ツーリストpage6

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「えっ!」 思わず叫んでハーパーは新聞を置いた。 「ロ、ロスアンゼルスだって!?次の殺人が!?」 「次の殺人??いったいなんの話だい?ワシの言ってるのは懸賞の答えだよ。あんた、それをさっきから考えてたんじゃなかったのかい?」 「……懸賞??」 「あんたが今読んでる新聞にも出てるはずだ。店にもポスターが張ってあるよ。ほら。あそこだ」 ボブの指さす方を、反射的にハーパーは目線で追った。 携帯の普及で今は殆ど使われてるところを見ないが、店の隅には電話スタンドがまだ接地されている。 ボブの言うポスターはそのすぐ横に貼り出されていた。 「カリフォルニア………ゴールドラッシュ展?」 「あんた知らなかったのかい?こいつぁあ驚いた。テレビのニュースでも結構やってるぜ。ほら今も……」 ボブの頭上の空間にはポータブルのテレビが置かれ、ちょうど朝のニュースがやっていた。 マイク片手のレポーターと顎の鋭い金髪の男が話をしている。 『ゴールドラッシュ展開催が明日に迫りましたね。陳列予定品が盗難にあったりと色々大変でしたが、ライダーさん、何かご感想を』 『盗まれた品は、残念ながらまだ一つも戻っておりませんが、これも主の与えたもうた試練と信じ、なんとかこうして開催までこぎつけることができました。感無量です』 『ありがとうございました。展示品提供者のお一人、パトリック・ライダーさんのお話しでした』 (パトリック・ライダー?Pライダーってわけか) そして、いくらなんでも考え過ぎだぞと、ハーパーは頭を振った。 ボブが答えを教えてくれた懸賞はポスターの下部に載っていた。 ゴールド・ラッシュ展が開催されるのはどこの都市ですか?ヒント、「天使の都」といえば…… バカにするにも程があるぞと、ハーパーは苦笑した。 (これで答えが「ロスアンゼルス」だと判らないヤツは、絶対頭がどうかしてるぞ) そして再び紙面の広告に目を落としたとき、ハーパーは背筋に一瞬嫌なものが走るのを感じた。 (空白だ……) ハーパーが作ったばかりの「旅人」全仕事。 そのなかで、カリフォルニアは全くの空白地帯となっている。 「旅人」の足あとは、北のポートランドと南のアリゾナ、東はユタまでだ。カリフォルニアには……ヤツは来ていない)  チャールス・ハーパーが「旅人」の殺人地図を作っていた午前8時前……、東海岸のヴァージニア州では同日の11時ごろ、ドア口をノックする音にエミーが顔を上げると、キャリー・グリーンが彼女らしからぬ浮かぬ顔で立っていた。 理由をエミーが尋ねるより早く、キャリーは自ら口を開いた。 「ディミトリィ・ノラスコさんが辞表を出して、どっか行っちゃったみたいです」 「…あの鉄砲玉が?」 「辞表は、HRTのファーガ隊長の預かりになってるみたいなんですけど」 「ファーガのおっさん、ノラスコの奴を買ってるみたいで、いままでも随分庇ってたみたいだけど……待機命令中の職場放棄ってなったらどうしようもないわね」 「でも辞表はファーガ隊長預かりになってるんでしょ?」 「『旅人』狩りの出動命令が出た時ノラスコの奴が此処に戻ってなきゃ、辞表が預かりになってたって関係無いわよ。クビになっちゃうんだから」 「そんなあぁ……」 キャリーが泣き顔になった。 彼女はディミトリィが単独で「旅人」を追ったことを知って、ある種の仲間意識を感じているようだった。 「『旅人』狩りの出動は、いつになりそうなんですか?!」 「上層部は『旅人』のつぎの舞台をフィラデルフィアの民主党大会だと考えてるわ」 「ってことは次の日曜?!」 「大会が始まってしまったらもうこっちの負けね。だから上層部は勝負を急いでるはず。 HRTに出動命令が下るのは、だぶん今日。でなけりゃ明日の早いうちよ」 (もしも……あくまで「もしも」だが……) 一方ハーパーは、「旅人」全仕事図を前にして、すっかり「狩人」の顔になっていた。 (「旅人」のつぎの仕事場がフィラデルフィアでなく、ここロサンゼルスだとするなら、それは何時だ?!) その答えは……自問する前から明らかだった。 (フィラデルフィアで民主党大会が行われるより前だ。フィラデルフィアは、本当の標的を隠すためのフェイントに過ぎないからだ!) となると、ロスを次の舞台と仮定した場合、殺人は今日か明日。 フィラデルフィアとの時差を考えれば、遅くとも明日の午前中ということになる! (くそっ!時間が、無いっ!) たちまちハーパーの脳裏で、FBI上層部が「鉄板」と信じているカードが次々裏返り始めた! (「旅人」に迫るには、インターネットのHP「ヨルダン川の辺」を経由するしかない。だから「旅人」は逆にそれを利用したんじゃないか!?) 掲示板書き込み者を、書き込み時に使ったHNの頭文字と同じ頭文字の凶器で殺し、それによって一連の文章を作りだす。 そうすれば捜査陣は、「PALE」の最後の一文字、「E」で始まるHNの書き込み者を次の標的と考えるはずだ。 しかし「旅人」はその裏をかいて……。 不吉な衝動に突き動かされ、ハーパーは携帯を取り出すとクリストファー・ウィンフィールドに電話をかけた。 彼からの情報によれば、「E」で始まるHNの書き込み者は他に三人いるはずだった。 その中の一人でもロスアンゼルス近郊の在住者がいれば、逆に言うとロスアンゼルスは最後の舞台にはならないはずだ……。 『……社長ですね。僕です。ウィンフィールドです』 電話に出たクリスの声には、はっきりと疲れが感じられた。 「忙しいところ悪いんだが……」 『全然かまいません。実は僕の方から連絡したいくらいだったんですから。……で、用件は?』 「例の掲示板に書き込んだ、Eで始まるHNの主の住所なんだが……州名だけでいい、教えてくれないか?」 『おやすいご用です。えーと………いいですか?一人目は「エレクター」、ニューハンプシャー在住でこれが例のフィラデルフィアです。 二人目は「エンパイア」でニュージャージー在住。 三人目は「イージーラバー」でウィスコンシン。 最後は「オイゲンシュタット」でミネソタ州在住です』 「……ロサンゼルスと関係ありそうなヤツはいないかな?」 『四人とも国のこっち側半分ですね。ロスと関係ありそうなヤツはいないと思いますよ』 「そうか……ありがとう。ところで君の方の用件は?」 『実は……気になっていることがあるんです。上層部は、掲示板の解釈を間違ってるんじゃないかって……』 短く礼を言って、ハーパーは電話を切った。 本当を言えば、考え過ぎだという証拠が欲しくてかけた電話だった。 だが、その結果はむしろハーパーの疑念を強めるものでしかなかった。 掲示板の本当の意味……本当の解釈とは? そのとき、ハーパーの携帯が着信音を放った! 『…ハーパー?』 「オレだよ、エミー。何かあったのか?」 『HRTが動いたわ』 「そうか!ジョーダンの尻尾を掴んだんだな」 『イーストフィラデルフィア空港とトロリーバス乗り場に設置された防犯カメラにそれらしい人が写ってたのよ』 「そこから予想される移動経路上の防犯カメラを追ったか……」 『待機命令の出てたHRTを動かす以上、上層部は居場所まで特定してるわね』 「そうか……上層部の読みが当たってくれてりゃいいんだが……」 すると……いつもは反応の早いエミーが携帯の向こうで一瞬黙り込むのがわかった。 『ハーパー、それ、どういう意味?』 「どういう意味って?そりゃ聞いた通りの意味さ。それよりエミー、ひょっとして君も何か……」 ハーパーが最後まで言うより早く、エミーは答えを口にだした。 『実はさっき、あのフロリダの変な医者先生から電話があったのよ。気になることがあってニューヨーク市警に電話したんだけど、プリスキン刑事はFBIの捜査官と二人でどっか行ったらしいっていうのよ。それで先生、こっちに電話を……』 「…彼女と行動してるFBI捜査官ってのは誰なんだ?」 『たぶんHRTのディミトリィ・ノラスコよ。待機命令無視して飛び出してったから』 「おい!HRTはフィラデルフィアに出動したんじゃないのか!?」 『もちろんあのボケナス抜きでよ!』 これにはさすがのハーパーも絶句した。 待機命令無視だけでも懲罰必至だというのに、肝心な出動に参加していないとあっては懲罰的解雇は免れない。 (だが……それだけ必死の何かを追ってるってことか……) ドクター・ロレンツォからの電話。 そして共に行動しているというディミトリーとプリスキン。 事態はハーパーも知らないところで大きく動いていた。 問題は、どこに向かって動いているかということだ。 「……エミー、君のことだからロレンツォの連絡先も控えてあるんだろ?教えてくれないか?彼の電話番号を?」 事態は何処に向って動いているのか? その答えは「ヨルダン川の辺」の解釈にかかっている。 そしてそれを正しく解釈できる男がいるとすれば、それはあの衒学的なイタリア系医師をおいて他には考えられなかった。 ハーパーはエミーに教えられた連絡先をプッシュした。 ジョンFケネディ空港から空路でロスアンゼルス空港へ。 空港内でレンタカーを借りだすと、あとは陸路で郊外に。 ディミトリィ・ノラスコとソフィア・プリスキンの臨時コンビは、グレック刑事から渡された住所へと車を走らせていた。 「やれやれ……とうとう国の反対側まで来ちまったぜ。いまごろはHRTにも出動命令が出てるだろうよ。……となりゃあ、クビ確定だな」 ハンドルを握るディミトリィがぼやくが、冷静なソフィアはそれを全く相手にしない。 「……そろそろだと思います」 「例の郷土史家先生のお宅か」 当たりの風景は次第に家もまばらになり、あいだの荒れ地が目立つようになってきた。 大小の赤茶けた砂岩が転がり、枯れ果てた木が骨のように白く乾いた木肌を晒す。 僅かな草はそれらの陰に隠れてひねこびるばかり……。 「……荒れ地の誘惑……」 「…?何か言われましたか??」 「オマエ聖書読んだことねえのか?イエス様が40日間荒れ地に篭るだろ?そうすっとサタンが来てだなぁ……」 「…見えてきました!」 「聞けよおい……」 道は砂岩の赤い丘へと登り、その曲がった果てに一軒の巨大な灰色の家が姿を現した。 『ミスター・ハーパー、お久しぶりです。ロレンツォです』 電話の向こうの医師の声は、酷く疲れているようだった。 「お疲れのところすみませんが、ロレンツォ先生……FBIの方にお電話いただいたと聞きまして……」 『ええ、お電話さしあげましたよ。さしあげましたとも』 医師は電話口で喉の調子でも整えているようだった。 『このあいだクワンティコでお話しましたよね?夢見が悪くて眠れないと』 「……ルービン殺しの夢ですね。そのお話は、確かにうかがいましたが……」 『クワンティコまでお邪魔したから、さあこれでぐっすり眠れるぞと、そう思ったんですよ。ところが、やっぱり眠れない。それどころか悪夢がますます酷くなる……』 (まさかこの医者、愚痴をこぼしたくってFBIに電話してきたんじゃないだろうな?) 不眠の悩みだったら精神科医に相談してくれ?との思いがハーパーの頭をかすめる。 『昨日の夜もやっぱり眠れないもんで、それならいっそ悪夢の元と対決しようと思って、パソコン立ち上げて『ヨルダン川の辺』に行ったんですよ』 「あのHPに行かれたんですか」 『ええ、行きましたよ。で、ハーパーさん、質問なんですが……』 「質問ですか、守秘義務がありますから答えられる範囲なら……」 『窺いたいことは、HPの主に関する事項です。名前とか住所に、エリックとかジョーンズ、ジョーダン、あるいはエディスンという名称が含まれていませんか?』 「……!?」 一瞬ハーパーが絶句したことを、医師は敏感に察知したらしかった。 『含まれているんですね』 捜査上の秘密ではあるが…ハーパーは直ちに腹をくくった。 「含まれています。あのHPの開設者がエリック・ジョーダンという男なんです。しかしロレンツォ先生、何故それに気付かれたんでしょうか?」 電話の向こうで医師がため息をついたのが聞えた。 『ジョーンズあるいはジョーダンは簡単です。HPのタイトルからすぐ出て来ますよね?』 * 日本でヨハネと表記される名前は英語ではジョーンズ、同じくヨルダン川はジョーダン川になる。 「そっちはオレにも判りますが…、エリックの方は?」 『「ヨルダン川の辺」のトップページを覚えていますか?』 「あれはなんて言えばいいのか……」 ハーパーはクワンティコで見たHPを思い浮かべた。 「なんて表現したらいいのか……茶色の唐草模様がぐるぐる渦巻いたりしてるデザインだったかと……」 『唐草模様じゃないです。あれは唐草模様なんかじゃない』 そしてロレンツォの声のテンションが微妙に上がった。 『模様をずっと指で辿ってみてください!頭があることに気がつくはずです!』 「頭がある?あの唐草模様に??し、しかしそれにいったい何の意味が?!」 『あれはヘビ、あるいはドラゴンです。しかも自分の尻尾を口に加えている。 つまり、あのトップページで渦巻いているのはウロボロスなんですよ!!』 「ウ、ウロボ…ロス?」 『自分の尻尾を加えることで無限円環を意味するドラゴン。それがウロボロスです。 そして…『邪竜ウロボロス』というタイトルの幻想小説を書いた作家の名前が、エリック・クラッカー・エディスン!』 ハーパーの頭の中で、様々な情報が一気に繋がった!! 『あのHPは単なる駄洒落です。エリックからウロボロス、そしてジョーダンからヨルダン川を導いて洗礼者ヨハネ。 いいですか、ミスター・ハーパー!あのHPは、他人の信仰心を笑う性質の悪いブラックジョークに過ぎないんです。しかし、それをジョークで済まさなかったヤツがいた!そいつが「旅人」なんですよ!!』 ハーパーは確信した!! (エリック・ジョーダンは「旅人」なんかじゃない!) そして次の標的がロスアンゼルスであるということも。 (円環だ!始まりが終わりへ、終りがはじまりへ!ニューヨークの凶器の出元で、殺人ウィルスが使われるんだ!!) 「さて諸君」 FedExの集配トラックに偽装した隊員輸送車内で、エドガー・ファーガはきりだした。 「あと5分ほどでこのトラックは、とあるビジネスホテルの前に到着する。 『旅人』はそのホテルの三階、廊下の一番奥から二つ目の302号室だ」 隊員たちの誰一人として質問などしない。 いまは、ファーガ隊長の式のもと、チェスの駒に徹して行動すべきときなのだ。 「ホテルのロビーにはすでにこちら側の人間が待機しており、我々の到着と同時に2基あるエレベーターを2基とも抑える手配になっている。 建物内の本階段は我々が、非常階段は別動のBチームが上がる。三階305号の人間は客を装った監視要員だが、それ以外はすべて一般人だ。廊下に出て来られては面倒なので、それ以前に迅速に決着をつける必要がある」 トラックがスピードを落としたのが社内からもはっきり判った。 他の車のエンジン音やクラクションが遠くなったので裏道に入ったらしい。 裏道に正面玄関があるのであれば、ビジネスホテルの中でもランク低い部類だ。…ということは……。 「このホテル、ロビー班の報告によると、壁は薄くて階段は上がるとギシギシ音がするそうだ。つまり大人数ではヤツに確実に感づかれる。よって、最終突入はオレを含む5名。メンツは……」 そして……偽装トラックは、ホテル前にゆっくりと停車した。 かっきり続けて二回、それからあいだをおいてもう一回、302号室のブザーを押した。 ブザーに反応し、部屋の中で足音がゆっくり戸口に近づいてくる。 そして短くもう一回。 それが突入の合図だった!! 正面突破部隊が特殊爆薬でドアを破壊し室内に突入! 同時に、階上の402号待機の隊員が、ロープ伝いで通りに面した窓から飛び込んだ! 「FBIだ!」「な、なんなんだ!?」「抵抗するな!」「おとなしくしろ!!」 302号は一瞬で爆発の煙と男たちの怒号に満ちた! 白い埃のなかにチラチラ動く赤い点は、向かいの建物に待機した狙撃班だ! エドガー・ファーガ率いるHRT突入班は、突入開始後数秒も要さずに「旅人」ジョーダンの逮捕に成功していた。 「例の物を探せ!」 エドガーの指示で、隊員らが直ちに室内を捜索。 隊員の一人が、寝室で古びた革張りのアタッシュケースを発見した。 「鍵は掛っていませんが……開けてみますか、隊長?」 エドガーが無言でうなずき、隊員は金具を操作した。 カチャッ! 微かな金属音。 そしてアタッシュケースは、内臓のバネにより自分からその内部を晒した。 ……………。 拍子抜けしたように、ケースを開いた隊員が言葉を漏らした。 「なんだ?こりゃ??」 アタッシュケースの中身は……ありふれた替え下着と、ウィスキーのポケットボトルだけだったのだ。 「失礼ですが、どちらさま……」 「旅人」がインターホンで最後まで誰何しきるより早く、「ネコ足の訪問者」は監視カメラに向けてライセンスを提示した。 「自分はFBI捜査官のディミトリィ・ノラスコ。となりはニューヨーク市警のソフィア・プリスキン刑事です。失礼ですが、パトリック・ライダーさんでしょうか?すこし窺いたいことがあるんですが」  がちゃっ…ガチッ…チャキッ、 ロックの解除音は三回だった。 どれも意外なほど重くがっしりしている。 開き始めたドアの、初期速度も遅い…。 (…重いドアに頑丈な錠が三つ) ほとんど職業病だが、ディミトリィは瞬時にドアの強度を値踏みした。 同時にドアに触れた手が、その厚みと材質がライヴオーク、樫であることを伝えてきた。 (このドア、斧やスレッジハンマーでも跳ね返すぞ) ディミトリィはこのライダーという男の家を、「ちょっとした要塞」と判定した。 立て篭もりの舞台にされたなら、HRTといえども苦戦は免れないだろう。 装甲板のような扉がゆっくり開いて……静かな笑みをたたえて館の主人が立っていた。 「私がパトリック・ライダーです。今日はいったいなんの御用なのでしょうか?」 「郷土史家」などという肩書からある程度高齢の男性を想像していたディミトリィとソフィアだったが、現実のP・ライダーは30代後半ぐらいにしか見えなかった。 身長6フィートに僅かに欠けるくらい。 無造作に手串でまとめた金髪。 落ち窪んだ青い目に、薄い唇。 きれいに髭が剃られているせいで、こけた頬が目立つ。 その面立ちから連想する肩書は「郷土史家」でなく「苦行僧」だろう。 女性らしい観察を働かせてソフィアが尋ねた。 「失礼ですが、どこかへお出かけになるところだったのでしょうか?」 「実は、ロスのど真ん中で今日からゴールドラッシュ展が始まるんですが、その開会セレモニーに呼ばれていまして、それで出掛けるところだったんですよ」 「お忙しいところ申し訳ありませんが、少しお時間よろしいでしょうか?」 何時になくソフィアが多弁なのは、口下手なディミトリィをフォローするためだ。 「時間厳守というわけでもないですから別にかまいませんよ、さあどうぞ」 館の主人に導かれ、ディミトリィとソフィアは応接へと通された。 家の外観は「大地の底から四角く切りだされた岩」だったが、応接間はログハウスのような作りになっていた。 壁には古い人物写真が何枚もかかっていた。写真の男たちは皆豊かな髭をたくわえ、手には古い小銃を携えている。 「みな、私の一族です」 ディミトリィの視線を追うと、誇らしげに「旅人」は言った。 「私の先祖ウィリアム・ライダーは、ザカリー・テイラー将軍指揮下でメキシコ軍を破ったその年に、このカリフォルニアの地にやって来ました」 「旅人」はその中の一枚、ひときわ古い写真を指さした。 「ウィリアムです。彼は黎明期のカリフォルニアを縦横に駆け巡りました。 雪の残るトラッキー湖畔までドナー隊を探しに行ったメンバーの一人でもありました。 血なまぐさい殺人旅籠事件や、奇怪な影のつきまとうハルピン・フレイザー殺しでも、彼は必死に犯罪者の影を追ったのです。 無法者の凶弾に斃れるその日まで、カリフォルニアの治安を守るため、彼、ウィリアムは駆け続けたのです」 その男は、八の字髭をたくわえ古臭いデザインの帽子を目深に被っていた。 帽子のつばの下から覗く眼光が鋭い……。 だが、ディミトリィの目はウィリアムの手にしたものに釘付けになっていた。 「ボルカニック連発ライフル!」 ディミトリィが写真に駈け寄った。 「ライダーさん!アンタこの写真にも写っているボルカニック連発銃をもってませんでしたか?」 言葉足らずのディミトリィをソフィアがフォローした。 「私たちは、デルハイル事件を追っているのですが、その凶器として使われたのがボルカニック連発ライフルだったんです」 「デルハイル事件というのは……ニューヨークで投資会社の社長が射殺された事件でしたね?新聞だと凶器はライフルということでしたが……ボルカニックだったんですか」 やや眉を寄せて「旅人」は抑制の効いた驚きを見せた。 「弾の製造業者からここが浮かびました。製造依頼を受けた業者がジャイロ・ジェット弾の規制に触れないか、市警の意向を聞いた記録があったんです」 「ロケット・ボールがジェイロジェット規制にひっかかる?」 「旅人」にもこれは初めて聞いた話だった。 「わたしには覚えがありませんが……何年ごろの話ですか?」 「記録によると96年のことのようです」 「それでしたら、きっと父の依頼だと思います」 「旅人」は別の壁面に飾られたカラー写真を指さした。 「父、ランドルフ・ライダーは一族の歴史に強い誇りを抱いていました。それで、一族がこのカリフォルニアにやって来たころからの歴史的な文物や器物をコレクションしていたんです」 父の想いを口にするとき、「旅人」は微かに胸を反らした。 「ウィリアムは当時最新式の火器であったボルカニック連発銃を手に、このカリフォルニアにやって来ました。ですから父がボルカニック銃を手に入れるばかりでなく、それ用の弾まで作らせていたとしても、別に驚くには当たりませんね」 そして「旅人」は静かな声で「父にとってはそれだけ価値のあることだったんでしょう」とつけくわえた。 「そんじゃそのボルカニック連発銃はいま何処に?!」 「父がコレクションにあったんだと思いますが、もうここにはありませんよ」 「此処に無いってんなら、じゃあ、何処にあるんだ?!」 「一地年ほど前、父のコレクション一切寄贈してしまったんですよ、ロスアンゼルス市に」 「するってぇといまもロス市が?」 「ところが…ややこしい話なんですが、市がゴールドラッシュ展開催を準備しているあいだに賊に入られまして……」 「ってこたぁ、ボルカニック連発銃も?」 「もしその銃がニューヨークで使われたというのなら、他のガラクタと一緒にそのとき盗まれているんだと思いますよ」 自分の額を鷲掴みにしてディミトリィがソファーに背中を預けると、入れ替わりにソフィアが尋ねた。 「御手数ですがミスター・ライダー。違いなく寄贈品の中にボルカニック連発銃があったか確認することはできませんでしょうか?」 「……たしか随分以前に父の作った目録があったと思います。探してみましょうか?」 「是非、お願いします」 「わかりました。しばらくお待ちいただけますか?」  ライダーが部屋を出ると、ディミトリィがソファーから立ち上がった。 「やっぱりスタート地点はこのカリフォルニアだったんだ!」 「でもノラスコ捜査官、これまでの『旅人』のパターンだと、ロスで誰か殺されていなければならないはずです」 「おう、早速ロス市警に回って調べてもらうか」 「それよりハーパー捜査官と連絡をとって調べてもらった方が……」 ソフィアは携帯を開いたが、すぐポケットへと放り込んでしまった。 「どうしたんだ?電池ねえのか??」 「アンテナが立ちません」 「そうか、ほとんど砂漠みたいなトコだからな……ん!?なんだありゃ??」 妙な声をあげて、ディミトリィがランドルフ・ライダーの写真の隣に貼られた、もう一枚の写真に顔を塚寄せた。 「………ライダーの一族の写真じぇねえぞ、間違いねえ!こりゃチャールス・ハーパーだ!!」 「……まさか」 しかし、それは間違いなくFBIロス支局所属の捜査官、チャールス・ハーパーの横顔を写したものだった。 おそらく新聞記事から切り抜いたもので、さらによく見ると写真の上と下に何か言葉が走り書きされている。 「上の言葉は……外国語かよ」 「ドイツ語です。ええと……『心するがよい。怪物と争う者、みずから怪物となる惧れのあることを。深淵を覗くとき、深淵もまた汝を覗いていることを』。ニーチェですね。それから下の書き込みは……『狩人よ、追え!我を』………………………まさかこれは?!」 ソフィアとディミトリィの顔色が変わった次の瞬間、外で銃声がバンバンと二発、続けざまに轟いた! 「ちっくしょう!!」 拳銃を掴みだしてディミトリィが窓際に飛び付くと、青白色にペイントされた大型バイクにうち跨って、パトリック・ライダーが屋敷から走り出すところだった! 「ヤツだ、ソフィア!ライダーが『旅人』だったんだ!」
「えっ!」 思わず叫んでハーパーは新聞を置いた。 「ロ、ロスアンゼルスだって!?次の殺人が!?」 「次の殺人??いったいなんの話だい?ワシの言ってるのは懸賞の答えだよ。あんた、それをさっきから考えてたんじゃなかったのかい?」 「……懸賞??」 「あんたが今読んでる新聞にも出てるはずだ。店にもポスターが張ってあるよ。ほら。あそこだ」 ボブの指さす方を、反射的にハーパーは目線で追った。 携帯の普及で今は殆ど使われてるところを見ないが、店の隅には電話スタンドがまだ接地されている。 ボブの言うポスターはそのすぐ横に貼り出されていた。 「カリフォルニア………ゴールドラッシュ展?」 「あんた知らなかったのかい?こいつぁあ驚いた。テレビのニュースでも結構やってるぜ。ほら今も……」 ボブの頭上の空間にはポータブルのテレビが置かれ、ちょうど朝のニュースがやっていた。 マイク片手のレポーターと顎の鋭い金髪の男が話をしている。 『ゴールドラッシュ展開催が明日に迫りましたね。陳列予定品が盗難にあったりと色々大変でしたが、ライダーさん、何かご感想を』 『盗まれた品は、残念ながらまだ一つも戻っておりませんが、これも主の与えたもうた試練と信じ、なんとかこうして開催までこぎつけることができました。感無量です』 『ありがとうございました。展示品提供者のお一人、パトリック・ライダーさんのお話しでした』 (パトリック・ライダー?Pライダーってわけか) そして、いくらなんでも考え過ぎだぞと、ハーパーは頭を振った。 ボブが答えを教えてくれた懸賞はポスターの下部に載っていた。 ゴールド・ラッシュ展が開催されるのはどこの都市ですか?ヒント、「天使の都」といえば…… バカにするにも程があるぞと、ハーパーは苦笑した。 (これで答えが「ロスアンゼルス」だと判らないヤツは、絶対頭がどうかしてるぞ) そして再び紙面の広告に目を落としたとき、ハーパーは背筋に一瞬嫌なものが走るのを感じた。 (空白だ……) ハーパーが作ったばかりの「旅人」全仕事。 そのなかで、カリフォルニアは全くの空白地帯となっている。 「旅人」の足あとは、北のポートランドと南のアリゾナ、東はユタまでだ。カリフォルニアには……ヤツは来ていない)  チャールス・ハーパーが「旅人」の殺人地図を作っていた午前8時前……、東海岸のヴァージニア州では同日の11時ごろ、ドア口をノックする音にエミーが顔を上げると、キャリー・グリーンが彼女らしからぬ浮かぬ顔で立っていた。 理由をエミーが尋ねるより早く、キャリーは自ら口を開いた。 「ディミトリィ・ノラスコさんが辞表を出して、どっか行っちゃったみたいです」 「…あの鉄砲玉が?」 「辞表は、HRTのファーガ隊長の預かりになってるみたいなんですけど」 「ファーガのおっさん、ノラスコの奴を買ってるみたいで、いままでも随分庇ってたみたいだけど……待機命令中の職場放棄ってなったらどうしようもないわね」 「でも辞表はファーガ隊長預かりになってるんでしょ?」 「『旅人』狩りの出動命令が出た時ノラスコの奴が此処に戻ってなきゃ、辞表が預かりになってたって関係無いわよ。クビになっちゃうんだから」 「そんなあぁ……」 キャリーが泣き顔になった。 彼女はディミトリィが単独で「旅人」を追ったことを知って、ある種の仲間意識を感じているようだった。 「『旅人』狩りの出動は、いつになりそうなんですか?!」 「上層部は『旅人』のつぎの舞台をフィラデルフィアの民主党大会だと考えてるわ」 「ってことは次の日曜?!」 「大会が始まってしまったらもうこっちの負けね。だから上層部は勝負を急いでるはず。 HRTに出動命令が下るのは、だぶん今日。でなけりゃ明日の早いうちよ」 (もしも……あくまで「もしも」だが……) 一方ハーパーは、「旅人」全仕事図を前にして、すっかり「狩人」の顔になっていた。 (「旅人」のつぎの仕事場がフィラデルフィアでなく、ここロサンゼルスだとするなら、それは何時だ?!) その答えは……自問する前から明らかだった。 (フィラデルフィアで民主党大会が行われるより前だ。フィラデルフィアは、本当の標的を隠すためのフェイントに過ぎないからだ!) となると、ロスを次の舞台と仮定した場合、殺人は今日か明日。 フィラデルフィアとの時差を考えれば、遅くとも明日の午前中ということになる! (くそっ!時間が、無いっ!) たちまちハーパーの脳裏で、FBI上層部が「鉄板」と信じているカードが次々裏返り始めた! (「旅人」に迫るには、インターネットのHP「ヨルダン川の辺」を経由するしかない。だから「旅人」は逆にそれを利用したんじゃないか!?) 掲示板書き込み者を、書き込み時に使ったHNの頭文字と同じ頭文字の凶器で殺し、それによって一連の文章を作りだす。 そうすれば捜査陣は、「PALE」の最後の一文字、「E」で始まるHNの書き込み者を次の標的と考えるはずだ。 しかし「旅人」はその裏をかいて……。 不吉な衝動に突き動かされ、ハーパーは携帯を取り出すとクリストファー・ウィンフィールドに電話をかけた。 彼からの情報によれば、「E」で始まるHNの書き込み者は他に三人いるはずだった。 その中の一人でもロスアンゼルス近郊の在住者がいれば、逆に言うとロスアンゼルスは最後の舞台にはならないはずだ……。 『……社長ですね。僕です。ウィンフィールドです』 電話に出たクリスの声には、はっきりと疲れが感じられた。 「忙しいところ悪いんだが……」 『全然かまいません。実は僕の方から連絡したいくらいだったんですから。……で、用件は?』 「例の掲示板に書き込んだ、Eで始まるHNの主の住所なんだが……州名だけでいい、教えてくれないか?」 『おやすいご用です。えーと………いいですか?一人目は「エレクター」、ニューハンプシャー在住でこれが例のフィラデルフィアです。 二人目は「エンパイア」でニュージャージー在住。 三人目は「イージーラバー」でウィスコンシン。 最後は「オイゲンシュタット」でミネソタ州在住です』 「……ロサンゼルスと関係ありそうなヤツはいないかな?」 『四人とも国のこっち側半分ですね。ロスと関係ありそうなヤツはいないと思いますよ』 「そうか……ありがとう。ところで君の方の用件は?」 『実は……気になっていることがあるんです。上層部は、掲示板の解釈を間違ってるんじゃないかって……』 短く礼を言って、ハーパーは電話を切った。 本当を言えば、考え過ぎだという証拠が欲しくてかけた電話だった。 だが、その結果はむしろハーパーの疑念を強めるものでしかなかった。 掲示板の本当の意味……本当の解釈とは? そのとき、ハーパーの携帯が着信音を放った! 『…ハーパー?』 「オレだよ、エミー。何かあったのか?」 『HRTが動いたわ』 「そうか!ジョーダンの尻尾を掴んだんだな」 『イーストフィラデルフィア空港とトロリーバス乗り場に設置された防犯カメラにそれらしい人が写ってたのよ』 「そこから予想される移動経路上の防犯カメラを追ったか……」 『待機命令の出てたHRTを動かす以上、上層部は居場所まで特定してるわね』 「そうか……上層部の読みが当たってくれてりゃいいんだが……」 すると……いつもは反応の早いエミーが携帯の向こうで一瞬黙り込むのがわかった。 『ハーパー、それ、どういう意味?』 「どういう意味って?そりゃ聞いた通りの意味さ。それよりエミー、ひょっとして君も何か……」 ハーパーが最後まで言うより早く、エミーは答えを口にだした。 『実はさっき、あのフロリダの変な医者先生から電話があったのよ。気になることがあってニューヨーク市警に電話したんだけど、プリスキン刑事はFBIの捜査官と二人でどっか行ったらしいっていうのよ。それで先生、こっちに電話を……』 「…彼女と行動してるFBI捜査官ってのは誰なんだ?」 『たぶんHRTのディミトリィ・ノラスコよ。待機命令無視して飛び出してったから』 「おい!HRTはフィラデルフィアに出動したんじゃないのか!?」 『もちろんあのボケナス抜きでよ!』 これにはさすがのハーパーも絶句した。 待機命令無視だけでも懲罰必至だというのに、肝心な出動に参加していないとあっては懲罰的解雇は免れない。 (だが……それだけ必死の何かを追ってるってことか……) ドクター・ロレンツォからの電話。 そして共に行動しているというディミトリーとプリスキン。 事態はハーパーも知らないところで大きく動いていた。 問題は、どこに向かって動いているかということだ。 「……エミー、君のことだからロレンツォの連絡先も控えてあるんだろ?教えてくれないか?彼の電話番号を?」 事態は何処に向って動いているのか? その答えは「ヨルダン川の辺」の解釈にかかっている。 そしてそれを正しく解釈できる男がいるとすれば、それはあの衒学的なイタリア系医師をおいて他には考えられなかった。 ハーパーはエミーに教えられた連絡先をプッシュした。 ジョンFケネディ空港から空路でロスアンゼルス空港へ。 空港内でレンタカーを借りだすと、あとは陸路で郊外に。 ディミトリィ・ノラスコとソフィア・プリスキンの臨時コンビは、グレック刑事から渡された住所へと車を走らせていた。 「やれやれ……とうとう国の反対側まで来ちまったぜ。いまごろはHRTにも出動命令が出てるだろうよ。……となりゃあ、クビ確定だな」 ハンドルを握るディミトリィがぼやくが、冷静なソフィアはそれを全く相手にしない。 「……そろそろだと思います」 「例の郷土史家先生のお宅か」 当たりの風景は次第に家もまばらになり、あいだの荒れ地が目立つようになってきた。 大小の赤茶けた砂岩が転がり、枯れ果てた木が骨のように白く乾いた木肌を晒す。 僅かな草はそれらの陰に隠れてひねこびるばかり……。 「……荒れ地の誘惑……」 「…?何か言われましたか??」 「オマエ聖書読んだことねえのか?イエス様が40日間荒れ地に篭るだろ?そうすっとサタンが来てだなぁ……」 「…見えてきました!」 「聞けよおい……」 道は砂岩の赤い丘へと登り、その曲がった果てに一軒の巨大な灰色の家が姿を現した。 『ミスター・ハーパー、お久しぶりです。ロレンツォです』 電話の向こうの医師の声は、酷く疲れているようだった。 「お疲れのところすみませんが、ロレンツォ先生……FBIの方にお電話いただいたと聞きまして……」 『ええ、お電話さしあげましたよ。さしあげましたとも』 医師は電話口で喉の調子でも整えているようだった。 『このあいだクワンティコでお話しましたよね?夢見が悪くて眠れないと』 「……ルービン殺しの夢ですね。そのお話は、確かにうかがいましたが……」 『クワンティコまでお邪魔したから、さあこれでぐっすり眠れるぞと、そう思ったんですよ。ところが、やっぱり眠れない。それどころか悪夢がますます酷くなる……』 (まさかこの医者、愚痴をこぼしたくってFBIに電話してきたんじゃないだろうな?) 不眠の悩みだったら精神科医に相談してくれ?との思いがハーパーの頭をかすめる。 『昨日の夜もやっぱり眠れないもんで、それならいっそ悪夢の元と対決しようと思って、パソコン立ち上げて『ヨルダン川の辺』に行ったんですよ』 「あのHPに行かれたんですか」 『ええ、行きましたよ。で、ハーパーさん、質問なんですが……』 「質問ですか、守秘義務がありますから答えられる範囲なら……」 『窺いたいことは、HPの主に関する事項です。名前とか住所に、エリックとかジョーンズ、ジョーダン、あるいはエディスンという名称が含まれていませんか?』 「……!?」 一瞬ハーパーが絶句したことを、医師は敏感に察知したらしかった。 『含まれているんですね』 捜査上の秘密ではあるが…ハーパーは直ちに腹をくくった。 「含まれています。あのHPの開設者がエリック・ジョーダンという男なんです。しかしロレンツォ先生、何故それに気付かれたんでしょうか?」 電話の向こうで医師がため息をついたのが聞えた。 『ジョーンズあるいはジョーダンは簡単です。HPのタイトルからすぐ出て来ますよね?』 * 日本でヨハネと表記される名前は英語ではジョーンズ、同じくヨルダン川はジョーダン川になる。 「そっちはオレにも判りますが…、エリックの方は?」 『「ヨルダン川の辺」のトップページを覚えていますか?』 「あれはなんて言えばいいのか……」 ハーパーはクワンティコで見たHPを思い浮かべた。 「なんて表現したらいいのか……茶色の唐草模様がぐるぐる渦巻いたりしてるデザインだったかと……」 『唐草模様じゃないです。あれは唐草模様なんかじゃない』 そしてロレンツォの声のテンションが微妙に上がった。 『模様をずっと指で辿ってみてください!頭があることに気がつくはずです!』 「頭がある?あの唐草模様に??し、しかしそれにいったい何の意味が?!」 『あれはヘビ、あるいはドラゴンです。しかも自分の尻尾を口に加えている。 つまり、あのトップページで渦巻いているのはウロボロスなんですよ!!』 「ウ、ウロボ…ロス?」 『自分の尻尾を加えることで無限円環を意味するドラゴン。それがウロボロスです。 そして…『邪竜ウロボロス』というタイトルの幻想小説を書いた作家の名前が、エリック・クラッカー・エディスン!』 ハーパーの頭の中で、様々な情報が一気に繋がった!! 『あのHPは単なる駄洒落です。エリックからウロボロス、そしてジョーダンからヨルダン川を導いて洗礼者ヨハネ。 いいですか、ミスター・ハーパー!あのHPは、他人の信仰心を笑う性質の悪いブラックジョークに過ぎないんです。しかし、それをジョークで済まさなかったヤツがいた!そいつが「旅人」なんですよ!!』 ハーパーは確信した!! (エリック・ジョーダンは「旅人」なんかじゃない!) そして次の標的がロスアンゼルスであるということも。 (円環だ!始まりが終わりへ、終りがはじまりへ!ニューヨークの凶器の出元で、殺人ウィルスが使われるんだ!!) 「さて諸君」 FedExの集配トラックに偽装した隊員輸送車内で、エドガー・ファーガはきりだした。 「あと5分ほどでこのトラックは、とあるビジネスホテルの前に到着する。 『旅人』はそのホテルの三階、廊下の一番奥から二つ目の302号室だ」 隊員たちの誰一人として質問などしない。 いまは、ファーガ隊長の式のもと、チェスの駒に徹して行動すべきときなのだ。 「ホテルのロビーにはすでにこちら側の人間が待機しており、我々の到着と同時に2基あるエレベーターを2基とも抑える手配になっている。 建物内の本階段は我々が、非常階段は別動のBチームが上がる。三階305号の人間は客を装った監視要員だが、それ以外はすべて一般人だ。廊下に出て来られては面倒なので、それ以前に迅速に決着をつける必要がある」 トラックがスピードを落としたのが社内からもはっきり判った。 他の車のエンジン音やクラクションが遠くなったので裏道に入ったらしい。 裏道に正面玄関があるのであれば、ビジネスホテルの中でもランク低い部類だ。…ということは……。 「このホテル、ロビー班の報告によると、壁は薄くて階段は上がるとギシギシ音がするそうだ。つまり大人数ではヤツに確実に感づかれる。よって、最終突入はオレを含む5名。メンツは……」 そして……偽装トラックは、ホテル前にゆっくりと停車した。 かっきり続けて二回、それからあいだをおいてもう一回、302号室のブザーを押した。 ブザーに反応し、部屋の中で足音がゆっくり戸口に近づいてくる。 そして短くもう一回。 それが突入の合図だった!! 正面突破部隊が特殊爆薬でドアを破壊し室内に突入! 同時に、階上の402号待機の隊員が、ロープ伝いで通りに面した窓から飛び込んだ! 「FBIだ!」「な、なんなんだ!?」「抵抗するな!」「おとなしくしろ!!」 302号は一瞬で爆発の煙と男たちの怒号に満ちた! 白い埃のなかにチラチラ動く赤い点は、向かいの建物に待機した狙撃班だ! エドガー・ファーガ率いるHRT突入班は、突入開始後数秒も要さずに「旅人」ジョーダンの逮捕に成功していた。 「例の物を探せ!」 エドガーの指示で、隊員らが直ちに室内を捜索。 隊員の一人が、寝室で古びた革張りのアタッシュケースを発見した。 「鍵は掛っていませんが……開けてみますか、隊長?」 エドガーが無言でうなずき、隊員は金具を操作した。 カチャッ! 微かな金属音。 そしてアタッシュケースは、内臓のバネにより自分からその内部を晒した。 ……………。 拍子抜けしたように、ケースを開いた隊員が言葉を漏らした。 「なんだ?こりゃ??」 アタッシュケースの中身は……ありふれた替え下着と、ウィスキーのポケットボトルだけだったのだ。 「失礼ですが、どちらさま……」 「旅人」がインターホンで最後まで誰何しきるより早く、「ネコ足の訪問者」は監視カメラに向けてライセンスを提示した。 「自分はFBI捜査官のディミトリィ・ノラスコ。となりはニューヨーク市警のソフィア・プリスキン刑事です。失礼ですが、パトリック・ライダーさんでしょうか?すこし窺いたいことがあるんですが」  がちゃっ…ガチッ…チャキッ、 ロックの解除音は三回だった。 どれも意外なほど重くがっしりしている。 開き始めたドアの、初期速度も遅い…。 (…重いドアに頑丈な錠が三つ) ほとんど職業病だが、ディミトリィは瞬時にドアの強度を値踏みした。 同時にドアに触れた手が、その厚みと材質がライヴオーク、樫であることを伝えてきた。 (このドア、斧やスレッジハンマーでも跳ね返すぞ) ディミトリィはこのライダーという男の家を、「ちょっとした要塞」と判定した。 立て篭もりの舞台にされたなら、HRTといえども苦戦は免れないだろう。 装甲板のような扉がゆっくり開いて……静かな笑みをたたえて館の主人が立っていた。 「私がパトリック・ライダーです。今日はいったいなんの御用なのでしょうか?」 「郷土史家」などという肩書からある程度高齢の男性を想像していたディミトリィとソフィアだったが、現実のP・ライダーは30代後半ぐらいにしか見えなかった。 身長6フィートに僅かに欠けるくらい。 無造作に手串でまとめた金髪。 落ち窪んだ青い目に、薄い唇。 きれいに髭が剃られているせいで、こけた頬が目立つ。 その面立ちから連想する肩書は「郷土史家」でなく「苦行僧」だろう。 女性らしい観察を働かせてソフィアが尋ねた。 「失礼ですが、どこかへお出かけになるところだったのでしょうか?」 「実は、ロスのど真ん中で今日からゴールドラッシュ展が始まるんですが、その開会セレモニーに呼ばれていまして、それで出掛けるところだったんですよ」 「お忙しいところ申し訳ありませんが、少しお時間よろしいでしょうか?」 何時になくソフィアが多弁なのは、口下手なディミトリィをフォローするためだ。 「時間厳守というわけでもないですから別にかまいませんよ、さあどうぞ」 館の主人に導かれ、ディミトリィとソフィアは応接へと通された。 家の外観は「大地の底から四角く切りだされた岩」だったが、応接間はログハウスのような作りになっていた。 壁には古い人物写真が何枚もかかっていた。写真の男たちは皆豊かな髭をたくわえ、手には古い小銃を携えている。 「みな、私の一族です」 ディミトリィの視線を追うと、誇らしげに「旅人」は言った。 「私の先祖ウィリアム・ライダーは、ザカリー・テイラー将軍指揮下でメキシコ軍を破ったその年に、このカリフォルニアの地にやって来ました」 「旅人」はその中の一枚、ひときわ古い写真を指さした。 「ウィリアムです。彼は黎明期のカリフォルニアを縦横に駆け巡りました。 雪の残るトラッキー湖畔までドナー隊を探しに行ったメンバーの一人でもありました。 血なまぐさい殺人旅籠事件や、奇怪な影のつきまとうハルピン・フレイザー殺しでも、彼は必死に犯罪者の影を追ったのです。 無法者の凶弾に斃れるその日まで、カリフォルニアの治安を守るため、彼、ウィリアムは駆け続けたのです」 その男は、八の字髭をたくわえ古臭いデザインの帽子を目深に被っていた。 帽子のつばの下から覗く眼光が鋭い……。 だが、ディミトリィの目はウィリアムの手にしたものに釘付けになっていた。 「ボルカニック連発ライフル!」 ディミトリィが写真に駈け寄った。 「ライダーさん!アンタこの写真にも写っているボルカニック連発銃をもってませんでしたか?」 言葉足らずのディミトリィをソフィアがフォローした。 「私たちは、デルハイル事件を追っているのですが、その凶器として使われたのがボルカニック連発ライフルだったんです」 「デルハイル事件というのは……ニューヨークで投資会社の社長が射殺された事件でしたね?新聞だと凶器はライフルということでしたが……ボルカニックだったんですか」 やや眉を寄せて「旅人」は抑制の効いた驚きを見せた。 「弾の製造業者からここが浮かびました。製造依頼を受けた業者がジャイロ・ジェット弾の規制に触れないか、市警の意向を聞いた記録があったんです」 「ロケット・ボールがジェイロジェット規制にひっかかる?」 「旅人」にもこれは初めて聞いた話だった。 「わたしには覚えがありませんが……何年ごろの話ですか?」 「記録によると96年のことのようです」 「それでしたら、きっと父の依頼だと思います」 「旅人」は別の壁面に飾られたカラー写真を指さした。 「父、ランドルフ・ライダーは一族の歴史に強い誇りを抱いていました。それで、一族がこのカリフォルニアにやって来たころからの歴史的な文物や器物をコレクションしていたんです」 父の想いを口にするとき、「旅人」は微かに胸を反らした。 「ウィリアムは当時最新式の火器であったボルカニック連発銃を手に、このカリフォルニアにやって来ました。ですから父がボルカニック銃を手に入れるばかりでなく、それ用の弾まで作らせていたとしても、別に驚くには当たりませんね」 そして「旅人」は静かな声で「父にとってはそれだけ価値のあることだったんでしょう」とつけくわえた。 「そんじゃそのボルカニック連発銃はいま何処に?!」 「父がコレクションにあったんだと思いますが、もうここにはありませんよ」 「此処に無いってんなら、じゃあ、何処にあるんだ?!」 「一地年ほど前、父のコレクション一切寄贈してしまったんですよ、ロスアンゼルス市に」 「するってぇといまもロス市が?」 「ところが…ややこしい話なんですが、市がゴールドラッシュ展開催を準備しているあいだに賊に入られまして……」 「ってこたぁ、ボルカニック連発銃も?」 「もしその銃がニューヨークで使われたというのなら、他のガラクタと一緒にそのとき盗まれているんだと思いますよ」 自分の額を鷲掴みにしてディミトリィがソファーに背中を預けると、入れ替わりにソフィアが尋ねた。 「御手数ですがミスター・ライダー。違いなく寄贈品の中にボルカニック連発銃があったか確認することはできませんでしょうか?」 「……たしか随分以前に父の作った目録があったと思います。探してみましょうか?」 「是非、お願いします」 「わかりました。しばらくお待ちいただけますか?」  ライダーが部屋を出ると、ディミトリィがソファーから立ち上がった。 「やっぱりスタート地点はこのカリフォルニアだったんだ!」 「でもノラスコ捜査官、これまでの『旅人』のパターンだと、ロスで誰か殺されていなければならないはずです」 「おう、早速ロス市警に回って調べてもらうか」 「それよりハーパー捜査官と連絡をとって調べてもらった方が……」 ソフィアは携帯を開いたが、すぐポケットへと放り込んでしまった。 「どうしたんだ?電池ねえのか??」 「アンテナが立ちません」 「そうか、ほとんど砂漠みたいなトコだからな……ん!?なんだありゃ??」 妙な声をあげて、ディミトリィがランドルフ・ライダーの写真の隣に貼られた、もう一枚の写真に顔を塚寄せた。 「………ライダーの一族の写真じぇねえぞ、間違いねえ!こりゃチャールス・ハーパーだ!!」 「……まさか」 しかし、それは間違いなくFBIロス支局所属の捜査官、チャールス・ハーパーの横顔を写したものだった。 おそらく新聞記事から切り抜いたもので、さらによく見ると写真の上と下に何か言葉が走り書きされている。 「上の言葉は……外国語かよ」 「ドイツ語です。ええと……『心するがよい。怪物と争う者、みずから怪物となる惧れのあることを。深淵を覗くとき、深淵もまた汝を覗いていることを』。ニーチェですね。それから下の書き込みは……『狩人よ、追え!我を』………………………まさかこれは?!」 ソフィアとディミトリィの顔色が変わった次の瞬間、外で銃声がバンバンと二発、続けざまに轟いた! 「ちっくしょう!!」 拳銃を掴みだしてディミトリィが窓際に飛び付くと、青白色にペイントされた大型バイクにうち跨って、パトリック・ライダーが屋敷から走り出すところだった! 「ヤツだ、ソフィア!ライダーが『旅人』だったんだ!」 [[続く>>http://www47.atwiki.jp/fbi_team/pages/33.html]]

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