チム・チム・チェリー!~灰被り姫と星の王子さま~ 3*師走ハツヒト

「で、その望遠鏡で星を観てたってわけ?」
「そう。父さんからもらったんだ、これ。さっき落とした時には本当に腹の底が冷えたよ」
 テクスは大事そうに望遠鏡を抱えた。
「冬の星は明るくて綺麗だ。もうそろそろ春だけど、まだこの時間だと冬の星が見られる。シリウスは全天で一番明るい星で、それはもうダイヤみたいに輝くんだよ」
「シリウスって何?」
「ほらあそこ、見えるかい?」
 尋ねたチェリーに、テクスは指をさす。
「あの赤や白や青に色を変えて光るのがシリウス。そこから左上に、プロキオン。右側にちょっと視線を動かすと、ベテルギウス。この三つの星を繋いだ三角形を、冬の大三角という」
「え、星ってそれぞれ名前ついてるの?」
 きょとんとしたチェリーに、テクスもきょとんとした顔を返した。
 おまじないの効果か口には出さなかったが、その顔には(そんな事も知らないの?)と書いてあった。
「な、何よ、学校では習わなかったわそんな事!」
「でも、北極星くらいは学校で習うと思うけど」
「それは……そう、北極星は特別な星だからよ!」
「特別な星じゃなくても名前はあるよ。有名人と普通の人、みんな名前を持っているようにね」
「なるほど」
 チェリーは素直に納得した。
「君みたいにみんなが名前を知っている人もいれば、僕みたいに訊かれないと誰も知らない人もいるって事だよ、チェリー」
 名を呼ばれてにっこりと微笑まれる。何故かどぎまぎして顔が赤くなった。暗いのと煤がついてるのでばれないのをチェリーは幸運に思った。
「じゃ、じゃあ星にも全部名前があるのね」
 声が上擦ったのにテクスは気がつかなかった。眉を寄せて考え込んだからだ。
「ええと。全部じゃないんだ。空にはあるけど、まだ見つかってない星もある。それはまだ名前がついてない。星は自分から名乗らないし。僕の夢は、まだ誰も見つけた事のない、ある星を見つける事なんだ」
「どんな星?」
 問われて、テクスはとても大切そうにそれを口にした。
「星の王子さまの星」
 あんまりテクスが真剣に言ったから、チェリーはつっこめなかった。
「えっと、ロマンがあるわね! うん! それにテクスって物知りだし、きっと見つかるわ!」
「そうかな、ありがとう! 僕頑張るよ!」
 あからさまなフォローに、テクスは単純に喜んだ。
「あたしなんか、只の煙突掃除人だし、隣のベッキーみたいに綺麗じゃないし、ほっぺたもそばかすだらけだし……。それに比べたら、テクスはすごいわ」
「いや、君だってすごいよ。女の子なのに煙突掃除人やってるし。煙突掃除したら火事が防げる。火事が起きたら煙で空が真っ黒になる。煙突掃除は空を掃除しているようなものだ。いつも綺麗にしてくれてありがとう」
 チェリーは目を丸くした。お客さんとチェリーに触れた人以外に礼を言われたのは初めてだったからだ。照れてしまい、小声で「どういたしまして」と告げた。
「それに……その、そばかすも、暗いし仕事頑張った証の煤で見えないし。ほら、本質って目に見えるものじゃないし。うん。一生懸命だから町のみんなに好かれてて、そういう人は綺麗じゃない訳じゃない……と思う……」
 テクスはテクスで、学校の女の子には絶対言った事が無いような事を言っていると気付いて、声が段々小さくなった。
 そして二人の間にこそばゆいような沈黙が落ちた。二人とも必死に話題を探すのだが、海に映る月を掴むようにできそうでその実全く上手く行かなかった。仕方なく黙って二人で夜景と星空を眺めていた。
 しばらくして、空を見上げているチェリーが口を開いた。
「あたし、見つけたよ。星の王子さま」
「え!?」
 テクスはびっくりして立ち上がった。
「どこ? どこに?」
「ここ」
 顔を空に向けたまま、チェリーは指さした。その指の先には。
「……僕?」
「そ。さっき、本質は目に見えないって言ったよね。あれ、星の王子さまの台詞でしょ。だからテクスはあたしの星の王子さま」
 そう言って、テクスはチェリーを見上げ、にっこり笑った。
 テクスは口をぱくぱくさせていたが、最後に「……なーんだ」と言って再び腰を下ろした。
「僕が星の王子さまだったら、チェリーはあれだね」
「何」
「シンデレラ」
 一瞬の沈黙の後、その意味する所に気付いてチェリーは笑い転げた。
「やだ、うちのお母さんはあんなに意地悪じゃないわ! あたしが好きで灰被りしてんだから! う、それにしてもテクスって頭いいなぁ」
「いやぁ我ながらなかなかいい切り返しだと」
「自分で言ってるし!」
 お互い照れ隠しも手伝って、随分長く二人は笑いあった。
 そして笑い疲れて再び二人は静かに景色を見始めた。この沈黙は、ちっとも嫌な感じはしなかった。
「あの」
 今度はテクスから先に口を開いた。
「なぁに?」
「煙突掃除人に触ると、幸運が訪れるんだったね」
「そうだよ」
 その先を、テクスはおずおずと口にした。
「……触ってもいい?」
「どうぞ」
 チェリーが差し出した手に、まるで王子が姫君にそうするように、テクスはそっと重ねた。

 そうして二人はいつまでも、宝石のような天と地の光を見ていた。



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最終更新:2012年01月23日 11:52