ステラ・プレイヤーズ 19

 クラルに手を伸ばした所で、急に自分のお腹からよく響く音がした。私は体を伸ばしたまま固まった。うわ、さっきのパンだけじゃ足りなかったみたい。
 大斗も考えるのを中断されて、顔を上げた。何度か瞬きをすると、困ったように目を少し大きくした。
「えっと、食堂でも行く? 今ならまだぎりぎり間に合うだろ」
「うん!」
 私はさっきと打って変わって顔をほころばせると、ベッドの下から靴を引っ張り出した。

 食堂に行くと、部屋はがらんとしていた。数えるほどのグループが座ってしゃべってるだけだ。ほとんどが同年代の訓練生だ。
「今日の昼過ぎには、キアト作戦の人も戻ってくるってよ。そろそろだな」
 大斗がお盆を片手に、バイキングの残った料理を眺めながら言った。私も飲み物を手に取る。
「結果、どうだったの?」
 大斗が渋い顔になった。
「失敗だって。まだ、正式な発表はないけど」
 飲み物を注ぐ手が、一瞬ぶれた。机の上にジュースがこぼれる。
大斗がすぐに明るい声を出した。
「でもアルタたちはみんな無事だって、連絡来たよ。マーウィがちょっと頭打ったぐらいだってさ」
 私は大斗の方を見て、ふっと肩の力を抜いた。もちろんあまり喜べる状況じゃないんだけど、とりあえずあの三人が無事でよかった。
「それにしても、あれだけ極秘だった作戦がなんで失敗だったんだろう。実際に行った人だって、知らされたの二日前だったじゃない」
 私がテーブルにつきながら疑問を口にすると、大斗がためらってから声をひそめて答えた。
「あくまで噂だけど、スパイがまぎれてるかも知れねえって」
 私は手を動かし続けながら、目を丸くした。
「ロータス指揮官も、その可能性は前から気にしてたみたいなんだ。でも詳しい事はまだ調査中らしい。って、お前ちゃんと聞いてる?」
 私はグラスを手に取りながら何度も頷いた。こんなにお腹がすいたのは初めてかもしれない。
 ジュースの二杯目を取りにいこうとしたとき、放送が流れた。
「キアト作戦部隊、第三格納庫から第十一格納庫に帰還」
 私たちは急いで食器を片付けると、人ごみをぬってアルタたちを迎えに走っていった。

 格納庫に着くと、ちょうど上官の話が終わって解散した所だった。人でごった返す中探していると、マーウィの方が先に見つけてくれた。頭には、回復液を含んで青みのかかった包帯が巻いてある。
「俺はもう大丈夫ってさんざ言ってやったんだけど、看護兵が『まだ傷がきっちりふさがってないんです!』ってきかなくてさ。人のいるとこに行く度に注目されてよ」
 神経質な看護兵の口真似をしながら、マーウィがいつものようににやりと笑った。
「重症患者みたいでしょ」
 ミラがそう言いながら傷口を軽く叩いた。マーウィが痛そうに顔をしかめる。
「三人ともお昼は? 作戦部隊が帰ってきたから、食堂の時間延長してくれるらしいよ」
 私が言うと、アルタが笑って答えた。
「船内食おいしくなかったからなあ。行こうかな」
「一番食ってたの誰だよ!」
 マーウィがアルタをこづいて、みんなから笑いが漏れた。

 しばらく食堂でくだらない話しながら盛り上がってたけど、ネタが尽きると話はいやおうなくキアト作戦の方に向いた。
「宇宙基地にいた宇宙船(ふね)が予測よりずっと多かった」
 アルタがコップに目を落としながら話し始めた。戦闘の様子を思い出したのか、さっきまでの笑顔はすっかり消えうせている。
「オレスでの戦いにキアト基地から応援が行っているって情報が入っていたから、今のクロリアの兵力で立ち向かっても互角だと思われていたんだ」
 飲み物を口に含むと、アルタは続ける。
「でも僕達が着いた後出てきた数ときたら、半端じゃなかった。ありとあらゆる格納庫から、虫でも押し寄せるみたいに出て来るんだ。完璧な防御体制だった」
「ってことは、クロリアにいたスパイが作戦を漏らしてたの?」
 私がイスに座り直しながら言うと、ミラが首をかしげた。
「その線もなきにしもあらず、だけど秘かに軍備が強化されてたっていうのもあるわね」
「強化って言っても、どこから兵力を、あ、そうか……」
 大斗が質問しかけて、尻つぼみにうつむいた。状況が飲み込めない私を見て、大斗以外の三人が言いづらそうに顔を見合わせた。
「里菜、地球軍だよ」
 大斗がぼそりと言って、私の頬がこわばった。冷たい手で背中をなでられたような寒気が走った。そうだ、地球にいたとき、地球でも宇宙用の防衛体制が必要だとか、アラルと合同でやるとか、そんな話が流れてた。地球が自力で星を守れるなら、地球に宇宙船を裂かなくて済む。それがキアトに帰ってくる……。
 マーウィがため息混じりに言った。
「そんな訳で、航宙部隊はさっさと撤退する羽目になっちまった。それと一緒に、大統領官邸の警備が厳重になる前に、地上部隊も命からがら逃げ出してきたのさ。危うくクロリア軍が全滅しちまうところだった」
 部屋に重苦しい空気が流れた。私は窓に目をやって、スクリーンに映し出される夕焼けを眺めた。自分がいない間に、地球の様子はずいぶん変わってしまったみたいだ。




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最終更新:2012年01月20日 16:33