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分業と、「純粋な」理論、神学、哲学、道徳…


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人口の増大である。これに伴って分業が――本源的には性的行為における分業にすぎなかったのだが――発展していきやがて自然的な素質(例えば体力)、欲求、偶然等によって、ひとりでに〈それゆえ〉あるいは「自然発生的」に生じる分業が行なわれるようになる。分業は、物質的労働と精神的労働との分割が現われた瞬間から、初めて現実に分割となる。この瞬間から、意識は、現存する〈事物〉実践の意識とは別の何かであるかのように、何らかの現実的なものを表象しないでも現実的に何かしらを表象しているかのように思い込むことが現実にできるようになり、――この瞬間から、意識は、自己を世界から解き放って「純粋な」理論、神学、哲学、道徳、等の〈純粋な〉形成へと移ることができるようになっている。しかし、これらの理論、神学、哲学、道徳、等が現存の諸関係との矛盾に陥る場合でさえ、そのようなことが起こりうるのは、もっぱら現存の社会的諸関係が現存の生産力との矛盾に陥っていることによってである。(59-60頁)
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