ステラ・プレイヤーズ 19*大町星雨

Ⅲ(トゥラ)転機

 息が上がり、のどがふさがるような感覚を覚えながら、私はひたすら走った。角を曲がるたびに速度を落とすのがもどかしい。地上行きのエレベータに飛び込むと、チョッキの上からクラルを握り締めた。
 自分にできることを必死に考えていた時に、ふと、視界にどこか基地でない場所が被った。目を閉じると、その光景だけがまぶたの裏に浮かんだ。いつもの不思議な夢と同じ。誰かがクラルを振って、燃え盛る火を消そうとしていた。
 それが見えた瞬間、これしかないと思った。
 軽い振動と共にエレベータが止まり、ドアが開いた。開ききる前に飛び出す。民家の中の監視用機械やロボットの隙間をぬって、屋根裏の展望台に上がった。私の体温に反応して、部屋の電気がつく。
 目の前に緑の海が広がっていた。と、言ってもこの高さからあの巨大な木々を見下ろす事はできない。実際に高い所に展望台を作るとアラルにばれるから、上空に浮かせているカメラからの映像を壁に映し出しているんだ。そしてその映像に目をこらすと、遠くでかすかに煙が上がっているのが分かった。リラックス用のいすや机の間を抜けて、そのそばに歩み寄る。
 一度振り返って他の人がやってこないのを確かめると、チョッキのボタンを外して、ゆっくりクラルを引き抜いた。上手くいく自信は、正直言ってない。でも、今他に手はないし、やる価値はあるはずだ。
 柄を両手で握ってひじを伸ばすと、目を閉じた。クラルの柄が冷たく感じられる。深呼吸すると、スクリーンを見てたときのようにどこかの光景が頭に浮かんだ。私は目を閉じたまま、そこに見える人の動きを、真似ていく。
 私は森の上に立ち込める黒い雨雲を思い浮かべた。見ているだけで気が重くなってくるような色。そこから大量の雨が降り注ぐ。雨雲と対照的に鋭く透明で、真っ直ぐ地面に落ちてくる。その粒は時を追うごとに大きくなっていく。冷たい風が吹いている。
 地上では炎が燃え盛っていた。そこに小さな槍のように降り注ぐ。
 火はしばらく抗うように腕を宙に伸ばしていたけど、やがて地面の中に消えた。その上にまだ水は染みていく。
 まだ遠くの火は消えてないけど、もう集落は安全だ。村の真ん中で固まっていた人たちが、呆然として空の雲を見上げている。その髪を冷たい雨が濡らす。
 もう、大丈夫だ。
 そう安心すると同時に、頭の中のイメージがふっと暗くなった。

 再び目を開けると、頭上で明かりがまぶしく光っていた。何度か瞬きすると、それが見慣れた寮の天井だと分かる。自分はベッドに寝かされて、布団もきっちりかけてある。体を起こすと、枕元にクラルが鞘に入って置かれているのが視界に入った。
「やっと起きたか、あんぽんたん」
 その声に振り向くと。大斗がドアを開けて入ってくるところだった。
「……火事は、どうなったの」
 自分の声があまりにかすれて弱々しくて、うろたえた。大斗が水の入ったコップを手渡してくれた。私が口をつけると、大斗が横のイスに座りながら肩をすくめた。
「どうなったって言われてもなあ。データが少ないんではっきりした事はいえないけど、乾季にしちゃ珍しい大雨で、あの辺一帯の火事が消えちまったらしい」 
 そう言いながら、冷たい目でこっちを見てくる。
「そう」
 私は布団の上に視線を貼り付けながら答えた。体がお叱りに備えて硬くなる。私がコップを机に置くと同時に、思いっきりどつかれた。
「馬鹿、ど阿呆、すっとこどっこい! お前いきなり何てことしてんだよ! いきなり走ってったんで追っかけて探してたら、監視室の壁際で気絶してたんだぞ! 周りに気づかれないように部屋まで運び込んで、他の人にお前がいないことの言い訳して。丸二日も迷惑かけられたんだからな!」
 ったく、と厳しい表情のまま、袋に入ったパンを投げてよこした。食堂の余りかな。そう言えば、お腹の中が空っぽだ。ぼんやりしながら受け取った。
「そんなに、寝てたの?」
 私がパンに目を落としながら聞いて、大斗が大きく頷いた。
「何やらかしたかは、大体分かってるからいい。どうやったか、その方法をどうして知ったか、説明しろ」
 大斗がむすっとしながら腕を組んだ。私は時々パンを口に入れながら、ぽつぽつと話した。
「今までクラルの力で自分を守れたから、助ける事もできるんじゃないかって思ったんだ」
 大斗が黙って頷いた。
「どうしたらいいか考えてたら、誰かが火を消そうとしてる映像が見えた。時々見てる夢みたいに。とにかく、それがヒントになって、後のやり方は体に染み付いてるみたいに自然と出てきた。で、雨雲や火事を思い浮かべたんだけど、本当に見てるみたいにリアルだった。その火が消えた後、画面がブラックアウトするみたいに、その、気を、失っちゃった」
 大斗がふうんと頷いた。表情はいくらかやわらいでいる。私は今さらながら無謀な事をしたのが恥ずかしくなって、パン袋を握り締めた。そんな事をしてその後どうなるかなんて、分かってなかったのに。
「その誰かっていうのは知ってる奴だったのか?」
 大斗に聞かれて、私は口元に手を当てて考え込んだ。
「正直、よく分からない。でも、無条件で信頼できるような感じだった。……自分を信じるみたいに」
 私が最後の一切れをかじると、大斗が口を開いた。
「クラルには、物を動かす能力以外にも力が秘められてるってことか。しかも今回は目に見えていない所にまで効果を及ぼした。ということは、前にクラルを使ったときより上達してるんだ。それに、そのやり方からすると、クラルの力はイメージとか考え方で表現されるのか? となると――」
 大斗の言葉がだんだん小さくなって、一人で考え込みだした。私はパン袋を壁のごみ入れに押し込んで、一昨日から来たままらしい服のしわを伸ばした。
 クラルの力は、正直私にもよく分からない。でも少なくとも、私を助けてくれるし、きっと頼りになる力なんだと思ってる。



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最終更新:2012年01月20日 16:32