終末時計 *大町星雨

 終末時計というものを知っていますか。
 これは核による世界の破滅までの時間を時計の針で表して、どれだけこの地球に核の危機が迫っているのかモデルにしたものです。時計はいつも「十二時何分か前」を示していて、「十二時」が世界終末の時間と位置付けられているわけです。
 今、時計はとある博物館のロビーに飾られ、「十一時五十六分」で止められていました。ロビーには男性が一人、のんびりと缶コーヒーを飲んでいました。ガラス張りの壁から、明るい日が差し込んでいます。
 男性はしばらくぼうっとして、ふと終末時計に目がいきました。
 そして自分の目を疑いました。
 男性が見た瞬間、時計の長針がチッと動いたように見えたのです。男性は長針をじっと見つめました。長針が動いている様子はありません。しかし、その先端は明らかに「五十七分」の位置を示していました。
 本来なら、終末時計がひとりでに動き出すはずはないのです。これは電池で動いている訳ではなく、定期的に博物館の職員が手で針をずらしているものなのですから。下に向かって動くならともかく、重力に逆らって、「十二」に向かって動くなどあり得るはずがありません。
 針はしばらく動かず、男性は何かの偶然だと思い始めました。
 その時、また長針がチッと動きました。「五十八分」を指しています。
 男性の手からスチール缶が落ちました。缶は固い床に当たって、ロビー中に広がるかん高い音を立てました。中身のコーヒーが床に広がりましたが、男性は終末時計から目を離せませんでした。
 誰かを呼びに行くという選択肢もあったはずでした。しかし、男性はその場に固まったまま、声を上げることも出来ませんでした。動かないはずの、いえ動いてはいけない時計が時を刻んでいるのです。地球の終末までの時間を。
 長針が「五十九分」を指しました。もうほとんど短針と重なりそうです。
 二つの針が「十二」を指すその瞬間まで、男性は時計から目を離しませんでした。自分の後ろにあるガラスから外を見たいという気持ちはありました。本当に核弾頭が飛んできていやしないかと。もしそれらしき影がなければ、時計が偶然動いた、で済むのですから。
 でも男性は、振り向けませんでした。



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最終更新:2012年01月23日 11:54