだよ。僕がこの……」
…と言って「旅人」は、今度は左手をそっと掲げて見せた。
「……この手に中のスイッチを押せば、そのすべてが殺人ウィルスをまき散らすんだ」
「な、なんだと!?そんなことをしたら!」
「もちろん最低でもロスは滅亡するね。それからロスでの封じ込めに失敗すれば、この国そのものも……」
口の動きで「ボカン」と表現して「旅人」はまたも笑った。
「『黙示録』によるとね、Paleライダーは悪疫をもたらすんだそうだよ」
(ヤツに退く気は無いか……ならば)
静かに視線を動かすと、カーテンの影から覗く気丈な妻の顔が見えた。
目が合うと妻に向かってハーパーは、有るか無きかの微笑みを送り……そして「旅人」に言った。
「よかろう。決闘に応じよう」
「やっぱり応じてくれたね。信じてたよ。だって君は……」
満足そうだった「旅人」の言葉が途切れた。
ハーパーが、相手をポイントしていた拳銃を降ろすと腰のホルスターへと収めたからだ。

ハーパーが拳銃をホルスターに収めたのを見て、不思議そうに「旅人」尋ねた。
「……決闘を受けてくれるんじゃなかったのかい?」
「正調の決闘ならこの状態からスタートだろ?……あ、そっちはそれでいいぞ。ホルスターなんて持って来てないだろうから」
「なるほどね…それじゃ僕はお言葉に甘えて……」
埃まみれの上着の男と、汗だく男が両手をだらりと垂らして向かい合った。
カーテンの影でハーパーの妻が素早く十字をきったのが見えた。
こころの中で(心配かけてすまない)と妻に詫びると、ハーパーはそれきりの妻のことも心の中から閉めだした。
……ゆっくり息を吐きだしてゆき、吐き切ったところでそのまま呼吸を止める。
視線はどこかを凝視するでなく、ただ向かい合う相手の全体を捉える……。

ハーパーがトマホークの手斧を砕いたときのタイムがおよそ0.5秒。
早撃ちの協議会でない、完全な実戦であること、それから動く標的だったことも考えればかなり早い方だ。
だが「旅人」はマーク・リード並みの早撃ちで、おまけに標的射撃なみの正確さでもある。
はっきり言って、ガンマンとしてはハーパー以上の腕だ。
勝つのは99.99%「旅人」だろう。
しかしハーパーには、残り0.01%の勝機があった!

(お願いあなた!死なないで!!)
ハーパーの妻が心の中で叫んだその瞬間!
二丁の拳銃がまるで一丁であるかのように、同時に吠えた!
「旅人」はヒップシューティングのまま、ハーパーはクラウチングの姿勢のままでピクリとも動かない……やがて………。
ハーパーの手からリボルバーが音を立てて床へと落ちた。
そして幾筋もの赤い線が指先を伝って床へと落ちる。
「あなた!」
カーテンの影からハーパーの妻が飛び出すと、崩れかかったハーパーに抱きついた。
「あなた大丈夫なの!?」「……ああ、大丈夫だよ」
そしてハーパーは気さくな口調で「旅人」に話しかけた。
「殺せたのに、なんで外したんだ?」
「…決まってるじゃないか、決闘に負けたからさ」
「旅人」はスイッチを握ったままの左手を高く掲げて見せた。
握った拳の中から出た電気コードは、肘のあたりで切断されている!
「ワザと後の先を狙ったね」
人を撃つとき、先手をとった側の動作は脳の支配を受けている。
しかし、後手に回った側の反応は、脊髄反射の支配を受ける。
そのため後の先をとった方が、先手よりも0.2秒ほど早くなるのだ。
もちろんそんなことのできるのは、恐ろしいほどのレベルに達したガンマンだけなのだが……。
「後の先をとったばかりじゃない。この期におよんでまだ僕を殺さずに、作動スイッチのコードを狙うとはね。おそれいったよ。僕の完敗だ」
そして「旅人」は左腕を降ろすと、そのままの姿勢で真後ろへと朽ち木のように倒れていった。
「ど、どうしたんだ!?弾は当ててないはずだぞ!?」
怪我も忘れてハーパーは「旅人」に駈け寄った。
大の字に斃れた「旅人」の、それまで上着に隠れていた右脇の下に、ごく小さく鮮やかな赤い滲みが広がっていた。
「なんだこの傷は??何時、誰にやられたんだ!?」
「実はここに来る途中、君の仲間とちょっと遊びすぎちゃってね。外の出血はそれほどでもないけど、でも肺の中はきっと真っ赤っかなのさ」
「オレの仲間?……そうか!ディミトリィだな!」
「たしかそんな名前だった。若いしちょっとマヌケだが、きっといい狩人になれるよ」
「……おかしいなとは思ったんだ。いくらなんでもオレが勝てちまうなんて」
「気にすることはないさ。運とか仲間とかだって、実力のうちだよ」
……「旅人」が突然咳き込んだ。
すると、蒼白の唇に赤い血の泡がひとつ、ぽつんとにわかに現れた。
「最後にひとつ……言っておきたい……ことが……ある」
「まて!無理するな!なにも言っちゃ…」
「……ドラゴンに……10の角と…七つの顔を持つ獣に……気をつけろ」

そして、北米全土を股にかけ、死をまき散らした「旅人」はこの世に存在することを止めた。

「何年ぶりですかね?」
HRT隊長エドガー・ファーガが右手を差し出すと、トーマス・ベックマンがガッシリ握り返した。
「7年か、8年じゃないかな?ところでエドガー、君はディミトリィの解職に随分反対していると聞いたんだけど」
「アラスカまで聞えてますか」
エドガーは苦笑した。
「まあ、あなたのことですから、きっと特別なルートがあるんだとは思いますが……」
「徹底抗戦の構えだと聞いてるよ」
ベックマンの顔からいつもの笑みが消えていた。
「なぜそうしてまで彼を守る?」
「それは……」
エドガーも真顔になった。
「ああいうヤツが必要だと思うからです」
「ああいうヤツ?」
「勇気と決断力、それから揺るがぬ正義感を持ち、ただ一人でも悪と対決する覚悟のあるヤツです」
「何故そういう男が必用なのだと?」
「オレは、FBIの組織力は世界一と信じています」
エドガーはベックマンに向かって無意識に胸を張ってみせた。
「…しかし、どんなに有能な組織でも組織であることによる弱点があります。その弱点を補完する存在が必要なのです!!」
「……それがディミトリィってわけか」
「ディミトリィだけではありません、あなたやロスのハーパーもそうです。あなた達がいなかったら、最低でもロスアンゼルスは死の町と化したでしょう」
「おいおいなんだ、オレも含めての話しかよ」
「もちろんです!それから……他にも加わった者がいると聞いています。彼らこそが、組織としてのFBIを補完してくれる存在なんです」
「それで君は……」
ベックマンは聞いていた。
エドガー・ファーガが自身の首まで賭けて、ディミトリィの解職に抵抗していると。
「彼らは絶対に必要です。ディミトリィを首にするなどとんでもないこたというのが、オレの考えです」
う~んと唸って、ベックマンは窓の外、クワンティコに広がる木々に目をやった。
アラスカでは、落葉樹はすでに葉を落としてしまってしまっていたが、ヴァージニアではまだ紅葉したところだった。
「だけどエドガー、君の考えには一つ、大きな問題があるよね?」
「はい」
その問いかけを期待していたかのように、すぐさまエドガーは返した。
「FBIという組織の一部である以上、彼らを管理する人物が必用になります」
「しかし、ディミトリィのような男は管理が難しい。ハーパーだって、彼の上司は……」
ベックマンは何度かその愚痴の聞き役を努めたことがあった。
「そこでですトム!」
HRT隊長が、ベックマンの前で直立不動の姿勢をとった。
「ヤツらを束ねることができる男にただ一人心当たりがあります。オレがまだ駆け出しだったころ、オレと組んで導いて下さった先輩捜査官の方であります」
(やれやれ……)
ベックマンはもう一度窓の外の景色を見た。
(冬枯れの前に、もうひと頑張りしろってことか)


「おはようエミー」
『こんちわハーパー、そっちはどうなの?』
「公式発表はまだだけど、例のウィルスの最後のアンプルが見つかったよ。映画観のロビーに仕掛けてあった」
『エロ映画観?』
「…うん、きっついヤツ」
『やっぱりね。ライダーは堕落したアメリカ人に対するアルマゲドンを意図してたみたいだから。たとえば最初の被害者デルハイルは……』
エミー・ハワードは得々と自説を語った。
『……だからその映画館も只の映画じゃなくって、そういう映画観じゃなきゃいけないのよ。……ところでハーパー、あなた何でそのエロ映画がきっついヤツだって知ってるの?』
電話越しの流れ弾に思わず首をすくめつつ、ハーパーは聞き返した。
「ところでエミー、そっちはどうなんだい?何かあったから連絡くれたんだろ?」
『たぶん一時間ぐらい後になると思うけど、上層部が記者会見を開くわ』
「ロスでの騒動とフィラデルフィアでの不始末の釈明か。で、どんなシナリオで行くんだ?」
『ベックマンの提案を飲んだみたい』
「丸飲みシナリオか。フィラデルフィアとスロアンゼルス、どっちが最後の舞台になるかか絞れなかったから、最初から両面作戦でいったっんだっていうシナリオ」
『功績横取りもいいとこよね。ふざけた話しだわ』
「でもベックマン・シナリオならディミトリィの行動も上層部の承認済みってことになるから、当然馘首にはできないな」
『ほんとベックマンのおっさん、意外に策士よね。あ、それからこれはあくまでウワサなんだけど、他にも何か発表するみたいよ』
記者会見場でマイクの前に現れたのは、広報班でなくFBI長官ゴードン・ヴェンターだった。
この時点で、その会見はすでに異例だったといえただろう。
「……今後このような事件が再び発生した場合に備える必要を私は痛切に感じました。
そこで我々FBIは新組織、Wide range investigation unit(広域捜査班)を立ち上げることとしました。
今回のロスの事件で活躍した二人の捜査官も、今後はその新組織に加わることとになります……」


ファイルNoゼロ「旅する死神」

お し ま い