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『ドイツ・イデオロギー』



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2030年の人間と機械に向けて

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α版

「2030年に向けて何をすべきか」を考えていく際の方向性α版。機械の進化により効率化が進展した世界で、これだけ過労死・精神疾患の問題が増えているのは何故だ? ポストモダンだとか、人口の飽和だとか、いろんな説明が為され得る中の1つとして、人間と機械の関係が破綻していることがある。
機械の、一番シンプルな存在意義は「量産」にある。均質なものをひたすら作り続けること。工場で自動車を作り続ける産業ロボットを思い浮かべてもいいし、あるいは学校のプリントをひたすら印刷しまくるプリンタを考えても良い。ではそんな機械に対して、人間が取り結ぶ理想の関係は
量から質へ。量を作り出す機械に対して、その量を質へと転化させる役を担うことが、人間の仕事だと言えるだろう。自動車工場で言えば、パーツの製造はロボットに任せて、人間はその一つ上のメタな視点で、パーツを組み合わせることで新たな価値(自動車)を生み出すこと。
あるいは学校のプリントなら、教科書の情報を再生産するだけではなくて、ある教科の情報が他の教科とどう関連付くのかを考えること。量を質へ転化させる理想状態とは、そんなところにあるのだと思う。
が、しかし、機械の作り出す量に、ただただ押し流されているのが現状なのではないか。高品質で均質な日本の製品。極め細やかに行き届いた日本のサービス。量産される製品・サービスを消費する快楽。そんな欲望に追い立てられるようにして高速に回る資本主義社会。
まずひとつの問題は、量を質へと転換するような、人間と機械の関係を築けていないこと。量に押し流されているだけ。
そして2つ目の問題は、たとえ量を質に転換できたとしても、それは「機械は量産するだけ」という前提が成り立つ現状での理想でしかない。2030年までに機械がどう進化するのかわからないが、おそらくその前提は変わっていく。前提が変わった上での、機械との理想関係を築く必要がある。
量産だけじゃない、という話はすでに出ていて、例えばネット上で量産された情報の中からキャラクターが立ち上がることがある(「ゴーストの条件」)。これは人間の力とネットの力が合わさって生まれた現象で、量を質に転化する人間の能力だけでできたものではない。機械の存在感は量産の次段階にある。



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