ツーリストpage5


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本部への再上申からベックマンとハーパーが足早に戻ってきた。
「諸君!これより『旅人』に関する捜査は、FBI本部によって行われることになった。
これにより我々のこの非公式なチームは……」
ここでベックマンは「チームだよな?オレたちは……」と言って一時表情を和らげた。
「……『ヨルダン川の辺』に関するデータも含む、総ての捜査資料を本部の捜査チームに引き継いで解散ということになる」
「えーーーっ!?」
即座にキャリーが不満の声を上げた。
「これまで私たちが追っかけてきたっていうのにー?!」
「仕方ないんだキャリー」
ベックマンに代わり説得を買って出たのはハーパーだった。
「これまで『旅人』は殺人現場から次の殺人に使う凶器を持ち去ってきた。
そしてモーガン殺しの現場から持ち去られたのは、空気感染能力をもつレストン株に、遺伝子操作によって人への致死性を付与した、いわばスーパー・レストン株だ」
「あなたの気持ち判るけど……でもハーパーの言う通りよ」
そうは言いながらも、エミーの口ぶりもどこか残念そうだった。
「スーパー・レストンが凶器に使われたら、殺人のターゲットそのものは特定の誰かだとしても、結果は不特定多数を巻きこむバイオテロになっちゃうんだから」
「ありがとうエミー、ハーパーくん」
すまなそうに言うベックマンの表情にも、他の皆と同じ感情が見て取れる。
「もうこの事件は、ただのシリアルキラー捜査ではなくなってしまった。例のディミトリィ・ノラスコが所属するHRTにも既に臨戦態勢での待機命令がだされている。
CDCはもちろんのこと、国家非常事態省やホワイトハウスにも連絡がゆくだろう。
軍の対NBC戦部隊にも連絡がいくだろう。軍の対NBC戦部隊だって出て来るかもしれない」
すると……いつのまにか彼の定位置になっていたパソコン前の椅子で、クリスが遠慮勝ちに手を上げた。
「あの……ですね。おそらく僕は掲示板からの追跡を続けろって指示を貰うことになると思うんですよ。…でもって、エミーとキャリーはここクワンティコで待機ってとこかなと…。プリスキン刑事はもちろんニューヨークに戻ると……。
で、ベックマンさんとハーパーさんはどうなるんですか?」
困ったような顔でベックマンはハーパーの顔を見た。
肩をすくめてそれに応えると、ハーパーはクリスだけでなく、エミーやキャリーにも向かって口を開いた。
「我々二人は、それぞれの担当エリアに戻り、通常の活動に復帰するよう指示されている」
クリスは鼻柱に皺を寄せて天井を仰ぎ、エミーは逆に床へと視線を落とした。
ハムスター女だけは、黙っていることができなかった。
「そ、そんなのってないですー!」
ハムスターがトラのように叫んだ。
「これまで『旅人』を追いかけてたのはハーパーさんとベックマンさんなのに!前に上申したときは相手にもしてくんなかったのに!こんどは、オマエもういいから引っ込んでろって言うんですかーー!?」
「……オ、オマエら?オマエらって、オレたちのことか??」
ベックマンは苦笑し、ハーパーはゲラゲラ笑い出した。
「あの、あのあのあの……別に私、お二人のことをオマエなんてお呼びしてつもりは……」
「判ってる。判ってるさ。キミの言いたいことは」
青くなったり赤くなったりオロオロするキャリーを宥めると、ハーパーは彼女に手を差し出した。
戸惑いながらもキャリーがそれを握り返すと、ハーパーは順にクリス、エミー、ソフィアと握手を交わしていった。
「ありがとう皆、短い時間だったが、とてもいいチームだったと思うよ」
「お!?私とも握手してくれるのかな?」
差し出されたハーパーの手に驚いたようにそう言うと、慌ててロレンツォはズボンで手を拭いた。
「……ありがとうございます」
あくまでクールに、ソフィアは握手を交わした。
「とても勉強になりました。これからも……」
「此処に来ないか?」
「え?」
「君は管轄の狭い州警よりも、こっちの方が合ってるような気がするな。その気があるなら待ってるぞ」
「…………………考えさせてください」
そして、ハーパーに続いて全員が全員と握手を交わし、この臨時捜査チームは「発展的に」解散をしたのだった。

 ハーパーらから「旅人」捜査を引き継いだFBI本部の動きは、さすがに速かった。
クリストファー・ウィンフィールドも引き続き参加したIT犯罪捜査班は掲示板書き込み者を追跡し、「旅人」の次のターゲットを特定しようと努めていた。
一方、これと並行して掲示板書き込み者の生死確認も行われ、ハーパーらの捜査ではあぶり出されなかった殺人も見つけだされた。
その結果、「HNの頭文字を連ねると黙示録の四騎士になる」というロレンツォ説の正しさが立証。
FBI本部は「旅人」の次のターゲットを、HNがEで始まる掲示板書き込み者4人に絞り込んだ。
プロバイダーに圧力が加えられ、4人全員の住所と氏名を直ちに特定。
それは、さすがというより他にないFBIの組織力による成果であり、FBI上層部も「旅人」捕捉は時間の問題と、考えはじめていた。

ただ一人、クリストファー・ウィンフィールドを除いては……。
(ホントに大丈夫なのか?!)
心に湧きおこる不安にかられて、クリスは自分のブースで立ち上がった。
「旅人」は、クリスがやったのと同じようなやり方で、獲物の個人情報を得ていたにちがいない。
そう考えたFBI上層部は、「旅人」狩りにIT犯罪捜査班を投入した。
クリスの見渡す室内には、見渡す限りパーテーションで区切られた小ブースが並んでいた。
パチパチと音がするだけのその一つ一つに、パソコン一台と捜査員一名が配置されており、ネット上から「旅人」の足取りを追いかけているのだ。
(呆れるほどの組織力だな。人権もプライヴァシーもあったもんじゃないね。でも…)
クリスの心には、ある暗い確信が根を張っていた。
(FBI本部は「見えない」と思って「ヨルダン川の辺」を土足で踏み荒らしてる。だけど……)
……バキッ!
(……「旅人」が気づかないなんてこと、あるはずがない!)
気づかぬうちに、クリスは手にしたポールペンをへし折ってしまっていた。
(こんなとき、あの社長なら、どうするだろう……)

同じころ、クリス・ウィンフィールドの覚えた不安と呼応するかのように………

「……………………」
ただ黙したまま、男は携帯を閉じた。
口元に浮かぶ酷薄な笑み。
彼には総て予想の範囲だった。
連続殺人に気付いた者の最初にぶつかる壁が「獲物の選定方法」。
「ヨルダン川の辺」の掲示板が獲物の「選択場」であることに気づいた場合、追跡の手もネット上からかかるだろう。
だから……「ヨルダン川の辺」を監視していれば、「敵」の捜査の進捗状況を察知することができるだろう。
技術的なことや、難しいことはなにも必要ない。
ただ「ヨルダン川の辺」の来客数を見ればいいのだ。
「ヨルダン川の辺」は、極マイナーなHPだ。
歴史だってそんなに長いわけでもない。
だから来客数の伸びもごく微々たるペースであって、一日の来客数が0の場合だって特に珍しくは無かった。
ところが……ロバート・モーガンを殺した翌日、「ヨルダン川の辺」へのアクセス数が二ケタにも達したのだ。
来客数が急に伸びたそのワケは?
……考えるまでも無い。
だがそれだって、彼にとっては予想のうちだ。
………バカものがエサに喰いついてくれたのだ。
こっちはこっちの計画を、粛々と実行すればいい。
ただそれだけのことだ。

(我はペイルライダー、我は疫病をもたらすもの……主の僕となりて、ミレニアムを拓く捨石とならん……)

再び口元にかすかな笑みを浮かべると、「旅人」はバイクのキーに手を伸ばした。

 ついに「旅人」の足跡を捕まえ、チームを解散したあの日の3日後……。
久しぶりにハーパーは、馴染みのホットドッグスタンドに足を運んでいた。
いつもの席で新聞を広げていると、注文した覚えも無いハーパー・スペシャル=特濃ブラックコーヒーがテーブルでどきつい香りをテーブルで放っていた。
目を上げると、店主のボブが煩そうについっと視線を外した。
僅かな動作に「オレからのサービスだ」と「煩せえからいちいち聞くな」という二通りのニュアンスを読みとったハーパーは、そのまま黙ってコーヒーカップを口へと運ぶ。
ハーパーの手にした新聞には「旅人」がらみの報道は、特には見当たらない。
しかし彼の元には、エミー・ハワード、クリストファー・ウィンフィールドから、その後の展開についての続報が入れられていた。

まず、ロバート・モーガンの頭蓋骨を粉砕した「長さ20インチの鋳鉄製の棒」はソフィアの見立て通り、やはり天秤秤だった。
トロントで殺されたニッキー・スローンが「魔女の生まれ変わり」として人の罪の軽重を計るとき使うことになっている天秤秤が、ニッキー自身の手により撮影所から持ち出され、「旅人」の手に渡っていたのだ。
またクワンティコのプロファイリング班は、「旅人」を強度の秩序型と推定。
「高い知能と人を引き付ける外観や話術」を持ち「経済的に恵まれ」た「30代後半から40代前半ぐらい」で「独り住まい」をしている「男性」として「旅人」像を描き出していた。
 更にクリストファー・ウィンフィールドも参加するIT犯罪捜査班が割り出した「ヨルダン川の辺」のパソコン所在場所をカンザス州のレバノンと割り出した。
だが急行した捜査員が発見したのは、パソコンだけが設置された無人の部屋だけだった。
部屋は一年間の賃貸契約で、5年前からの自動継続。
家主が契約相手と顔を会わせたのは一度も無く、最初の一回は電話であとはメールでのやりとりだったという。
契約書記載の氏名はエリック・ジョーダン。
住所と保存されていたメールアドレスからフィラデルアィアの高級アパートを突き留めたのがその翌日。
エリック・ジョーダンの風貌その他は、プロファイリング班の描いた犯人像と見事に一致していた。

犯人はジョーダンと断定して間違いない。

FBI本部はジョーダン追跡と並行して、最後の獲物である可能性のある「Eで始まるHNの主」四人を密かに保護下に置き、その周囲に十重二十重の警戒網を張り巡らせ「旅人」来訪を待ちかまえていた……。

ロスでチャールズ・ハーパーが顰めっツラでどす黒いコーヒーを啜っていたころ……。

大陸の反対側、ヴァージニア州クワンティコでは、HRT隊員たちが、一つ部屋に集合していた。
 赤毛のアイリッシュ、HRT隊長エドガー・ファーガは集まった部下たちを前にいつものように切りだした。
「さて諸君……」
二枚目だが、いかつい顔立ちでもあるので実年齢より年上に見える。
そのため、落ち着き払った口調ともあいまって、「ハイスクールのフットボールかバスケットボール部のコーチみたいだ」と評するむきもあった。
事実、エドガーはその職務に関して間違いなく「名コーチ」といえた。
「……例によって予習の時間だ。予習と復習をサボるヤツは……」
「長生きできませんっ」
タイミングよく誰かが応じてエドガーはニヤリと笑う。
「……よく判っているな。その通り!自分の命だけではない!人質や仲間を誤射したりしない為にも、予習・復習は不可欠なのだ」
そしてエドガーは、目の前のホワイトボードにバンと音をたてて一枚の写真を貼り付けた。
同時にその拡大版がホワイトボードに投影された途端、HRT隊員たちの顔から笑いが消えた。
「こいつがナサニエル・ジョーダン。通称『旅人』だ。貴様らが、せっかくの楽しい週末に彼女とデートにも行けず、むさくるしい野郎ばかりで待機する破目になったのは、コイツのせいだ」
それは三人の男が並んだ写真の、その真ん中の男をアップにしたものだった。
落ち窪んだ青い目、両サイドだけ後退した生え際、そして山脈のように隆起した鼻柱と二つに割れた顎……やや藪睨みで顔の左側をカメラ正面に向けている。
左腕にトロフィーを抱え、右手のガバメントは明らかにカスタム仕様。
明らかに何かの射撃競技会での入賞記念写真である。
それが、エリック・ジョーダンという男だった。
「判っている限りで既に22人を殺し、23人目を殺そうとしている男だ。
こいつの犯行には、前の殺人現場から次の殺人で使う凶器を持ち出すというパターンがある。
そして、最後の現場から持ち去られた物、言い換えれば次の殺人で使われる凶器が……
これだ!」
エドガーは一目で顕微鏡写真と判る写真を、ライダーの隣に貼り付けた。
「これは、最後の被害者、ロバート・モーガンが作り出した最凶最悪の殺人ウィルス、エボラ・スーパー・レストンだ。
「隊長!質問が……」
隊員の一人が声をあげた。
「もし仮に、それがニューヨークで凶器として使用されたと仮定すると、どういうことになりますか?」
「CDCの技官の意見では、マンハッタン島を即座に検疫隔離しないかぎり、最悪一週間で州全体が壊滅するそうだ」
あまりの回答に、隊員のあいだではどよめきすら起こらない。
「捜査の結果、『旅人』の次の標的はこの男と……」
ホワイトボードに顔が映し出されると、「あれっ?コイツは……」という声が漏れた。
「…諸君らもテレビなどで見たこともあるだろう。この男、HNは『エレクター』。民主党選出の下院議員で週末開かれる民主党党大会に出席するためフィラデルフィアにやって来る!」
会議室を埋める男たちのあいだに電気が走る!
「諸君!もう判っただろう!『旅人』の23番目の殺人の舞台は、市域住民12万の大都市だ。
今回の行動には陸軍の対NBC部隊も参加するが、それはあくまで最悪の事態を想定してのバックアップに過ぎない!前線に立って市民を守るのは、我々HRTだ!!」
「…ファーガ隊長」
ブリーフィングが終って帰りかけたエドガーを、出来の悪い生徒のようにディミトリィ・ノラスコが廊下で呼びとめた。
「なにか質問か、ディミトリィ?」
「こいつが『旅人』だってことですが、間違いないんでしょうか?」
数秒ほどディミトリィの顔をじっと見返してから、エドガーはおもむろに口を開いた。
「オマエは単独で『旅人』を追っていたんだったな?」
「なんでそれを??」
「ウィンチェスター市警からやんわりと文句が来た」
「……すみません」
「気にするな。もう慣れた」
独断先行に過ぎるディミトリィがいまだにHRTに留まっていられるのは、ひとえにエドガーのおかげと言ってよかった。
「……で、オマエはこのジョーダンが『旅人』じゃないと言うのか?」
「そこまでは言いませんが……ただ……ちょっと」
ディミトリィは口ごもった。
「上手く説明できないか?」
「ただ、酷く嫌な感じがするんです。上手くは言えないんですが……」
エドガーの視線がディミトリィから離れ、しばし宙をさまよった。
何の根拠も無いと頭から否定されても仕方の無い話だろう。
しかし、エドガーはそんな男ではなかった。
「……ときどきいるだろ?天気の変り目を先読みするようなヤツ。あるいは…ゲームがやたらと強いヤツ」
「はあ?」
「ああいうのはな、本人も気がつかないうちに、脳味噌が瞬間的に判断してるんだそうだ」
「なんの話をされてるんですか?」
「オマエの話だ!まあ最後まで聞け!!」
エドガーは明らかに言葉を探し、選びながら話をしていた。
「相手の視線とか……筋肉の動きとか……あるいは湿度の変化とか……そんなものを察知して、意識するより早く判断する。けれども……意識より早い瞬間的な判断だから、根拠を聞かれても答えられない。説明できない……判るか?オレの話が??」
ディミトリィはとりあえず頷いておいた。
「オマエはそういう部類のヤツなんだと、オレは思う」
「………」
「オレたちは、上層部の判断に従って動いてるだけだ。だがオマエは違う。ただ一件とはいえ、現場に立ち何かを掴んで来た。
それがオマエの『嫌な感じ』の正体なのかもしれん……だがな」
殴ったら拳の方が壊れそうな、岩を刻んだようなエドガーの顔が、ジッとディミトリィを見据えていた。
「FBIに限らず、警察や軍の力というものは組織の力だ。組織の力で国民を守っているのだ……」
ディミトリィは、エドガーの「岩の顔」の意味を、そして彼の言わんとすることを察しとった。
「……だから、FBIの頭脳がある決定をした場合、手足であるHRTが、これと異なる行動をすることは許されない。わかるか?ディミトリィ」
「はい」
頷いたディミトリィの顔は、憑き物が落ちたようなスッキリした表情だった。
「……我々HRTに選択の余地はない。あくまでナサニエル・ジョーダンを『旅人』として逮捕するしかない。もしこれに従わないならば組織に留まることはできないと、そういうことですね」
エドガーが頷き返すと、一礼してからディミトリィは背を向けた。
部下の後ろ姿が廊下の彼方に見えなくなるまで、エドガーはそのままの姿勢で見送っていた。
彼の顔は、もう岩の顔ではなくなっていた。

 腹は決まった。
そうとなればディミトリィの動きは速い。
ブリーフィングのあったその日のうちに、ディミトリィ・ノラスコはニューヨーク市警を訪れていた。
「……HRT所属、ディミトリィ・ノラスコ……FBIの方ですね」
「たぶんすぐに『元』ってことになるだろうな」
ディミトリィの答えに、ソフィアの瞳が微かに揺らいだ。
HRTには対「旅人」で待機命令が出ているはずだ。
こんなところをウロウロしていていいはずない。
「つまりアナタは、FBIは間違った相手を折っていると考えているのですね」
「察しがいいな。…まぁ確信とか証拠とかがあるわけじゃねえんだが……。もしオレのカンが当たってりゃあ、殺人ウィ……」
「秘密漏洩にはなりませんから、ご心配なく」
「そうだったな。アンタはハーパーと一緒にあの場に居合わせたんだったな」
どこまで話していいのか?そのレートが無くなってディミトリィの態度がざっくばらんになった。
「話し易くて助かるぜ。上層部は、『旅人』のつぎの仕事場はフィラデルフィアだと考えてる」
「フィラデルフィア……たしか黙示録に登場する7つの教会の一つですね」
「そうさ。それも上層部がフィラデルフィアを次の仕事場と睨んでる理由のひとつさ」
「……フィラデルフィア……門をひらく。御言葉に従い、名を否まず、力があった……」
おそらく何度も読み込んでいたのだろう、ソフィアは「黙示録」中のフィラデルフィア教会に関する個所を暗唱した。
「フィラデルフィアでは確か……」
「カンがいいな。エミーの言った通りだ。フィラデルフィアじゃ週末、民主党の党大会が開催される。つまり『門を開く』ってわけだ。確かにスジは通ってるよな」
(……この男も同じだ)とソフィアは感じ取った。
ハーパーやベックマン、キャリーにエミーにウィンフィールドと同じ種族。
管轄に縛られるセクショナリズムとか、他の人がやるだろうなどという無責任とはもっとも遠いところにいる人種。
自分のできることを、最大限までやり抜こうとする人種。
ニューヨーク市警という「枠」に自分は囚われている。
しかし目の前の男は、自分を閉じ込める「枠」を一気に乗り越え此処にやって来たのだ。
思わず前のめりになって、ソフィアは言った。
「アナタは本当の殺人を防ぐため、待機命令も無視して此処に来られたんでしょう?私にも是非強力させてください!」
「それじゃあ、お言葉に甘えて……最初の凶器になったボルカニック連発銃を見せてくれねえか?」

 ディミトリィが手にした弾薬は、極めて異質なものだった。
手にした1発、そしてテーブルに並んだ5発の弾も、すべて真鍮の薬莢がついていない。
ボルカニックライフルの弾薬は、弾の底部に発射薬が埋め込まれる構造なのだ。
「ボルカニック社ってなぁ確かS&Wの前進だったよな?ってこたぁ、マサチューセッツに在ったのか?それともウィンチェスター繋がりでコネチカット??」
「コネチカットで1855年創業。1866年に解散です」
「弾薬製造は?……当然同じか。聞くまでもないな。こんな妙な弾作ってるトコなんて、銃の製造元以外あるわけねえか………」
ディミトリィは古びた弾丸をテーブルに置くと、今度はライフルの方を手に取った。
銃把の前のレバーを動かす操作感は、普通のウィンチェスターライフルと特に変わるところは無い。
「……この銃の出どころは?こんなもん持ってるヤツならマニアか火器関係の博物館だ。
すぐ判んじゃねえのか?」」
「それが判らないんです。全米ライフル協会や著名ガンマニア・研究家にも協力を求めたんですが、持ち主は判っていません」
「それも妙な話しだな……こんな骨董品の出どころが判んねえなんて……」
苛立たしげにディミトリィが首を傾げた時だった。
証拠保管室の扉が開いて、ソフィアの相棒グレック刑事が入って来た。
「おう探したぞプリスキン!例のロケット・ボールの出何処が判ったかもしれん!………って、この兄ちゃん、だれ??」
「FBIのディミトリィ・ノラスコ捜査官です。それよりグレック、この弾の製造元が判ったっていうの!?」
グレックは鼻の穴をふくらませて胸を張った。
「鑑識のヤツに機械いじりの好きなヤツがいてよ、そいつが言ったのさ。この弾そのものは鋳造だけど、火薬を入れる窪みは電動ドリルかなにかで開けてるみたいだってよ」
「電動ドリルだと!?」
ディミトリィは驚いてテーブルから総ての弾を掴み取った。
古びて酸化による染みの浮いた金属表面は、確かに百数十年の時の流れを感じさせた。
しかし目を閉じて弾の底面をそっと指で撫でてみると、中の一発に鋭角の部分がある。
「○×▼□!」
ディミトリィの口から、ここには到底書けないような悪態が迸った!
「ワザと古びたようにしてるのだわ!歴史関係の博物館の収蔵品なのね?」
ディミトリィに代わってソフィアが聞き返すと、グレックは一枚のメモをヒラヒラさせることで応えた。
「ニアピンだな。所有者はカリフォルニアの郷土史家らしい。カリフォルニア、特にゴールドラッシュのころのカリフォルニアの物品を中心にコレクションも多いらしいな。
名前はパトリック・ライダー。住所は、ほら、このメモさ」
「よこせ!」
グレックの手からメモを奪い取って、ディミトリィは証拠保管室を飛び出した!
「グレック!私も行きます!代わりに有給申請出しといて!!」
「お、おい!」
止める暇もあればこそ、ディミトリィを追ってソフィアも保管室を飛び出していった。

 ディミトリィとソフィアはロケットボールを手掛かりにカリフォルニアへ…。
同時にFBI本隊は「旅人」を絡め取らんと、フィラデルフィアに十重二十重の網を張る。
ひとたび凶器の殺人ウィルスを使われれば、巨大都市が地獄に変る。
なにがなんでも食い止めなくては。
同じその思いを胸に、「旅人」狩りは北米の両極へと別れて走り出していた。
そしてもう一人……。
「やれやれ、今朝も奥さんに朝飯作ってもらえなかったのかい?」
「なんでわかった?」
「ホットドッグも注文したからね」
ハーパーの前のテーブルにはハーパー・スペシャル=特濃ブラックコーヒーとモーニングセットのホットドッグが並んでいる。
「やれやれ……個人情報バレバレだな」
ギブアップを宣言すると、ハーパーはコーヒーカップを口へと運んだ。
ハーパーの手にした新聞には、今日も「旅人」がらみの報道は見当たらない。
だが、フィラデルフィアでの民主党党大会を明日に控え、FBI本体は合法非合法あらゆる手段を尽くして、必死に「旅人」エリック・ジョーダンの行方を追っているはずだった。
「だが本当に……」
「何か言ったかい?」
「ああ、ごめん。独りごとだよ。気にしないで……」
ボブに謝るとハーパーは視線を新聞紙面に落とした。
見開き両面を使ってアメリカ全土が掲載されている。
どこかのスーパーだかの広告で、自社の店舗がどれだけ全国に在るかを誇っている。
もちろんフィラデルフィアにも店舗所在の☆印がついていた。
ハーパーはテーブルにあったペンで無意識に丸く囲った。
(本当に、エリック・ジョーダンという男が「旅人」なのか?そして次の殺人の舞台は本当にフィラデルフィアなのか?)
さらにハーパーは、彼が知る限りの「旅人」による殺人の舞台を広告に書き入れていった。
(最初がニューヨーク………サウスダコタ………ポートランド………アリゾナ、アラスカ、トロント、そしてメリーランド州フレデリックか……)
ほどなくしてシリアルキラー「旅人」の全仕事が地図上再現された。
やや東部に集中しているきらいもあるが、おおむね全米あまねく均等に散らばっている。
(そういえば、「ヨルダン川の辺」のパソコンが置かれていたカンサス州レバノンは、通称「アメリカのへそ」だ。
当然、全米にばら撒かれた殺人のど真ん中に「ヨルダン川の辺」はあることになる。ゆっぱり、ジョーダンが「旅人」で間違いないのか……)
そのときカウンターの向こうから店主のボブが唸るように言った。
「答えなら、ロスアンゼルスだよ」