文芸部杏電子書架
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文芸部杏電子書架
ja
2013-04-23T10:46:37+09:00
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桜の呼ぶ
https://w.atwiki.jp/bungeibuanzu/pages/164.html
桜の呼ぶ (一題「桜」 4月第二回提出作品)
「ああ、良い天気でございます。しんとしみる、桜の散るのが良く似合う天気であります」
舞台の中央、桜の古木の太い枝に座った人間にスポットが一筋射している。白の照明に、絶えまなく花弁がちらつく。バックライトが青色にゆらゆらと深海のような雰囲気を漂わせている。
「古来、桜のとは儚い物のたとえとして扱われ。それはそう、まるであなたたち人間と同じように。日本に書かれる文字にあるように、人の夢とは儚いものなのです。咲いて数日このように消えゆく桜のように」
一条の光は照明であるが、あるいはまるで雲の隙間から差す月の満ちた光かとも見える。
「人の儚いとは夢ばかりか。人はとめどなく溢れる夢を散らせるにとどまらず、そのただ一つの命さえいともたやすく夢か桜かのように散らせてしまう」
ああ、と溜息をつき袂を目に当て、大きな動きで目元を抑える。
しかしその口元は冷たく笑っている。
「おかげで。そのおかげで私は美しく咲ける」
笑顔を隠すこともなく素早く大きな動きで袖を返して、右手を幹の根元に向ける。
「あれをごらんなさい。桜と人は引きあうものなのです。安定を失った人間は、桜に呼び寄せられるのです。私が呼んでいるわけじゃありませんけれども、あちらからよってきていただけるなら随分と有難いことでもあります」
枝に座った人のセリフの間に、徐々に明るくなる白のスポットに照らされ、木の根元、幹の一部と見えていた瘤が、白い顔を照明に向け、木の色に似たぼろをまとった男性と解る。
「知っていますか? 桜にまつわる話には、人の血が必要なのです。桜の下に首が埋まっています。桜のなかには人が眠っています。桜が長く生きるには、人が必要なのです。そんな話が他のどの木より多いのです。ほら、そこでもまた一つ」
「ああ! いとよ! お前は何故奴を求めた! 俺はいらないというのか」
両腕を高く月に伸ばして、悲痛に男は叫ぶ。
「いと、俺のいと! 俺に愛を語らない口で、誰に愛を語ると言うのだ。俺を見ることの無いその目で、誰を見ると言うのだ! 」
見開かれた瞳が、白い光を反射して、光る。
男は拳を膝に叩きつけて歯ぎしりを交えながら、じょじょに苛立ちを高まらせていく。
「あの腕は俺の物だ。あの髪は俺の物だ。あれは俺の物なのだ!
2013-04-23T10:46:37+09:00
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三題噺 映画地雷変化球*雷華
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地雷 映画 変化球
はじけ飛ぶ世界。抉れた大地。気が付けば僕は目の前で甲高い悲鳴を上げ吹き飛ばされる少女を見つめながら、荒野に立っていた。
黄土色の土とぬるりと飛沫いた赤い血が鉄の臭いを強烈に、カゲロウのゆらぐ大気に撒き散らす。そのほとりには小さな青いブーゲンビリアの花咲く木。
しかし僕とその光景の間には不明瞭に一枚の膜が貼られているものだから、こんな描写をしていられるくらいに僕には余裕があった。それはまるで現実のように僕の知覚に訴えかけるけれど、決して現実じゃないと心のどこかで僕は知っていた。それには明確な理由がある。僕には直前の記憶があったから。
教室の真ん中あたりの席で授業を受けていたという、至ってまともな記憶が。
地に伏した子どもが、声もあげず、動きもせず、ただその身体から赤い血をどくどくと垂れ流している光景は、リアルに過ぎるけれど、きっとそのうち僕の意識は引き戻される。だからこれはただの、日常を揺るがそうとする変化球。収まる先はキャッチャーのミットの中つまり、ただの代り映えの無い日常。どんな代わり玉だって
ここから一歩も動かなければそれで。
あたりに人の姿は無い。と、次の瞬間歓声と、銃声と、それから飛行機のプロペラの音があたりに満ちて、そのうるささに僕は目を細めた。
見上げると少女の血の色のように染まった空を、羽蟻の群れが飛ぶように戦闘機が蠢いて横切った。
降り注ぐ爆弾が僕のすぐ近くで弾け、爆風が僕を吹き飛ばせずに口惜しそうに大量の土ぼこりを巻き上げた。
少女はもういない。
ブーゲンビリアの花も無い。
その代わりに沢山の、ただ沢山の死体があたり一面を埋め尽くして、見渡す限りの突き立てられた銃剣を墓標にして死んでいた。
空の色は雨が降り出してもう真っ黒だ。
やがて銃剣を絡め取るように、地から伸びた草の芽が天を目指し、小さなコロニーはやがてつながって地面を隠した。成長して、鉄と火薬と血のにおいのする大気を、水と緑のにおいに変え、足の裏に熱い大地はひんやりと露に濡れた草の葉の感触を僕に伝えた。雨が徐々に弱くなっても、植物は成長の速度を緩めることはなく、むしろさらに調子を上げた。
芽吹き、伸び上がり、そこにツタが這い、僕の膝を、腰を超えて頭上に伸び、ちらちらと揺れながら空を隠した。
日差しが遮られ
2012-10-22T11:34:54+09:00
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ステラ・プレイヤーズ〔ⅲ〕 10*大町星雨
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俺は部屋に駆け込むと、隅に小ぢんまりと押しこめられているパソコンをのぞきこんだ。マウスをいじって、すぐに安心して息をついた。何でもない、前からいかれてたデータの異常だ。いつかこうなるとは思ってた。俺は軽くキーボードを叩いて壊れたデータを消すと、肝心の暗号データを開いた。
こちらも大したことはなかった。アラル軍部向けに発信された、大統領の演説画像だ。立体画像を強引に平面の画面に映しているから、ボールの上に貼り付けたみたいに隅の方がゆがんでいる。本当は新しい立体映像装置がほしいけど、クロリアで生活してるとそうもいかない。こうやってスクラップ寸前のコンピュータを掘り出してくるのが精いっぱいだ。
俺はしかめ面をしながら床にあぐらをかいて、画像を再生した。
『――から、クロリアを倒すという君たちの信念はこの世界全体にとって有益となるはずだ』
耳に突っ込んだイヤホンから、大統領の力強い演説が聞こえてきた。それに合わせて画像の中で腕を振る。地球でもクロリアに来てからも、何度も見て、すっかり見慣れてしまった顔だ(ちなみに開かれた軍であるべきというロータス指揮官の考え方から、クロリアでは敵の情報を入手する事に規制はない)。
はっきり言ってしまうと、俺は最初ネシャト大統領をテレビで見た時、とてもいくつもの惑星を束ねる大統領だとは思えなかった。会見を待っている彼は小柄で、茶色の目がよくあちこちに動いていた。一見気の弱そうな男性で、固そうな黒い髪がそれを強調していた。
その印象が覆されたのが、彼とアメリカの大統領との会談映像だった。そこで話している彼の眼は意志の強そうな光をたたえていて、口調も聞いている人を圧倒させるような響きがあった。さっき言ったようなマイナスの特徴はその裏にすっかり隠れてしまう。つまり、周りに呼びかける時こそ最も彼の能力が発揮される場面だった。
今も演説台に立ってアラル軍に呼びかけるネシャト大統領はリーダーシップのある人間、という評判を見事に表していた。
「ティート、そんなの聞いててよく嫌気がささねえな」
その声に顔を上げると、マーウィが部屋に戻ってきて、コンピュータの画面を覗き込んでいた。手には食堂から拝借してきたらしいアルコール缶がある。俺はイヤホンの片方を取って答える。
「少なくともいい気分で聞ける内容じゃないけどさ。でも、この
2012-07-18T18:12:21+09:00
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ステラ・プレイヤーズ〔ⅲ〕 9*大町星雨
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⑤台風の過ぎた後のように
俺がいつものように人目を避けて訓練に集中していると、横の訓練装置に人が乗ってきた。こんな時間に珍しい。しばらく無視して自分の操作にかかりきりになっていたが、今度は隣の音が気になり始めた。何しろ、やたらレーザー弾の発射音がするくせに命中音がなく、戦闘機がやられたことを示すブザーが何度も聞こえてくる。要するにめちゃくちゃ下手くそ。いつもなら他も騒がしくて気にならないんだけど、今は二人だけだ。
俺は自分の機械の電源を落とすと、キャノピーを上げて隣を覗き込んだ。ちょうどブザー音が鳴り響いて、乗っていた人が頭を抱えた。横で俺が見ているのに気づいて、キャノピーを上げた。
「トレーンさん、戦闘機にでも乗る気ですか?」
俺は少しばかり呆れながら、それを表情に出さないよう気を使った。自分の足で歩いててもけがする人が、何で宇宙船なんか。
トレーンさんは眼鏡を押し上げて、照れたように笑った。
「いやねえ、リナさんがいなくなってから研究に張り合いがなくなっちゃってね。かと言って他の研究や仕事をする気にもなれないし。それでせっかく軍の駐留地にいるんだし、船の乗り方ぐらい覚えようかなあ、と思ってさ」
肩をすぼめながら言うトレーンさんを見て、俺は軽く息をついた。でも大勢の目の前でやってからかわれるのが嫌で、こうして人のいない時にやるって訳か。
「でも戦闘機の操作って難しいんだよね。これがエンジン速度切り替えレバーで、こっちが銃の強さ調節レバーだよね。で、このボタンは」
「ちょっと待ってください。最初っから逆です」
それからは、暇があるたびにトレーンさんに操縦を教えるようになった。飲み込みが悪い上に操作に手間取るせいで、上達は恐ろしく遅い。でもそのせいでこちらも必死に教え方を考えるようになり、次第に里菜の事を考える時間が減っていった。減ったというより、折り合いをつけられるようになってきた。
「こういう時は一旦八の字に操縦して、スペースのある所まで持ちこたえた方がいいです。いや、機体安定装置はこっちで――」
明かりがほとんど落とされた中で授業をしていると、背後でドアの開く音がした。顔を上げて振り向くと、ミラとマーウィが入ってきたところだった。アルタは最近別の基地の任務に就いたとかでほとんど見かけない。ミラが歩み寄ってきながら、俺たちの方
2012-07-18T18:10:15+09:00
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ステラ・プレイヤーズ〔ⅲ〕 8*大町星雨
https://w.atwiki.jp/bungeibuanzu/pages/160.html
また何かがぶつかる音がして、戦闘機が揺れた。それでも何とか持ちこたえてくれている。
「そっちからは仕掛けてくる気ないの」
音が止んだかと思うと、ウィラの大声が聞こえてきた。大声でも冷たさを失っていないところはさすが。私も戦闘機の下から顔をのぞかせて言い返す。
「まだ習ったばっかりなのに、そんなに上手くできるわけないでしょ! 攻撃だってろくにできないし、防御なんてやったことすらないんだから!」
「なら避けろ」
「無茶言うなって!」
そこで向こうからかなり大きな物体が飛んでくるのが目の端に見えた。あれがぶつかったら今度こそやばいかも。
私が戦闘機の陰から走り出すと、背後で今日一番の破壊音が聞こえた。肩越しに振り返ると、タンスに吹き飛ばされた戦闘機が、さっきまで私がいた場所にスローモーションのように崩れ落ちていく。私は体の血がすっと足元に落ちていく感覚を味わった。
ウィラ、まさか私を殺す気じゃないでしょうね。
戦闘機に気を取られている間に、ウィラの方からまた何か飛んできた。どうにか木の裏に隠れた、はずだった。
幹を回りこんできた鉄パイプに気付いた時には胸元に衝撃が走っていた。肺の空気が全部押し出されるのが分かる。不思議と痛みは感じない。勢いよく地面に叩きつけられて、ようやく痛みの感覚が戻ってきた。土の臭いが鼻をつく。
急いで起き上がろうとしたけど体が動かない。首を動かしてみると、胴体の上に鉄パイプが浮いていて、それが体を押さえつけていた。仰向けのままその下から抜け出そうとすると、鉄パイプの高度がぐっと下がって、私の体を地面に固定した。
そうやってもがいているうちに、足音が近づいてきた。顔の上に影が落ちる。見上げると、ウィラが無表情にこちらを見下ろしていた。人差し指を真っ直ぐ私に突きつけている。暗がりの中で、腕輪の文字の光がゆっくりと消えていった。
「クシェズ トアド(勝負あり)」
ウィラが静かに言った。その後何も言わずにきびすを返す。遠ざかっていく音が聞こえる中で、私の上にあった鉄パイプがゆっくりと移動して、私の横で地面に落ちて転がった。
私は数秒地面に寝転がっていた後、肘を使って起き上がった。胸の辺りがはれたかのように痛い。深呼吸してどうにか肺に空気を入れようとする。遠くの方でウィラが話しているのが聞こえた。
「リナ
2012-07-18T18:08:24+09:00
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ステラ・プレイヤーズ〔ⅲ〕 7*大町星雨
https://w.atwiki.jp/bungeibuanzu/pages/159.html
サラが私を移動させて、重い方の石に座らせた。自分は軽石の方に。そして私の座っている石を見ながら言った。
「これだけのものが持ち上がるようになれば大丈夫かな。明日のオラスの訓練は、いつもの個室じゃなく武道場に来てちょうだい」
私は瞬きをしながら座りなおした。
「静かな状態でオラスを使うのはほとんどできるようになった。後は日常での練習だけ欠かさないようにしてくれればいい。明日から、肉体的訓練も兼ねた演習をやるわ」
「何をやるんですか」
私は滑らかな石の表面をなでながらたずねた。学校の体育では、まあ平均的な成績をとっていた。それにクロリアで地上部隊の訓練も受けてたから、体力には少し自信がある。
「それは武道場で、説明するわ」
サラが少し言葉に詰まったのを見て、私は何となく嫌な予感がした。
昼食の後、指定された場所に行くと、サラがちょうど準備をしていた所だった。私は武道場に入ってすぐ中を見回して、驚いて眉を上げた。
「武道場」というからには学校や町の体育館にあるような柔道場や剣道場のような場所をイメージしていた。
でも目の前に広がっている部屋は、「武道場」より「倉庫」とか「温室」とかいう名前が似合いそうだった。
まず目に付くのが、五メートルはありそうなずんぐりとした木々。学校の体育館ぐらいありそうな部屋なのに、それが生い茂っているせいで狭く感じる。おまけに枝打ちがほとんどされていなくて、頭上はちょっとした密林状態だ。
混雑量では地上も負けていない。木はまばらに植えてあるだけだから、地上ではあまり邪魔にならない。ただし、その空いている空間に、ガラクタのたぐいがごろごろしている。ちょっと見回しただけでも、さび付いた宇宙船の一部、元はタンスや本棚だったらしい木材の山などなど。どう逆立ちしてみても、「武道場」とは呼べそうにない。部屋、間違えたかな。
木の根元にウィラが座って本を開いているのを見て、私の気分は更に落ち込んだ。それはもう、胃袋に石を詰め込まれたように重い。私はこの部屋もウィラもひっくるめて、悪い予感の理由だと理解した。
部屋の空調装置を操作していたサラが、私に気づいて招き寄せた。私が口を開けようとすると、先にサラが子どもっぽく楽しそうに笑っていった。
「先に言っておくけど、ここは間違いなく武道場だからね」
質問
2012-07-18T18:04:24+09:00
1342602264
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ステラ・プレイヤーズ〔ⅲ〕 6*大町星雨
https://w.atwiki.jp/bungeibuanzu/pages/158.html
Ⅷウィラの攻撃とソシンの救助
キチッという音がして、時計のねじが止まった。私は息をつきながら、枕の上に置いていた時計に手を伸ばし、机の上に戻した。針は私がねじを巻き始めた時間から三〇分くらい後の時間を示していた。
私は額にうっすらとかいた汗を腕で拭いながらベッドに倒れこんだ。もちろん手でやるよりは遅いけど、やっとここまで早くできるようになった。もっと簡単なもの、例えば本の出し入れやクローゼットの開閉はほぼ自然にできる。訓練では、飛んでくるボールにぶつからないように避けたり、一抱えもある石を持ち上げる練習をしたりしていた。
これだってそうだ。私は置いたばかりの時計を見ながら思った。だいぶ慣れてきたからって、ウィラと朝夕の当番を交代してもらった。朝食の時間に間に合わせるために早起きしなきゃならなくなったけど、自分が確実に進歩していくのが楽しかった。
隣のベッドを見ると、ウィラがまだ寝息を立てていた。寝ている時にはきつい表情がとける。この時だけは、ウィラが自分より幼いんだって事を実感する。相変わらず愛想の悪さは変わっていない。最近分かってきたのが、私には特に風当たりが強いって事。もちろんウィラに悪いことした覚えなんか一つもない、んだけど。
そう考えている内にウィラが声を出しながら寝返りを打って、私はウィラから目を反らした。
「そこでかかとの方に重心を持っていって、重力に頼って体を動かして」
いつもの訓練場。ゴムボールが私の頬のすぐ脇を通過して、サラが前かがみになったまま私の方を見て言った。私はつばを飲み込みながら頷いて、もう一度短剣を片手で握り、目の前に斜めに構えた。サラがボールを拾い上げて体を起こした。
オーバースローでボールを投げてくる。速い。真っ直ぐお腹の辺り。私はとっさにクラルをひねって弾いた。丁寧に手入れされた刃に切り裂かれて、ゴムボールは真っ二つになって私の足元に転がった。サラはうーんとうなって、難しい顔をして、手に持っていたボールで軽く頭の横を叩いた。
「どうしても避けられなきゃそれでもいいんだけど。自分の力だけで避け切れなくても、オラスでそれを強めればできることもあるのよ」
「でもオラスって想いとか意志とかでしょう。オラスで色々、普通ではありえない事は起こる訳だけど、自分の身体能力はこの位って決まってるものなんじゃないですか。今
2012-07-18T18:05:43+09:00
1342602343
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ステラ・プレイヤーズ〔ⅲ〕 5*大町星雨
https://w.atwiki.jp/bungeibuanzu/pages/157.html
次の日の朝、機械がエラーを起こした時のような、ピーという音で目が覚めた。
目を開けて音のする方を見ると、既に着替え終わったウィラが自分のベッドに座り、両手で握った時計をじっと見つめている。音はその時計から発せられていた。
ねじが、まるでCDか何かが回るように、残像を残しながら回っている。人間の手では到底できない速さだ。最後にキチッとねじを巻き終わる音がした。
ウィラは時計を私の机の上に置くと、ちらりと私を見てから部屋をさっさと出て行った。
私は布団の中で複雑な心境と戦っていた。ウィラのオラスってあんなに強かったんだ。でも私が起きてたのを確認してから行くなんて、嫌がらせ?
私は布団をはねのけながら起き上がると、時計のねじに向かってじっと集中した。
ギ、と嫌な音がしただけだった。
「里菜はオルキーランの歴史についてどれぐらい知ってるの」
サラに聞かれて、私は庭で赤い花が揺れているのを見ながら記憶をたぐりよせた。窓が南向きについているから、部屋のなかは明るい。
「あまり詳しくは。かなり昔からルシンにあった組織で、確か殺人禁止と平和が決まり。宇宙大戦終結を手助けしてから世界的に活動するようになって、八年前、ルシン全滅の直前にはルシン人以外も含め百人ほどが所属していたってぐらいです」
ちなみに今のはトレーンさんの受け売り。
サラはそれを聞いて頷きながら、古そうな本のページをめくった。よく図書館で見かける、やたら表紙が質素で手に取った人が今までいたかどうかすら怪しいような、あんな本だ。ただしこの本は何度も開いているみていで、所々ページに開き癖がついていて、表紙の端が擦り切れている。
「オルキーランの歴史は、まだ人々が狩りや簡単な農業をして生きていた時代にまでさかのぼる」
サラが話しながら本の挿絵を見せてきた。壁に刻まれた線でできた絵と、その絵や発掘物から考えられる、昔の人々の想像図だ。
夜に祭壇(と言っても勉強机ぐらいの大きさ)の前に人が集まって、何かの儀式をしている。もちろん全員ルシン人だ。どの人も鮮やかな服や色とりどりの組みひもを身につけている。祭壇の目の前には一段と飾りたてた女性が、背丈位はありそうな剣を掲げて祈りを捧げている。サラがその剣を指さした。
「これがクラルの原型。もちろんまだ文字はなくて、力の象徴として
2012-07-18T18:00:17+09:00
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ステラ・プレイヤーズ〔ⅲ〕 4*大町星雨
https://w.atwiki.jp/bungeibuanzu/pages/156.html
しばらくしてサラが迎えに来た時、私は疲れ果てて床に仰向けになっていた。結局最初の時以上の高さにペンが上がることはなく、自分の体の重みに比例するようにペンも動きづらくなっていた。
私が起き上がりながら顔をしかめると、サラがペンを拾い上げながら言った。
「始めはそんなものよ。こういう練習を、普段の生活の中でもやっていってもらいたいの。ドアや明かりのスイッチを入れる時や、服をたたむ時。それから寮の部屋に共用の時計があるから、その操作もオラスでやるようにしてね」
私は頷きながら立ち上がった。拍子に足元がふらついて、サラに支えられた。ずっと座ってたせいで、自分がどれだけ疲れてるのか気付いてなかった。我ながらかっこ悪い。
真っ直ぐ立てるようになるまで壁に寄りかかっていた後、私はサラに続いて建物を出た。
部屋に戻ると重々しい雰囲気のウィラが机に向かっていた。私をちらりと見ると、机から置時計を取って投げてくる。両手で受け止めた私に、ウィラが机に向き直りながら言った。
「朝起きてから一回と、夕方食事の後に一回。あんたはまだ下手くそだから、夕方の方やっていいよ」
怒らない、怒らない。深呼吸して感情を落ち着けながら、よこされた時計を観察した。いかにも「目覚まし時計」って感じの、上にベルがニつついている形だ。数字は十までしかなくて、トゥスアの自転に合わせるようになっている。裏返しにすると、なんとも古風なねじがついていた。ねじ! 地球でだって、半分骨董品の代物だ。操作っていうのはこのねじを巻くことなんだ。
私が時計をひねくり回していると、ウィラが私の横をすり抜けて出て行こうとする。すれ違いざまにぼそりと言われた。
「夕飯の準備するから、あんたもすぐ来いよ」
私は慌てて時計から顔を上げて、もうドアを開けかかっているウィラに聞いた。
「準備って、まだ早いんじゃないの」
「夕飯は村全体でとるんだよ」
そんなことも聞いてなかったの、とばかりに睨みつけてくる。
あなたが教えてくれなかったからでしょ! と内心叫びつつ、私は時計を枕元に置いて後を追った。
少なくとも、ウィラとの生活は忍耐力の練習になりそうだ。
食堂は修行場の建物の中にあった。長机が三つ、コの字型に並んでいて、奥にキッチンがある。私が行った時には、食器のなる音や料理の立てる湯気
2012-07-18T17:58:24+09:00
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ステラ・プレイヤーズ〔ⅲ〕 3*大町星雨
https://w.atwiki.jp/bungeibuanzu/pages/155.html
外に戻ると、暖かい風が吹き込んできた。腕を広げて風を受け止めてみる。保管室は寒いし生活感がしないし、正直しょっちゅう行きたいとは思えない。
私たちは、そのままサラの部屋に行った。中庭に面した窓は開け放ってあって、丁寧に手入れされた花壇が良く見えた。
サラは私に座るよう促すと、棚から辞書のように厚い本を一冊、手帳ほどの大きさの本を一冊取り出してきた。それを私の前に差し出す。
「こっちの厚いのがオルキーラン語の辞書。こっちが色々なことを書き留めるためのノート。持ってっていいよ」
私はあいまいに頷きながら、その二冊を受け取った。家では電子辞書を使ってたから、紙の辞書なんて本当に久しぶりだ。使い込まれたページをめくってみると、もう見慣れたアラル語の他に、象形文字のような記号が書かれていた。何かはすぐに分かった。クラルに刻まれているオルキーランの文字、オラケラだ。
「オラケラは五千年ほど前から使われている文字で、変わった仕組みを持っている。文章の中で使う時は音を表す。里菜の住んでた所でいう、平仮名みたいなもの。そして一文字ずつ単独で使う時は、意味を持つ。漢字みたいなものかな。クラルにこの文字が刻まれる時は、全体で意味を持つ文章にしながら、一つ一つの文字に、それぞれの意味もこめていくの。古い言語だからちょっと複雑だけど、ゆっくりやっていこう」
サラは私の辞書の見開きを開いて指さした。オラケラが並んでいて、その下にアラル語でそれぞれの音と意味が書きこまれている。
「予定としては、午前中にここに来てもらってオルキーラン語を学ぶ。午後は修行場でオラスを使う練習をしましょう」
私は辞書の縁に触れながら、浮かんだ疑問を口にした。
「でも、クラルに前の人の記憶があるなら、どうして言葉や技術を学ぶ必要があるんですか?」
もっともな考えね、と言うようにサラが頷いた。
「それも一理ある。でも人の記憶と同じように、クラルの記憶は薄れていくの。それにオルキーラン語を知っていた方が、正確に自分の考えをクラルに伝えやすい。元々クラルに刻んであるのはオルキーラン語だからね」
そしてオルキーラン語の勉強が始まった。まず文字を覚えるのは簡単だった。まず数が少ないし、読み方は一つしかないからだ。
逆に文章の仕組みとなると、これが難しい。アラル語みたいに作られた言葉じゃ
2012-07-18T17:55:33+09:00
1342601733